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生成AIの活用ラッシュが始まった北米企業
~ChatGPTの後を追い、スタートアップも続々~

 今や話題を耳にしない日がないと言えるほど、驚くべき進化を遂げた「生成AI(Generative AI)」。テキストを入力して質問すると、それへの返答や文書の要約、通訳、画像、音声、音楽、ビデオ、3Dモデルなどのコンテンツを自由自在に生成できる。テック業界のみならず社会や人々の仕事にも大きな影響を与えると考えられ、その規制についても様々な意見が飛び交っている。今回は北米における生成AIの最新状況や新サービス、利用事例などをまとめてみたい。

織田 浩一 氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

Googleの検索ビジネスを脅かすChatGPT

 この記事を執筆している4月17日(月)の朝、Googleの株価が一気に4%下落した。Samsungが自社製端末のデフォルトの検索エンジンをGoogleからMicrosoftのBingに変更することを検討していると、ニューヨーク・タイムズ紙が前日の記事で報道したためだ。Samsungから支払われる検索契約は年間30億ドル程度だが、今年これからAppleとの検索契約交渉が控えており、その年間200億ドルがどのようになるか影響を占うものである。Googleの2022年の売上は1620億ドル。その57%を占める検索ビジネスは主要な収入源であり、ニューヨーク・タイムズ紙は同社が「パニック」になっていると報じている。

 これまで検索エンジン市場でほぼ独占的と言える地位に君臨していたGoogleだが、その立場を危うくしているのは、まさに生成AIである。生成AIスタートアップ企業OpenAIが開発した大規模言語モデル「ChatGPT」が昨年公開され、2016年からOpenAIのパートナーとなっているMicrosoftは2019年に関係を強め、OpenAIに数十億ドルを投資している。ChatGPTの新しいバージョン「GPT-4」や、入力テキストから画像を生成するAI機能「DALL-E2」などが、クラウドサービスAzure、Office、Windowsに組み込まれて提供されることが発表されており、すでにMicrosoftの検索エンジンBingでの利用が始まっている。Bingの1日のアクティブユーザー数が3月初頭に1億人を超えたというニュースもあり、GPT-4の導入によりMicrosoftがGoogleの検索シェアを奪っていることは明らかだ別ウィンドウで開きます。これに対して、Googleも同様のチャットAI機能「Bard」を公開しており、これから一般に公開を進めていく模様である。

Microsoft BingとGoogle Bard
Microsoft BingとGoogle Bard。いずれも大規模言語モデルを使ったチャットでの筆者の検索結果を示す。
出典:https://www.bing.com/別ウィンドウで開きます https://bard.google.com/別ウィンドウで開きます

投資の加速で多様なスタートアップが登場

 生成AIの分野では、他にも多数のスタートアップ企業が生まれている。下図は過去6年間の生成AI分野への投資状況をCB Insightsがまとめたものだ。2022年に過去最高の金額および投資案件数を上げており、2023年の第1四半期は前年同期の4倍以上とさらに伸びが加速していることが報告されて別ウィンドウで開きますいる。

生成AIへの投資金額・投資案件数トレンド。
出典:CB Insights: The state of generative AI in 7 charts別ウィンドウで開きます

 この潤沢な投資が、様々な分野における生成AIのスタートアップの誕生を後押ししている。下図はベンチャーキャピタルSequoia Capitalがまとめた資料である。テキスト、画像から始まりビデオ動画、プログラミングコード、音声、3Dモデル、デザイン、音楽、ゲーム、アバターなどに広がっていることが分かる。OpenAIの後を追い、多様な分野で生成AIスタートアップが多数生まれているのだ。

分野別生成AIスタートアップ企業。
出典:Sequoia Capital別ウィンドウで開きます

 では現在、大手企業がどのように生成AIを自社サービスに統合したり、利用したりしているかを見てみよう。

利用事例(ChatGPT):Expediaの旅行プランニングチャットボット

 1996年にMicrosoftの1部門として立ち上がり、今ではオンライン旅行代理店の最大手であるExpedia。傘下にTrivago、Orbitz、Hotels.comなどのブランドを持つ。同社もChatGPTの利用を始めている。4月初頭、同社のモバイルアプリ内でChatGPTを利用したチャットによる旅行プランニングガイドを公開した。チャット内で飛行機、宿泊施設などの予約も可能である。下図の左のようにアプリの中心にチャットを据えて、質問に応じて旅行のアイデアや行き先などを提案する。下図では、「2組のカップルで日本旅行を2週間考えている」という入力に対して、東京、富士山周り、鎌倉、京都、広島、大阪、奈良などに寄ることを勧めてくれた。

