withコロナで加速する、アメリカの働き方改革
~リモートワーク率は62%に、SaaSの利用が大幅増~
Text:織田 浩一
新型コロナウイルスは、世界中で生活、仕事、経済に影響を与えている。落ち着きつつある地域と第2波の気配を見せる地域の両方が混在するアメリカで、働き方にどのような変化があるのか。現在進行形の働き方改革について解説する。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
アメリカの新型コロナウイルスの現状
この記事を書いている6月半ば、筆者が住むアメリカワシントン州シアトルでは、経済活動を再開する4段階の計画のうち修正版の第一段階にあたり、まだ初期の段階と言える。3月23日に発令された自宅待機命令が解除され、レストラン内での食事が許可され始めたり、元々開いていたスーパー以外の店舗にも開店が許可され、レストランは屋内の席では25%、屋外の席では50%の席数、店舗では15%の店内客数、オフィスワーカーはオフィスの収容人数の25%で運営するように指示されている。しかしテイクアウトのみ行うレストランや休業を続ける店舗がほとんどだ。オフィスワーカーも自宅勤務が2ヶ月続いた今、それを継続することを求めている。
シアトルのあるワシントン州、医療崩壊のあったニューヨーク、ニュージャージー州などの西海岸・東海岸の州では感染者の増加は緩やかになりつつあるところが多い。しかし5月はじめから経済活動を再開したアメリカ南部・南西部のアリゾナ州、テキサス州、フロリダ州などで感染者が新たに増えていることがニュースになっており、感染の第2波が来るのではないかとレストランなどの再閉鎖やソーシャルディスタンスの確保が呼び掛けられている。
アメリカのリモートワークは62%に
このように各州、各都市で新型コロナウイルスの状況が異なる中で、企業はどのような対策を講じているのだろうか。
元々、多くのアメリカのオフィスワーカーはPCを自宅に持ち帰って業務を行うなど、一部リモートワークを行う人たちがおり、90年代半ばから徐々に増えてきている。下図の調査企業Gallupの調査では、リモートワークを行ったことがある人は2015年に37%に達している。これは、就業している大人を対象にした調査なので、小売や建設、製造などオフィスワークでない人たちも含まれた調査である。平均的なリモートワークは月に2日程度であるという。
それが新型コロナウイルスによる自宅待機命令で大きく伸びていることが、同じくGallupの調査パネルの結果(下図)からわかる。3月19日にはカリフォルニア州、3月22日にはニューヨーク州などが自宅待機命令を出し、3月26日までには全米50州のうち21州に広がり、3月30日には30州に命令が発令されため、リモートワーク率は62%にまで上がっていった。これもまた、全従業員に対しての割合である。
リモートワークのためのSaaSツール
すでにビデオカンファレンスツールZoomの株価が急上昇して、企業価値が世界のトップ航空会社7社の合計を超えたという記事などを目にするようになった。
この急を要するリモートワーク対応のために、様々なSaaSツールの利用が増加している。下図はユーザー認証SaaSツールOktaが同社に統合されたSaaSツールの利用状況を、同社顧客8000社の社員をユニークユーザーとして新型コロナウイルスが始まる前の2月とその後の3月で比較している。
これによると、Zoomが明らかにトップで伸びており、続いてリモートワークのセキュリティを守るためにPaloalto GlobalProtectやVPNアクセスのCisco AnyConnectなども倍近く伸びている。他に遠隔で契約書などに署名をするDocuSign、コラボレーションツールのSlackやQuipなど、セキュリティ、ビデオ・コミュニケーション環境、遠隔ラーニングなどに関するツールが含まれていることが分かる。
同社はトップのSaaSツールについて、ユニークユーザーの伸び率を時系列でも示している。やはり3月半ばから急激に伸びているが、Zoomはその直後にセキュリティの課題が指摘され多少落ちており、他のプラットフォームもリモートワークの慣れのせいか、アプリへのアクセスが多少落ちている様子が見られる。
迅速なSaaS購買意思決定・普及
このようなSaaSツールの迅速な導入が必要とされる状況においては、その購買意思決定のプロセスなども大きく変化した。営業コンテンツ管理ツールPandaDocとSaaS評価企業G2は、3月に米678社を対象に新型コロナウイルスの影響によるSaaSツール購買について調査を行っている。88%が急にリモートワークが決まったということから始まっているが、何よりも将来的にもSaaSソフトウェアへの支出が増えると47%が回答し、新型コロナウイルスの現状と今後も同等になると答えた企業が33%にものぼる。つまり新型コロナウイルス後も新たなSaaSツールを、リモートワーカーが利用していく必要があるということである。
