プライバシー保護へ急ぐデジタルマーケティング業界
~突然の停止延期、第3者Cookieから複合的手法への終わりなき模索~
Text:織田 浩一
広告主などがWebユーザーの行動を追跡するための仕組みと聞けば、第3者Cookie (クッキー)を頭に浮かべる人は多いはずだ。少し詳しい人なら、この技術を巡ってデジタル広告業界に激震が走っていることもご存知だろう。すでにWebブラウザのApple Safari、Firefoxでは第3者Cookieの利用はできない。Google Chromeでも、2022年から予定していた第3者Cookieの利用停止をこの6月になって一転して延期したものの、2023年中には止めるとしている。またAppleが、同様の仕組みであるIDFAの利用について、iOS14.5版のリリースからユーザー許諾の必要なオプトインに変更したことで、広告やアプリの企業はユーザーのデータを収集することが難しくなった。ここに至る経緯や、欧米企業がどのように対策を取ろうとしているのかをまとめてみたい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
Facebookデータ漏洩事件から始まったデータ収集への反発
元々、第3者CookieやIDFAなどモバイル端末IDの仕組みをGoogle、Facebook、Amazonや広告テクノロジー企業、デジタルメディア企業が広告ターゲティングなどで利用することに対して、主に消費者団体などがプライバシー上の問題を指摘していた。ただ、一般の消費者には大きな懸念事項とあまり認識されていなかったため、業界はユーザーデータの利用を当たり前のこととして継続・拡大し、第3者Cookieやモバイル端末IDを中心としたエコシステムが構築されてきていた。
その流れが大きく変わったのはFacebookやTwitter、YouTubeが政治キャンペーンで広く使われるようになってからだろう。Brexit(EUからのイギリス離脱)やトランプ大統領の選挙キャンペーンがこれらのソーシャルメディアを大々的に利用して運動を成功させた。このような出来事によりFacebookからユーザーの政治嗜好、心理データなどが社会調査という名目で取得され、政治キャンペーンに利用される状況が一般の人たちに知られるようになった。テクノロジー企業のユーザーデータ利用状況、それを売買する大手テクノロジー企業やデータマーケットプレイス、データブローカーやアドテク企業などに対して、プライバシー保護の観点から注目が高まっていった。消費者はそれまでどのように自分たちの属性やオンライン行動、購買データなどが利用されているかを理解していなかった。しかし、無料でFacebookやTwitter、Googleのツールが使える代わりに、自身が広告主に対して売られる「商品」になっていることを徐々に理解するようになったのである。
それを反映して、各地でユーザーデータの取り扱いについて定めた法律が施行されている。2018年にヨーロッパではGDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)が、2020年には米カリフォルニア州でCCPA(California Consumer Privacy Act:カリフォルニア州消費者プライバシー法)が施行された。すでにWebサイト上でCookie利用状況をオプトインにする下図のようなバナーやメッセージを目にすることができる。さらに日本やインド、ブラジルなどでもプライバシー規制が提案されるなど、プライバシー重視の動きはグローバルで進行中である。そこで、広告事業からほとんど撤退していたAppleが同社のSafariで、またオープンソースブラウザであるFirefoxでも第3者Cookie利用をデフォルトで停止し、Google Chromeも利用停止へ動く流れとなった。
Appleも端末ID使用をオプトインに
これらを受ける形で、AppleはiOS 14.5版へのアップデートとともに、iOSデバイスに割り当てた識別子IDFAによってデータ取得をしようとするアプリに対して、オプトインを必須とした。iOS14.5以降を利用するユーザーには、アプリの利用の際に下図にあるように、「このアプリが他の企業のアプリやWebサイトでのユーザー行動をトラッキングするのを許可しますか」というメッセージが表示され、それを許可するかどうかをユーザーが選択できるようになっている。
さらにApp Track Transparency機能では、同社App Storeで特定のアプリのデータ収集状況が示されるようになった。アプリにより、コンタクト情報、ロケーション、購買履歴などがトラッキングされている様子が下図では見られる。
結果的に、ユーザーが許諾を与えるオプトイン率は全体では低い値になっている。アプリ計測プラットフォームFlurryでは、iOS14.5が公開されて3週間後にアメリカのアプリ全体で平均6%のオプトイン率となった。これは非常に低い水準と言える。
ファーストパーティ、ゼロパーティデータ戦略が重要に
このような状況で企業にとってあらためて重要になったのは、ファーストパーティ(第1者)データ戦略である。自社の顧客や自社サイト・モバイルアプリ・メール・広告マーケティングメッセージに触れるユーザーからのデータを収集し、活用していこうとするものだ。第1者Cookieは現在も、そして来年以降も使うことができる。それとオプトイン、登録ユーザー属性、行動データをCDP(顧客データプラットフォーム)などで統合し、さらに外部パートナーからのセカンド(第2者)・サードパーティ(第3者)データを加えて、ユーザーセグメントを構築することが一般的になっている。
最近では今まで消費者と直接の関係を持つことが少なかったパッケージグッズメーカーなども、D2C(顧客への直接販売)に参入したり、D2Cブランドを買収して、ファーストパーティデータを使った事業を目指したりする動きも増えている。
加えて、顧客やユーザーが自ら提供するゼロパーティデータと呼ばれるデータの収集・活用も注目されている。例えば、企業がホワイトペーパーやコンテンツへのアクセスと交換に、今まで取得できなかったモバイル番号や居住地の提供を求めたり、アンケートやクイズなどを介して顧客の商品嗜好などを収集したり、といったことが行われている。デジタル誕生日ギフトを提供するなどして年齢、性別、居住地、家族構成など人口統計学的なデモグラフィックデータを取得することなどもそうだ。
