複数同時参加が可能なバーチャルカンファレンスの魅力
~アメリカで浸透が進むバーチャルカンファレンス最新動向~
Text:織田 浩一
新型コロナウイルスがリアルのカンファレンスを次々とキャンセルに追い込んだのが今年2月、3月の状況だった。その後に予定されていたカンファレンスはほとんどバーチャルで開催されている。現在のアメリカのバーチャルカンファレンスの状況や利用プラットフォーム、そして新型コロナウイルス後のカンファレンスのあり方などを考えてみたい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
一気に増えたバーチャルカンファレンス
筆者が最後にリアルのカンファレンスに参加したのは1月半ばのNYCで開催された「NRF Retail's Big Show」だ。その様子は「小売業界を攻めるマイクロソフトと注目を集める画像認識AI」で記事にした。その後、2月にバルセロナで行われるはずだった「モバイルワールドコングレス」、米テキサスで行われるはずだった「SXSW」など、参加予定だったカンファレンスが新型コロナウイルスの影響で次々とキャンセルになった。
だが、それに代わって今は出張せずにほぼ毎週のようにバーチャルカンファレンスに参加するようになっている。3月の「Adobe Summit」に始まり、4月は「Discover MarTech」「SaaStr Summit」、5月に消費者データ提供企業LiveRamp主催の「RampUp」、顧客体験プラットフォーム企業Medallia主催の「Experience Virtual Summit」、カスタマーサクセスプラットフォーム企業Gainsight主催の「Pulse Everywhere」、そして6月には北米のスタートアップイベント「Collisin from Home」、広告業界のクリエイティブに関するイベント「カンヌライオン」と「マイクロソフトAIバーチャルサミット」の3つが同じ週に重なった。複数のバーチャルカンファレンスを別々のブラウザで同時に開き、おもしろそうなセッションを聴講するためにその間を行き来した。
これ以外にスタートアップインキュベーターやエンジェル投資家向けのピッチイベントもバーチャルになっていて、毎週のように何らかのバーチャルカンファレンスに参加することができた。
140ヶ国から32,000人以上を集めたCollision from Home
バーチャルカンファレンスの一例としてCollision from Homeについて見てみよう。
Collision Conferenceは、ポルトガル・リスボンで毎年行われているWeb Summitの組織が、2014年に北米のイベントとして立ち上げたもので、北米最大のスタートアップイベントとして多数のスタートアップ企業を集めて開催されている。2019年は拠点となったカナダ・トロントで5月に3日間開催され、世界125ヶ国から25,711人が参加し、講演者が730人、1,100社のスタートアップ企業が展示ブースを持ち、850人の投資家が参加した大型イベントであった。2014年開始時は参加者が1,500人ほどだったというので、イベント飽和状態と言われるこの5年の間に参加者が17倍に伸びたイベントである。
今年も6月に行われる予定だったが、新型コロナウイルスの大流行で3月頭にバーチャルカンファレンスへとシフトすることが発表された。参加費は79ドル、6月23日から25日の3日間、オンラインで行われた。
事前登録しておくと、当日は下図のようにイベントサイトにログインでき、6つのチャンネルで10分から45分程度のセッションが並行する。その中から希望するキーノートやセッションを視聴できる形になっている。630人を超える講演者が、起業、経営、投資、デザイン、マーケティング、AI、AR・VRなどをテーマにキーノートやパネルディスカッションを行った。チャンネルの中には「Classic Talks」という過去のセッションのビデオ配信もあり、TwitterのJack Dorseyや元副大統領のAl Goreなどのビデオが流れた。「CHANNEL 1」は参加者以外の人たちへの公開用で、YouTubeで同時配信を行い無料で視聴できる形にしている。もちろん、YouTube上での視聴にはYouTubeのコメント欄が使えるだけでCollisionの参加者やチャット機能は使えない。
各セッションのビデオ配信の画面上では、「いいね」やハートマークなどが用意され、講演者の意見に対する視聴者の賛意が画面上に表れる。画面の横には、そのセッションを見ている人たちのプロフィールが表示され、チャットにより視聴者同士で意見を交換することもできる。
