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製造業、サプライチェーンを変えるデジタルツイン
~広がる利用ケース、企業や公共などでも変革を起こす~

 現実に起こっている状況をバーチャルなデジタルデータとして再現して利用する「デジタルツイン」。今、製造業、サプライチェーン、スマートシティ、モビリティ、資源・燃料、航空・防衛など様々な分野で大きな注目を集めている。2021年秋に開催された2つの関連イベントから、市場動向、利用ケースなどを見てみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

デジタルツインコンソーシアム
―「デジタルツインの力を理解」するイベント

 2020年5月に下図を代表とする創始メンバーにより始められ、現在ではデジタルツインを利用する250社以上のグローバル企業、テクノロジーベンダー、政府、大学、研究施設などがメンバーに名を連ねる業界団体がデジタルツインコンソーシアム(Digital Twin Consortium別ウィンドウで開きます)である。デジタルツイン業界の進むべき方向を話し合い、テクノロジーの相互互換性を向上させ、スタンダードを設定することを目的としている。

DTCの創始メンバー
DTCの創始メンバー。利用企業側のBentley、Northrop Grumman、不動産開発のlendlease、そしてベンダー側でシミュレーションプラットフォームを提供するAnsys、Autodesk、Dell Technologies、GE Digital、Microsoftが名を連ねる。出典:Digital Twin Consortium: Understanding the Power of Digital Twinsイベントのプレゼンより

 同団体は2021年10月中旬、「デジタルツインの力を理解」と名付けたイベントをオンライン・バーチャルで行った。まだデジタルツインの活用が初期段階にある業界の課題や、既存テクノロジーとの統合の難しさなどを情報共有し、同時に起こり始めている企業利用のケースなどをお披露目するためだ。

 まず、Ansysのデジタルツイン担当ディレクターでデジタルツインコンソーシアム製造業委員会会長のSameer Kher氏が壇上に立った。同氏は、同団体でのデジタルツインの定義を「現実に存在する物やプロセスをバーチャルで表現したもので、特定の頻度、解像度で同期させたもの」であると示した。過去に起こったことをトラッキングし、現在の状況に関して深いインサイトを得ることを可能にして、未来の行動を予測したり、影響を与えたりするために利用できると語った。2025年には、世界中で数にして16億にのぼる製造設備などの産業資産がモニタリングされる状況となり、競争力の大幅な向上が期待されるという。製品販売では、通常の利益率が10%程度であるのに対して、デジタルツインを使った製品導入後のサービスでは25%相当の高い利益を生み出すことができる。これにより、コストを1年に8億ドル削減することができると、デジタルツイン利用のメリットを強調した。

アメリカズ・カップで宿敵オーストラリアに勝利

 キーノートではコンサルティング企業OpenTechWorksの代表で、45年間業界の進展に尽くしてきたAdam T. Drobot博士が、デジタルツインの歴史と機能について解説した。デジタルツインの始まりはヨットレース「アメリカズ・カップ」で、同氏がアメリカチームのために構成したデータ収集チームによるシミュレーションだった。4隻のヨットに多数のセンサーを搭載して流体力学、空気力学、構造力学、気象学などの観点から、1万回以上のシミュレーションを繰り返した。その結果から、ヨット自体やキール(ヨットの船底のフィン部分)のデザインを改良することで、1987年にそれまで負けていたオーストラリアに打ち勝ったという。

1987年のアメリカズ・カップから始まったデジタルツイン
1987年のアメリカズ・カップから始まったデジタルツイン。1万回以上のシミュレーションを繰り返し、ユニークなキールのデザインで勝利を手にすることができた。出典:Digital Twin Consortium: Understanding the Power of Digital Twinsイベントのプレゼンより

 同氏はその後もアメリカズ・カップに関わっていくが、他の分野でもデジタルツイン利用を進めてきた。特に軍艦など大型船舶の分野で力を発揮した。大型船舶には10億個以上のパーツが使用されており、これは航空機の300万-700万個、自動車の2万-3万個に比べて非常に多く、形状も複雑である。そこでデジタルツインを使って、複雑なパーツをバーチャルで再構成してデザインを施したり、船体のモジュール化に必要な作業を行ったりした。それらをつなぎ合わせて船体の強度や、強風や強い波によるしなり、船体への影響などを何度もシミュレーションすることで、実物の船舶を使ったかのように事前のテストを行うことが可能になったという。

モジュール、パーツの最適な構成や、バーチャルの海で船舶の形状がどのように影響を受けてしなるかなどを検証する
モジュール、パーツの最適な構成や、バーチャルの海で船舶の形状がどのように影響を受けてしなるかなどを検証する
モジュール、パーツの最適な構成や、バーチャルの海で船舶の形状がどのように影響を受けてしなるかなどを検証する。出典:Digital Twin Consortium: Understanding the Power of Digital Twinsイベントのプレゼンより

 また船体をモジュール化することにより、製造プロセスに変革をもたらした。今までのような大きな造船所ではなく、小規模な工場などでのモジュールの構築や、1つの場所で別々のモジュールを製造したりすることも可能になったという。

モジュール化により一つの小さめの製造ラインを使うことができるようになり、製造プロセスの変革が起こったという
モジュール化により一つの小さめの製造ラインを使うことができるようになり、製造プロセスの変革が起こったという。出典:Digital Twin Consortium: Understanding the Power of Digital Twinsイベントのプレゼンより

