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気鋭のクリエイター同士が徹底放談/過去から脱却した「まちづくり」のカギはユーザにあり!

 コロナ禍によって都市の様相は一変した。まち中を出歩く人が減少し、産業は衰退。テレワークの普及により、都市部から地方や郊外へ移り住む人も増加しつつある。ライフスタイルや人々の価値観の変化を受け、都市や地方のまちづくりは何を目指していくべきなのか。今までのやり方では、過去のまちづくりの焼き直しになる。雑誌・書籍の編集者であり音楽ジャーナリストとしても活躍する若林 恵 氏と、さまざまな都市デザインを手掛けるクリエイティブディレクターの齋藤 精一 氏が、New Normal時代のまちづくりについて語り合った。

SPEAKER 話し手

黒鳥社

若林 恵 氏

コンテンツ・ディレクター

パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)

齋藤 精一 氏

主宰

持続的に成長し続けるための仕組みづくりが重要

齋藤氏:まちづくりとは、つくって終わりではなく、そこに住む人・働く人・訪れる人に価値を提供し続けることが大切です。しかし、不確実性が増している今、先を見通すことは非常に難しくなっています。

若林氏:昨今は盛んにデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性が叫ばれていますが、それは先を見通すことが難しいということと密接に関係していると思います。先が見通せる時代は計画を立ててものごとを進めていくやり方がうまく機能しましたが、それはもはや通用しない。いろいろなものをトランスフォーメーション(変革)しなければならない。それがDXの流れにつながっているのだと思います。

齋藤氏:よく「持続可能なまちづくり」といわれますが、それは「持続可能であり続けるまちづくり」と言い換えるべきかもしれませんね。つくったものが50年、100年持ち続けるという意味ではない。パンデミックや災害、気候変動、社会・経済環境の変化があっても、持続的に成長し続けることができる。そういう仕組みをつくることが、これからのまちづくりの大前提になると思います。

若林氏:そのためには「ユーザ」を中心に据えて考えていくことが大切です。今、世の中はパンデミックの影響で大変な状況に陥っています。飲食店は時短営業や休業を余儀なくされ、仕事を失った人も大勢いる。そういう人たちはSNSなどのデジタルツールを使って必死に声を上げています。そこに困った人たちがいて、みんな見えている。でも、今の仕組みだと、その声は行政に届かない。

 今までの仕組みはつくり手側や売り手側の論理でつくられてきたため、ユーザからあまりにも遠い。これを180度転換しなければならない。ユーザの困りごとに、サービスやプロダクトがどれだけ寄り添えるか。これを基軸にものごとを考えていく必要があると考えています。

ユーザと痛みやリスクを共有し、共に成長を考える

齋藤氏:デジタル化が進み、働き方や生活、経済が大きく変わっています。それによって、いろいろなもののイニシアチブがユーザ側に移りつつあります。近年注目が高まっているサーキュラーエコノミー(循環型経済)も、この流れと大きくかかわっています。ユーザがイニシアチブを持つことで、経済的な力学が変わりつつあるのだと思います。

若林氏:商品も新品だから売れるわけではない。それが中古でもユーザは欲しいものを買う。実際、中古品に価値を加えて販売する「アップサイクル」が増えています。新品、中古品という垣根はどんどんなくなっていくのではないかと見ています。

 ファッションの中古市場は2020年代中頃にはファストファッション市場と同等になるといわれ、伸び続けています。大手のラグジュアリーブランドは近々そこに参入するともいわれています。

 うちは出版社ですが、うちの本が古本屋で売られても、今は1円も入ってこない。でも、アップサイクルな経済が進んで、新品、中古品という垣根がなくなれば、中古品や古本が売れれば、利益になる仕組みができるかもしれない。NFT(Non-Fungible Token:ノン・ファンジブル・トークン)やブロックチェーンの技術はそういうところで役に立つでしょう。

 こうした流れは海外で顕著になっています。フランスでは修理できない商品に対し、法的に罰則が科せられるようになりました。メーカーに対して修理を要求するユーザの権利が強化されたわけです。これがアップサイクル経済をますます後押ししていくでしょう。メーカーはそこも睨みつつ、プロダクトのライフサイクルに責任を持たないといけなくなるでしょう。

 一方で、商品が長く流通すれば会社の信用やブランドが上がる。中古でも一定の利益が得られれば、インセンティブも働く。これが新しい経済のモデルになることを期待しています。

