加速する空飛ぶクルマの機体認証と地上設備ルール
Text:小池 良次
2022年上半期、eVTOL(電動垂直離着陸機)メーカーは活発な動きを続けている。製造モデル段階に達したトップ・グループは耐空証明や型式証明に追われる一方、各国の航空局は数年後に迫った商業機体登場を見据え、離発着設備やパイロット訓練などの規制ルール整備に力をいれている。今回は規制ルールの動きを含め、近況をまとめてみたい。
小池 良次 氏
商業無人飛行機システム/情報通信システムを専門とするリサーチャーおよびコンサルタント。在米約30年、現在サンフランシスコ郊外在住。情報通信ネットワーク産業協会にて米国情報通信に関する研究会を主催。
- 商業無人飛行機システムのコンサルティング会社Aerial Innovation LLC最高経営責任者
- 国際大学グローコム・シニアーフェロー
- 情報通信総合研究所上席リサーチャー
低ノイズを証明するJoby社
まず、各機体メーカーの動向を簡単にまとめよう。
2024年に商業サービス開始をめざすJoby Aviation(以下Joby)社は、製造だけでなく旅客運行サービスまでを狙っている。そのためには型式証明だけでなく、旅客航空機の「運行事業者免許(Part135)」が必要になる。
Part135の審査は、マニュアル・パッケージやトレーニング・プログラム、各種規制の準拠状況や監査など約4段階に分かれている。パイロット訓練ではCAE社と提携している。同社は今年に入り同審査の最終段階に入っていたが、22年5月28日、運行事業者免許(Part135)の認可を米連邦航空局(FAA)から受けた。
Joby社は6月、連邦航空宇宙局 (NASA)と実施した機体「S4」の音響試験結果も発表した。都市部での上空飛行や離発着は、非常に低いノイズ・レベルが欠かせない。
同テストは、連邦航空宇宙局(NASA)の開発支援プログラム「Advanced Air Mobility(AAM)National Campaign」の一環として、2021年9月に同社飛行実験施設(Monterey County, CA)で2週間にわたって行われた。
飛行条件は、地上から高度500m、時速185kmで飛行し、地上での音響数値は45.2dBを記録した。測定には50個以上のマイク(pressure ground-plate microphones)を使い6回の飛行1を行った。
また、様々な加速度と上昇角での離着陸テストも20回以上行われ、離着陸時の騒音レベルは機体から100mの距離で65dBA以下となった。同社は「通常の会話レベル」と説明している2。
一方、米Beta Technologies(以下Beta)社は22年4月、3億7,500万ドルの資金調達(シリーズB)に成功し、同社の「Alia 250」の試験飛行を加速させている。22年5月末、同社はニューヨーク州東部のPlattsburgh International Airportからアーカンソー州Bentonville市までの1,400マイル(約2,250km)を7日間かけ、7回の充電で飛行している3。
この長距離飛行は、同社が航空機開発に加えて、バーモント州Burlington市やフロリダ州Melbourne市、アーカンソー州Bentonville市などで建設を進めている充電施設の実証も兼ねている。
これはEV(電気自動車)のパイオニア、Tesla社が黎明期に自社で充電設備を整備した戦略に似ている。最終的にBeta社は全米65ヶ所離発着場に自社の充電設備を展開する予定で、Joby社同様、Beta社も自社で製造から運行(都市間長距離運行)までを狙っているようだ。
なお、集客面でJoby社がUber Technologies社と提携しているのと同様に、Beta社はBlade Urban Air Mobility社と提携している。
- 1 同音響テストでNASAは、50個のマイクから収集したデータをacoustic hemisphere (音響半球)に加工した。これにより下方向半径30mの全方向で音響値を分析できる。次いで、Joby社は球状拡散および大気減衰による標準処理をおこない上空飛行音響読取り値を「45.2 dBA」と決定した。
- 2 静かな乗用車の騒音値は60dB程度。電話の着信音や昼間の街頭が70dB程度。日本の狭い土地環境を考えるとバーティポートに隣接する100m以内に住宅があるだろう。その場合、70dB程度と考えるのが良さそうだ。朝夕、住宅地からの離発着ができるギリギリのレベルではないだろうか。
- 3 この長距離飛行に使ったAliaはリフト(垂直離着陸用)システムが装備されていない。離着陸は通常の滑走路を使っている。
欧州Vertical社とVolocopter社の近況
