これからの社会課題解決のためには、
多様な個人と開かれた企業が不可欠だ
~NEC未来創造会議・技術分科会レポート~
「技術」と「社会」はいま、これまで以上に分かちがたく結びついている。豊かな社会へ向けて成長をつづけながら地球の持続可能性を担保するならば、技術と社会の関係性を再考せねばならないだろう。そこでNECの未来創造プロジェクトは、AIの活用により数多くの社会課題を解決してきたエクサウィザーズ代表・石山洸氏を招き技術分科会を実施。さまざまな事例とともに、これからの個人や組織がどう技術と向き合うべきか議論した。
ラディカル・トランスペアレンシーとコミュニティ
これまで企業や個人は豊かさを求めて経済成長を目指してきたが、経済活動の多くは環境資源の消費とつながっており、同時に地球や社会の持続可能性は失われてしまった。結果として気候変動に代表される社会課題も年々深刻化している。わたしたちの未来を考えるためには「豊かさ」と「持続可能性」の両立が必要なのだろう。
2050年の未来を考えるための取り組み「NEC未来創造会議」を牽引するNEC未来創造プロジェクトは、この両立をめぐって議論を重ねている。今年はとりわけ技術の観点から議論を深める技術分科会が開かれており、第3回となる分科会にはAIスタートアップ「エクサウィザーズ」の代表取締役社長を務める石山洸氏がゲストとして参加。NECの研究開発ユニットからセキュリティ研究所 所長代理の藤田範人とデータサイエンス研究所 研究部長の井上浩明とともに、NEC未来創造プロジェクトの山田哲寛、小出俊夫によるモデレートのもとで議論を繰り広げた。まず初めに石山氏のキーノートで紹介されたのは、台湾のデジタル政策を担当するオードリー・タンの思想だ。
「オードリー・タンはラディカル・トランスペアレンシーの概念を提唱していて、徹底的にデータによる可視化を進めています。この概念は市民が国家を“トランペアレント(透明)”にするもので、COVID-19の封じ込めにもつながりました。アメリカや中国のAI活用がフェイクニュースの氾濫や『1984』のような監視社会を生んでしまった一方で、こうしたオードリー・タンのスタンスにはべつの技術活用を考えるヒントがあると思っています」
石山氏はそう語り、なかでもオープンソースな「コミュニティ」が重要だと続ける。日本にも企業を中心としたコミュニティは数多くあるが、企業と顧客がインタラクティブな関係をもつことが前提となっている現在、コミュニティが多様な人々をつなぐことはイノベーションの創出につながるのだという。
「コミュニティ形成においてオードリー・タンが重視しているのが、FAST・FAIR・FUNの3Fと呼ばれる3要素です。FASTはよく採用される理念ではありますが、FAIRやFUNを掲げるところが珍しい。たとえばピンク色のマスクへのジェンダーバイアスを払拭するために行なわれたColor Has No Genderというプロジェクトも3Fによって迅速に課題を解決していました。プログラマーだったオードリー・タンがこういった考え方を実践し社会を変えているのが面白いですよね。NECさんの研究所にも、オードリー・タンのような存在をどう増やしていくべきか考えていくべきかもしれません」
プログラミングと社会は不可分
石山氏は、オードリー・タンの活躍はプログラミングや技術と社会との関係性が変わったことを示唆していると語る。両者は無関係ではなく、むしろプログラミングのパラダイムから新しいビジネスや経営の哲学が生まれてくるのだ、と。
「以前、(フィリップ・)コトラーに、マーケティングがこれまでのPrice/Product/Place/Promotionという4PではなくProgramを加えた5Pになると提案したことがあります。プログラマー以外の人もプログラミングの恩恵を得て学習する必要があるし、同時に、プログラミングやコンピューティングが適用できる領域が広がったことで、社会のことがわからなければプログラミングもできなくなっている。研究開発も研究所に留まるのではなく、オープンイノベーションによって社会と一体化していく必要が生じています」