齋藤氏:鉄道もダイナミックプライシングにする動きがありますね。乗りたい人が多ければ料金が高くなって、少なければ安くなる。これは働き方やまちのあり方にも影響を与えるでしょう。まちづくりは、こういう変化も見据えていく必要がありますね。

若林氏:働き方といえば、日本はそこもユーザの視点が抜け落ちている。自分の仕事は自分だけで成り立っていると思っているのです。仕事に専念できるように、雑事を肩代わりするのも立派なサポートなのに、そんなことには目がいかない。ユーザというのは顧客や消費者だけではない。会社の中にもいるわけです。

 これはサプライチェーンの問題でもあるのではないでしょうか。日本は高齢化して賃金も高いから、サプライチェーンを海外に移すというやり方をしてきたが故に、国内の競争力が低下してしまった。ステークホルダーが成長し持続するための努力を一切せず、自分の企業だけが持続すればいいという考えです。そういう中で持続可能性とかいわれても、私には「ふ~ん」としか思えない。自分の持続性はまわりの持続性にかかっている。ユーザ中心とは、そういう話でもあるのです。

 例えば、発注者がステークホルダーに出資して、戦略パートナーとして関係性を築く。そしてサプライチェーン全体に対して戦略を共有し、透明性を確保した中でプロダクトを開発し、売り方も考える。日本はそういう発想が極めて弱い。

小さく始めて大きく育てるアジャイル的まちづくりを

齋藤氏:確かに日本にはそういう発想が希薄ですね。ユーザの実像としっかり向き合ってこなかったことが大きいと思います。デジタル技術はユーザとか消費者とか漠とした括りではなく、その姿をもっと解像度高く映し出すことができる。DXの取り組みが広がれば、個人へ帰却する流れがもっと加速していくでしょう。

若林氏:既成の枠組みにとらわれず、“ユーザ発”でいろいろなこともできるようになる。私が注目しているのが、K-POPのコミュニティです。ヒップホップグループのBTS(防弾少年団)の曲がビルボードチャートで1位を獲得し、グラミー賞にもノミネートされるなど、今、K-POPが世界の音楽シーンを席巻しています。

 この人気を支えているのが、ファンのコミュニティです。アーティストが配信でトーク番組を流すと、ファンが集まって自分たちで翻訳をつけていく。自分の推しのメンバーを切り出してアップロードしたりもする。それによってどんどんコンテンツが増えていく。好きなアーティストの誕生日には、ファン同士がお金を出し合って何千万円もする飛行機のラッピング広告を出したりもする。ファン同士の呼びかけでBLM(Black Lives Matter)活動に寄付するとか、社会的なアクティビズムにまでつながっています。今までのビジネスモデル、ビジネスのあり方を根底から変えていっているのです。

齋藤氏:コミュニティが1つの文化をつくっているわけですね。まちづくりでも、この文化というものが非常に重要になります。例えば「スマートシティをつくる」といわれても、それではユーザから遠すぎる。どうやって関与したらいいのかわかりません。

 入口はエンターテイメント的なものでもいいので、ユーザがベネフィットを感じられるサービスや仕組みをつくって文化を醸成する。そこからどんどん社会基盤の方に入っていく。1つの成功事例をつくらないと、大きな成功は難しいでしょう。

 まず小さな成功体験をつくり、年輪を刻むように次第に大きな取り組みに発展させていく。アジャイル的なまちづくりを考えることが重要です。

若林氏:「スマートシティをつくる」という表現が既に20世紀の構文なのです。デジタル化を土木行政のフレームワークで考えているから、そういう言い方になるのでしょう。一番大切なのは、人が幸せに暮らせること。極めてシンプルです。それをどうやって達成していくのか。ITベンダーや行政が勝手に決めるのではなく、みんなで考えていく。ユーザ不在でまちづくりを進めても、結局はセンサーが詰まったゴーストタウンができるだけでしょう。

齋藤氏:日本のまちづくりには確かに課題も多いですが、文化圏・経済圏のつくり方や都市開発のアプローチなど、実は日本の取り組みに対する海外の評価は非常に高い。全国の自治体にはいろんなノウハウがある。この機会に、日本人が日本を再評価することも必要だと思います。

 日本という社会の中では、私たち一人ひとりがユーザです。自らがユーザという視点を持って身近なところから課題を見つけ考え直してみる。そんな活動が次世代のまちづくりの一歩につながるのではないでしょうか。