コロナ禍が推し進めるコンタクトレス社会
~全米で広がる小売や医療におけるテクノロジーとサービスの進化~
Text:織田 浩一
今年3月の新型コロナウイルス第一波から約9ヶ月が経ち、第三波が押し寄せているアメリカで、他の人やモノと接触せずに様々な業務を行うコンタクトレス・テクノロジーやサービスが進化し、デジタルトランスフォーメーションが加速している。今回はその様子を解説してみよう。
SUMMARY サマリー
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
10年の変化が2ヶ月で起こった
アメリカで新型コロナウイルス感染者が1800万を超えた。原稿を書いている最中にも、新型コロナウイルスによる死者数は増加し、35万人に近づきつつある。第三波の襲来により全米のどの州でも感染者を増やしており、筆者が住む米西海岸シアトルや大都市では、レストランでの室内席の利用が再び禁止された。屋外テント内での食事か持ち帰りのみ許されている。映画館やスポーツクラブなども閉館となり、学校の授業もオンラインで実施している地域が多い。
このような状況において、当然のことではあるがUber EatsやDoorDashなどの食事の宅配サービスや、Blue Apronなどの食事のレシピと材料を週毎に宅配するサービスの利用が非常に伸びている。チップを含めた支払いはすべてアプリ内で完結し、商品は玄関前やマンションの入り口に置く、コンタクトレス宅配が当たり前となっている。
Uber Eatsは今年3-6月期の売上が対前年で113%増と倍以上になっており、DoorDashも今年12月頭の株式公開で初日に株価が公開価格よりも86%上昇している。また、食材の宅配も大きく伸びている。米調査会社Coresight Researchはオンラインでの食材注文が2019年に比べて今年は40%伸びると予測している。
これは食事・食材の宅配に限ったことではなく、コロナ禍でEコマース全体に大きな追い風が吹いている。下図は米小売売上全体におけるEコマースのシェアを示し、今年4月に27%までシェアを伸ばしている。2019年までの10年で約10%シェアが上昇して16%に達したので、コロナ禍が始まった2月から4月の2ヶ月で過去10年と同じ率を押し上げたことになる。業界では10年の変化を2ヶ月で起こしたと話題になっており、新型コロナウイルス終息後でもこれが完全に元に戻ることはないだろう。
そして、特に従来型企業のデジタルトランスフォーメーションが加速している。3月時点では今までEコマースやデジタルコミュニケーションの対応が弱かった多くのメーカーや小売が、一気にEコマース対応を始めたり、自らがD2C(消費者へ直接販売するメーカー)に変革するための施策を推し進めたりしている。リーバイスやAldi、ハインツなども、それぞれEコマース戦略を強化し、直接消費者へ販売するモデルへシフトしつつある。
加速する小売でのコンタクトレス化
特にコロナ禍で影響を受けている小売でのコンタクトレス化の動きについて見てみよう。
ニューヨークとマイアミに店舗を持つ小売Showfieldsは、主にD2Cブランドを複数展示し、3ヶ月毎に入れ替えを行いながら、他のポップアップ店舗も含めて毎月のようにアート、音楽イベントを行う体験型小売店舗である。消費者は店舗を持たないD2Cブランドの商品を実際に確かめ、店員に質問し、そのままそこで注文して家に届けてもらえる。まだ店舗を持たないD2Cブランドにとっても、自社の商品のテストマーケティングを行える、マーケティング活動の場となっている。
コロナ禍で3月にロックダウンが始まり、それまで提携D2Cブランドが独自にEコマースで販売していたため、独自のEコマースサイトを持たなかった同社は1週間後には20人のアーティストやミュージシャンなどのインフルエンサーと共に、ライブコマースサイトを開始し、D2Cブランドの推奨商品の販売を開始した。
ロックダウンが一時的に解除された7月に店舗を開けた際、店員や他の顧客との接触を避けるためにコンタクトレス・アプリMagic Wand(「魔法の杖」の意味)を公開した。このアプリでは、店舗内に同時に入れる人数上限を反映して来店予約をとったり、店舗内のNFC端末にかざして商品に関する情報をアプリに表示させたり、商品をピックアップしてコンタクトレス支払いをしたり、Eコマースで商品を注文することなどができる。客の不安要素を取り去りながらも、店舗を楽しんでもらうデジタル施策である。
