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コロナ禍でABMはどう変革したか?
~米国におけるB2Bマーケティング最前線~

 すでにB2Bマーケティング・営業活動の代名詞として定着してきたといえるABM(Account-Based Marketing)が、コロナ禍の影響でさらに注目を浴びている。今回はアメリカでABMがどのように変革しつつあるかを解説する。

織田 浩一(おりた・こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

コロナ禍で加速するABM

 長い検討期間と複数担当者による購買意思決定が必要なB2B製品・サービスの購買に対応するためのマーケティング・営業活動において、ABMの利用がここ数年増加している。調査会社Markets and Marketsにおける世界のABM市場規模を予測した「Account-Based Marketing Market」レポートによると、世界のABM市場は2017年に5億3480万米ドルだったのが、2023年には11億9690万ドルに倍増する予測で、年率13%程度の伸び率で成長することが予測されている。

 見込み客となる企業を先に選定して、マーケティング・営業活動のためのリソースを集中させるABMのアプローチは、コロナ禍で営業活動に支障が出る昨今の状況や、マーケティング予算の見直しなどを受け、注目度がますます高まっている。

 ABMプラットフォームを提供するTerminusが、Salesforceが提供するマーケティングオートメーションツール「Pardot」などを活用し、共同で調査した結果を「2020 State of ABM Report別ウィンドウで開きます(ABM2020年現状レポート)」として公開している。対象はB2B企業のマーケティング担当者、マーケティング幹部、営業担当者、営業幹部、カスタマーサクセス担当者など313件。業種別には56.6%がテクノロジー・ソフトウェア、次に21%がコンサルティングなど企業向けサービス、6.6%が製造業、同じく6.6%が建設、そしてその後に、医療、金融サービスなどが続いている。

 レポートではまずABM成熟度の段階を下記の4つに分けることから始めている。

  • パイロット:まだ実験的にABMを実施している
  • 初期段階:現在、ABMのプロセス、テクノロジーの導入を進めている
  • 中期段階:ABMは戦略として結果を出しており、最適化を進めている
  • 成熟段階:営業・マーケティングチームが完全にABMのプログラムを利用している

 下図に示すように、2020年の現状として43%の初期段階から36%の中期段階の企業が主流になっており、13%が成熟段階に入っているという状況が見られる。

現在の自社のABM成熟段階状況
出典:Terminus「2020 State of ABM Report」
https://terminus.com/2020stateofabm/別ウィンドウで開きます

 自社のマーケティング活動がどれだけABMプログラムの導入を進めているかについての返答が下図である。なんと、成熟段階の企業ではマーケティング活動のうち78%をABMプログラム活用に充てており、中期段階では51%、初期段階でも48%と、成熟度が進むほどマーケティング活動がABM中心になっていることがうかがえる。全体でも52%と、かなり積極的にABMプログラムでのアプローチを行なっていることがわかる。

マーケティング業務のうちABMプログラムに使われている割合
出典:Terminus「2020 State of ABM Report」
https://terminus.com/2020stateofabm/別ウィンドウで開きます

 売上にもABMは貢献している。下図はABMプログラムに起因した売上の割合を示したものである。パイロット段階では18%であるのに対して、中期段階では40%、成熟段階では73%になっている。

ABMに起因した売上の割合
出典:Terminus「2020 State of ABM Report」
https://terminus.com/2020stateofabm/別ウィンドウで開きます

 特に新型コロナウイルスの影響でABMプログラムの重要度が高まっていることも調査からわかる。下図は調査参加者すべてに、「コロナ禍のステイホームの影響で、ABM戦略がどうなっているか?」を問い合わせたものだ。「事業目的に重大なものになった」「非常に重要なものになった」「少し重要なものになった」を合わせると72%を占める割合で重要度が上がっていると答えている。

コロナ禍のステイホームの影響とABM戦略の関係
出典:Terminus「2020 State of ABM Report」
https://terminus.com/2020stateofabm/別ウィンドウで開きます

 それを受けてか、ABM予算も特に中期段階、成熟段階の企業で増やす傾向が見られる。

 下図は各段階でのABM予算の増減の予定を示しているが、中期段階、成熟段階の企業では80%以上がABM予算を昨年同額か増やしていくということが示されている。コロナ禍の中でパイロット段階の企業では50%が減らすと答えていることと比較すると、成熟度合いが上がるにつれABMに予算をより多く投下する傾向にあることが読み取れる。

ABM予算
出典:Terminus「2020 State of ABM Report」
https://terminus.com/2020stateofabm/別ウィンドウで開きます

ABMのアプローチ

 では次に、今までのB2BマーケティングとABMではどのようなアプローチの違いがあるのかを簡単に見てみたい。今までのリード(見込み客)獲得のアプローチと、アカウントベースであるABMのファネルを比較するのが下図である。

 ABMではまず自社製品やサービスのICP(Ideal Customer Profile:理想の企業顧客プロファイル)を「特定」する。業種や売上、特定の課題をもち始める段階の企業規模になっていることなどが重要な要素になる。SaaS分野では、例えばSalesforceやAdobeなどのプラットフォーム上で使えるアプリを販売する企業であれば、これらのプラットフォームを導入した企業へは非常に売りやすくなるため、その条件は非常に重要だ。これらを含めた多面的な要素を前提にICPを特定していくことになる。

Adobeが示すABMのステップ
出典:Adobe

 そのICPに合致する企業をCRMデータ内で選択したり企業データを外部から取り込んだりして、それらの企業の中で必要な肩書きや部署を特定し、「接点拡大」を行う。企業における製品・サービス購買の意思決定には、利用部署、調達部門、テクノロジー評価などを行うIT部署、財務部門などが絡むケースが多い。またそれぞれの部署や担当者が推奨をしたり、購買や予算の意思決定を行ったりするので、それぞれの部署や担当者向けのマーケティングや営業活動が必要になる。