22年4月、EASA(欧州航空安全機関)は、英国のVertical Aerospace(以下Vertical)社が開発する「Vertical VX4」についてUK CAA(英国航空局)と共同で機体審査を進めることで合意した。
同機の認証作業はEASAの「SC-VTOL認証基準」により進められており、英CAAはこれに対応する形式で同時審査を進める。これによりVertical VX4は順調にゆけば、2025年までに英国およびEU地域で商業運行が可能になる。
同社は「VX4プロトタイプ(実物大)は完成に近づき、2022年夏にテスト飛行プログラムを開始する」と予告している。
また、同社は日本、ブラジル、シンガポールなどの規制当局とワークショップを実施しており、FAAにおける耐空審査申請も進めている。
一方、独Volocopter社も22年3月に1億7,000万ドル(シリーズE)の資金調達に成功し、同4月には「VoloCity 4th Gen(第4世代)」の初飛行を成功させた。2019年に初期モデルを発表後、20年に再設計を実施したVoloCityは、今回の第4世代でEASAによる対空審査/型式証明の取得を目指している。
2024年パリ・オリンピックでの公開飛行を目指す同社は、仏パリの北西35 kmにあるポントワーズ・コルメイユ空港(Pontoise-Cormeilles)でトライアル飛行(21年末、第3世代機体)を成功させたあと、22年3月には音響および振動データ収集を目的とする試験飛行を行なった。
測定飛行4は、地上から高度25mと50mで2回行われ、マイクと振動センサーの真上を往復飛行した。また、マイクから70mの位置にホバリングする測定もおこなった。詳しい結果は、まだ公表されていない。
Volocopter社は22年6月はじめ、都市間飛行を狙う「VoloConnect(実証機)」初飛行の模様を発表した。同機体は有翼のリフト・アンド・フルーズ・デザインで、前進方向で時速65kmの飛行内容だった。
VoloConnect商用モデルは、ガルウィングの4シート、6基のリフト用ローターと2基の前進用ダクトファンを備え、時速約250km、航続距離100kmを狙っている。今後は、低速飛行、ホバーから水平飛行への移行、高速巡航、および自律飛行時の推進システム故障テストなどを実施してゆく。
- 4 外来ノイズを最小限に抑えるため、試験中はポントワーズ空港の離発着をせず、隣接するカート・トラックも試験中は操業を中断した。時間節約のためバッテリー交換(約10分)方式で試験飛行をおこなっている。
地域コミュニティーを追うAirbus社
Vertical社やVolocopter社を追って、欧州航空機大手Airbus社も動きを活発化させている。
22年4月、イタリアのフラッグ・キャリアITA Airways社はAirbus社と提携を発表し、「CityAirbus NextGen(21年9月発表)」を購入し、同国でのUAM(Urban Air Mobility:次世代都市航空交通システム)整備に意欲を示した。
また同5月には、独市場への参入を目指し「Air Mobility Initiative(AMI)」の結成を発表した。AMIのメンバーにはインゴルシュタット市(the City of Ingolstadt)、ドイツ鉄道(Deutsche Bahn:DB)、Deutsche Flugsicherung社、Diehl Aerospace社、Droniq社、ミュンヘン空港(Munich Airport)、ドイツ赤十字、ドイツ・テレコムが参加している。
AMIは①eVTOLの機体開発、②UTM(Unmanned Traffic Management:無人機空域管理システム)、③空港と都心の一体化を3本柱として共同プロジェクトを展開する。直近は、AMIの本拠地バイエルン自由州(Bavaria)のインゴルシュタット周辺地域でテスト飛行などを展開してゆく。
一方、ドイツのLilium社は22年3月、米NetJets社からの発注契約(150機)を契機にプライベート(eVTOL)マーケットへの展開を狙っている。NetJets社は世界最大プライベート・ジェット運行事業者で、ビジネス・ジェットのチャーターや機体管理のパイオニアとしても知られている。
同社のサービスは共同保有(NetJets Share)、機体リース(NetJets Lease)、時間単位リース(NetJets Card)の3タイプに分かれ、大手企業のエグゼクティブや富裕層を中心にカスタム・トラベルを提供している。
NetJets社はLilium社と交渉中のため詳細を明らかにしていないが、Lilium Jetを6シートから4シートのラグジュアリー仕様に変えて、共同保有サービスやリース、時間貸しなどを狙っていると推測されている。
