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2019年06月18日

林 伸夫「デジタル維新―英雄たちの心のうち」

人類の進化を加速させた「手で触る情報操作」
子どもの創造的学習意欲を刺激するパソコンは、ここから始まった

 元プロのジャズギタリスト、MIT(米マサチューセッツ工科大学)で子供たちの教育に資するための言語環境を研究し、ゼロックスのパロアルト研究所ではスティーブ・ジョブズの目に留まりMacintosh誕生のきっかけとなったAltoの開発を先導した男がいる。その名は「アラン・ケイ」。

 1972年には「すべての年齢の『子供たち』のためのパーソナルコンピューター」という論文(注)で人々の知的活動を支援する「Dynabook」構想を説いてパーソナルコンピュータの父と呼ばれるようになった。1984年から1997年までAppleのフェローとしてSqueakという「Dynabook実現プロジェクト」を立ち上げ、そして「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という名言を発した男。今回は彼にまつわる時代のうねりを追ってみよう。

アラン・ケイの有名な言葉:「The best way to predict the future is to invent it:未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」。これはアランが自筆した扇を友人でもあった故浜野保樹東京大学教授が、アランのSqueakプロジェクトを支援する一環としてレプリカにしたもの。これはわが家の家宝ともなっている

未来を担う日本の子供たちもアラン先生の薫陶を受ける

 2020年から小学校でプログラミングの学習が必須となり、教育の現場では、さあ、どんな授業の組み立て方をしようか、どんなシステムを子供たちにどう使ってもらおうかと思いを巡らせておられる方も多いだろう。

 1968年、アラン・ケイは「Dynabook」という万能な情報端末の概念を発表、1972年には米ボストンで開催されたACM National Conferenceに寄せて「すべての年齢の『子供たち』のためのパーソナルコンピューター」というエッセイを書き、Dynabookという概念を広く世界に知らしめた。そこに二人の子供が登場する。

 子供たちは互いに通信できるノートブックサイズの端末で宇宙ゲームを遊んでいる。ところが、実際に話に聞いている太陽や星の影響が宇宙船に及んでいないのに気がついた二人はゲームのプログラムに少し手を入れようとする。しかし、どうしても想い描く姿にならないため、二人は指導にあたっているヤコブソン先生に駆け寄って行く。ヤコブソン先生はなぜ宇宙船が星に向かって落ちて行かないのかを疑問に思い始めた子供たちに感激して目を輝かせる。

ジミーとベスが相互接続したDynabookで遊ぶ様子
1972年、Alan Kay, A Personal Computer for Children of All Ages [picture of two kids sitting in the grass with Dynabooks] ©Alan Kay

 アランのこのDynabook構想にごく初期に影響を与えたのがMITで学習用のプログラミング言語LOGOを開発したシーモア・パパート博士。のちにアランはフェローとして在籍したAppleでDynabook構想を実現するためのプロジェクトSqueakを立ち上げ、その一環としてあらゆる世代がグラフィカルにプログラミング学習できる環境を作るためSqueak eToysを開発した。残念ながらこのプロジェクトは十分に成熟することなく成長を止めてしまった。しかし、そのSqueakを元に開発されたプログラミング環境Scratchが新しい生命として元気に活躍している。Scratchはタイルブロックを並べてプログラムを組み上げていくが、最近、ウェブだけで開発に取り組むことができるようになるなど、アクセスしやすさが抜群になってきており、普及のスピードを速めている。

 実際、プログラミング教材として採用例も多く、NHKの人気教育番組「Why!?プログラミング」でもメインに「Scratch(スクラッチ)」がフィーチャーされているのはご存知だろう。動作を定義したタイルを並べて行くだけで即座に動くプログラムが作れるScratchはこれから日本の子供たちがプログラミングの概念を学ぶのに強い味方になってくれることだろう。未来の日本を担う子供たちもアラン・ケイ先生の薫陶を受けることになるのだ。

