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2021年03月16日

深いコミュニケーションは、科学技術だけでは実現できない
~NEC未来創造会議分科会レポート~

 「人が生きる、豊かに生きる」社会を構想すべく2017年に始動したNEC未来創造会議は「意志共鳴型社会」というコンセプトを導出している。異なる人々が共鳴しあうために、同プロジェクトは体験をベースとした新しいネットワーク「エクスペリエンスネット」を提唱しており、そのビジョンを定めるべく大阪大学共創機構「未来社会共創コンソーシアム」の協力を得て分科会を開催した。脳神経科学や社会心理学などいくつもの視点から開かれた3つのセッションからは、これからわたしたちが目指すべきコミュニケーションのあり方が見えてきた。

 NECが2017年に開始したNEC未来創造会議は、さまざまな領域の有識者と対話を重ねながら「人が豊かに生きる」社会をつくるべく、これからの技術の可能性について考えつづけてきた。4年にわたる議論を経て、本プロジェクトが現在構想しているのは、時空間を越えて世界中の人々が共鳴しあえるための、体験をベースとした新しいネットワーク「エクスペリエンスネット」だ。

 人と人をつなぐネットワークの可能性を考えるうえでは、先端的な技術だけでなく人文社会科学の知見も必要となるだろう。そこでNEC未来創造プロジェクトは大阪大学共創機構「未来社会共創コンソーシアム」の協力を得て分科会「トランスサイエンスの視点でエクスペリエンスネットを紐解く」を開催し、認知心理学や社会心理学、人間科学の領域にフォーカスした3つのセッションを行なった。

新たなコミュニティをつくる「心的テンプレート」

 ひとつめのセッション「美しさを感じる心的メカニズムとエクスペリエンスネット」に登壇した内藤智之氏が提唱したのは、「心的テンプレート」なる仮説だ。認知心理学や視覚神経生理学を専門とする内藤氏は、芸術感性のAIへの移植を研究するなかで、容姿や自動車、インテリアなどに対して発生する人の感性判断には、テンプレートと呼べる普遍的な型があるという仮説に至ったという。

 「小さいころから心の中のリアルな質感を他人と共有することに興味があったんです。臨床心理学から始まって実験心理学、脳神経科学へと専門を移していくなかで、人の感性のマザーテンプレートを導き出せるのではないかと考えるようになりました」

 内藤氏は学生を対象に実験を重ねることで、人の顔に関する美的な判断や自動車の外装に関する美的な判断からメンタルテンプレートを可視化し、複数のテンプレートを相互に変換する研究を進めている。感性判断のように人の内面に働くメカニズムを理解することは、エクスペリエンスネットにおいても重要なものだろう。

 「人の内面を理解する技術を研究する価値」と「『美』の感覚の外部化がもたらす可能性」というふたつのテーマを巡って始まったトークセッションのなかで、まずNECフェローの江村克己は人の内面を理解するうえで注意すべき観点を提示する。

 「表面に見えているものと内面は乖離があるので、カメラなどで観測した人の行動から内面を理解する考え方はあまり好ましくないと思っています。内面を理解するためには、デジタル技術によってすべてをデータ化するのではなくアナログな考え方が必要なのではないか、と」

大阪大学 医学系研究科 内藤 智之氏

 江村の発言を受けて、プロジェクトメンバーの山田哲寛は「データではなく行動に着目すると、よりアナログな情報を得られるのかもしれません」と語る。行動という観点では、コミュニティのように集団化することで変わるものもあるだろう。同じくプロジェクトメンバーの小出俊夫はコミュニティマネジメントに携わった経験から次のように語る。

 「人と人が対峙すると無意識にいろいろなものを受け取るので、人が集まると個々人の小さな行動で集団の雰囲気で変わることもあります。人の情報を分析するといってもデータそのものではなく、ばらつきや組み合わせ方を注視しなければいけないのかもしれません」

 内藤氏が「パッシブとアクティブというふたつの情報のとり方があります」と説明するように、ひとくちに情報といってもすべての人が同じように情報を処理しているわけではない。現在行なわれている内藤氏の研究では人がアクティブに取りに行く情報に着目しているが、実際のところ人はほとんどの時間をパッシブに情報を受け取っているため、人が無意識に切り捨てている情報に着目することも重要なのだろう。

 心的テンプレートのように美の感覚を外部化することは、わたしたちの社会をどう変えうるのだろうか。

NEC未来創造プロジェクトメンバー 小出 俊夫

 「人は同じ美的感覚をもつ人に親和性を感じ心を開きます。美の感覚を外部化することで生き方や倫理観の近い他者とつながりあえるかもしれません。事実、大人が集まって感性の外部化を試みるとそれだけでお互いに見比べながらコミュニケーションが生まれました。外部化されることで、お互いに対する新たな気づきも得られるのだと感じます」

