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イノベーションの起こし方(後編)

アイデア創出やイノベーションの起こす!というとかなり難しく感じませんか?

イノベーションを起こすには、

  • 常識に縛られず、アイデアを大量に生み出すこと(変異的思考)
  • 生み出したアイデアを繋ぎ合わせ、取捨選択・検証していくこと(関係的思考)

この「発想」と「検証」の2つの側面を持つ思考を、高速で往復させることで、起こせると考えている。

と、NOSINER代表、太刀川氏。
筆者の提唱する「進化思考」をぜひご覧ください。
前編はこちら

NOSIGNER CEO 太刀川 英輔 氏

1981年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。2006年、NOSIGNERを創業。「社会に良い変化をもたらすためのデザイン」を理念に、グラフィックからプロダクト、空間デザインまで総合的なデザイン戦略を手がけている。
Design for Asia Award大賞、PENTAWARDS PLATINUM、SDA 最優秀賞、DSA 空間デザイン優秀賞など多数受賞。また、福岡地域戦略推進協議会(FDC)シニアフェロー、慶應義塾大学大学院SDM 特別招聘准教授、静岡市 文化庁芸術拠点形成事業 ブランディングディレクター、グッドデザイン賞審査委員など社外活動にも勢力的。複数企業の社外取締役も務める。

創造と進化

 道具は大抵の場合、それまでできなかったことを可能にするものとして発明される。例えば約5000年前に、アジアでは熱いものを持ったり、衛生的にものを食べられるように「箸」が発明された。箸は、指の持つ身体の限界を拡張するために生まれたと説明することができる。この箸と同じように、人間の身体が不自由だからこそ、身体の一部を進化させるために様々な道具が存在していると考えると、道具が生まれてきた理由に説明がつく。創造という擬似的な進化によって、私たちは身体の不自由から逃れ、道具に頼りながら生きている。すこし例を挙げてみよう。人の「目」は遠くが見えないので、望遠鏡・レンズ・顕微鏡・ビデオ通信を発明し、「声」が遠くまで届かないので、発声法・メガホン・マイクをつくり、すぐにお腹を壊しやすい「消化器官」を進化させて食べられるものを増やすために、料理・調理道具・冷蔵庫をつくった。傷や寒さに弱い「皮膚」を補うために衣服を生み出した。すぐ痛くなり遅い「足」を進化させるために靴や乗り物を生み出し、「腕力」が弱く疲れやすいからこそ、代わりに動いてくれる動力をつくった。忘れっぽい脳が「記憶」できる容量を増やすために本や記憶デバイスを発明してきたのだと考えると、何故それらが生み出されなければならなかったのかを上手に説明することができる。こうして道具を創造し続けることで、私たちは地球史上で初めて、万物の根源をなす素粒子の世界から深遠な宇宙空間までを観察する千里眼と、超音速で空を飛ぶことができ、数百年忘れない記憶力を持ち、通信網によって地球の裏に届く声を供え、原子爆弾によって都市を一瞬で破壊する力を持った、史上最強の生物になった。

 進化と創造の類似を探求していく中で、私は創造という現象について『言語によって発現した「擬似進化」の能力のこと』だという仮説を持つようになった。そう考えれば、様々な生物が進化の中で獲得してきた能力の発生の仕方と、人の創造との間にある圧倒的なスピードと現れ方違いを含めて、創造と進化の現象が非連続にあることを説明できるし、その類似性についても理解できるようになる。事実、人類は道具の発明という擬似進化によって、今日も急激なスピードで進化しつづけている。

