D2Cへアクセル吹かす欧米大手ブランド
~デジタルは「価値生む家賃」、DXも加速させる新常識とは~
Text:織田 浩一
自社ECサイト上でデジタルを駆使して消費者へ直接販売する形態、D2C(Direct to Consumer)の広がりに北米で拍車がかかっている。シューズメーカーのNikeによるNike Storeの展開や、消費財メーカーのユニリーバによるDollar Shave Clubの買収など、とりわけ大手ブランドのD2C化が進んでいる。コロナ禍がさらにこの流れを加速させており、他大手メーカー、大手小売も次々とD2C施策を推進する。なぜ大手ブランドがここに来てD2C施策のアクセルをさらに力強く踏んでいるのか、その現状をまとめてみたい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
コロナ禍が加速させたD2Cの成長
コロナ禍が様々なデジタルトレンドの流れを加速させたことはこのコラムで何度も書いてきたが、その中でもEコマースの伸びが特に顕著だ。今まであまりEコマースが利用されることのなかった食材や食事のデリバリー、アパレル事業などがこの時期に大きく伸びたためである。下図に見られるように、過去10年にわたる小売全体売上に対するEコマースシェアの伸びは10.4ポイントだった。それが、2020年のコロナ禍以降、2ヶ月の間にそれを超える11ポイントの伸びを見せたのだ。もちろん、デジタルタッチポイントを中心としたD2Cブランドは、この期間に市場シェアも売上も伸ばしている。
例えば 2015年設立の米D2CマットレスブランドのPurpleは、下図に見られるようなオンラインサービスを展開している。ネットで注文すると、チューブ型に圧縮されたマットレスが家まで配送される。試してみて気に入らなければ無料で返品することも可能だ。現在では、百貨店やマットレス専門小売チェーンなどでも販売するが、元々はデジタル中心のD2C企業として誕生した会社である。デジタルマーケティングにおける購買ファネルの各段階に対応したコンテンツの展開からEコマース、返品や質問、苦情などの顧客サポートまで、様々な取り組みをデジタルチャネルを介して行っている。
同社は、下図のようにコロナ禍で株価を一時下げたものの、コンタクトレスであるEコマース中心の形態で売上を伸ばし、株価を再び大きく伸ばしている。これに対して、百貨店、マットレス専門小売チェーンなどが販売チャネルの中心である競合の株価は対照的な推移を描く。例えばTempur+Sealyは、2019年にはPurpleと同等の株価だったが、2020年以降の株価の伸びは低調でPurpleと大きく差が付いてしまった。2021年に入り、コロナ禍後の調整が入りつつあるが、明らかに2020年はPurpleにとって市場シェアや売上を伸ばした良い年だったと言える。
成長の鍵はデジタル中心のD2Cバリューチェーン
ここまでデジタル中心という曖昧な言い方をしてきたが、D2Cの強みは顧客データを利用した顧客体験の向上や迅速な配達、サービスの改善を行えることである。従来の小売業でも顧客接点からデータを集めることはできるが、それが製品開発やサービス向上に直ちにつながらないことが課題だった。メーカーにとっては、顧客のプロフィルや彼らの評価を具体的に受け取ることが難しかったが、D2Cは、それらを統合して解決する事業モデルである。
デジタル広告業界団体IABでのD2Cブランドに関するプレゼンテーションから抜粋した下図の資料を見て欲しい。デジタルマーケティングを利用して顧客を獲得し、オムニチャネルの購買パネルの各段階でコンテンツやコミュニティを利用して顧客体験を高め、顧客データを使って配達、サービス、製品開発、価格設定などを向上していくプロセスが、長期的な顧客生涯価値につながり、成功に至るということを示している。従来の店舗に代わり、「顧客獲得コストが新たな家賃であり」「顧客獲得コストを投資して、顧客生涯価値を生み出すビジネス」と、このプレゼンテーションは成功するための心得を語っている。
第1者データ取得へ向かう大手ブランド
顧客との関係を従来持たなかったメーカーは、顧客とコミュニケーションを取る方法や顧客データを取得する方法がなく、広告か第3者データに頼ってマーケティングや サービス、製品開発施策を行わざるを得なかった。ここへ来て、大手メーカーはD2Cのアプローチを使って顧客に直接販売し、第1者としての顧客データ収集に乗り出している。この背景には、欧州プライバシーデータ規制(GDPR)や米カリフォルニア州プライバシー規制(CPRA)などにより、第3者データの取得や流通が難しくなってきていることが挙げられる。