リモートワークは今後も続く
アメリカでは、すでに多数の大企業がリモートワークを新型コロナウイルス後も引き続き実施していくことを発表している。MicrosoftやAmazonは少なくとも10月まで、Googleは2020年いっぱい、Twitter、課金プラットフォームのSquareなどは社員が選択すれば半永久的にリモートワークを続けることを許可した。
調査・コンサルティング会社Gartnerが317社のCFO(最高財務責任者)を対象に4月に行った調査では、75%が何らかのレベルで半永久的にリモートワークの社員がいる状況を続けていくと返答している。リモートワークが継続可能で、かつコスト削減に役立つことが分かる。
Facebookはリモートワーカー50%へ向けて採用
FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグは、同社はこれから5年から10年で、リモートワークの率を50%にすべく採用を開始したと発表している。また、現社員がリモートワーカーになり、他の都市や地方に引っ越した場合、新しい住居の場所にしたがって、給与を調整するとも述べている。これにより、シリコンバレーやFacebookのオフィスがある大都市から離れたいという希望を持つ社員保持や今まで大都市に住みたいと思わなかった新たな人材を獲得することが可能になると考えている。
ニューヨークの広告会社に務める筆者の友人はマンハッタンからコネチカット州でリモートワークを行っているが、今まで新型コロナウイルスがニューヨークやロサンゼルス、シカゴなど大都市で感染が広がったため、リモートワークのできる多くの人たちが一時的に郊外や地方に移っていることも多いようだ。
そして、それが実際に引越しに繋がるという調査も出ている。オンライン不動産サイトのZillow Groupではリモートワークを行っているアメリカ人の75%が少なくとも業務時間の半分をリモートで行い、66%が引越しをしたいと回答している。別の不動産サイトRedfinの調査では、50%がリモートワークをずっとできるのであればニューヨーク、ボストン、サンフランシスコ、シアトルなどの大都市から郊外に移りたいと答えている。それを受けてか、この6月頭のサンフランシスコの1LDKのアパートの家賃が、一年前に比べて9.2%落ちたとアパート検索サイトZumperが報告している。ここ数年上昇が続いてきた家賃だが、2017年3月と同等のレベルにまで落ちているという。
社員のウェルネスへの対応
B2B購買プラットフォームClutchが米300人の社員に2020年6月頭に調査を実施したところ、63%が従業員間での交流の時間が減り、35%の企業が企業文化サポートのバーチャルイベントなどをまったく実施していないという結果が出ている。だが、19%がチームでスキル向上のためのセッションに、13%がZoom飲み会に、そして9%がオンラインゲームに参加するなど、社員交流をバーチャルで行っているとレポートしている。
そして、多くの企業でCEO、幹部から全社へ向けてメッセージを届けたり、マネージャーとのチーム会議、一対一の時間の設定なども行われたりしている。また福利厚生の一環としてウェルネス、新しいスキルの学習、生活のサポートなどのための手当てを提供している企業も増えている。例えば、ソーシャルメディアマーケティング管理ツールを提供するBufferでは、オンラインでの心理セラピーや医療アドバイスを受けられるサービスを無料でリモート社員に提供し、それ以外にオンライン学習に月20ドル、Amazon Kindleやオーディオ本サービスで無制限の本の購買、息抜きにカフェなどで仕事を行うためのコーヒー代に月200ドル、そして自宅のネット環境のために月60ドルを提供している。Googleでもデスクやイスの購買に1000ドルを提供し、自宅での業務環境の充実を目指している。
新型コロナウイルスの影響によりリモートワークへの圧力が世界中で一気に高まった。この3ヶ月にわたる経験により、コミュニケーションやコラボレーションツールの発展と、経営層や社員たちが長期的に業務を続けるために必要なことが明確になりつつある。今までのような大都市の渋滞する高速道路や長時間の通勤電車を避けて、もっと家族と過ごせる時間を持ちながら、半分ぐらいはオフィスに行くというスタイルが広く浸透していくのではないだろうか。
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