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小売業界を攻めるマイクロソフトと注目を集める画像認識AI
~小売最大級のカンファレンスで見えたものとは?~

 毎年1月にニューヨークで開催される世界最大級の小売業界カンファレンス「NRF Retail’s Big Show」。昨今は小売テクノロジーの企業展示やセッションが増え、スタートアップを集めたセクションや、イノベーションラボと呼ばれる新しいテクノロジーのお披露目の場所もある。これから2-3年のトレンドを見る上でも重要なイベントだ。今回は、同カンファレンスから2020年のトレンドや新しいテクノロジーの普及状況について解説したい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

NRF Retail’s Big Showとは

 今年も小売業界最大級のカンファレンス「NRF Retail's Big Show」に参加してきた。すでに筆者は4回目の参加となり、過去3年連続で参加しているため、最近では各年の進化が明確に見えるようになってきた。

 NRF(National Retail Federation)とは全米小売協会のことで、1911年に設立され、今では1万8000の小売企業がメンバーとして参加している。米国の小売は、毎年、米国民総生産に対して2.6兆米ドル(約285兆円)の貢献を果たしており、労働人口の最も大きな業界だ。NRFは、それを代表する団体である。政府へのロビー活動や小売業界に従事する労働者6万人のトレーニングを行ったり、チャリティ活動などを運営したりしている。

 年次総会として1911年から始まったRetail’s Big Showも、今回は世界99ヶ国から4万人が集まり、非常に大規模なカンファレンスとなった。AWS、Google Cloud、Microsoft、JDA、IBM、AmEx、SAPなどのスポンサーを含む800以上の企業展示があり、400の講演者がキーノートを含めた175のセッションで彼らの視点やトレンド、テクノロジーを共有できる。2019年は、90ヶ国から3万7000人の参加だったので、さらに規模を拡大した形だ。

 また、今年からこのカンファレンスが行われる週は、VIPパーティなどを含めたNRF Retail Weekとして、小売向けのイノベーション企業のデモイベントやデパートチェーン「Target」がインキュベートするスタートアップのお披露目イベントもあり、イベントとしても多様化した。

 今年のテーマは「Vision2020」。2019年は、全米でSears、Kmart、 Barneys、Forever 21などを含む9300の店舗が閉鎖。2020年もMacy’sなどが閉鎖を予定している。多くのショッピングモールで空きスペースが増えていく中、Amazonなどに対抗するための戦略を考え、打開策を見つけることを奨励し、新しい小売のあり方のビジョンをテーマとした。

過去最大の参加者数。企業展示会場に多数の人が入場していく
出典:NRF

Microsoft CEO によるキーノート

Microsoft CEO Satya Nadella氏はインテリジェント・リテールの概念について語る
出典:NRF

 スポンサーにAmazon AWSが入り、会場であるJarvits Centerの入口に同社は大きなブースを構えていた。だが、小売企業にとって競合であるAmazonのクラウドを利用するのは、Amazonの業績を上げることに貢献するため、避けたい選択肢である。そこで小売企業に対して、積極的に攻めているのがMicrosoftだ。毎年、企業展示会場への入口に大きなブースを構え、パートナーであるスタートアップ企業とともに新しいテクノロジーや自社のクラウドサービスなどのプロモーションを行っている。今年は、それに加えて、CEOのSatya Nadella氏がイベント開始時のキーノート講演でステージに立った。

 現在、小売業界は毎時間400ペタバイトの情報を創出している業界だ。これを利用して小売事業の効果をあげるべきであるという見解から、その戦略をまとめた同社の「インテリジェント・リテール」の事例について解説した。

 クラウドを含めたテクノロジーの導入が企業の運営を大きく変えるが、それには小売企業として顧客のプライバシーを守り、信頼を得ていくことが必要であると説く。そこには4つのトレンドがあると語る。

 まず第1点が「パーソナル化」。アメリカではEコマースの売上の30%がレコメンデーションを経由しており、80%の人がかなりの確率で購買すると言う。同社は、Xboxのゲームの購買傾向を顧客のクリックストリームから学び、マーチャンダイジングを各顧客向けにカスタマイズするという。また、毎日800万の顧客が購買するドラッグストアチェーン「Walgreen」では、9000店の棚にどのような商品を並べればよいか判断し、サプライチェーンを最適化するためのAIが使われていると言う。

 次に第2点目が「どこでもコマース」。ショッピングのスタートは75%がオンラインで、オムニチャネル体験が顧客生涯価値を1.6倍に押し上げるという調査報告が出ている。Walmartではオンライン注文、ドライブスルーでのピックアップを全米で展開しており、IoTクラウドプラットフォームを構築しGPSを利用して、顧客がピックアップ場所に来るタイミングを見て、フルフィルメントを最適化していると言う。

 そして、3つ目が「デジタルコマースマーケティング」。顧客データを大量に持つ小売企業が、これからメーカーのパートナーとなり、同時に収益を得るためにメディアチャネルになることが可能となる。住宅リフォーム用品チェーン「The Home Depot」は、Microsoftのオーディエンス分析・広告ターゲティングツール「PromoteIQ」を同社のサイトに導入し、顧客エンゲージメントの35%向上に成功し、広告販売を行っていると言う。

