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欧米大手エアーラインの大量発注に沸く空飛ぶクルマ業界
~北米ドローン・コンサルタント 小池良次~

 eVTOL(空飛ぶクルマ)業界では、ベンチャーによる新規参入が衰えない。事業化には数千億円が必要と言われる同業界だが、SPAC上場などで大量の資金調達が可能になり、巨大な潜在需要を目指す起業家があとを絶たない。そんな中、今年に入り大手エアー・キャリアの間では、機体の仮発注が広がっている。

小池 良次 氏

商業無人飛行機システム/情報通信システムを専門とするリサーチャーおよびコンサルタント。在米約30年、現在サンフランシスコ郊外在住。情報通信ネットワーク産業協会にて米国情報通信に関する研究会を主催。

  • 商業無人飛行機システムのコンサルティング会社Aerial Innovation LLC最高経営責任者
  • 国際大学グローコム・シニアーフェロー
  • 情報通信総合研究所上席リサーチャー

新モデルのラッシュはつづく

 2021年6月末現在、空飛ぶクルマの学会VFS(Vertical Flight Society)に登録されている様々なeVTOL(電動垂直離着陸機)は、474モデルに達している。これらにはコンセプトだけのものやホバーバイク、試作機体なども含まれるが、ここ1年で100モデル以上も増加している。

 増え続ける理由は、新規参入を狙うベンチャーが続いていることと、先頭グループのVolocopter社やLilium社、Archer社などが新モデルを投入していることにある。まず、注目の新規参入ベンチャーをいくつか見てみよう。

AMSL Aero「Vertiia」

AMSL Aero社は、プロトタイプ「Vertiia」は空飛ぶ救急車をめざす(出典:同社ホームページ)

 先ごろ、オーストラリアのAMSL Aero社は、プロトタイプ「Vertiia」の詳しい情報を発表した。同プロトタイプは、バッテリー駆動で航続距離約250km(155miles)、巡航速度は時速300km(186mph)程度を狙い、機体の後方上部と前方下部から伸びる2本のカーボン・ファイバー・ポールに8つの大型プロペラとティルト・ウィングをつけている。(上のCG画像ではティルト・ウィングが省略されている)

 Vertiiaはティルト・ウィングを立てることで下降風を作り出して垂直離陸時の揚力をえる方式。University of Sydney(シドニー大学)とMission Systems社から開発協力を得ているVertiiaは将来、水素燃料電池を搭載する予定だ。これにより最大航続距離は800km(500miles)へと大きく伸びる。

 航空医療のCare Flight社が救急搬送機としてVertiiaの購入を希望しており、AMSL Aero社はVertiiaを「2023年までに実用化したい」としている。オーストラリア航空局による機体認証は比較的緩やかと言われているが、さすがに2023年の実用化は野心的と言えるだろう。

Ascendance Flight Technologies「ATEA」

Ascendance Flight Technologies「ATEA」の機体イメージ(出典:同社プレスリリース)

 一方、フランスが期待するAscendance Flight Technologies社は、2023年からの試験飛行をめざすプロトタイプ「ATEA」を発表した。同社はAirbus社のeVTOL開発プロジェクト「E-Fan1」に従事したエンジニアが2018年に設立したベンチャーで、環境に優しい次世代航空機のコンセプトを標榜している。

 ATEAは、垂直上昇用ダクテッド・ファンを固定翼の内側に1対と機首に組み込み、水平巡航用のプロペラ(3枚羽根)も機首につけている。機体に発電用タービン・エンジンを搭載し、巡航中もバッテリー充電をすることで航続距離450km(280miles)、時速200km(124mph)、最大積載重量450kg(992lb)を狙う。

 パイロット1名と乗客3名を運ぶことができ、EASA(欧州航空安全機関)の型式証明(EASA SC-VTOL)取得をねらうATEAは最終設計段階に入っている。

 同社は2024年に開催するパリ・オリンピックに合わせて、試験運行を目指すエアー・タクシー・プロジェクト「Re. Invent Air Mobility」のパートナーにも選ばれているフランス期待のベンチャーだ。2019年に空港グループADP社と提携し、航空機の騒音試験や地上インフラ検討なども予定している。