進化と思考の探求

 もし創造が進化の模倣だとすれば、私たちが創造について理解するためには、進化についてもっと良く知らなければならないのではないか。私がそんな感覚を持ち始めた2016年ごろ、幸運なことに東京の真ん中にあるギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)という場所で、NOSIGNERの個展をさせていただく機会を得た。gggは世界的にグラフィックデザインの殿堂として知られ、歴史上の重要なグラフィックデザイナーとして年間約3人程度ずつだけ個展の機会が与えられる、デザイン業界にとっては大変栄誉ある場だ。せっかくの機会なのでデザインした作品を見せるよりも、創造についての探究の成果を示したいと考えた私は、進化とデザインの類似性をテーマとした展示を行うことにした。gggでの展示のために製作された様々なインスタレーションが、この本にも度々登場する。この展示をきっかけとして、発想と進化の類似性を発見し、発想が起こるプロセスと生物学的な進化のプロセスを対比したことで、取り憑かれたように進化に夢中になった。進化と創造の対比によって、デザイン・アート・発明などの創造性に見られる普遍的な型を発見し、知の構造を説明できるかもしれない、そんな野心的なひらめきを得た筆者は、改めて創造の中で起こる進化的構造をリサーチする中で、進化と思考の関連性を確信していった。こうして2016年の後半ごろから、まずは生物の進化を人の発想に応用する手法を「進化思考」と呼ぶことにして、その類似性を人に話し始めることから始めた。

 進化という現象は、遺伝によるミクロな現象としての「変異」と、環境によるマクロな現象としての「関係による自然淘汰」の往復から自然発生することが証明されている。そして不思議なことに、進化だけでなく様々な知的現象、脳の思考の中やバクテリアの持つ性質にも、この変異と関係の往復にそっくりな構造の現象が見られることは先述の通りだ。こうした進化と創造の構造に見られる類似性を知っていくにつれて、私は自然物にも人工物にも共通する普遍的な創造性の法則があるのではないかと考えるようになった。これらの事実が示す方向として「関係」と「変異」の往復にあらゆる知的構造の起点があり、この構造を捉えることが、創造を解き明かす鍵になるのではないかという直感が働いてくる。関係と変異をめぐる生物の進化論の構造を深く理解し、そこから創造性の法則を体系化できれば、創造という不思議な現象への理解を更新することができるかもしれない。

出展「ギンザ・グラフィック・ギャラリー第355回企画展ノザイナー かたちと理由」2016年
生物の進化にみられる「融合」などは、人間が創り出すデザインやイノベーションに欠かせない方法を表現しています

進化思考

 進化思考は、生物の進化のプロセスに忠実に発想する思考法だ。進化論と同じように「関係(アイデアが生き残るための関係性を理解する生物学的リサーチ手法)」と「変異(生物の変異化から学び、突然変異的なアイデアを大量に生み出す発想手法)」の2つのプロセスの繰り返しによって、高い創造性を持った発想を出現させる、創造のための方法論である。自然科学を基にした新しい哲学と考えてもらってもよいかもしれない。

 進化や生殖、あるいは脳の構造と同じように、創造のためにはこれらの「変異型思考」と「関係型思考」の2つのプロセスを往復し、変異と関係の思考プロセスを、振動させるように何度も繰り返すと、自然と優れたアイデアが生まれ、自律的に選択されていくことになる。

 生物の進化において、変異を生み出すミクロな構造と、関係から淘汰を生み出すマクロな構造は、そもそも全く違う質のものである。それと同じように、創造的な思考においても新しい発想を生む変異型思考と、状況を考察し理解する関係型思考は、全く別の思考で出来ていると考えるのが自然だ。だとすれば、これらの2つを完全に分かれた思考プロセスとして理解することが重要だということになる。進化ループで往復する関係型思考と変異型思考は「なぜそうであるべきなのか(WHY)」と「どのように変化できるか(HOW)」という2つの思考プロセスの組み合わせとして言い換えることもできる。

