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5Gが加速させるデジタル医療の大変革
~ここまで来た欧米の遠隔医療の最前線~

 コロナ禍により、さまざまな業界や分野のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んだ。中でも遠隔医療はデジタル技術によって大きな変革をとげつつある分野の1つである。5Gの普及もさらなる追い風となっている。2021年初夏に開催の通信業界カンファレンスに登場した最新の医療サービスを含めて、どのようなサービスが欧米で生まれているのか見てみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

コロナ禍で伸びる遠隔医療

 2020年3月からアメリカでは大都市を中心に数回にわたってロックダウンが行われた。それに伴い、多数の医療機関で遠隔医療が広がり、新たな展開を見せた。診察予約がオンラインになり、電話やビデオによる医師の診察・面談なども一般的なものとなった。デジタルデバイスによる健康状況、血糖値や血圧などのトラッキングも行われるようになっている。

 この状況はコロナ禍により生み出されたものだが、他のデジタルサービスと同様に、一度遠隔医療に慣れ、その便利さに気が付くと、コロナ禍後も利用が続いていくと予想されている。下のMcKinsey & Companyによるグラフはその状況を示したものである。2020年2月のコロナ禍前の遠隔医療の利用状況を1として、その後の普及度合いを比較している。2020年4月にはいったん78倍とピークを迎えた後、6月以降は比較的安定して30-40倍を維持し、2021年2月の38倍に至っている。ワクチンの普及や、デルタ株など変異種の広がりにより、今後も上下する可能性はあるが、コロナ禍が遠隔医療を普及させ、そのまま一定数の人たちが遠隔医療を使い続けることは間違いないようだ。

2020年2月の状況を1とした遠隔医療利用状況のインデックス
2020年2月の状況を1とした遠隔医療利用状況のインデックス。コロナ禍が始まった2020年4月に78倍とピークに達したが、2021年2月でも38倍と引き続き高い利用動向を示す 出典:McKinsey & Company:Telehealth: A quarter-trillion-dollar post-COVID-19 reality?別ウィンドウで開きます

 遠隔医療の定着を見越して、2020年からベンチャーキャピタルなどはデジタル医療分野への投資を増やしている。下のグラフはその推移を表す。2020年の第2四半期から投資額が急上昇し、第4四半期には146億ドルと2017-2019年に比べて急速に伸びていることがわかる。

デジタル医療への投資と遠隔医療企業の売上
デジタル医療への投資と遠隔医療企業の売上。コロナ禍以降、急激な投資額の増加が見られ、遠隔医療の売上も倍増していることがわかる 出典:McKinsey & Company:Telehealth: A quarter-trillion-dollar post-COVID-19 reality?別ウィンドウで開きます

広がる5Gへの期待

 遠隔医療への急激とも言える投資額増加については、5G普及への期待も一因と見られる。2021年6月から7月にかけて、通信業界の世界最大のカンファレンス、モバイルワールドコングレス(MWC)2021がスペインのバルセロナで開催された。そのキーノート講演で、同カンファレンスを運営する通信業界団体GSMAの代表は、2020年はコロナ禍であったにもかかわらず、通信会社の5G普及を積極的に推し進めてきたと語った。GSMAは毎年「The Mobile Economy」という通信業界の状況を示すレポートを発行する。その2021年版には、2021年3月までの5Gの普及状況が4つのポイントで示されている。

  • 世界の157のネットワークで利用可能
  • 通信回線数は2億3400万。全モバイル回線の4%にあたる
  • 600種類以上の5Gデバイスが発表されており、うち400以上がすでに購買可能
  • 世界人口の15%が5Gカバレッジのあるエリアに住む。香港、クウェート、カタール、韓国、スイス、アメリカでは80%以上の人口をカバーしている

 そして、世界における5Gの浸透状況は、2025年までに21%にまで伸びると予想する。

2Gから5G について2025年までの世界における浸透状況予測
2Gから5G について2025年までの世界における浸透状況予測 出典:GSMA:The Mobile Economy 2021別ウィンドウで開きます

MWC2021に見た5G利用の医療スタートアップ

 では、この分野のスタートアップ企業をいくつか見てみよう。まずはMWC2021で紹介されていた企業である。

Neuroelectrics

 MWCの新規テクノロジーを紹介するキーノートで、CEO自身が脳波測定デバイスを付けて登場して話題になったのが、脳波測定デバイス、脳波データのクラウド分析プラットフォームを提供するNeuroelectricsである。MWC開催地であるスペイン・バルセロナで2012年に設立。2021年5月に1750万ドルの投資を受けて現在は従業員50人ほどの規模にまで伸び、米ボストンにもオフィスを構える。CEOのAna Maiques氏はEC(欧州委員会)で起業家精神を持った女性イノベーターとして選ばれたことをはじめ、スタートアップ企業の賞をいつくか受けている、非常に注目度の高い人物である。

 同社のサービスは、30の脳波センサーを付けたヘッドセットデバイスと、そこから得られた脳波データを可視化、分析するプラットフォームの提供である。患者が自宅で脳の使い方をトレーニングするために使用される。まずはてんかん患者を対象に提供される予定である。てんかんの発作は、患者の脳の一部にある神経細胞が異常な電気活動を行うことにより起こる。同社がボストンで行ったパイロットテストでは、20人のてんかん患者への8週間の脳トレーニングプログラムを実施した結果、発作の頻度が中央値で44%減り、75%以上減る患者も4人いたという結果を出している。アメリカには220万人のてんかん患者がおり、そのうち3分の1の患者は医療薬では発作を抑えることができず、手術以外の治療方法が求められているという。このてんかん治療の分野で、同社のデバイスはすでにFDA(米食品医薬品局)から、てんかん症向けのブレークスルーデバイスとして認証されており、これにより治療方法としての評価が定まっていくと考えられている。