事実、ラディカル・トランスペアレンシーは人々の負の効用を可視化して制御するためのオープンソースコミュニティをつくることで、社会の不平等を改善していこうとしているという。実際にプログラムやコンピューティングで社会を変えるためにも、多様なコミュニティは重要なのだ。企業の枠組みを越えた人々が集まることはもちろんのこと、一人ひとりのなかにもイントラパーソナル・ダイバーシティと呼ばれるような多様性を確保していくことは意味をもつ。もっとも、企業が従来のビジネスモデルから離れこうしたコミュニティをつくっていくことは容易ではない。石山氏は「グロース・マインドセット」をもつことが重要だと続ける。
「フィックスト・マインドセットとグロース・マインドセットがあり、前者が社会や文化は所与のもので固定されていると考えるのに対し、後者は変えられると考えるものです。たとえばマイクロソフトのサティア・ナデラがグロース・マインドセットへのシフトに取りくんだことで、会社全体が大きく成長したといわれます。どちらのマインドセットをとるかによって、アウトプットの質の差がかなり大きくなってしまうんです」
かくして石山氏も介護コミュニティへのAI導入による社会保障費の持続可能性の強化や、地方創生用のビッグデータシステム構築など、技術とコミュニティによる社会課題解決を進めてきた。「これからは“ザ・ビジネス”なリーンスタートアップを標榜するのではなく、社会全体のグロースを考えてデータを使っていくことが重要だと思っています」。これからの企業には既存の事業を発展させるだけでなく新たな知を同時に探索していく“両利き”の経営が求められることを強調して石山氏はキーノートを締めくくった。
ひとりのなかに、自分と他者が同居すること
石山氏のキーノートから引き続き、分科会は豊かさと持続可能性の両立をめぐるクロストークへと移っていく。まず「豊かさと持続可能性という社会価値に対する意識の変化と技術的進歩の関係」というひとつめのテーマが提示されると、藤田はNECが自身のあり方を見直す必要を説いた。
「NECもデジタルツインやスマートシティに取り組むなかでグロース・マインドセットにシフトしつつありますが、個々の事業を考えようとした途端にフィックスト・マインドセットになってしまう。いまの体制や事業モデルから離れ、豊かさの定義を考えることから始めなければと感じます」
藤田の発言を受け、井上も同じく企業がこれまでと異なる考え方をとらないといけないと語る。
「30年後の未来を考えるうえでは、技術そのものはもちろんのこと、人にも注目しないといけないな、と。バトンを誰かに託していくようにして、自分の次の人が更にその次の人を育てていけるような育成体制を考えていきたいですね」
人々の意識が技術の発展ともかかわっている以上、個人や企業のあり方も同時に再考されていくのだろう。そのためにはグロース・マインドセットをもった個人が増えなければいけないし、イントラパーソナル・ダイバーシティを豊かにしていくことが重要だ。NEC未来創造会議が議論する「豊かさ」や「持続可能性」もその先にしかないだろう。藤田はNECが「社会価値創造型企業」へとシフトしたときのことを振り返りながら次のように語る。
「当時わたしは社会インフラをつくる事業に携わっていたためまさに社会価値創造を行なっていると思っていたのですが、じつはそうではなくて。インフラだけではなく個々人のエクスペリエンスを豊かなものにしなければいけないし、そのためにはグロース・マインドセットをもった人が不可欠ですよね」
個人と組織、個人と社会は不可分だ。小出も「個のつながりから組織として成長する方法を考えたいんです」と応答する。「前回の技術分科会でNECはNPOになるべきだと言われたのですが、それはまさに豊かな多様性をもつ個人が集まった場になるということだと思っています」
小出に応答するようにして、山田は「NECの中で生きる一人ひとりにとって、社会価値の概念が少しずつ身近に、自分ごとになってきているとは感じます」と語る。「とはいえ、個々人にとっての価値と社会にとっての価値は、互いに関連が薄かったり対立したりするというのが従来の一般的な考え方でした。個人が心から追い求めるものと、社会価値への貢献が一体となっている。その実例が確かに存在する、ということに大きな希望を感じます」
