空飛ぶクルマで盛り上がるパリ・エアショー2023
主要各社の最新モデル、米連邦航空局の規制の動き
Text:小池 良次
空飛ぶクルマ最新動向ホワイトペーパー
「空飛ぶクルマのエコシステム3」と題し、次世代空モビリティを開拓するAerial Innovation社 小池良次氏に空飛ぶクルマの開発、ビジネスの最新動向をまとめていただきました。ぜひご確認ください。
2023年6月19日から1週間、フランスのパリでパリ国際航空宇宙ショー(以下パリ・エアショー)が開催された。国際エアーショーのなかでも、2年に1度開催され世界屈指の規模を誇る。
今年の目玉は、会場入り口に近いパビリオン(モビリティーゾーン)にずらりと並んだ各国の空飛ぶクルマだった。
Archer Aviation社、AutoFlight社、EHang社、Eve Air Mobility社、Lilium社、Volocopter社などがフルサイズの実機やキャビン・モデルを展示した。そのほかJoby Aviation社、Supernal社、Wisk Aero社なども出展し、空飛ぶクルマの熱狂ぶりが伝わった。展示の様子を紹介しながら主要各社の最新動向を見てみよう。
小池 良次 氏
商業無人飛行機システム/情報通信システムを専門とするリサーチャーおよびコンサルタント。在米約30年、現在サンフランシスコ郊外在住。情報通信ネットワーク産業協会にて米国情報通信に関する研究会を主催。
- 商業無人飛行機システムのコンサルティング会社Aerial Innovation LLC最高経営責任者
- 国際大学グローコム・シニアーフェロー
- 情報通信総合研究所上席リサーチャー
欧州でお披露目を果たすMidnight
22年8月10日に発表されたArcher Aviation社のMidnight(4人乗り)は、欧州における本格的なお披露目をはたした。会場に展示された実機は、軽くプロペラを回転させ、推進系の角度を変えるなどのデモを行った。
Midnightは、23年5月にプロダクション・モデルとして組み立てを完了し、今年の夏からカリフォルニア州Salinas市で試験飛行を実施する。
型式認証審査を活発に進めている同社は、製造準備に余念がない。25年に予定している型式認証の取得後、初期ロットはカリフォルニア州San Jose市の工場で生産するが、すでにジョージア州Covington市に本格的な製造設備を準備しており、そこで量産(年間1,000機を予定)にはいる。
23年初め、プジョーやクライスラーなどのブランドを持つ自動車メーカーStellantis社が、Archer社への出資とともに、Midnightの製造支援を発表している。競合Joby Aviation社がトヨタの支援を受け、製造ラインを整備していることへの対応と考えられている。
最近、元連邦航空局(FAA)長官のビリー・ノーレン(Billy Nolen)氏を、CSO(最高安全責任者)として迎い入れ、話題を集めている。同社はFAAで高ランクのオフィサーを次々と雇用している。
Midnightは、2025年の商用運航を目指し、2024年初めから本格的なコンフォーミング・フライト(認証試験飛行)にはいる。
最新モデルを示すEve Air Mobility
Eve Air Mobility はパリ・エアショーで、量産モデルEveのキャビン・モックアップ(実物大)を展示した。同モックアップでは、VR ヘッドセットで飛行体験を楽しむことができる。
2018年のウーバー・エレベート会議で、最初に発表されたEveのコンセプト・モデルでは、前翼と後翼の先にあるバーに8つのプロペラを置き、後部に推進用のツイン・ダクト・プロペラを備えていた。
その後、大幅なデザイン変更をおこない、現在は主翼に装備した4本のバーに8つのリフト用プロペラを配し、尾翼後部に推進用プロペラを取り付けたシンプルなチルト・ローター・デザインに落ち着いた。
この設計変更は、バランスの最適化を目指すとともに、航空会社の関係者などからなるフォーカス・グループを編成し、使い勝手の良さを追求した結果と当社は述べている。
Eve Air Mobility は、ブラジルのサンパウロに本社を置く航空機メーカーEmbraer社の研究開発部門(Embraer-X)が2020年10月に分社し発足した。本社は米国フロリダ州Ft. Lauderdale市にあり、民間用および軍事用のeVTOL開発を進めている。