Expediaのモバイルアプリ画面。中心にChatGPTを利用したチャットサービスへのボタンを用意している。
出典:Expediaモバイルアプリ

利用事例(GPT-4):Stripeの詐欺検知

 2010年設立のペイメントプラットフォーム企業Stripeは、オンラインペイメント分野のグローバル企業としてOpenAIのChatGPT Plus(ChatGPTの有償版)とDALL-Eの決済パートナーとなっている。そのパートナーシップから、StripeもGPT-4を使ったサービスを展開している。その1つが、同社がコミュニケーションプラットフォームDiscord上で運営するテクニカルサポートのフォーラムだ。例えば、困っている利用者から情報を盗もうとする複数のアカウントを使った詐欺行為などを検知。ポストされる文章の文法などを分析し、Stripeの詐欺対応チームに対してアラートを出してくれる。

利用事例(画像生成AI・DALL-E):Coca-Colaの画像生成コンテスト

 OpenAIのテキストから画像生成を行うAI機能、DALL-Eをグローバルなマーケティングキャンペーンに利用しているのがCoca-Colaである。4人のデジタルアーティストが参加し、3月の始めにローンチされた「Create Real Magic」は、グローバルマーケティングキャンペーンの一部だ。消費者にサイト上でCoca-Colaのロゴ、飲料ビンなどを含むAIアートを作成してもらい、それをニューヨークのタイムズスクエア、ロンドンのピカデリーサーカスにあるCoca-Colaのデジタルサイネージやソーシャルページなどに展開するという企画だ。その中から選ばれた30人のAIアーティストは、この夏にCoca-Cola本社に招待され、共創プロセスのワークショップを通して、同社に関わるコンテンツやマーチャンダイジングなどに参加することになるという。

 これはCoca-Cola自身が生成AIをどのように利用すべきかを検討するために展開する実験的なマーケティングキャンペーンである。同時にAIプロンプト(AIへの指示文章)で良いものを作成できるアーティストを集め、将来のマーケティング活動のパートナーとして、あるいはスタッフとして役立てようとしているものと考えられる。

3月31日にキャンペーンは終了しているが、これから30人のAIアーティストが選ばれ、Coca-Cola本社でのワークショップに参加することになる。
出典:https://www.createrealmagic.com/別ウィンドウで開きます

Coca-Cola:Create Real Magic

利用事例(画像生成AI・DALL-E2):Shutterstock AIで好みのビジュアルを作成

 Shutterstockは、2003年に設立され、NY株式市場に上場するストック写真、ビデオ、音楽などのライセンス企業である。この1月にDALL-E2を使ったテキスト入力から画像を生成できる有料サービスを、日本語を含む20言語でローンチしている。同社の画像ライブラリを教師データとして利用しており、その画像を提供したアーティストに対して報酬も出す。人権や多様性にも留意しているという。

Shutterstock AIのAI画像生成ツール
テキスト入力から、このページあるような未来の都市の空飛ぶ車など、様々な画像が15秒ほどで作れるというサービス。
出典:https://www.shutterstock.com/ja/generate別ウィンドウで開きます

利用事例(独自のGPT構築):BloombergGPTの金融業界向け業務支援

 金融業界へ向けて自然言語分析のための大規模言語モデルを構築しているのが、金融商品売買ターミナルや金融・ビジネスニュースを提供するBloombergである。500億のパラメーターを使った大規模言語モデルBloombergGPTをこの3月に発表した。自然言語分析のベンチマークテストで、他の金融業界向けや一般的な言語モデルよりも、はるかに高い効果を上げているという。金融業界でのセンチメント分析(文章や会話からの感情分析)、企業・組織の認識、ニュースの分類、質疑応答などの業務に利用でき、同社が提供する金融データと組みわせることも可能。新たな金融商品などを作る場合に、そのサポート機能なども自動化できるという。

この先はコンテンツ生成から産業利用へ

 現状の生成AIの利用ケースはコンテンツ生成が主である。今後は産業分野の大手企業へ利用が広まると、調査・コンサルティング企業Gartnerは示す。自動車、建築、エネルギー、医療、家電、製造、医薬品などの分野における、合成データ、マテリアルサイエンス、チップや部品、デザインなどの生成にまで利用ケースは広がるという。私たちの目に直接触れない領域でも生成AIが使われ、様々な産業の効率化とともに、関連企業やさらに多くの人々の働き方にも影響を与えていくことになる。

生成AIの産業分野への広がり。
出典:Gartner: Beyond ChatGPT: The Future of Generative AI for Enterprises別ウィンドウで開きます

 質問に対する生成AIの返答が間違っていたり、著作権にかかわる問題の整理がまだ十分でなかったり、人権上のバイアスが否定できなかったりするなど、ネガティブな面も指摘される生成AIだが、予想される爆発的な普及によってGoogleの検索ビジネスをも脅かす存在となった事実は揺るがない。大手テック企業に限らず、様々な分野のデジタル企業も規模によらず同様の危機意識を持ち、生成AIをサービスに取り込んだり、テスト的に利用して社内に機能やナレッジを蓄積するようにしたりと、大きな変革への準備や意識改革を行なっている。生成AIの脅威は言語により守られてきた市場の壁を取り崩す可能性もあると考えられる。AIを利用する企業がしない企業に置き換わるということは業界でよく言われるが、新たな市場攻略のかたちを生み出すと同時に、これまでにないビジネスチャンスの創出にもつながるはずである。