 内藤氏がそう語ると、江村は「心的テンプレートがあると深いレベルでコミュニティを形成できるかもしれません」と応答する。インターネットのような通信技術は無数のコミュニティを生み出したが、なかには表層的な情報だけでつながったフィルターバブルも少なくない。ひとつのジャンルや価値基準に囚われない心的テンプレートを参照することで、従来のデジタル技術が取りこぼしてしまった人の感覚を捉えられるのかもしれない。「内藤先生がおっしゃった、人が捨ててしまっている情報に着目することで、これまでの情報社会とは違う形で多様性を実現できるはずです」

NECフェロー 江村 克己

多様性と類似性の両立

 つづくふたつめのセッション「人の潜在能力を引き出すインタラクションとエクスペリエンスネット」では、社会心理学を専門とする三浦麻子氏が登壇。人とひとや人とモノをつなげるインタラクションが新しいものを生み出すメカニズムを研究する三浦氏は、SNSなどインターネット上のコミュニケーションやグループディスカッションのような対話によって、どうすれば創造性を高められるのか考えてきたという。

 近年、どんな場においても多様性の重要さが叫ばれ、分野を超えた領域横断的な取り組みが必要なのだと言われることは多い。しかし、三浦氏によれば創造性を高めるためには多様性だけでなく類似性にも着目しなければいけない。

 「ただいろいろな人を集めて議論させても概してうまくいきません。多様性はあくまでも手段であって、まずは意識合わせを最初に行ない、お互いの類似性を意識することで目的をはっきりさせることが重要です。もちろん多様性と類似性、どちらも高い方が創造性は高まりますが、多様性を受け入れることはコストがかかるため、余裕がないと難しいですよね」

 小出は三浦氏の発言を受け「たしかに多様な人をただぶつけても分断が深まるだけですよね」と語る。「分断を乗り越えるためには共鳴できる部分を発見しなければいけないし、類似性という観点にはハッとさせられました」。青木も自身の体験を振り返りながら、多様性と類似性の両立の難しさを感じたという。「わたし自身NECのなかでさまざまなプロジェクトに参加するのですが、コミュニケーションを活性化させるにはたしかに類似性が必要だなと。エクスペリエンスネットの目指す体験の共有とは、類似性をつくることなのかもしれませんね」

 三浦氏によれば、インターネット上のコミュニケーションもかつては類似性を見つけやすかったという。しかしユーザー数が増えるにつれ類似性を探すことは難しくなり、友人か有名人に限られてしまう。

 江村も自身の体験を振り返り、かつて行なわれていた「合宿」や「飲み会」はお互いの内面をきちんと知ることで類似性を見出すことだったのだろうと語る。「コロナ禍においては人が直接会うことが難しくなっているため、いいチームをつくることはよりチャレンジングになっていると感じます」

大阪大学 人間科学研究科 三浦 麻子氏

 では、今後わたしたちはどのように技術を活用しながらコミュニケーションを発展させていけるのだろうか。山田は「相手を深く知ることが重要といっても、SNS疲れという言葉があるように、誰もがすべての人と深いコミュニケーションをとれるわけではありません。使い分けが重要なのかなと思います」と語る。

 三浦氏は山田の発言を聞いてうなずき、「伝わりすぎるコミュニケーションを許せる場とそうじゃない場がありますよね」と語る。「SlackとTwitterでもコミュニケーションのあり方は異なりますし、豊かな選択肢が提供されていることが重要なのだと思います。もちろん増えすぎても意味はないので、最適な手段がいくつか担保されていることが大事なのかなと」

 NEC未来創造プロジェクトがつくろうとするエクスペリエンスネットもまた、選択肢のひとつといえるだろう。小出が「コミュニケーションしたいから道具をつくるのではなく、なぜコミュニケーションしたいのかから考えなければいけないですね」と語るように、技術に頼りすぎるのではなく技術を通して再び人間を考えることが重要なのだろう。

 NEC未来創造プロジェクトはエクスペリエンスネットの先に「意志共鳴型社会」というビジョンを描いているが、これも単に共感すればいいわけではない。三浦氏は「響き合うことで新しいものをつくることが共鳴なら、単に同情しあうような情緒的な共感は、必ずしも必要ではないでしょう」と語る。技術があるからといって、すべてをデータ化して超高解像度なコミュニケーションを実現するのではなく、多様性と類似性をバランスさせながら創造的なコミュニケーションを生み出していくことがこれからは求められていくはずだ。