Eveと俗称されている量産モデルは、純電動5名乗り(パイロット1名、乗客4名)で、航続距離は100km程度と推定されている。デザインが落ち着いたこともあり、これから本格的なプロモーションを開始する。
連日デモ飛行をしたVolocopter社
ドイツのVolocopter社は、VoloCityの実機展示とともに、旧VC200モデルによるデモンストレーション飛行を連日実施した。
VoloCity(プロダクション・モデル)は、パイロット1名と乗客1名の2名乗り。巡航速度は時速90kmで、航続距離は約65kmとなっている。機体上部に広がるリング状のフレームに18機のプロペラを配置する純電動eVTOLだ。
これまでよく目にしてきた実証モデルVC200との違いは、VoloCityが後部に短い水平および垂直尾翼を搭載し、巡航時の安定性を高めている点だ。
パイロット1名と乗客1名の仕様から分かる通りVoloCityは旅客輸送には向かない。同機は、既存の業務用小型ヘリコプターの代替として期待されている。
たとえば、現在ヘリコプターで行われている送電線の検査や高所作業の支援、航空測量、空からの報道(交通情報や事件報道)などだ。同社によれば騒音は75m離れた地点から65dBAと、既存ヘリに比べて非常に低い。そのためヘリに比べ業務範囲は広がるだろう。
同社は、2024年7月に控えたパリで開催される国際スポーツ大会でVoloCity(4th Generation)を飛ばすため、EASA(欧州航空安全機関)からの認証を急いでいる。同スポーツ大会での飛行プロジェクト「Re.Invent Air Mobility」ではシャルル・ド・ゴール空港とル・ブルジェ空港で開催されるメディア・ビレッジを結ぶ予定で、大手空港管理会社など約30社が参加する。
同社は、同スポーツ大会のあとVoloCityによる商業サービスを本格化させる予定だ。
新デザインを発表したSkyDrive社
日本の空飛ぶクルマ・メーカーSkyDrive社は、パリ・エアショー初日(23年6月19日)、新デザインを発表した。
新しいSKYDRIVE(商用モデルSkyDrive式SD-05型)は、ドーム型ローター・フレームを採用し、その曲面にローターを配置することで飛行効率を向上させている。
従来、同社のフレームは直線的に枝分かれするブランチ・ツリー形式を採用していたが、曲面デザインにより同じ12基のプロペラだが、電力効率を高めて3名乗り(パイロット1名、乗客2名)が可能になった。
機体サイズもドーム型ローターが全長13m、全幅13mで高さ3mと一回り大きくなり、最大離陸重量は1,400kgで巡航速度は時速100km、航続距離は約15kmとなっている。
また、自動車メーカーのスズキ㈱との提携を発表し、同社の工場での製造を準備する。同社は新型SKYDRIVEで大阪・関西万博での運航を目指しており、25年までに日本での耐空証明取得1とともに、2026年には型式証明を取得して、スズキの遊休工場設備を活用して生産を目指す。
同社の福澤知浩氏(CEO)は将来、米国での型式証明取得を示唆するとともに、記者発表ではアジアでの展開も視野に入れていると語った。VoloCityと同じ市場を狙う新SKYDRIVEだが、今回3名乗りとなったことで小規模の旅客輸送も可能になる。
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SkyDrive社は、大阪・関西万博で耐空証明を取った機体で運航を予定している。航空機の安全認証には、耐空証明と型式証明のふたつがある。耐空証明はひとつひとつの機体ごとに、設計が安全性及び環境適合性の基準を満足すること、製造過程が設計どおりに製造されていること、そして個々の機体が基準を満足することを証明する。
一方、型式証明は、同一機種の全機体共通の、設計や製造過程が基準を満足することをあらかじめ証明する。
高い実用性を感じるAutoFlight社
欧州と中国の二拠点製造販売をめざすAutoFlight社は、パリ・エアショーで空港運営事業の大手Groupe ADP(フランス)との提携を発表するとともに、24年パリで開催される国際スポーツ大会でのデモンストレーション飛行への参加も公表した。これにより同スポーツ大会ではVoloCityと並んでAutoFlight社のProsperity Iが空に舞うことになる。