 進化思考は、合計500ページ位のスライドにわたるメソッドなので、ここでその詳細をかけないのが惜しいが、進化思考の構造を説明するときに、イメージを持ってもらうために私はよく「暗闇でのゴルフ」を例に説明している。たとえばあなたが真っ暗なゴルフ場にいて、明日の朝までにチームで協力して必ずホールインワンしなければならない状況だったとしよう。とにかく真っ暗なので、グリーンがどちらにあるのかは分からない。手元には火をおこす道具と松明、そして無限の数のゴルフボールがあり、その球自体もほのかに光っている。しばらく話し合った結果、チームは「松明でグリーンを探しに行く部隊」と「とにかく当てずっぽうでも球を打ちまくる部隊」に分かれて協力することになる。この例における松明チームが「関係」を表していて、球打ちチームが「変異」を表している。関係の考察で一つのゴールを探求しながら、変異をタフに何度も打ち続ける。これらの創造に必要不可欠な関係と変異の往復は、それぞれ全く違う性質のものだと考えたほうがいい。しかし両輪を回していくと、偶然のように2つの方法が一致する瞬間がいずれ訪れる。こうした構造を理解できれば、イノベーションにどのように向き合っていくべきかが少し想像できやすくなるだろう。

進化思考は「生物の進化のプロセスを理解すれば、発明やデザインなどに応用できる」という考えに立脚していることを表現しています

人間中心からの卒業

 「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」旧約聖書 創世記第一章

 人はすべての生物の支配者であると旧約聖書は言う。事実として人だけが持っている創造という超能力は、人が自然の中の不自由を克服し、自身と世界との関係、つまり生態系を人のために変える行為そのものだった。

 人は不可能を可能にする道具を発明しつづけ、この僅か100年単位で見ても劇的に、できないことをできるようになり、認知できなかったものを確認できるようになっていった。それによって人類は一瞬で都市を吹き飛ばし、地球のあらゆる場所と同時に繋がり、生物のDNAを編集し、地球の温度を変えてしまうほどのエネルギーを使うような、本当に地球を支配する力を持った存在になった。

 こうして確かに、創造によって人は周辺や利害関係の及ぶ範囲の生態系を劇的に変えられるようになったが、しかしテクノロジーが発展した現在になってもまだ、創造の結果として起こる因果関係を理解するという、単純かつ不可欠なことが苦手なままだ。例えるならば、私たちはブレーキの壊れた乗り物に乗り続けているようなものなのかもしれない。ローマクラブが1972年に「成長の限界」という言葉とともに、地球環境における文明の限界を予見してから50年近く経ってもまだ、経済活動の生態系への影響は見て見ぬ振りをされ続けてきた。しかし、もう本当に限界だ。しわ寄せの結果として、現在の地球は3億年前のベルム紀におこった寒冷化や、白亜紀の巨大隕石の襲来に匹敵する、地球史上6回目の大量絶滅時代を経験している。

 生態系は多中心に広がっていて、人間中心ではない。けれども自然に支配的な影響が及ぼせるようになってしまった現在、私たちは何を創造するべきだろう。繋がりを理解する広い想像力を身につけ、そのための創造性を発揮することは、創造の未来にとっても、人類や生態系の持続可能性にとっても、深遠かつ避けられない、本質的なテーマだ。

 もはや創造の課題は人間中心のデザインではなく、未来や自然の生態系との共生のデザインに変わった。今求められている創造性は、去年の延長にある改善ではなく、システムを変えるための創造力だ。様々な仕組みの根本が疲労していて、このままではもはや持たない。大企業は大きな変化を自ら起こすか、それともすでに変化した新人類的な新興企業に飲まれるか。システムチェンジが前提となると、変化できない者は不利になる。エネルギーからモビリティ、居住空間や道具まで、人は今まで創造されてきた様々なものを見直し、生態系に対して負担が少ないデザインに作り変えるために、ときには過去に帰るべき、そんな時代を生きている。

 世界中が自然との共生のためのイノベーションに向かう時代。だからこそ、自然の知恵に帰って創造性の根源を見つめ直すために、進化思考によって創造性を持った人たちの繋がりを広げたい。100年後の子孫に恥じない、まともな未来が見れる日を心から願っている。