Lilium社は職業パイロット訓練の大手FlightSafety International社との提携も発表している。NetJets社もFlightSafety社も商業運行分野を対象としており、個人パイロットによる事故を回避しながら、企業エグゼクティブの送迎などを狙う戦略といえる。
なお、Lilium社はスペインの空港建設運営事業者Ferrovial社とフロリダ州(中部/南部)に10ヶ所のバーティポートを整備して、自社での運行事業も計画している。
同社は、22年2月に大きな仕様変更を発表した。ポイントは、部品点数、重量、システムの単純化、メインウィングとカナードの空力バランス改善など。電動ダクティッドファンを大きくして実装数を36から30に減らすほか、ZenLabs社の高性能バッテリーを採用し、バッテリー・パケージ数も12から10に減らす。また、ランディング・ギアーも変更し、短距離での離発着も可能にする。
それに伴いサプライヤーもHoneywell社、デンソー社、Aernnova社が電気モーターと推進マウント・システム開発を進め、Livent社とCustomcells社はZenlabs社の技術を使いリチウム・バッテリー・セルを供給する。
それに伴い3月には耐空証明および型式証明の取得時期を24年から25年へと1年伸ばしている5 。22年6月には同技術実証機「Phoenix 2」の試験飛行の模様をビデオで公開している。
現在、Lilium社は組織再編の渦中にある。現在のトップDaniel Weigand氏(共同設立者兼CEO)が7月末で辞任し、長年Airbus社のエグゼクティブを努めてきたKlaus Roewe氏が22年8月から新たにCEOに就任し、経営を刷新する。
5 Lilium社は最近、試験飛行をドイツからスペインに移し、現在第5世代のPhenix2 Technology Demonstratorの飛行試験をスペインのAtlas Flight Test Center で続けている。
EASA(欧州航空安全機関)がバーティポート・ガイドライン発表
さて、機体メーカーはこの程度にして、つぎに地上設備などの規制を追ってみよう。
2022年3月、EASA(欧州航空安全機関)は、eVTOLなどの離発着場(バーティポート)を建設するためのガイドラインを発表した。
これまでバーティポートのデザインでは、ICAO(国際民間航空機関)が発行しているヘリポート・マニュアル(Heliport Manual Doc 9261)が参考にされてきた。しかし、ヘリコプターに比べ、eVTOLなどの次世代電動航空機は、性能面でも運用面でも大きく違うため、専用のガイドランが切望されている。
しかし、ガイドライン作成は容易ではない。たとえば、機体デザインは「with wing(有翼)」、「wingless(無翼)multicopter」、「lift+cruise」、「vectored thrust」、「electric rotorcraft」など様々で、充電方式も統一されていない。また、水素燃料や既存航空燃料を使うハイブリット・タイプもある。
そのため離発着性能も多種多様で、推進剤(電気、水素、航空燃料)の安全基準もそれぞれ違う。こうした多様性に対応することは、ガイドライン作成を難しくしている。
今回EASAが発表したガイドライン「The Prototype Technical Design Specifications for Vertiports」も、離発着のアプローチや駐機設備、バーティポート内の移動などの一般性/共通性が高い部分に限定しているが、それでも興味深い提案がある。
たとえば、バーティポート上空に漏斗(ろうと)状の制限表面を置く点が新しい。
制限表面とは、離陸や着陸を安全に行うために、空港周辺空間に規制上設定される境界面のこと。
離発着では、この制限表面に準拠してアプローチを行う。各国は制限表面より上に建造物や樹木などが無いように航空法で定めている。
eVTOL(電動垂直離着陸機)などの次世代電動小型航空機では、ビルなどの密集した都市部での離発着を想定している。しかし、都市部では近くに高い建物があることが多く、既存ヘリポート用の制限表面では、立地条件できる場所が限られてくる。
そこでEASAのガイドラインでは、バーティポートの上空に筒状(形状は四角6)の制限表面を拡張している。
EASAは「周辺地域に悪影響を与えることなく、建物が密集した都市環境でバーティポートを『どのように建設するか』を検討した」結果だと説明している。
EASAのコンセプトに従えば、バーティポートを利用する機体は、近辺のビルなどが障害にならない高度まで垂直に離陸し、そのあと制限表面に沿って水平飛行に移ることができる。着陸の場合は、その逆の手順となる。