Horizon Aircraft「Cavorite X5」

(出典:同社ホームページ)

 カナダのHorizon Aircraft社2は開発中のCavorite X5について詳細を公表している。Cavorite X5はCarnard-Styleに加え垂直離着陸は翼の中に搭載されたファン・ローター(主翼に12個、先端翼に4個の合計16個)を利用する非常にユニークなスタイルを狙っている。Canard-styleとは、普通後ろについている小型尾翼が前についている「先端翼型機体」をさす。

 垂直離発着には、翼内に備えたマイクロ・ダクト・ファンを利用し、水平飛行では翼抵抗を減らすためダクトをカバーで隠す。巡航速度時速350km(215mph)、運行距離500km(310miles)、5名乗りで、2024年に少量生産を狙うなど野心的な計画を発表している。

 機体にターボエンジン発電機を積むハイブリッド電源を採用するが、将来「バッテリー性能が向上すれば純電動に移行する」と同社は説明している。巡航は後尾のプロペラで推進し、主翼の浮力で飛行するため比較的長距離の運行が狙えるほか、広い翼面積があるため空港滑走路による通常離陸(CTOL)もできる。

 野心的なスタイルのCavorite X5は、様々な課題を克服する必要があるだろう。正式な最大離陸重量は発表されていないが、発電機とバッテリーを積み、ダクトカバーなどを装備する翼構造で、5名乗りとなると総重量は5トンから8トンにはなるだろう。それだけの重量をマイクロ・ダクト16個で持ち上げるとなれば、離陸時のピーク電力は相当大きくなる。

 同じマイクロ・ダクト・ファンを利用するLilium社のLilium Jetではブラウン・リフト(Blown Lift)による高揚力を垂直離着陸に援用し、離陸時の電力消費を減らそうとしている。ブラウン・リフトはSTOL(短距離離発着機)のブラウン・フラップに代表される技術で、高速のジェット気流を翼表面から高い角度で下に流すことで低速でも高い翼揚力を生み出す。

 こうした工夫がないため、Cavorite X5では発電機を積んでいるとはいえ、厳しいパワー・マネージメントが求められる。充電設備が不要となる反面、機体重量や騒音の増加、保守費用の上昇などが予想されるほか、耐空証明の取得も構造が複雑な分だけ長期化が予想される。こうした課題を同社がどう克服するかに注目したい。

  • 1 2名乗りのE-Fanは、固定翼電動小型航空機の開発プロジェクトで2017年4月に終了した。その後、Airbus社はE-Fan Xという大型電動航空機の研究プロジェクトを続けている。2020年、同社はBAe 146 Test Aircraftを使った試験飛行を行っている。
  • 2 Horizon Aircraft社は水陸両用ライトスポーツ機Republic RC-3 Sea Bee のハイブリッド電動化にも取り組んでいる。

先行グループも相次いで新モデルを投入

 一方、先行グループも、相次いでニュー・モデルを投入している。

Volocopter「VoloConnect」

Volocopter社のVoloConnect(出典:同社ホームページ)

 次世代ヘリコプターとしてVoloCityの試験飛行を繰り返しているVolocoputer社は2021年5月17日、EBACE Connectイベントで ニュー・モデル「VoloConnect」を発表した 。

 同社最初の翼付きデザインを採用するVoloConnectは、垂直離発着用に翼中央から前後に伸びたポールに6機のプロペラを配備し、胴体後部に水平推進用のダクトファンを2機搭載している「リフト・アンド・プッシュ」あるいは「リフト・アンド・クルーズ」と呼ばれる機体デザイン。

 特徴的なのは機体後部からV字型に伸びた尾翼が垂直離陸用ポールと一体化しているところで、デザイン・コンセプトとしてはBeta Technologies社のAliaと共通する。乗客4名(パイロット1名+乗客3名)、航続距離100km(60mile)、巡航速度時速180km(110mph)、最高速度 時速250km(155mph)の純電動推進で、積載重量は300~400kg(660~880lb)となっている。耐空認証の取得を5年以内に行いたいとしている。

