日本にも来るか、D2Cの波
~アフターコロナに急成長が見込まれる事業モデルとは?~
Text:織田浩一
日本でも次々と立ち上がりつつあるD2Cブランド。ひと足早く、多くの分野でD2Cブランドが多数立ち上がったアメリカでは、どのような事業モデルやマーケティング手法を元に運営されているのか。顧客体験を高めるために何を実施しているのか。最新の動向を解説したい。
SUMMARY サマリー
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
アフターコロナに急成長が見込まれるD2C
D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、自社で企画・製造した商品を消費者に直接販売する取引形態のことだ。アメリカでは2010年あたりから多数のスタートアップ企業が生まれている。主にミレニアル世代(24-39歳の層)をターゲットにした製品や製品セットを手ごろな価格で提供している。デジタルマーケティングを活用して顧客を獲得し、Eコマースで販売するという事業形態が主である。製品の品揃えは比較的限定的で選びやすく、分かりやすいメリットや企業ミッションを掲げ、ソーシャルメディアで顧客やファンの支持を得やすい形態で運営されるのが一般的である。
新型コロナウイルスの感染拡大が進む世界が、どのようなものになるかについての議論が進んでいるが、間違いなく利用率が向上したのがリモートワークに使われるビデオ会議やチャットツール、エンターテイメントコンテンツのストリーミングサービス、食材や弁当などを含むホームデリバリー、Eコマースだろう。そして、その後にD2Cの普及が進展することが予想できる。
もちろん、Eコマース、ホームデリバリーの浸透がD2Cの普及の一因ではある。しかしそれ以外に、高い顧客体験を求めるミレニアル世代に対応したデジタル体験を提供したり、彼らの世代に合う価値観を提供したりするD2Cブランドが増えているのも要因だ。
例えば、自分で持ち帰ったり返品するのが大変なベッドマットレスをサイトから簡単に購入し、試した後で気に入らなければ返品もできたり、色や素材を選んだカスタム家具をサイト上の3Dモデルによって確認でき、自宅に届けてくれるといったサービスがある。また、環境に優しく、生産者が十分な収入を得られるような原料を使った製品や、新鮮な野菜やフルーツを中心とした食事のレシピと材料を毎週自宅に配送してくれるサービスもある。さらに、さまざまな人種や皮膚の色、体型に対応したファッションや化粧品など、ミレニアル世代の価値観やダイバーシティ感覚を反映した商品・サービスに人気が集まっている。
広がるD2Cブランド
今やアメリカではD2Cブランドは幅広い分野に広がっている。下図は、デジタル広告業界団体IABが250のD2Cブランドをリストアップしたものだ。アパレルから、食品・飲料・家庭・ペット用品、住宅・家電、ウェルネス・フィットネス商品まで多数のD2Cブランドが立ち上がっている。
その貢献を示すのが下図である。これは2017年の消費者パッケージグッズの販売の増加分をEコマース、リアル店舗で比較したものだ。どの分野も大きく伸びているのはEコマースで、美容品においてはリアル店舗での販売がマイナスになっている。これらのEコマースの販売増加への貢献のかなりの部分がD2Cの増加によるものであるとIABは分析している。
また、D2Cブランドサイトへのトラフィックを見てもD2Cの人気がうかがえる。下図はAllbirdsやAwayなど米トップ25のD2Cのブランドサイトでの2016年、2017年、2018年それぞれ10月におけるのべ滞在時間を示している。2018年10月は8200万分で対前年の4600万分から78%の増加になっている。当然のことながら、売上もそれに連動して上昇していると考えられる。
D2Cの事業モデル
D2Cはメーカーでありながら消費者へ直接販売する事業である。それをIABがモデル化して下図のように示している。まず、最初に財務的な話をすると「顧客獲得コスト」を投資して、顧客を獲得し、その顧客の「顧客生涯価値」をリターンとして得るというものである。今までのメーカーと違い、見込み客や顧客の情報を持ち、コンバージョンからアップセル、クロスセルを行い、加えてそれらの顧客に向けて新しい製品を開発することで、顧客生涯価値を向上させていくことができる。
顧客獲得には主にデジタルマーケティング、例えばInstagramやFacebookなどのソーシャルメディアや、新しいブランディングチャネルであるOTT(オンライン番組配信)でのビデオ、ポッドキャストなどを使う様子がうかがえる。また、デジタルマーケティングで最も重要と考えられている「顧客体験」がそこに含まれている。