利点としては、都市環境と垂直離着陸機の性能に応じて、垂直セグメントを調整することで着陸と離陸を実行できるだけでなく、全方向のアプローチも可能になる。従来のヘリポートにくらべ、環境と騒音制限をより簡単に検討できる。また垂直セグメントは、周辺への騒音低減にも効果があると推定できる。
懸念点は、機体の電力消費量が増えることだ。eVTOLでは離発着時のホバリングがもっとも電力を消費する。そのためJoby S4やBeta Aliaなどの有翼機体はできるだけ早く水平飛行に移ることが望ましい。また、eSTOL(電動短距離離発着機)は、このタイプのバーティポートを利用できない。
そのほかにも課題は多く、すべてのバーティポートが筒状制限表面を採用することはないだろう。立地条件で、どうしても筒状制限表面でなければならないバーティ・ストップ(最小設備の離発着場)などが利用すると予想される。EASAは次のステップとして、バーティポートの設計、建設および運用に関する詳細な規制要件を示す予定だ。
- 6 これは「obstacle free volume(物件制限表面)」をバーティポート上空に垂直に伸ばしたあと、「approach surface(進入表面)」を展開する試み。
米国はNASAで全体ビジョンの整備
では、米国のバーティポート開発はどうだろうか。
目立つのは、バーティポート自動化技術に関するNASAの動きだ。NASAは民間団体と協力して、バーティポートの運用自動化を中心とした研究レポート「Advanced Air Mobility(AAM)Vertiport Automation Trade Study」や、高密度空域における運用を検討する「High-Density Automated Vertiport Concept of Operations」などのレポートを出している。
同時に、NASA AAM National Campainの一環としてUTMを使ったバーティポート上空における着陸順番待ちシミュレーションなども進めている。
こうした研究成果をもとに、NASAでは「Vertiport Automation System Model(MBSE7ベース)」を近日公開する予定だ。内容はバーティポートを軸に、機体や空域、規制、社会受容性などを広く含むAAM全体像の把握を狙っている。
また、EASA同様、FAA(米連邦航空局)もバーティポートのガイドラインを作成している。しかし、作業は難航しており、具体的な発行時期は示されていない。
規格標準化団体ASTM InternationalのF38委員会でも数年の検討を経て、22年6月にバーティポート・スタンダードv1がまとまり、現在発行の準備を進めている。ASTMのバーティポート標準は、EASAのガイドラインと同様、制限表面や駐機など基本的な部分をまとめている。
- 7 NASAのAAM(Advanced Air Mobility)リサーチでは、ドキュメンテーションをMBSE(Model-based Systems Engineering)で管理している。航空メーカーでは、複雑化する航空機開発におけるドキュメンテーション管理をMBSEで行うことが主流となっている。
規格団体ASTMがUTMスタンダードを発行
空域管理では、規格団体ASTMが無人機空域管理システム(UTM)のスタンダード「ASTM F3548-21」を発表した。これは、150m以下を飛ぶ小型無人機(商業ドローン)を対象としたもので、より高いところを飛ぶ空飛ぶクルマと直接結びつくものではない。
とはいえ、同スタンダードは今後、飛ぶ空飛ぶクルマの空域管理システム(AAM-UTM)8に大きな影響を与えるため注目されている。
同スタンダードは、ドローン事業者の飛行計画を相互にチェックし、事前に調整するためのインターフェースやデータセット、異常時の対応などのコンポーネントから構成されている。(詳しくは、本文末のコラムを参照)
空域管理ではそのほか、NASAが「UAM Airspace Reserch Roadmap」の改訂版9も準備中だ。同ロードマップは空域管理システムの定義や現状、システムズ・エンジニアリング手法など6章から構成されている。
特に第4章のシステムズ・エンジニアリング・メソドロジーでは、複数項目に分けて、技術成熟度と今後の展開を分析している10。
このようにNASAが地上設備や空域管理について活動を活発化させているのは、2年から3年後に商業飛行可能な機体が登場するという切迫感があるためだ。地上設備や飛行ルール、自動化システムなどがなければ、商用機体があっても運行はできない。
以上のように欧米では、商業飛行可能な機体の登場がみえるなか、地上設備や運行ルールなどの準備が加速している。