 VoloConnectの発表により、Volocoputer社は3種類の機体(VoloCity、VoloConnect、VoloDrone)を持つことになる。VoloConnectは、郊外と都市を結ぶ中距離移動を狙っており、エアー・タクシーなど短距離の都市上空をカバーするVoloCityを補完する。VoloDroneは短距離の貨物輸送や大型薬剤散布などを狙う無操縦者航空機となる。

 3つの機体はいずれも、共通のクイック・バッテリー交換方式を採用し、飛行時間の最大化を目指すが、同社はこの機能をまだ実証していない。

 なお、同社は離発着設備VoloPortや運行管理システム「VoloIQ」も開発している。これはeVTOLビジネス・マネージメント・システムで、機体監視や気象情報など安全な運行を支援する。

 同社はビジネス・プランを明確にしていないものの、こうしたラインナップを見れば機体開発製造から運行までを自社でまかなう垂直統合モデルを狙っているようだ。この点は同じドイツのLilium社と同じで、航空会社への販売を狙うArcher社などとは違う事業モデルとなるだろう。

Archer Aviation「Maker」

Archer Aviation社デモンストレーション機「Maker」(出典:同社発表会)

 2021年6月10日、カリフォルニア州に拠点を置くArcher Aviationは、デモンストレーション機体「Maker」の発表会をおこなった。優雅な流線型の同機は2名乗りのeVTOLで、巡航速度は時速214km(150mph)、航続距離96km(60mile)、総重量1497kg(3300pounds)。

 主翼に取り付けられた6本の支柱前方には6つの方向可変(チルト)型プロペラが、後方には上向き固定プロペラが装備されている。離陸時すべてのプロペラは上向きで、水平巡航では前方のチルト・プロペラが水平方向になり飛行する。巡航時は後方のプロペラは止まっている。

 騒音は高度2000ft(約610m)飛行時で45dbと発表されている。今回発表されたMakerは80%スケールのデモンストレーション用で2名乗り。フルサイズでは5名乗りとなり、同社はロサンゼルスでのエアー・タクシー・サービスを狙っている。

EHang「VT-30 AAV」

EHang社の翼付eVTOL「VT-30 AAV」(出典:EHang)

 また、21年6月20日に中国のEHang社も、初めての有翼機体「VT-30 AAV」を発表した。主翼と尾翼をつなぐポール上の8つのプロペラ(同軸でモーター数も8つ)で垂直離発着を実現する。機体後部には推進用の水平モーターがついている。一見すればすぐわかるが、同社が試験飛行を繰り返しているマルチコプター「EH216」に主翼と尾翼、水平推進用モーターをつけたデザインだ。プロペラを機体の低い部分に取り付けるデザインもEH216と同じで、制御・パワー系統の3重冗長性も共通している。

 VT-30は2名乗りだがパイロットは乗っておらず、地上から無線で操縦する無操縦者航空機。航続距離は300km(186miles)、飛行時間100分、機体重量700kg(1,543pounds)で、巡航速度は不明。同社によれば、VT-30は広東-香港やマカオ湾岸地域、長江デルタなどの中距離移動を狙っている。Volocopter社同様、EHang社の構想はVT-30を都市間移動に、都市内移動には「EH216」を利用する。

 「Joby S4」のようにプロダクション・モデルへと進んでいるJoby社などは別として、先行するベンチャーもニュー・モデルの投入は続くだろう。

カナダではeVTOLベンチャーに淘汰の動き

 CES(Consumer Electronics Show)に実物大モデル「Bell Nexus 4EX」や「Bell Nexus 6HX」を展示し注目を集めてきた航空機製造大手のTextron Groupは、eVTOL開発をペースダウンさせる一方、固定翼を中心とする電動航空機開発部門「eAviation」を設立した。

 Cessna機およびBeechcraft機で有名なTextron社は、eAviation事業部を中心に固定翼および回転翼機の電動化とエアー・モビリティー事業をすすめる。なお、Textron社傘下のBell Aircraft社はNexusや大型貨物ドローンのAPT(Autonomous Pod Transport)の開発を継続するようだ。ただ、Textron社のScott Donnelly氏(会長兼CEO)は2021年1月の投資アナリスト会議でeVTOL市場の重要性を訴える一方、「規制環境を無視した拙速な開発ではなく、規制の変化と歩調を合わせた研究開発を重視する」と述べている。今後、同社は耐空審査が狙いやすい滑走路を使う小型固定翼の電動化に力をいれ「NexusなどのeVTOL開発はペースダウンする」と業界では受け止めている。

