新型コロナウイルスが加速させる北米ストリーミングビデオ戦争
~巣ごもり需要で急成長するNetflix、Disney+、Apple TV+~
Text:織田 浩一
いよいよ役者が出揃った感のあるアメリカのストリーミングビデオ環境。NetflixやDisney+(プラス)が先行するものの、無料のサービスを含む新しいプラットフォームが昨年から今年にかけて次々に登場し、競争が激化している。どのようなプレーヤーが現れたのか、現状をまとめて見よう。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
新型コロナウイルスの影響で加速するTVのデジタルシフト
Netflixのユーザー数増加や、Disney+などの新しいストリーミングプラットフォームの登場でアメリカのTV視聴環境は変化している。さらに、新型コロナウイルスによる外出制限によって、その勢いが加速しつつある。
アメリカで2012年第一四半期に5260万世帯に普及していたケーブルTVサービスは年々減少し、2017年第一四半期には4861万世帯まで減っている。比較してNetflixの利用者は2017年第一四半期にケーブルTVを逆転している。
下図はさらに2010年の視聴時間を元に世代別の変化を示したものだ。ケーブルTVや衛星放送が提供するVODサービス、DVR(デジタルビデオレコーダー)による録画視聴なども含まれている。65歳以上の層では増加しているものの、全体では24%減少している。特に若い層の下落が非常に大きく、18-24歳では62%、25-34歳で51%とかなりの減少を示している。そして、もちろんこの若い層はストリーミングサービスやオンラインビデオ視聴にシフトしていると考えられるだろう。
新型コロナウイルスの影響で、このシフトがさらに加速している。下図はTV・オンライン視聴測定を実施するComscoreによるストリーミングサービスの利用平均世帯数と週ごとの平均視聴時間を示したものである。3月9日の週から伸び始めて、4月の頭までに利用平均世帯数は4400万世帯から5000万世帯へと11%増加、平均視聴時間は2億3000万時間から3億時間へと20%増加している。
代表的なストリーミングビデオ・サービスの登録者数の変化を、新型コロナウイルスの感染拡大前を100として示したのが下図である。新型コロナウイルスの感染拡大前、3月14-16日、21-23日の3つの期間を比較している。3月23-23日の期間にはDisney+が3.5倍以上、HBOやShowtimeが2.5倍と大きな伸びを見せている。どのサービスも成長しており、新型コロナウイルスの感染拡大による外出制限が登録を促進していることが分かる。
激化する市場競争
ここ数年Netflix(米契約者数6000万)が一人勝ちし、Amazon Prime Video(Prime利用者で1億5千万人)や今はDisney傘下であるHulu(米3210万)、CBS All Access(米1120万)などが追いかけていた市場に、2019年11月にApple TV+が、そして同月に少し遅れてDisney+が参入してきた。
Apple TV+はスティーブン・スピルバーグなどが提供する9つのオリジナルTVシリーズを含め、同時にApple製品を購入した人たちに月$4.99の料金を1年間無料にするプロモーションを行い、アメリカで3300万の契約数を達成している。
だが、それを上回る勢いなのがDisney+だ。Disney、「トイ・ストーリー」「カーズ」などを手掛けるPixar、「アベンジャーズ」「キャプテン・マーベル」などのコンテンツを擁するMarvel、Star Wars、20世紀フォックススタジオ、そしてナショナルジオグラフィックという秀逸なコンテンツライブラリーで7500のTVエピソードと500の映画を、月$6.99、年間$69.99で提供している。
4月頭に同社はDisney+の契約者が世界で5450万に達したことを公開している。今は北米とヨーロッパの一部の国での展開にとどまり、ヨーロッパは徐々に展開を行っているところなので、この数字は北米がかなりの部分を占めていると考えられる。
Disney+はローンチにあたり、数々のパートナーとプロモーションを行なってきた。まずは1億1870万の契約者数を誇る米最大の携帯通信会社Verizonと提携し、同社のモバイル契約者およびインターネットサービスのFios Home契約者に1年間無料で利用できるキャンペーンを展開した。また、配車サービスのLyft、花販売ECのUrbanstems、ニューヨークのレンタルバイクサービスCiti Bike、オンラインレストラン予約Resyなどと提携し、それぞれのサイトでDisney+セクションからサービスや商品を購入すると無料の商品やポイントがもらえる、映画タイアップのような共同キャンペーンを行なってきた。
これに加えて、DisneyグループはHuluを傘下にし、同時にスポーツ中継・オンデマンドコンテンツを提供するサービスESPN+も提供している。これらをまとめて契約できるDisney+バンドルを月$12.99で提供している。
4月頭のDisneyによる契約数の発表では、DisneyはDisney+で5450万、Huluも伸ばして3210万、ESPN+も790万の契約数となり、合計で9450万と、グローバルでNetflixの半分まで追いついた。さらに今年6月の日本ローンチを始め、今年から来年にかけてアジア、ラテンアメリカ市場への展開を進めていく。
SVOD、TVODに加えてAVODの主要プレーヤーも大手が参入