- 8 ASTM F38委員会のUTM作業部会は将来に向けてAAM向けUTMの検討も開始している。
- 9 UAM Airspace Research Roadmapは、現在v1が発行されている。この改訂版v1.2は22年9月ごろに公開予定。また来年にはV2.0も公開されるだろう。
- 10 空域管理や空域設計、規制/ポリシーとコミュニケーション、空域セキュリティー(Securied Airspace)、空域分離(Separation Service)、航空気象、バーティポート運用の項目に分かれている。
米連邦航空局(FAA)の方針転換とその影響
最後に今、米国の空飛ぶクルマ業界を騒がせているニュースを解説したい。米連邦航空局(FAA)が22年5月、eVTOL航空機に関する「耐空証明(Airworthiness)および型式認証(Type Certificate)」で、大きな方針転換をおこなった件だ。
突然の方針転換に対し、米業界ではJoby社やArcher Aviation社、Beta社などへの悪影響を心配している。Joby社の「S4」はトヨタ自動車が出資し、全日本航空(ANA)がパートナーになっていることもあり、日本での就航にも影響があるかもしれない。ただ、これは非常に専門的な内容になるので、一般的な読者は読み飛ばして頂いてもかまわない。
では、詳しくニュースの背景を説明しよう。空飛ぶクルマは、航空機として安全な飛行性能と製造プロセスを確保するため、航空法に定める耐空証明/型式証明(以下AW/TC11)を得なければならない。具体的には、FAAやEASA(欧州航空安全機関)が定めた試験を機体設計段階から一歩一歩クリアしながら開発してゆく。つまり機体開発と航空局のAW/TCは一体で進む。
空飛ぶクルマはふつうの航空機と大きく違うので、AW/TC試験内容を決める場合に既存の航空法ルール枠に収まらない。そのためEASAでは、空飛ぶクルマを対象とする新たなルールの策定を進めている。一方、米国では既存のルールを拡張して対応する方針を取ってきた。
大雑把で恐縮だが、FAAは有翼eVTOLのAW/TCで、「既存航空機の検証レベルに空飛ぶクルマ特有の条件12を追加して行う」方針で対処してきた。そのため、Joby社やBeta社、Archer社などは、この方針で機体開発を進めてきた。
今回の方針変更は、既存航空機からパワーリフト(powered-lift)機の枠に変更するものだ。既存航空機であれば、満たすべき安全基準はメーカー側もFAAも前例を使えば良い。一方、パワーリフト機はBell Boeing V-22 OspreyやLockheed Martin F-35 Lightning IIなどのミリタリー用機体はあるものの、ビジネスで広く利用されているパワーリフト機体は存在しない13 。
この特別クラスの航空機14への変更は、メーカーもFAAも準拠すべき基準が少なくなるため、審査期間は当然長期化する。FAAはその理由を「パイロット認定などのフレームワークを考慮したため15」と説明している。
背景説明はこれくらいにして、VFS(Vertical Flight Society)やGAMA(General Aviation Manufacturers Association)などの業界団体が失望した理由を見てみよう。
まず、商業化が遅れることへの懸念だ。これに対しFAAは「(すでに始めている)認証手続は変更されない。現在の申請者による開発作業はすべて有効であり、規制アプローチの変更によって申請者のプロジェクトが遅れることがあってはならない」、また「この特別クラス・フレームワークは、通常カテゴリー航空機に適用されるほかの耐空性基準を組み込むこともできる」と述べている。
また、投資家への懸念を配慮してJoby社やBeta社も、AW/TC取得遅れは「ない」とコメントしている。
しかし、機体認証は、運行つまりビジネス・モデルと密接に関わっている。たとえば、パワーリフトのパイロット免許を持っているのは、F-35B Lightning IIなどに乗っていた元ミリタリー・パイロットなどに限られる。既存商業パイロットがパワーリフト免許を取得する道筋は不透明だ。
結局、承認規制(Part21.17(a) with Special Condition>Part23>Part91/Part125/Part135)の流れが変われば、パイロット訓練、運行事業、地上設備などを見直すことになる。FAAにとっても開発メーカーにとっても膨大な作業が増えることになるだろう。