 一方、前述の「Cavorite X5」を開発するHorizon Aircraft社が2021年4月、同じカナダのeVTOLベンチャーAstro Aerospace社に買収された。Astro社は2018年に2人乗りマルチコプター「Elroy」の有人飛行を成功させたほか、大型貨物ドローン「Alta」の開発を進めてきた。しかし、最近は開発が停滞気味だった。

 以前Astro社の機体開発を支援したこともあるHorizon社はCavorite X5開発で追加資金が必要で、両社の統合はスムーズにすすんだ。買収額などの詳細は未公開だが、Astro社はElroyおよびAltaの開発を続けるとしている。とはいえ、新生Astro社は資金とエンジニアを集約することで、Cavorite X5の開発を加速させようとしている。

 このほか、eVTOLの開発が難しいことから大型貨物ドローンやeSTOL(電動短距離離発着機)の開発に切り替えるベンチャーもあり、後続グループでは淘汰再編が今後も続くだろう。

大手航空会社で広がるeVTOL仮発注

 コロナで厳しい経営を続けている航空業界だが、気候変動問題への対策からCO2排出量の削減は重要な経営課題となっている。同対策の一環として、ここ数年で試験飛行や試験営業が見えてきたeVTOL開発企業への仮発注が活発化している。

大手航空会社の仮発注状況(2021年上半期)
出典:各種発表ニュース

 2021年2月、ユナイテッド航空はArcher Aviation社に対して200機、約10億ドル相当の仮発注契約をおこなった。前述のとおりArcher社は80%サイズのデモ機Makerでやっと試験飛行を行なう段階だったことから大きな注目を集めた。

 ちなみに、ユナイテッド航空は2021年6月、超音速旅客機「Boom Overture」を開発するBoom Technology社にも15機の仮発注を行っている。Boom社はすべてのシートをビジネス・クラスと計算した場合、1マイルあたりの運用コストは通路が2つあるワイドボディ商業機よりも安くなると主張している。

 2021年4月。今度は「Alia」の試験飛行を進めているBeta Technologies社がUPS(UPS Flight Forward)社から150機、Blade Urban Air Mobility社から20機の仮発注をうけた。米空軍の支援プログラムAgility PrimeでAliaが注目を受けているとはいえ、UPS社の大量仮発注は意外だった。

 そして同年6月、英国のVertical Aerospace社が大量の仮発注を集めた。アメリカン航空が250機(10億ドル相当)、ヴァージン・アトランティック航空が150機、そしてアイルランドの航空機リースの大手Avolon社が500機(20億ドル相当)の合計800機に達する。仮発注とはいえ、これだけの大量発注は大手航空会社が受注競争を開始したことを示唆する。

 そのほか、ブラジルの航空機メーカーEmbrer(エンブラエル)社傘下のEve Air Mobility社も、2021年6月にブラジルの航空会社Helisul Aviation(Helisul Linhas Aéreas)社から50機、ヘリ送迎サービス大手Halo社(英国)から200機の仮発注を受けている。

 このように2021年上半期だけで大手エアーラインを中心に約1500機の仮発注が行われた。もちろん、現時点では世界で商業飛行が認められたeVTOL機体は1機も存在しない。ましてや離発着設備や高度な空域管制システム、低空域通信網や監視システム、運行ルールやパイロット訓練などAAM(Advanced Air Mobility:先端航空事業)を実現するためのエコシステム構築はこれからだ。

 とはいえ、仮発注を集めたMaker(Archer社)、Alia(Beta社)、EVE(Embrer社)、VA-X4(Vertical社)のいずれの機体もプロトタイプ段階で、商業生産モデルに至るには数年かかる。それにも関わらず発生した大量仮発注は、大手エアーラインが空飛ぶクルマの事業化に手応えを感じているからにほかならない。