石山氏はここまでの議論を受けて、「自分と他人がひとりのなかに同居している状況をつくることが、ミクロとマクロのジレンマを解決する手がかりになるかもしれません」と語る。例として同氏が紹介したのは、Googleの設立者ラリー・ペイジの師として知られるスタンフォード大学の計算機科学者、テリー・ウィノグラードの功績だ。当初MITで汎用AIを研究していたウィノグラードは挫折を経てスタンフォードへと移る。彼は引き裂かれた状態で研究を続けていたが、彼がスタンフォードにいなければGoogleも生まれなかったかもしれない。何がどのように功を奏するかは測定できないが、ひとりの個人のなかにさまざまな要素が同居することで大きな変化へとつながる可能性も生まれていく。
「個人のなかの多様性を豊かにしていくことで、社会全体もいい方向に変わっていくと思っています。それはNECさんがカンパニーからコミュニティへ移ろうとしていることとも通じているのかもしれません」
一人ひとりのアクションが大きな変化へつながる
クロストーク後半は、「2050年に向けて、豊かさと持続可能性を高める技術の捉え方・扱い方・育て方」というテーマをめぐり議論が進んだ。藤田はまず、個人と社会の双方が成長していくためには自由が重要だと述べた。
「豊かさの指標のひとつは選択の自由にあると思っています。個々人が自由に選択しながらも社会全体が持続可能性を担保できる方向に進んでいくモデルをつくりたい。オードリー・タンがFUNを重要な要素として挙げていたように、たとえばゲーミフィケーションによって両立へアプローチしてもいいのかもしれません」
小出は藤田の発言を受け、「数字だけじゃない評価のシステムもあるはず」と語った。「たとえばビットコインは自律分散的なシステムがグローバルに成立していますが、異なるイデオロギーを越えたひとつのシステムになっていますよね。その成立のために、システムとしてグローバルに共通した人間の欲望がうまく設計に取り込まれています」
他方の井上は、これからはますます領域横断的な技術の捉え方が重要になると説く。もはやひとつの技術だけで社会課題を解決することは難しく、つねに既存の領域を越えながら研究しなければブレークスルーは起きないのだ、と。
「たとえばAIによるパーソナライゼーションによって個人は豊かになるかもしれませんが、情報処理だけでなく同時に電力問題も考えなければ持続可能な環境はつくれません。複数の領域について学ばなければ、これからの研究は難しいのだと思います。あるいは技術を育てていくこと考えるうえでは世代を越えた技術の伝承も必要ですし、学問分野や組織など、さまざまな枠組みを超えることがますます必要になるのではないでしょうか」
石山氏が進めている認知症の本人も交えたコミュニティをつくり介護へAIを導入していくプロジェクトは、まさにこうした越境によって実現されたものだ。技術の捉え方や扱い方はこれからどんどん変わっていきうるが、石山氏はあくまでも個々人がアクションをとっていく重要性を指摘し、クロストークを締めくくった。
「組織戦略の最も重要なポイントは、従業員一人ひとりが組織戦略をどう考えるかにあります。それは会社がデザインしてくれるものではなくて、ボトムアップに個々人が具体的なアクションをとらなければいけない。みんながその意識をもてたときに、社会価値創造型企業としてNECが確立されるのだと思います」
「技術」の観点から豊かさと持続可能性について考えるべく始まった技術分科会は、結果的に「個人」や「コミュニティ」へと収斂していった。NECはカンパニーからコミュニティへのシフトを掲げているが、オードリー・タンがオープンソースコミュニティの重要性を説いたことからもわかるとおり、社会の変化に寄り添っていくうえでは不可避の変化なのだろう。イントラパーソナル・ダイバーシティの豊かな個人が、グロース・マインドセットをもつこと。組織も社会も技術も、一人ひとりの変化によってしか動かしえないものなのだ。