また、日本も含め、各国の航空局ではFAAと協定16を結びFAAでAW/TCを認められた機体は審査を簡略化している。しかし、特別クラスでは、こうしたFAAの審査情報の再活用が難しく、単純に考えれば日本の国交省もAW/TC認証作業を繰り返すことになる。予断はできないが、米国メーカーの有翼eVTOLは、日本での就航が数年遅れる可能性がある。
EASAのAW/TCも複雑で厳しい内容であり予断はできないが、米国では欧州でAW/TCを取った機体が国際市場で有利になるとの声もある。
FAAは、新方針に「どのような追加の耐空性基準を組み込むか」を含めて、認証プロセスの詳細についてさらに説明するだろう。それに応じて影響の大きさが、よりはっきりとしてくるに違いない。
- 11 正確には、耐空証明と型式証明は多くの点で重複している。耐空証明は登録を受けた1機ごとの航空機に交付する。型式証明はある航空機の型式において耐空証明で適合した内容を証明する。
- 12 米航空法(FAR) Part21は、航空機や機器の認証方法を規定する。これまで有翼のeVTOLは、既存有翼航空機に適用するFAR. Part21.17(a)という基準に、特別条件(Special Condition)をつける「Part21.17(a) with Special Condition」というアプローチが適用されていた。そして耐空証明のために満たすべき条件はPart 23(Normal, Utility, Acrobatic and Commuter Airplanes)を適用してきた。
- 13 商用パワーリフトとしては、AgustaWestland(現Leonardo社)AW609が知られている。同機は1996年にBell社とBoing社の共同開発で始まり、25年以上経った現在もAW/TCが続いている。
- 14 FAR. Part21.17(b):スペシャル・クラス・フレームワーク(特別クラスの航空機)を指す。
- 15 Mike Hirschberg氏(Executive Director, The Vertical Flight Society)が、同学会ホームページに掲載した内容によれば、①FAAの安全基準サービス局(AFS)は2021年、有翼eVTOLのパイロット資格は、1997年にFAAが民間ティルトローター用に作成した「パワード・リフト航空機」のパイロット証明を適用すべきと決定した。②これにより航空機がPart 23に基づいて耐空証明と機体認証がされたとしても、有翼eVTOLのパイロット認証は、普通のヘリや航空機のパイロット資格認定が使えないことになる。③そうなれば、一般飛行運用を規定するPart91や非定期路線運用を規定するPart135、定期運送事業を規定するPart121などに、そのまま有翼eVTOLを適用できなくなり、すべては特別条件付き申請となるだろう。
- 16 正式にはBAA: Bilateral Airworthiness Agreement/Arrangement(耐空性互認協定)と呼ぶ。日本は米国、カナダ、欧州、メキシコと結んでいる。
コラム:ASTM UTMスタンダードについて
飛行中の衝突などを防止する手段(コンフリクト・マネージメント)は、戦略的(strategic)アプローチと戦術的(tactic)アプローチに分かれる。
戦略的アプローチは、出発前に競合する飛行経路の調整をおこなう。つまり、同一空域/同一時間に運行する他社のドローンを見つけて、飛行高度を変えるなどの事前調整をする。
一方、戦術的なアプローチは、飛行中に実施する調整で、たとえばレーダーやコンピュータ・ビジョンによるDAA(ディテクト・アンド・アボイド)で接近するほかの機体を発見し、回避することを指す。
FAA(米連邦航空局)はUTMの有用性を認めており、BVLOS(目視外飛行)などの高度な商業ドローン運用での利用を検討してきた。
しかし、FAAはUASを既存の航空管制システムに統合する「非分離空域」のアプローチを取っているため、UTMの正式な義務化には至っていない。
「非分離空域」のハードルは高く、UTMの明確な有効性を検証するデータの収集を続けているが、法的拘束力を示すだけの論拠には現状では不十分としている。
一方、欧州ではU-space(欧州における空域調整システム)が積極的に進められている。U-spaceは「分離空域」アプローチを採用しており、米国よりも商業化へのハードルが低い。
特にスイス航空局(Swiss FOCA)は、U-spaceの枠組みのなかで、規制機関の負担が軽い米国流UTM(Federated UTM)方式に近い運用を展開し、商業化競争で先行している。
F3548-21の策定には欧米の主要ベンダーが参加しており、分離あるいは非分離空域アプローチに依存しないため、欧州U-spaceも米UTMも同スタンダードに準拠すると予想される。
北米ドローン・コンサルタント