 最後に「社員のエンパワーメント」。店舗の店員やEコマースのスタッフへ顧客インサイトを提供するとコンバージョンが15%向上したり、顧客満足度が10%向上したりするという結果が出ている。家具販売チェーンIKEAでは、グループコミュニケーションツール「Microsoft Team」を利用した前線の店員を助けるチームを持っている。メッセージングを使ってナレッジ共有を行ったり、同僚に助けを依頼したりすることで、企業文化が強くなった事例が示された。

画像認識AIの拡大

 今回のNRF Retail's Big Showが以前に比べて大きく変わったところは、画像認識AIを使った各種サービスが大きく増えたことだろう。逆に、無線ICタグを使った製品・在庫管理関連のサービスがほとんど見られず、その様変わりの速さが非常に印象に残った。

 もともと米国の小売店では万引き監視のためのビデオカメラが天井に複数設置されており、そのビデオ映像を来店客数の測定や店内での顧客ジャーニー分析などに使ってきた。

 だが、今回企業展示のあった多くのテクノロジーは、新たにビデオカメラを設置することで、在庫やメーカーとの契約内容などを確認するソリューション群である。

 例えば、下図に見られるように、棚に小さなカメラを設置し、棚の在庫切れや、メーカーとの契約により取り決められた棚構成になっているかをモニターし、規定から外れている場合はアラートが表示されるツールなどである。

事前にメーカーとの契約内容などで棚割りを設定し、その後は定期的に画像から課題点についてアラートが表示される(撮影:筆者)

 さらに、過去2-3年で見られるようになったのは、在庫管理を夜中にロボットが行うもので、会場でも複数の展示があった。下図はZebraのもので、自動的に在庫状況をレポートする。

Zebraのロボットは、複数のカメラを使って在庫管理・メーカーとの契約の確認などを行う(撮影:筆者)

 さらに今回示された特に新しいサービスは、ドローンを使った大型店舗や倉庫での在庫管理であろう。独自のロボットを利用するよりも、より安くサービスを提供できるという売り文句で2社が展示を行っていた。

Gatherは、店員2人が2時間かかる在庫確認作業を8分に縮め、同時に自動化できるAIを提供(撮影:筆者)

デモグラフィック認識から視線認識へ

 店内ビデオカメラやデジタルサイネージに取り付けられたカメラなどを使ったソリューションは、ここ数年米国では一般的に利用されている。来店客の性別、年齢などのデータを収集し、マーチャンダイジングやサイネージで流すコンテンツを変更したり、店員の対応を変えたりといったことが可能となった。

 今年、新たな動きとして来店客の視線をトラッキングし、どの商品を見ているかなどを認識するテクノロジーが登場してきた。まず、店内解析のXovisは、天井に設置されたビデオカメラから顧客の見ている方向を分析するものである。

Xovisはすでに天井に設置されたビデオカメラからデータ解析業務をやっているので、同じデータからより詳細な顧客の動向をトラッキングしている(撮影:筆者)

 また、NECのブースでデモされていたのが、壁に取り付けたカメラから、顧客の視線をトラッキングし、ヒートマップを作るというものである。来店客がどの商品に興味を持っているのかを測定するのに利用される。

取り付けられたビデオカメラで視線をトラッキングし、その変化をチャート化している(撮影:筆者)

顔認証の小売での実用化

 プライバシーに関して懸念もある顔認証技術であるが、米国ではすでに注文、支払い管理で実導入が進んでいる。「顔認証とロイヤリティテクノロジーによるパーソナルな顧客体験」と言うパネルディスカッションでは、ハンバーガーチェーン「Caliburger」が、NECの顔認証を利用したロイヤリティー、支払い機能のあるPOP IDを含めたキオスクを導入し、以前のキオスクでは一人当たり平均3分かかっていた注文時間を会員のキオスク利用で30秒に減らした事例が示された。

 ハンバーガーの注文は、焼き方やトマト、レタス、玉ねぎの有無、ソースの種類などをいちいちキオスクで入力する必要があった。しかし、顔認証技術を使えば、顧客のアカウントを確認し、過去の注文内容をボタン一つで繰り返すだけで行える。これにより、注文時間、登録クレジットカードでの決済を30秒に削減することに成功したということである。Caliburgerでは、大学街にある店舗などでの利用が高いと語っていた。

左からロイヤリティコンサルティングのBrierley+PartnerのBill Swift氏、NEC AmericaのGirish Nazhiyath氏、小売テクノロジー、小売チェーン企業Cali GroupのYale Goldberg氏、Brierley+PartnerのJohn Pedini氏(撮影:筆者)

 NECアメリカによると、すでに全米でCaliburgerやサンドウィッチチェーンなども含めて複数のチェーンで26店舗、60のキオスクでの実導入が進んでおり、さらに拡大する予定だという。プライバシーの懸念があっても、顧客への利便性を高くすることで、広く受けいられることが示されている。特に、ソーシャルメディアを多用し、自撮りが当たり前な若い世代で受け入れられやすいということだろう。

NEC展示ブースでの顔認証のデモ。ビデオカメラがキオスクの上に設置され、過去の注文履歴などが表示され、繰り返し注文を行ったり、カスタマイズでき、さらに支払いを完了させられる(撮影:筆者)

 NRF Retail's Big Showでは、毎年新しいテクノロジーやサービスに触れているが、何よりも米国の小売チェーンなどにおける導入の速さが印象的である。多少課題があっても導入することで、積極的に新技術について学び、新たな顧客データを取り込み、それを利用して顧客体験を向上させていこうと試みている。Amazonがリアル店舗に参入している状況の中、小売チェーンは立ち止まれない状況にあると言えるだろう。