 てんかん治療から始まった同デバイスは、脳対処治療として他の分野でも利用が検討されている。うつ病、アルツハイマー、パーキンソン病などの分野への展開が考えられており、うつ病ではパイロットテストが行われているという。

脳波測定のデバイスと脳波データのクラウド分析プラットフォームを提供するNeuroelectrics
脳波測定のデバイスと脳波データのクラウド分析プラットフォームを提供するNeuroelectrics

Advances In Surgery

 手術医師同士のネットワークを構築し、遠隔手術を助けるデバイスやサポートネットワーク、コンテンツを提供するのがAdvances In Surgery(AIS)である。2014年にスペイン・バルセロナで設立され、現在は従業員30人ほどまでに成長した企業である。

 手術担当医師の知識の欠如などのために、世界で年間150万件以上の手術が行われていないという。同社のミッションはこの状況を変えることだ。具体的には、専門分野の手術医師や病院、医学大学などのネットワークを構築し、ナレッジやノウハウの共有を行ったり、コンテンツライブラリに無料でアクセスできるようにしたりする。同社のAIS Channel(下図)ではさまざまなデジタルプラットフォームを活用し、専門手術医師による定期的なオンラインセミナーやビデオなどを使ったトレーニング、新しいテクニックやツールに関する知識の共有などを行っている。

Advances In Surgery(AIS)では専門手術医師によるレクチャーなどのビデオセッションや関連ビデオコンテンツを定期的にアップしており、無料でアクセスができる
Advances In Surgery(AIS)では専門手術医師によるレクチャーなどのビデオセッションや関連ビデオコンテンツを定期的にアップしており、無料でアクセスができる
https://aischannel.com/別ウィンドウで開きます

 同社が2019年に販売を始めたのが、5Gを使って手術室向けのビデオデバイスと遠隔参加のためにモバイル・PCプラットフォームを組み合わせたAIS TeleSurgeonである。下のサイトで見られるように、専門分野の手術医師が遠隔地から参加し、事前の準備や手術の際にどの部分に気を付けたらよいか、次のステップをどうするか、また緊急の場合の対処方法などのアドバイスを提供するというものである。プラットフォームには、切除する部分を指示する機能や、ビデオを静止画にして指示を出したり、注意すべき部分をハイライトして指摘したりするような機能を持たせている。

 2019年に同社のプラットフォームを使い、初めての遠隔手術サポートが行われた。バルセロナの医師が上海で行われた手術に参加し、上海の手術医師に対してアドバイスなどを提供した。その後もバルセロナと英国、メキシコ、チリ、コロンビア、イスラエルなど国をまたぎ、病院施設や手術医師を交えた遠隔手術サポートが行われている。

AISの5GデバイスであるAIS TeleSurgeon
AISの5GデバイスであるAIS TeleSurgeon。専門分野の手術医師が遠隔地から手術室に同席し、アドバイスなどを行うことが可能になっている
https://www.ais-telesurgeon.com/別ウィンドウで開きます

通信会社もラボを作り、スタートアップ支援

 ここ2~3年、通信会社が5Gの普及を推進する目的で、5G関連のテクノロジーやサービスを開発するスタートアップを積極的に支援しており、大きな投資もしている。米国最大の通信会社Verizonは米ニューヨーク州ブルックリンのスタートアップ支援施設Newlabと協力して5G Studioを立ち上げた。AT&TもEricssonとNokiaと協力して米テキサス州に5G Innovation Studioを設立した。Verizonの5G Studioが支援する幾つものスタートアップ企業の1社が、医療向けサービスを提供するPonto Careである。

Ponto Care

 同社は2019年に設立され、自宅や会社などで医療検診を行えるようにするサービスを提供する、社員4人のスタートアップ。同社のサービスは、患者が医師と検診の予定を設定し、その時間になると指定の場所(例えば自宅)に、医療防護服を着たスタッフが検診用機器を積み込んだPontocareのバンで到着し、検診を行うというものである。医師はビデオやバーチャルリアリティヘッドセットなどを使用して検診に参加し、検診結果を見ながらその患者と話をしたり、診断内容についての説明をしたりすることができる。リアルの病院には他の患者もおり、特にコロナ禍のような状況では病院に行くのをためらう患者も多い。自宅などで検診を行うことにより安全な環境の下でシームレスな体験を提供できるという。

 CEOが自身の緑内障のために6カ月ごとに眼科検診を受ける必要があった。それを自宅や会社でできたらどうか、ということを検討し始めたことから誕生した企業。コロナ禍で需要が非常に増えている。現在はニューヨーク地域のみでの展開であるが、将来の地域拡大に向けて準備をしているようである。

さまざまな診察デバイスを積み、自宅や職場を訪問して遠隔診察サービスを提供するPonto Care
さまざまな診察デバイスを積み、自宅や職場を訪問して遠隔診察サービスを提供するPonto Care

 これまでは比較的デジタル化が遅れていた医療分野だが、コロナ禍、5Gの普及、ベンチャー投資増加などにより、大きな変革が起こりつつある。これらのスタートアップ企業がどのような成長を見せるのか、その後に続く企業群はどのようなサービスを展開してくるのか、今後も注目したい分野である。