同時にスーパーマーケットやイケアなどの家具店舗、The Home DepotなどのDIY店舗、ファッション小売業界で普及したのがBOPIS(Buy Online Pickup In Store:オンライン購買店舗ピックアップ)である。下図は米スーパーマーケットグループの最大手Krogerグループ傘下のQFCでのBOPISサービスClicklistの利用方法を示したものだ。オンラインサイト、アプリで食材などを注文し、ピックアップの日時を1時間毎の枠で選択し、その時間にQFCの駐車場に到着してモバイルアプリ、電話で到着を知らせると、店員が注文したものをクルマのトランクへ積んでくれるというサービスである。品切れ商品については、代替商品などがメールで知らされ、それを受け入れるか、注文を止めるかを選ぶことが可能だ。
駐車場のない通りに面したアパレル店舗などでは歩道でのピックアップサービスを行っているところもあり、接触を最低限にする努力が行われている。
自動宅配の実験が加速
現在、サービスの変革だけではなく、コロナ禍が新たな小売宅配施策も加速させている。ウォルマートは米アリゾナ州スコッツデール市で自動運転による宅配をパイロットとして来年1月に開始すると発表した。GMの子会社であるCruiseの電気自動車を使い、ウォルマートで注文した商品を自宅まで自動運転でコンタクトレスに届けるというものである。ウォルマートは2040年までに100%再生エネルギーを使い、二酸化炭素の排出をなくすことを目標としており、それを満たす意味合いもある。
遠隔医療の伸び
医療分野もコンタクトレスが大きく進んだ分野である。特に一部の病院ではコロナ患者が増加したために、他の病気の診察や治療についての医療相談などが遠隔になりつつある。
下図は、アメリカでの遠隔医療の導入への意識や利用状況を2019年12月から今年5月まで調査したものである。感染の危機が始まってから「使用予定なし/知らない」が大きく下がり、同時に5月には遠隔医療の利用が29%にまで上がっている。
この遠隔医療の伸びを裏付けるのが、実際に遠隔医療用のプラットフォームを提供するMediSproutである。同社は、ペンシルバニア大学病院や米ニュージャージー州で小児科病院を運営するCollege Plaza Pediatricsなどに、下図のようなビデオ診察プラットフォームを提供する企業である。米医療情報規制HIPAAに準拠しており、ビデオ診断の内容が漏洩しないようなセキュリティレベルも担保している。下図は患者向けのアプリであるが、その医療機関ブランドで提供され、電子カルテシステムや診察予約プラットフォームなどとも統合して利用できる。
同社では2020年第二四半期の患者向けアプリの利用が対前年同時期で10,587%、医療機関向けアプリの利用が4,380%伸びたことを発表している。
医療分野でも先進的な施策が
コンタクトレスは患者の診察だけではなく、医療物資の配送などでも行われている。元グーグルのエンジニア2人が立ち上げ、ソフトバンクからも出資を受けている企業Nuroの自動運転ロボットR2がカリフォルニア州での短期的なコロナ患者向け医療施設で個人用医療保護具(PPE)やシーツ、医療機材などの施設内の配送を担当した。スポーツイベント施設のSleep Train ArenaとEvent Centerが、コロナ感染者の急増にしたがってそれぞれ応急医療施設になった。その様子が下記のビデオにまとめられている。
R2は事前にプログラムされた施設内のルートを回る形になっている。通常であればR2上で受け取りのコードを入力する必要があるが、今回は車載ビデオカメラに合図をするだけで次の地点に移動するように、コンタクトレスの設定にされた。これにより医療関係者が保護具や医療機材などの配送に時間を使うことなく、患者への対応に専念できると同社は語っている。
さらにウォルマートも10月からドローンを利用したコロナテストキットの家庭への配送実験を開始している。同社は家庭用コロナテストキットを提供するQuest Diagnosticsと全米ドローンサービス提供のDroneUpと提携して、ラスベガス北部とニューヨーク州の一都市の特定の店舗から1マイル以内の一軒家の世帯で利用が可能で、その家のガレージ前か裏庭にテストキットがドローンにより無料で運ばれる。そして家庭で新型コロナウイルスの検査が可能になるというものである。
コロナ禍だけではなく、未来の医療サービスや小売サービスへどのように使えるかの実験でもあると同社は語っている。
コロナワクチン接種も始まったアメリカでは、まずは医療関係者や高齢者など危険度の高い層が優先され、一般の人たちが接種を受けられるのは来年半ばになると考えられている。
そのような状況でコンタクトレスなサービスやテクノロジーがこれからしばらく様々な分野で利用され続けることは間違いない。さらに、インフルエンザなど別の感染症や、特定の地域での感染症などの対応に、現在のコンタクトレスな方法論が継続して利用できる可能性もあり、今後さらに当たり前の機能となっていくのではないだろうか。
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