小売でも、Eコマースの売上が元々さほど大きくなかったり、特定の顧客セグメントへの製品構成が弱かったりする企業にとっては、D2Cブランドを買収することで、その顧客セグメントにアプローチすることや、既存客に新たな商品を販売するアップセル・クロスセルの機会を取り込むことができる。Walmartは、ここ数年で都市型男性ファッションのBonobos、様々なサイズの女性服を取り揃えたEloquii、アウトドアカジュアルファッションMoosejaw、ヴィンテージ風女性服ModClothなどのD2Cブランドを次々と買収し、顧客層の若返りを進めようとしている。
では、ここから事例紹介として大手メーカーがどのようにD2C施策を推し進めているかを見ていこう。
アプリとデジタルで囲い込むNike
Nikeは、1990年代からNike Storeを積極的に広げており、世界で約1,100の自社店舗を運営する。最近ではNYCなど大都市にデジタルフラッグシップ店舗も展開している。
だが、昨今特に力を入れているのがモバイルアプリを使ったメンバーシップ構築とそこからのEコマース購買である。2019年末の段階で、Nikeのモバイルアプリのユーザーは世界に1億7000万人いた。コロナ禍に入った2020年第1四半期にはモバイルアプリへの需要が150%向上し、Eコマースアプリへのニーズは200%上がったという。下図に見られるようにジョギング、トレーニング、スニーカーファン向けなどの商品を用意し、それぞれにトレーニングコンテンツやミュージックプレイリスト、コミュニティ構築、Eコマース機能を付けて、D2C販売への重要なチャネルに育てている。
これらの店舗直販とデジタルからの売上により、同社のD2C売上の伸びは、2010年の13.5%から2020年には33.1%と順調に成長しつつある。
店舗をマイクロフルフィルメントセンターに、カスタム化進めるLevi’s
アメリカで自社店舗を200以上運営しているLevi’s。コロナ禍で大きく変化した点は、顧客に近い店舗を小規模な物流基地としても活用する、マイクロフルフィルメントセンターとしての機能を強化したことだろう。昨年5月時点で、Eコマース販売の30%が店舗から配送され、また80%の店舗がBOPIS(Buy Online, Pickup In Store:オンライン購買、店舗ピックアップ)や路上ピックアップに対応しているという。
D2Cの販売チャネルを持つ意味は、独自の製品ラインやカスタム化などの機能を導入して、他のブランドとの差別化を図るということである。同社のサイトではTailor Shopというセクションを設けて、特に若いZ世代が好むジーンズやジャケット、Tシャツなどの製品に対してカスタム化を可能にしている。カスタム化は、複数のブランドを扱う小売サイトでは提供が難しいサービスである。刺繍、レーザー、プリントなどで名前やメッセージを書き込んだり、ジーンズのパッチの色を変えたり、ジーンズの破れ方などもカスタムで設定できる機能を同社サイト内Tailor Shopで提供している
小売、メーカーともにサブスク企業買収へ
この分野における究極のビジネスモデル転換といえば、サブスクリプションだろう。従来のアプローチでは広告・販促を使って店舗で最初の商品を買ってもらい、リピート購買を促進するための施策をメールや広告、Eコマースの製品推奨などで行うことなどだったが、サブスクリプションには顧客生涯価値を高め、顧客が他社に流れるブランドスイッチを抑えるメリットがある。
ユニリーバが2016年にカミソリのサブスクリプション企業Dollar Shave Clubを買収してから、この流れは小売企業を中心に加速している。大手ペット用品小売チェーンであるPetsmartがオンラインペットフード・ペット用品サブスクリプションサービスのChewy.comを買収し、米スーパーマーケットコングロマリットKrogerもレシピと食材を組み合わせたミールキットを宅配するHome Chefを、そしてKrogerの競合のAlbertson’sも同様のサービスPlatedを買収している。
メーカー側でもAB InBevがクラフトビールのサブスクリプションサービスBeerbodsを買収した。P&GはすでにカミソリブランドGilletteでサブスクリプションサービスを始めている。だが、同時に幾つかのD2Cブランドを買収する中で、直近では昨年始めに女性向けシェーバーのサブスクリプションサービスBillieの買収を発表した。しかしこの買収は米連邦取引委員会が独占禁止法に抵触するということで取りやめになったが、同社がサブスクリプションの急展開を進めていることを示すものとなった。
D2Cという事業形態はメーカーと小売の境界を崩すものだが、デジタルチャネルを含めてオムニチャネルで顧客とつながり、顧客の必要とする製品やサービス、体験を提供するための形態として、D2Cはもはや必要不可欠なものとなっている。今後、メーカーや小売のデジタルトランスフォーメーションさえもが、各社のD2C展開やD2Cスタートアップ買収により達成されていくと考えられる。
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