AppleのIDFAオプトインの発表があってから、数々の企業がオプトインメッセージ内容や表示タイミングなど、顧客・ユーザーデータ取得を増やすための最適解を追究しようとしている。下図は、モバイルアプリ解析企業Kochavaがオプトインを求めるメッセージの背景の色を変化させて試している様子である。これに加えて、メッセージの長さを変えたり、質問文にしたり、オプトインする人たちの割合を表示したり、画像を加えたりすることで、どのようにオプトイン率が変わるかを同社はテストしているのである。
推奨される複合的ソリューション
米デジタル広告業界団体IABは、Google、New York Times、The Trade Deskなど650社のデジタルプラットフォーム、エージェンシー、広告主のメンバーを含めた組織で、世界の国々で同様の団体と提携を進めている。日本インタラクティブ広告協会(JIAA)も2017年に43カ国目として提携している。IABの傘下にあって業界共有テクノロジー開発とスタンダード構築を行うIAB Tech Labは、第3者Cookieに代わるユーザープライバシーを考慮した新しいトラッキングスタンダードを確立するイニシアチブ「Project Rearc」を昨年2月に発表。世界で数百人の専門家を集めたタスクフォースを立ち上げている。メンバー企業がそれぞれ個別のID、トラッキングソリューションを構築する一方で、広告主、媒体社、エージェンシー、広告テクノロジー企業を含む業界のエコシステムにおいて、それらがユーザーのプライバシーを守りながら利用できるようにスタンダードを設定しているのである。
IAB Tech Labは、第3者CookieやIDFAの現在の状況に照らして、下図のように個別ターゲティングやユーザー認識に関して企業がどのように対応していくべきかをセミナーで説明している。対応には、単一のソリューションやアプローチでは不十分で、複数の方法を組み合わせて行うことが必要であると強調している。以下に少々具体的な内容まで踏み込んで紹介していくが、様々な仕組みの活用へ移行しようとするトレンドの変化が分かるはずである。
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非リンクの第1者ユーザーに対するシナリオ
(ユーザーからオプトインされておらず、広告主と媒体社のユーザーデータがリンクされていない状況)
・コンテクスト
ユーザーの属性・行動データは利用せず、閲覧する記事や視聴するビデオなどのトピック分類、キーワードやタグなどでの分類に合わせて広告を配信するというもの。最近では画像認識AIを利用する広告テクノロジー企業GumGumなどのように、画像やビデオの内容をAI分析し、自動的にトピックや分類タグ付けをして、それに合わせた広告を選択して配信することも行われている。
・媒体社定義のユーザーセグメント
媒体社側で設定するユーザーセグメントで、例えば、自動車購入検討中や旅行への興味の高い層などのユーザーセグメントを広告主に販売することである。広告主側のデータは利用できない状況だが、新規顧客の獲得に利用できる。
・プライベートマーケットプレイス
上記と同様に、媒体社群と独自のマーケットプレイスを構築することで特定セグメントのユーザーを増やす施策である。 -
ブラウザ・OSにリンクしたユーザーに対するシナリオ
・Googleプライバシーサンドボックス
・Apple SKAdNetwork・Private Click Measurement
これらは、Google、Appleのブラウザ、デバイスでそれぞれ広告主のキャンペーンの効果測定のために、個別ユーザーではなく、特定のセグメントの集合データを提供するツールである。オプトインされていないユーザーに対する広告効果を検証するのに使えるが、個別のユーザーを認識せず、プライバシーを守ることができる。 -
一対一でリンクされたユーザーに対しするシナリオ
(ユーザーのオプトインがあり、そのユーザーデータが広告主と媒体社の間でリンクできる状況)
・オプトインされたデバイスID/Cookieの共有
・ユーザーログインによるID
・パートナー企業のオプトイン顧客・ユーザーデータを検討・共有できる、外部にデータが漏れない安全な環境であるデータクリーンルームの利用
現在、この分野では、メールアドレスやモバイル番号などを暗号化してユーザーを企業間で共有するためのサービスが数々出ている。例えば元々はデジタル広告購買プラットフォームThe Trade Deskが構築し、多数のパートナーとの協力でオープンソースツールになった「Unified ID 2.0」や、LiveRamp、EpsilonそしてAcxiomなどのデータプロバイダーによるソリューションが提供されている。
これらのポートフォリオ的アプローチに加えて、AIや機械学習などを利用しIPアドレスやデバイスクロックなどのデータからオンライン行動が同一のユーザーであることを推測するテクノロジーなども利用されている。これらはフィンガープリンティングテクノロジーと呼ばれている。
だが、これらのソリューションやそこで共有されるパートナーからのデータでは、それぞれがカバーできるユーザー数や自社のユーザーとの重なりは限られている。そのため複数のパートナー、ソリューションを組み合わせることによるユーザーセグメントの特定や、施策の優先順位付けが求められるだろう。
さらに考えなければならないことは、AppleやGoogleなどがプライバシー対応やデータ提供のスタンスを今後も変えていく可能性である。どのように変えるのかを予測することは難しい。Googleのプライバシーサンドボックスについては、Amazonサイトでデータ収集を停止するというニュースや、アメリカで独占禁止法に照らして問題視する動きもある。第3者クッキーの延長を突然発表したのもこれらへの対応と見られ、GoogleやAppleでさえも外部要因で対応を変化させる可能性がある。耳を澄ませば、新技術のフィンガープリンティングテクノロジーが将来使えなくなるのではという業界内のささやきも聞こえてくる。つまり、ここで紹介しているアプローチや方法はこれからも流動的で、新たに登場するアプローチも同様である。企業が多数の方法を組み合わせながら、試し、必要なものを残していくという模索を繰り返す状況になっていくだろう。この変化の流れには終わりが無さそうだ。
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