注)アラン・ケイの論文:A Personal Computer for Children of All Agesは1972年8月に米ボストンで開催されたACM National Conferenceの予稿集に収録された。HyperText版がいつでも読める
https://www.mprove.de/visionreality/media/kay72.html
日本語版はこちら https://swikis.ddo.jp/abee/74
アラン・ケイは1989年12月、日本で開かれたマルチメディア国際会議'89に参加するために来日。私はその当時、日経パソコンの副編集長として特集取材班を組んでアランにインタビューした。彼はインターフェイスの側面からマルチメディアを扱うパソコンを論じた。「MS-DOSはねじ回しに例えられる。使いにくい形の典型だ。これに対して、Macintoshのようなオブジェクト指向の対話式インターフェイスはマルチメディアを扱うのにも使いやすい形だ。東芝が出したDynabookは私の提唱したDynabookとは全く違うもの」と当時のパソコンに手厳しかった。「今後AI的な判断能力を備えた「対話型なインターフェイス」が実用化に向かう」と指摘。30年前の発言とは思えない的確さだった(写真提供:日経パソコン)

ダグをただマウス発明の父と呼ばないで

 今となっては本当に普通に、誰もが当たり前と感じている「手で触っての情報操作」。レシピ記事にちりばめられた美味しそうな盛りつけを触れれば作り方が表示され、素材が手元になければ、その写真をタップすれば発注までできる。

 年端も行かない子供たちはテレビ画面を触って番組を変えようとする。テレビだってなんだって表示されているものは触ると何か起こるんじゃないか、と気分はもうそこまで来ている。こんな今を生きる人たちにとっては当たり前の光景も今から50年前には現実には絶対にあり得ないと思われた操作方法だった。

 原始の時代、人類が知性を持ち、それぞれの思いを伝え、互いに蓄えた知見を部族の財産としてきた歴史には言葉が重要な役割を果たしている。その知財が、さらに時を超えて蓄積され補強されるのには文字が、空間を越えて拡散されるのにはグーテンベルクの印刷技術が大きく寄与した。しかし文字を使って動作や手続きを指示するのは骨の折れる仕事だった。特に相手が異なる言葉を操る民族だったときなどはとてつもない時間と労力がかかった。

 複雑な一連の手順をプログラムとして書き記し、状況に合わせてその手順通りに実行するコンピューターが出現し、複雑な科学計算や事務処理が瞬時にできるようになった。人類を月面に送り届けたのもコンピューターのなせる技だった。しかし、そんな空前のパワーは一握りの「選ばれしもの」だけにしかアクセスは許されなかった。

 1968年12月9日、サンフランシスコのシビックホールには立ち見を含め2000人を超える人たちが集まっていた。コンピューターにかかわる学会の年次総会。そこでダグラス・エンゲルバート博士が日頃の研究成果を披露すると言うのだ。今でも自らのノウハウ/技術の粋を披露する「DEMOイベント」は盛んだが、この日のデモは後にMother of all demos(全てのデモの母)とも呼ばれるようになったほどの衝撃的なものだった。

 パロアルトのスタンフォード大学からマイクロウエーブで中継されたビデオ映像をプレゼンテーションに織り交ぜながらダグラスはマウスで表示された情報を指し示し、その情報を使ってさらに奥深い情報を引き出して見せた。この日、集まった人たちは初めて画面に映し出された情報を操作するマウス、重層的に構成されたドキュメントを行き来するハイパーテキスト、ワープロ画面を多人数で共有し双方向で編集しあうネットワークシェアリングを目の当たりにしたのだった。2019年の今でも、まだそれらの理想的な最終形に向かって開発が進められている、そんな先進世界を突然見せられた観客は度肝を抜かれた。