NEC未来創造プロジェクトメンバー 青木 勝

お互いの弱さをさらけ出す語り合い

 「オレ、オレ、オラ! オレ、オレ、オラ! オレ、オレ、オラ! オレ、オラ、オレ、オレ、オラ!」

 ここまでのセッションから一転、最後のセッションはラテンアメリカ地域研究を専門とする千葉泉氏による歌声から始まった。ラテンアメリカ音楽演奏家・作曲家でもある千葉氏はギターをかき鳴らし、ビデオ越しに参加者の一体感を高めていく。「人と人の深いかかわり(共感・共鳴・信頼)とエクスペリエンスネット」というセッションタイトルとは一見関係のない振る舞いにも思えるが、これこそが千葉氏が長年大学で実践してきた共鳴や信頼を生むための実践でもある。

 ラテンアメリカの地域研究を経て千葉氏は、歌や語り合いなど教科書的・データ的ではない学びの実践を通じて、自分らしさや他者との関係の構築について研究している。事前に本プロジェクトメンバーを交えて行なわれた体験授業でも、ふだん千葉氏が授業で行なっているように、お互いが自身のネガティブな経験や痛みについて語り合うことで人の共通性と多様性を知る体験を生み出したという。

 「理論的な説明だけでなく、実体験することで実感とともに学ぶことが重要なんです。学生ともフラットに語り合える場をつくることで、他者の経験や思いを追体験できるし、強い信頼感を生み出せることがわかりました」と千葉氏が語るように、先立って行なわれ体験授業はプロジェクトメンバーにも大きな影響を及ぼした。

大阪大学 人間科学研究科 千葉 泉氏

 山田は「語り合いを通じて、これまで自分はプロジェクトメンバーのことを理解した気になっていたことに気づきました。自分が勝手につくっていたイメージと相手が語ってくれたことのギャップから、偏見が崩れて深い信頼が生まれたと思います」と語り、青木は「自分について語ることで相手の言葉も深く受け入れられるようになりました。この語り合いを繰り返すことで、より深い信頼がつくられていくのだと思います」と語るなど、体験授業を通じてお互いの知らない部分に気づけたことを明かす。

 プロジェクトメンバー間という、ある程度見知った間柄なら語り合いを行いやすいいかもしれないが、千葉氏は日ごろ関係の蓄積がない人々ともこうした語り合いを行なっている。そのためには勇気をもって自分を開示し「仮免許」を発行することが大事なのだと千葉氏は語る。

 「もちろん知らない人相手に自分を開示するのは怖いし不安ですが、仮免許を発行するように相手をまず信頼して弱い自分を見せるんです。そうすると相手の中にある自分のイメージがほどけて、相手も自己開示をしてくれる。そこで必要なのが傾聴の姿勢です。相手の話に耳を傾けることで仮免許は本免許になり、相手を信頼する気持ちが強まっていくわけです。次第にお互いから本心の言葉が出てくるようになって、身体と心全体で相手を理解できるようになるはずです」

 プロジェクトメンバーの体験談を聞いた江村は「そこで起きていたことは現代のテクノロジーが目指してきた方向とは逆のものですよね」と指摘する。「デジタルテクノロジーは効率化を目指して少ない情報で人を表現しようとしますが、千葉先生はむしろ時間をかけながら人を見つめなおそうとしている。これをただイベント的に行なうだけでなく、日々のコミュニケーションのあり方にも組み込んでいくことが重要そうです」

NEC未来創造プロジェクトメンバー 山田 哲寛

 これまで千葉氏が行なってきた語り合いは大学の教室を舞台としていたが、その実践は社会にも広く開かれていきうるものだろう。千葉氏自身、今回オンラインを通じてプロジェクトメンバーと語り合いを行なったことで、その可能性に気付かされたという。「意志の共鳴」というと崇高な理念や変革の意志ばかりに目がいきがちかもしれないが、じつはお互いに自身の弱さを語り合うことでこそ、人と人は深く共鳴できるのかもしれない。

 江村はこの日行なわれた3つのセッションを振り返り、どの回でも「コミュニケーションの深さ」が重要な論点だったと語る。「デジタルは速度を重視しすぎてコミュニケーションが浅くなりがちですが、むしろ深いコミュニケーションをどうデジタルでサポートしていけるのか考えなければいけないはずです」

 NEC未来創造会議はさまざまな有識者と議論を重ねていくなかで、NECが専門とするテクノロジーではなく“それ以外”の重要性に目を向けるようになったといえるだろう。いまわたしたちが直面している社会課題の多くは、もはやテクノロジーだけでは解決できない。脳神経科学や社会心理学など、これまでにない観点から行なわれた今回の分科会は、NEC未来創造会議の“ミッシングピース”を見つける一日だったといえよう。エクスペリエンスネットの実現によってコミュニケーションの質をさらに深めていくべく、これからもNEC未来創造会議の実践は続いていくはずだ。

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