上記のプレーヤー群はSVOD(NetflixやDisney+型の月額料金の「サブクスリプションVOD」サービス)とTVOD(Amazon Prime Video型の個別コンテンツのレンタルに支払いをする「トランザクショナルVOD」)である。それに加えてユーザーは無料でコンテンツを視聴できるがCMが挿入されるAVOD(アド・ベースドVOD)サービスが登場している。
これまでも、ABC、CBS、NBCなどのTV局は番組ライブラリの一部にCMを挿入してオンラインで展開し、テスト的な展開が行われてきたり、Foxに買収された2250万人の月間ユニークユーザーを誇るTubiなどのサービスが展開されたりしているが、昨年から大手企業がAVODサービスを本格的に展開し始めている。
Amazonは傘下の映画情報データベースIMDbをこの無料ストリーミングサービスにしてIMDbTVというブランドで2019年1月から展開している。2時間ほどの映画でも、30分から1時間ほどのTVシリーズでも3-4回程度のCM枠があり、各枠に15秒CMが2本程度とIMDbTVの映画・TV番組宣伝が1本程度入る形である。当然のことながらAmazonのEコマースでのパートナーやマーケットプレースに入っている広告主から、ユーザーの購買行動などにしたがって広告ターゲティングが行われている。
また、NBC Universalが現在、親会社でケーブルTVサービスComcast顧客向けに展開しており、7月から一般公開されるサービスがPeacockである。「The Office」「Downton Abbey」「Will & Grace」など7500時間のTV番組・映画を提供する。コンテンツ1時間に対して5分のCM枠を設けることにより無料でサービスを提供している。月$9.99でCMなしで視聴できるオプションなども用意している。
このサービスのローンチに際して、同社は保険会社State Farmや百貨店Target、ユニリーバを広告パートナーとしている。同時に広告テクノロジーを多数導入し視聴者と広告主両方に対して魅力的なオプションを用意している。1時間あたり5分という短いCM枠もそうであるが、一世帯への同じCMの配信回数の上限を設定できるフリークエンシーキャップや、TV番組から関連商品を直接購入可能なShoppableTV、特定の視聴者セグメントに対してだけCMを買い切ることができるSolo Ads、そして、あるTVシリーズを3本見た後、4本目の始まりに広告主のおかげで次のエピソードがCMなしで視聴できるというスポンサーテロップが流れるBinge Adsなど、今までのTV広告やデジタルビデオ、ストリーミングCMではなかった、視聴者と広告主の新しい形の価値交換を提案している。
今後のストリーミングビデオ市場
これらの企業の動向は、すべて5Gの普及によるビデオコンテンツ消費の拡大を見据えてのことだ。Ericsson Mobilityの2019年11月の調査によると、今はインターネットトラフィックの60%がビデオ消費であるが、5Gの普及により2025年までに76%にまで伸びることを予測している。その先には自動運転の普及によりメディア消費時間がさらに拡大することが予想される。
ただし、SVOD市場での競争はより厳しいものになるだろう。広告テクノロジー企業The Trade Deskの今年1月の調査によると、米消費者の59%がストリーミングビデオ・サービスに月20ドル以上、75%が月30ドル以上を支払いたくないという結果が出ており、すでに「SVODサブスク疲れ」が数字として現れている。さらに「Game of Thrones」など高予算の映画・TV番組を展開するHBOが月々$14.95のSVODサービスHBO Maxをまもなくローンチする予定で、SVODの競争をさらに加速させる。
ここで起こりつつあるのは、オリジナルコンテンツの重要度が上がることである。HBOを傘下にしたWarnerMediaとNetflixは、WarnerMediaが持つ90年代の大人気ホームコメディ「Friends」の契約を昨年独占から非独占にシフトし、さらに契約料を1億ドルに上げたが、両者は契約をもう一年続けた。そして今年に入ってその契約を解消し、今ではHBOのストリーミングサービスのコンテンツとして展開されている。またNetflix上にあるMarvel映画も2022年までにはすべてDisney傘下に返っていくことが決まっており、大手メディア会社が自社SVODサービスを展開することで、主要なコンテンツを自社内サービスだけに確保することが進んでいる。Netflixは数年前から自社製作コンテンツ予算を急増させており、2020年には170億ドルを投じると考えられている。大手メディア会社も同様に自社製作コンテンツ予算を増やしていくことになるだろう。
消費者のSVOD予算を超えた部分では、AVODがコンテンツ消費シェアを獲得していくことになるが、この分野はすでに特定のユーザー属性や行動によるセグメントへのターゲティングや予測モデルを利用したものになりつつある。ディスプレイ広告やオンラインビデオ広告で使われる個別ターゲティングの手法がTVコンテンツでも利用できるようになり、ブランディングを特定のセグメントで活用できたり、過去の行動、履歴などを含めて、外部データを使ったりすることが可能になっていく。そしてこれらにより、メディア会社にとって広告単価を上昇させるということが進んでいく。
今まで全米放送ネットワークやケーブルTV上の優位なチャンネルという不動産の上で非常に有利なビジネスを行なってきた大手TVメディア会社も、ストリーミング市場の大きな変革で、自社の命運をかけた大きな賭けに出ている。そしてその成功の先にあるのは、さらに拡大したメディア市場のシェアの獲得であるだろう。
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