2018年12月10日に開かれた「IT24・50」シンポジウムでロンドンの居室からライブビデオ出演して「ダグの歴史的デモをこの赤丸の場所で見たんだよ」とレクチャーするアラン・ケイ。この時代にこんな巨大なプロジェクターが使われた。150万ドルはした、という。私はこのシンポジウムにボランティアスタッフとして参加、アランに恐れ多くもハウリングを起こさずに話すにはどうすればいいか、ビデオを流しながら話すにはどうすればいいか、十分な音量でライブ配信するにはPCをどうセットすればいいか、をアドバイスした(撮影:林 伸夫)

 当時の感覚からするとクオンタムリープ(quantum leap:量子跳躍)と言ってもいい常識破りの飛躍的なデモンストレーションだった。事件とも言ってもいいこの「DEMO」をきっかけに、「選ばれしもの」だけが触れる密教の祭壇のようだったコンピューターは徐々に市民の物になっていった。

ダグが世界を救うために本当に言いたかったこと
──デジタルトランスフォーメーションの実現

 このデモンストレーションに観客として参加していたアラン・ケイは後年、ダグのこのデモが誤解されてしまっていることに大いに不満を抱いている。

 2018年12月10日に、高木利弘氏(元MACLIFE編集長)が企画し実現した「IT24・50」(於慶應義塾大学)シンポジウムにロンドンの居室からライブビデオ出演したアラン・ケイは「観客はこの新しい仕組みに驚いて、終わったあとデバイスのことばかりに着目した。実際、後世に語り継がれるときこのデモを「マウス誕生の瞬間」とか、ダグのことをマウスの父、と呼んだりすることが多かった。しかし、ダグが言いたかったのはそういうことじゃない。人類がより高い知性を持つためにどうすればいいか、を語っていたんです」

 エンゲルバートが目指したのは、人類の集合的知性を強化し、人々がより早く、より高度に考えることができる仕組み作りの提案だった。デジタルトランスフォーメーションをどう実現するのがより人類のためになり、世界を救うことになるのか? 今私たちが直面している緊急性の高い問題に世界的なネットワークでどう対処し解決していくのか、それこそがDEMOで伝えたかったことなのだ。

 アランは「IT24・50」のライブレクチャーで何度も繰り返し角度を変え、エンゲルバートが本当に伝えたかったことを詳しく解説してくれた。「人間は素晴らしい高度な思考能力を持っているが、そこから引き起こしてしまった困難な問題をきれいに解決できるほど理解能力は高くない」というアインシュタインの言葉を引用しながら、だからこそエンゲルバートの提唱する知性の増強が必要なのだ、と強調した。

 アランは言う。「1962年に彼が『人間の知性を増強するための概念的枠組み』(Augmenting Human Intellect: A Conceptual Framework)という提案書を書いたのです。この提案書には、144ページに渡って、パーソナルコンピューティングに関する非常に大きなアイデアが書かれています。ただ、エンゲルバートに関心を持っている人でさえも、これをあえて読もうとはしない人が多いのです。というのは、デモさえ見れば、これを読む必要がないと思ってしまうからです。しかし、実際にはデモで見せられた以上の多くのアイデアがこの論文に入っています。皆さんにぜひこれを読んでいただきたい。グーグルで検索していただければ、このPDFをダウンロードすることができます」

 論文はここにある。ぜひアラン・ケイが薦めるダグ・エンゲルバートの世界を救う論文を読んでみていただきたい。
https://www.dougengelbart.org/pubs/papers/scanned/Doug_Engelbart-AugmentingHumanIntellect.pdf

 また、今回紹介した「IT25・50」シンポジウムに Kayがライブビデオ出演した基調講演(日本語字幕付き)はこちらで公開されている。
http://it2550.net/news/190522_kay_keynote_j3/

林 伸夫(はやし・のぶお)氏

1949年10月14日、山口県生まれ。1972年大阪大学基礎工学部制御工学科(現情報科学科)卒。1982年日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。ソフト評価委員会主宰、日経パソコン編集長、日経BP社システムラボ、日経MAC編集長などを歴任した。スティーブ・ジョブズ氏やビル・ゲイツ氏などIT業界の巨人に数多く取材をしている。

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