ここにはブランド・Eコマースサイトやモバイルアプリ、Eメール、ソーシャルメディアなどオムニチャネルを含むコンテンツや、すでに述べた企業ミッション、顧客サービス、そして顧客やファンを含むコミュニティなどが含まれる。これに事業スピード、サービスなどが加わり、見込み客・顧客のデータ、製品利用データや販売データを元にした価格設定など、「データ」の利用によって「顧客生涯価値」を最大化するという考え方である。
どのようなチャネルで顧客獲得をしているのかを示すのが下図である。これは自分が購入したD2Cブランドをどのチャネルで初めて認知したのかをアメリカで調査したものである。まずトップにソーシャルメディア広告が上がっている。次点でオンライン検索が上がっており、コンテンツ制作が機能していることが分かる。口コミもインフルエンサーやソーシャルマーケティングを使って行われていると考えられる。
上図では、わずかながら屋外広告なども使われていることが示されているが、D2Cブランドはデジタルマーケティングによる顧客獲得を最大限に行った後で、さらに広く見込み客を獲得するためにマス広告へ広げていく。下図はアメリカにおける125のD2Cブランドの2013年から2018年までのTV広告利用金額を示したものである。毎年二桁の成長で、5年で7倍に増えていることが分かる。D2Cブランドは成長とともにマスブランドになってきていると言えるだろう。
コンテンツ・購買・製品を含めた顧客体験
次にベッドマットレスブランドのCasperを例に、どのように総合的な顧客体験を構築しているかを見てみよう。
同社は、2014年に立ち上がった形状記憶フォームを使ったベッドマットレスのD2Cブランドである。2019年3月のシリーズDまでで総計3億3970万ドル(約367億円)の投資を集め、今年2月頭にニューヨーク株式取引所に上場している。現在は、枕やシーツ、ベッドフレームなども7ヶ国で展開し、社員は730人になっている。2019年の売上は4億3930万ドル(約474億円)である。
同製品の購入から顧客体験を見てみよう。まず同社のサイトには明快な価格、サイズガイド、同社の形状記憶フォームにはどれだけのリサイクル素材が使われているかなどが示されている。
また、購入ガイドなど、ビデオや画像を伴うFAQコンテンツを用意し、見込み客からの疑問に様々な角度で応え、掲載されていない質問には電話・チャットで対応している。さらにすでに購入した人たちの評価が示され、カップルで選ぶ場合や腰痛への対応など、自分の課題に対応した評価を探すことができる。これらのコンテンツ提供により、見込み客の疑問をすべて解決していくようにしている。
マットレスを選び、購入すると2-3日で家庭へ無料で送られてくる。下図にあるように比較的小さな箱に圧縮した形で配送される。取り出して広げると1時間ほどでマットレスのサイズに拡大し、その日から利用が可能である。見込み客にとって購買のリスクを下げる仕組みの一つとして「100夜お試し」システムがある。試してみて気に入らなければメール、電話で予約すると同社のトラックが無料でピックアップし、返品、返金が完了する。
D2Cブランドでは、顧客体験はコンテンツを中心に構築することが多い。Casperも同様で上記のようなサイズガイドやFAQに加えて、購入した人たち、インフルエンサーなども絡めて、Instagramやソーシャルメディアにも展開している。これらのコンテンツから見込み客が製品のことや利用方法などについての理解を深めている。
CasperはD2Cブランドの先駆けとして、今ではテレビを含めたマス広告を展開し、60の自社店舗と2000のパートナー店舗で販売を行っており、さらに事業を拡大させている。D2Cマットレスブランドは多数登場してきているものの、売上トップのブランドとなっている。
次のD2Cトレンド
D2C事業は「顧客獲得コスト」を投資し「顧客生涯価値」を得るのが事業モデルであるとういことをすでに述べた。同じ顧客に別の商品を売ることができれば、それで顧客生涯価値が向上するというのはあたりまえに考えられるだろう。つまり今までコングロマリットと言われてきた企業・企業群と同じことがD2C分野でも起きていくと考えられる。
そこで興味深い試みを行っているのがPattern Brandsというニューヨークの企業である。元々はD2Cブランド専門のデザイン・デジタルエージェンシーでHarry’sなどをサポートしてきた。外部からの投資を受け昨年8月に自社D2Cブランドを立ち上げるために業務を変革し、おしゃれな家庭の収納用具Open Spacesとキッチン用品のequal partsを立ち上げ、これからも家庭用品のD2Cを立ち上げていくという。
2010年からアメリカで始まったD2C起業ブームに対して日本はかなり遅れた感じがある。2015年に生まれたスニーカーのD2C、Allbirdsが最近日本に進出したようだが、先に進んだ欧米D2Cの日本参入と日本独自のD2Cとの競争がこれから始まっていく可能性も高くなるだろう。日本独自のD2C市場がどのようになっていくのかが気になるところである。
北米トレンド