23年2月、同社のProsperity I は、1回の充電で約250kmの長距離飛行を達成し注目を浴びた。同機は、航続距離約250km、巡航速度時速200km、ペイロード350kgの純電動eVTOL(電動垂直離着陸機)で、騒音レベルはホバリング時で65dBAとなっている。
欧米仕様はパイロット1名と乗客4名の5名乗り。中国仕様はパイロットが乗らない無操縦者航空機で貨物輸送を狙っている。
同社の強みは自社製の高効率モーターと徹底的な小型軽量ボティー、元エアバスのドイツ開発チームによる制御システムにある。主翼近辺にはボティー両サイドを挟むように長いバーを配して6つのプロペラを実装している。また、バーの先端には小さな前翼がある。
主翼にはもう一対のバーがあり、4プロペラが実装され、機体後部には推進用プロペラを置いたリフト・アンド・クルーズ形式を採用している。
Joby S4などに比べ、バッテリー容量は160kWhと小さく、軽量化に大きく貢献している。大型バッテリーを積むArcher Midnightなどに比べると機体サイズが一回り小さいことが印象的で高い実用性を感じさせる。
現在、Prosperity Iは欧州(EASA)と中国(CAAC)で型式審査を進めている。同社は近々中国で無操縦者貨物の型式証明が取れると期待している。
Lilium社は中国市場へ進出
ドイツのLilium社は、パリ・エアショーでLilium Jet(7seat model)のキャビン・モックアップを展示するとともに、中国の深セン市宝安区および広東・香港・マカオ大湾区とのMOU(覚書)締結を発表した。
宝安区はLilium社中国オフィス設立支援やバーティポートの整備、同社の運行支援などをおこなう。一方、広東-香港- マカオでヘリ・サービスを展開する航空会社Heli-Eastern社は最大100機のLilium Jet購入を約束するとともに同社営業地域でeVTOLサービス を共同開発する。
アジアだけでなく、Lilium社は最近イタリアなどでも事業展開を目指す一方、23年5月には2億5,000万ドルの資金調達を達成し、パイロット訓練でFlight Safety Internationalとの提携も発表している。
厳しさを増すeVTOL業界の資金調達
ちなみに、Lilium社が資金調達に成功したことは、eVTOL業界にとって朗報となった。昨年から米国を中心に金利が急上昇し、投資家は不透明感があるeVTOLベンチャー投資に警戒感を強めているためだ。
実際、Lilium社は23年4月に上場している米ナスダック市場から、株価下落に歯止めがかからなければ上場廃止となる警告を受けている。これは21年秋の10ドルから4月には50セントまで下落したためだ。幸い、6月現在では1ドル50セント程度まで同株価は持ち直している。
同様に英国のVertical Aerospace社などでも資金面での警戒感が高まるなど、eVTOL業界はやや逆風を受けている。
そのほか、パリ・エアショーでは、中国のEHang社が2名乗りの無操縦者航空機EH216を展示した。同社は中国航空局で型式認証の審査を受けている。同社は、近く条件付きで旅客輸送に関する認証を得る予定だと述べている。
また、米国のJoby Aviation社やBoeing社傘下のWisk社、Supernal社なども野外の大型ブースを展開した。
Joby社、量産モデルの特別耐空証明モデルを納品
パリ・エアショーの翌週、Joby Aviation社は「カリフォルニア州マリーナ市のパイロット生産ラインで製造された最初の航空機で、特別耐空証明2を取得し飛行テストを開始できる」と発表した。発表式典には、カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサム氏など著名人が招待された。
トヨタの支援で構築された生産ラインで作られた同機体は、2024年にエドワーズ空軍基地に移送し、Joby社によって運用される。米空軍が展開する空飛ぶクルマの開発支援プログラムAgility Primeで、Joby社は最大1億3100万ドル相当契約を獲得している。同社は「顧客に納入される初のeVTOL機となる」と述べている。