 それらの部署や担当者に対応するコンテンツや広告を使いマーケティングやナーチャリングを行い、それを営業担当者がフォローするのが「エンゲージ」の段階である。自社の製品・サービスサイトなどに、どこの企業からのトラフィックが発生しているのかをIPアドレスなどで認識し、業種別、企業規模別にサイトを用意したり、チャットボットなどを使ってリアルタイムで質問に答えたりする。メールアドレスなどを取得し、その続きを営業担当者がチャットやメールでフォローし、見込み客の質問などに対応してファネルの次の段階へ進めていくということも行われている。B2Bでの利用でもクロスチャネルでの対応が非常に重要になっているのが現状である。

 販売が完了し顧客からの満足を得られると、そこから自社への「支持/拡散」の段階になる。他の部署への販売や他の製品・サービスの追加購買、他社への推奨などをサポートし、販売を拡大していく段階となる。

 これらのサイクルをICP単位で繰り返し、売上を拡大するという施策がABMのアプローチである。

ABMプラットフォーム

 このようなABMアプローチをサポートするプラットフォームを提供する企業が多数登場してきている。テクノロジー調査企業Forrester Researchが2020年第二四半期に公開した「The Forrester New Wave: ABM Platforms Q2 2020」はその中の主要なプラットフォームを紹介するレポートである。同社はそれぞれのプラットフォームやその顧客へのヒアリングやアンケートを行い、それによる評価を公開している。

 下図はその結果により、プラットフォームをプロットしたものである。縦軸は現在提供する機能やサービスがどれだけ優れたものであるかを評価したもので、上に行くほど優れている。横軸はそれぞれのプラットフォーム企業の戦略を評価して、将来的な機能やサービスなどの先見性や可能性などを評価しており、右側が評価の高い企業である。また、それぞれのプラットフォームを示す円の大きさは、各社の市場での存在感を示し、売上の規模を示すものである。これらにより、右上から4層の分類で、優秀な企業から「リーダー企業」「有力企業」「候補企業」「挑戦者」に分けられている。

出典:The Forrester New Wave「ABM Platforms Q2 2020」

 ただし、ここに掲載されているプラットフォーム企業群は、提供するサービスやプラットフォームもかなり違っている。市場での存在感の大きな2社を例に提供するサービスの違いを示そう。

Demandbase

 2007年に立ち上がったクロスチャネルABMプラットフォームを提供するのがDemandbaseである。DocuSignやAdobeのようなSaaS企業やRenesasなど製造業企業も利用しているプラットフォームである。

 下図の同社サイトでプラットフォームの構成が示されている。利用企業の顧客・見込み客などの第1者データと外部のB2B媒体や企業・社員データなどを取り込んで統合し、それをICPである企業アカウント単位でまとめる。それを使ってEメール、チャット、サイト、ダイレクトメールや広告、営業活動などをアカウント単位で統一し、クロスチャネルでパーソナル化して行う。これらを管理するオーケストレーションプラットフォームである。

 図の中央部分にあるように、統合した企業アカウントデータからICPにどれだけ合致しているかのスコアを用意する。営業パイプラインの予測やエンゲージメント時間によりスコアを変動させ、顧客ジャーニーを分析しながら営業分析をしていくという機能が含まれている。

 パイプラインやコンバージョンの分析により、ICPの修正をするためのインサイトなどを得て、次の企業アカウント群への対応を考えたり、今までICPに含まれていなかった企業をターゲットにしたりすることも可能になる。

同社のABMプラットフォームを示すDemandbaseサイト

TechTarget

 TechTargetは1999年設立のITメディアを展開する企業である。今ではサイトを訪れるB2Bユーザーの購買意図データを使ってABMプラットフォームを提供している。CIO向け、クラウドコンピューティング、BI、データセンター管理、サイバーセキュリティ、モバイル、アプリなどの分野の様々な記事を展開して、その記事の閲覧情報や白書などのダウンロード、オプトインで提供される情報から、そのユーザーの購買意図データを取り出し、販売するプラットフォームである。日本でもITmediaが2006年から提携して、主にメディアとデータ提供事業を展開している。

 同社がアメリカで展開しているPriority Engineは、同社サイトでの閲覧、検索情報や白書ダウンロードなどから、どの企業アカウントを優先してマーケティング・営業活動を行うべきかのランキングを提供したり、同社の記事サイトでの広告活動を特定企業アカウント向けに行ったりということを可能にしている。また同社がユーザーからオプトインで提供を受けているプロファイルデータを使い、アウトバウンドのマーケティングキャンペーンを行うことを可能にしている。

 AMD、Dell、Microsoft、Nvidia、Vmwareなどのテクノロジー企業が同社のサービスを利用している主な企業である。

同社のPriority Engineサイト。記事や白書提供でユーザーからプロファイルデータや購買意図データを取得し、それを販売することが主要な事業である。
https://www.techtarget.com/products/priority-engine/別ウィンドウで開きます

 ABMは主にSaaSやハードウェアなどテクノロジー企業での利用が高まっているが、Terminusの調査に見られるように、コンサルティング企業や製造業、建設業界などでも利用が徐々に進んでいる様子が見られる。2010年代にマーケティングオートメーションの考えを導入した企業が、B2Bでは企業単位での対応が必要ということに気がついたのだ。

 上記のDemandbaseに見られるようにクロスチャネル対応が進んでいる。その先にはForrester Researchのレポートに含まれている製造業に特化したJabmoのように、業界向け専門機能を構築していくことが予測される。まだまだ進化が進む市場と考えていいだろう。