イベント参加者同士のネットワーキング機能も用意されている。興味を持っている分野が重なる人をランキングで示し、アプリの中で直接連絡を取ることも可能だ。
今回1,000を超えるスタートアップの企業ブースの代わりになるのが下記の企業情報ページと、その企業にミーティングをリクエストするなど、つながりを持つことができる機能である。特にCollisionでは投資家とスタートアップ企業がつながる場なので、このような機能で投資の可能性について会話ができるようにしている。
同社の資料によると、今年バーチャルカンファレンスを開催したことで、参加国と参加人数を昨年からさらに増やし、140ヶ国から32,000人を集めた。参加費用が下がったり出張する必要がなくなったりしたことから今まで参加は難しいと考えていた人たちも、Collisionがどのようなものかを体験できたに違いない。
このカンファレンスのシステムは、リアルでのカンファレンスのセッション映像の配信のために同社がながらく準備を進めてきていたもので、12月に行われるWeb Summitでも利用され、リアルとバーチャルの両方で参加できるハイブリッドなカンファレンスになる予定のようだ。
バーチャルカンファレンス用プラットフォーム
Collisionは自社開発のシステムで行ったようだが、そのような開発リソースのないイベント運営会社などはどうしているのだろうか。
従来からオンラインセミナー(ウェビナー)で使われてきたOn24やZoomなどや、3Dバーチャルワールド風の6Connexなどが使われていることが多いようだが、それに加えて新しいプラットフォームも登場している。
On24
1998年設立のウェビナー専門プラットフォームでIBMやQlikなど多くのSaaS企業が利用してきたプラットフォームだ。新型コロナウイルスの影響で、ますます多くのバーチャルカンファレンスで利用されている。セッションや企業展示ブースのリストなどが入った「ロビー」のようなページからセッションのプレゼン、企業展示ブースのビデオ、PDFなどを見るといったメニューが用意されている。下図がDiscover MarTechで利用されている例である。
6Connex
3D風のカンファレンス会場とビデオを組み合わせたユーザーインターフェースを用意しているのが2011年に設立された6Connexである。
Hopin
2019年に立ち上がったばかりの、簡単なユーザーインターフェースでバーチャルカンファレンスが構築できるプラットフォームがHopinである。セッションメニュー、プレゼンステージ、ネットワーキング、企業展示などのメニューを用意しており、数分の作業でバーチャルカンファレンスの設定が可能という触れ込みのプラットフォームである。AdobeやVirginなどが利用している。
新型コロナウイルス後のカンファレンスのあり方
筆者はここ数年毎年9月にドイツのケルンで行われる世界最大の広告・マーケティングテクノロジーカンファレンスDMexcoに参加している。昨年は38,000人が参加したが、Web Summit同様、今年はこのカンファレンスもリアルとバーチャルを組み合わせたハイブリッドで行われる予定である。
現在、欧州連合内は行き来でき、また、感染者数の少ない日本や韓国、オーストラリアなどからの渡航は可能になっているので、それらの人々はリアルカンファレンスに参加できる。だが、感染者が多いアメリカ、ブラジル、ロシアからの欧州連合への渡航は禁止されている。このカンファレンスにはこれらの国からの参加者も多いのでバーチャル参加せざるをえない状況がしばらく続くだろう。
ただ、これはグローバルカンファレンスや国外の参加者を想定するすべてのイベントや組織に当てはまることで、特定の国からリアルな形で参加できない人たちにバーチャル参加のオプションを提供することがますます必要になるだろう。
そして、「Collision from Home」に見られるように、バーチャルで参加するオプションを用意することで今まで参加できなかった層を取り込むことが可能になる。同時にこれからしばらく出張費捻出が厳しい景気になる可能性があり、今までのカンファレンス参加者をつなぎ止める方法としても重要な役割を持つことになると考えられる。
新型コロナのワクチンが普及した頃には、カンファレンス業界の話題が「バーチャル参加からリアル参加へのアップセル戦略」になるのではないだろうか。
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