Joby社は2017年からフルサイズ実証機で飛行しており、量産モデルは2019年から3万マイル以上飛行している。
トヨタはJoby社における最大の外部投資家で、両社は先ごろパワートレインおよびアクチュエーションコンポーネントの供給に関する長期契約を締結している。
- 2 米国では民間航空機の耐空/型式証明はFAA(連邦航空局)が行なう。一方、軍事用航空機は、国防総省が独自に出す権限を持っている。今回Joby社が米空軍に納品するS4は、後者の特別耐空証明を取得した機体。
FAAがパイロット訓練と運航規則案を公開
米連邦航空局(FAA)は、23年6月14日付の官報で空飛ぶクルマ向けの「パイロット訓練と運航規則案(Pilot Training Requirements and Operational Rules for Powered-Lift Aircraft)」を公表し、パブリック・コメントの募集を開始した。
同規則案が注目を集める理由を少し説明しよう。以前のレポートで説明しているとおり、FAAは22年5月、eVTOL航空機に関する「耐空証明(Airworthiness)および型式認証(Type Certificate)」で、大きな方針転換をおこなった。
それまでFAAは有翼eVTOLの耐空/型式認証カテゴリーを「固定翼航空機」に定めていた。つまり、既に認証が取れた固定翼航空機と同じ検証手法をベースに、eVTOL特有の証明条件を追加する方針で対処していた。
この証明基準となるカテゴリーを固定翼航空機からパワードリフト(powered-lift、特別クラス)機に変更した。この変更で、メーカーもFAAも固定翼の審査で認められた検証手法の適用割合が減り、前例のないパワードリフト基準に従ってメーカーが独自に提案する検査手法が増えることになる。独自の検査手法は前例がないため、審査期間は当然長期化する。その混乱は今も続いている。FAAはその変更理由を「パイロット認定などのフレームワークと整合性をとるため 」と説明している。
しかし、パワードリフトのパイロット免許を持っているのは、F-35B Lightning IIなどに乗っていた元ミリタリー・パイロットなどに限られる。そのため、既存商業パイロットがパワードリフト免許を取得する道筋をFAAは早急に示さなければ、Jobyなどが目指す25年商業運航は実現できなくなる。
今回、規則案が公表されたことから、今後のスケジュールが見えてきた。通常、ルールが決定されるまでには1年弱はかかる。つまり、2024年秋までに訓練/運航規則が正式決定される可能性が高まったと言える。もちろん、25年中の商業運航開始を狙うJoby社やArcher社にとっては、かなり厳しいスケジュールだが、まったく間に合わない可能性はなくなった。
eVTOLパイロット不足対策
今回の規則案でFAAは「航空機の構成、飛行制御、運用特性に大きな違いがあるため、航空機や回転翼航空機のようにパワードリフトで個別の航空機クラスを確立することは非現実的である」としている。
これは、eVTOLはそれぞれの設計思想が大きく異なり、操縦方法も多種多様なため、固定翼や回転翼のようなクラス分けによる訓練基準は定められないということだ。
FAAはパイロット不足への対応として、eVTOLメーカーに初期幹部飛行教官を派遣してもらうことも提案している。これらの派遣教官がパイロット スクール(Part 141)、トレーニング・センター(Part142)、オペレーター(Part135)向けに訓練を担い、早期に商業運航を支えるパイロットを増やす。
また、パイロット認定を安全に迅速化するために、FAA は商用ライセンス保持者への代替資格基準も提案しているほか、eVTOL用飛行訓練シミュレータ装置の認定を急ぎ、シミュレータでの「飛行訓練の機会を増やす」ことも提案している。
FAAのeVTOL商業化へのスケジュールは、欧州連合航空安全局(EASA)よりわずかに遅れている。
EASAは2022年6月にeVTOL運用とパイロット・ライセンスに関する規則案を発表しており、ボロコプターの商業運航予定に間に合う2024年初頭までに最終決定する予定だ。 また、EASA は、2019 年 7 月に発行されたeVTOL 規制の特別条件に基づいて eVTOL 航空機の型式認証を行う。
このように、欧米の空飛ぶクルマは、運航開始への秒読みに入ろうとしている。
北米ドローン・コンサルタント