製造、メインテナンス、サプライチェーンに利用するビール会社

 AB InBevはバドワイザー、ミラーなど630のビールブランドを抱え、200のビール醸造所、16万人の社員を持つ世界最大のビール会社である。Microsoft Azure IoT担当のRon Zahavi氏は、AB InBevでのデジタルツイン導入状況について解説した。それによると、多数のセンサーを醸造所に設置してMicrosoft Azureの IoT、Digital Twins、そしてAIを導入。製造、サプライチェーン、配送分野における膨大なデータを集めているという。Ron氏の説明によれば、センサーを使って醸造の化学反応の状況や温度をトラッキングし、品質を常に確認。同時に電力利用の状況をトラッキングして、環境負荷の削減目標達成にも利用している。また、パッケージラインにおける缶製造工程のボトルネックを検知することにも活用しているという。醸造所の稼働時間を100%にするためにデジタルツインを使って予測的なメインテナンスも行われており、サプライチェーンにおいてもトラックの配送経路の最適化などにも使われている。

AB InBevの醸造所にIoTセンサーを設置し、Microsoft AzureのDigital Twins、AIなどを導入しているという
AB InBevの醸造所にIoTセンサーを設置し、Microsoft AzureのDigital Twins、AIなどを導入しているという。出典:Digital Twin Consortium: Understanding the Power of Digital Twinsイベントのプレゼンより
醸造工程を可視化、データトラッキングすることで高い品質を管理し、同時に予測メインテナンスを行う
醸造工程を可視化、データトラッキングすることで高い品質を管理し、同時に予測メインテナンスを行う。出典:Digital Twin Consortium: Understanding the Power of Digital Twinsイベントのプレゼンより
配送に際し、どのルートを利用するのが最適かの推奨に使われている
配送に際し、どのルートを利用するのが最適かの推奨に使われている。出典:Digital Twin Consortium: Understanding the Power of Digital Twinsイベントのプレゼンより

Digital Twin Worldイベント
―全テスラ車のデジタルツイン活用などが報告

 上記のカンファレンスに続く形で、イギリスのテクノロジーメディア企業TechForgeが運営するDigital Twin Worldが2021年11月始めに開かれ、こちらにも参加した。

 その中で、デジタルツインコンソーシアムのCTO Dan Issacs氏はTeslaを例に上げて講演した。製造するTeslaの全車両に対してクルマの車内外にわたるデジタルツインを保有し、走行中の他の自動車や人の動きなどの車両周辺環境、道路の通過場所などの認識に関わる情報が常に提供されていることを説明。これにより、車両周辺環境の分析やアルゴリズムのアップデート、道路のマッピング、新しい状況に対応する方法の設定などが可能になっていると話した。さらに、充電ステーションの設置場所の最適化やバッテリー利用の最適化などを、事前にシミュレーションできるという。

Tesla車両すべてに車内外のデジタルツインが提供されている
Tesla車両すべてに車内外のデジタルツインが提供されている。出典:Digital Twin Worldイベントのプレゼンより

国をまるごとデジタルツインにする試みも始まる

 さらに驚くべきは、イギリスで進められている国家のすべてをデジタルツインにするという施策だ。イギリス政府とケンブリッジ大学が設立したCenter for Digital Built Britainが推し進めているNational Digital Twin Programme別ウィンドウで開きますがそれである。同プログラムのトップMark Enzer氏がその内容について説明を行った。

 同プログラムでは建造物、自然物などのデジタルツインを多数のソースから集めて、「デジタルツインシステムのシステム」を構築することを目標としている。例えば、下図のように移動手段である航空、鉄道、バスのデジタルツイン、太陽光/風力発電・送電などのデジタルツイン、そしてそれらの電力を保存する建物やEV車両などのデジタルツインを作成する。そして、これらの間でどのようなデータを共有すべきか、何が連動しているのかなどを検討する。併せてデータモデリングの安定化、セキュリティの確保、特定データへのアクセス権などにわたるデータ管理フレームワークを開発しているという。

「デジタルツインシステムのシステム」のためのデータ管理フレームワークを構築することを目的としている
「デジタルツインシステムのシステム」のためのデータ管理フレームワークを構築することを目的としている。出典:Digital Twin Worldイベントのプレゼンより

 これに加えて、英国民の公共の利益にかなうようなデータ利用倫理なども整備される。これにはSDGs(持続可能な開発目標)の17の目標を背景にした2030年までのロードマップも含まれている。

 また、下図のように河川の氾濫リスクのある街において、電力/通信タワー、交通信号、緊急水道施設などを含むデジタルツインを用意し、市民が避難したり必要な緊急サポートを得やすくしたりするような施策がすでに動いているという。

デジタルツインを使った氾濫地域での、通信、電力、水道、交通信号などのモデリングがすでに行われている
デジタルツインを使った氾濫地域での、通信、電力、水道、交通信号などのモデリングがすでに行われている。出典:Digital Twin Worldイベントのプレゼンより

 1980年代後半に始まったデジタルツインが、今ではクラウド、エッジ、IoT、AIを利用して一層の進化を遂げつつあり、より利用しやすくなった。新進自動車メーカーのTeslaはデジタルツインの利用で先進的サービスの提供や製品アップデートを推し進め、企業価値において自動車業界のトップに躍り出ている。同時に、従来型企業であるAB InBevのデジタルツイン事例や、国を挙げてデジタルツインを使うことで国民への利便性や安全性、生活の質を高める施策が動いている様子も確認できた。デジタルツインはデジタルトランスフォーメーション(DX)の一手法として、新進企業だけでなく広く従来型企業や政府にも、大きな可能性をもたらすキーテクノロジーであると強く感じた。