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AIで変革に挑む小売業界
~買い物カートから在庫管理まで店舗の常識が変わる~

 新しいデジタルテクノロジーを活用する取り組みは、デジタルデータを商材とするためにデータ収集が比較的容易な金融やデジタルメディア業界から始まり、その後リアルな商品や物流が必要な小売、医療、運輸などの業界へ伝播していく。これは本連載で以前、解説したことである。そして、テクノロジーの進化が大波となり様々な業界を飲み込んで革新をもたらしていく動きをx-Tech(クロステック)と呼んだ。アメリカの小売業界に目を向けると、ここ3-4年の間でx-Techの代表的なテクノロジーはA I(人工知能)である。特にAmazonとWalmartの2大小売企業が積極的に推し進めている。そこで、AIをめぐる小売業最新の状況について解説していきたい。

織田 浩一 氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

ビデオカメラの目的はセキュリティから店舗内分析に

 元々は万引き対策として店舗に導入されたセキュリティビデオカメラだが、10年ほど前から店舗内や来店客の分析などに活用されるようになっている。AIを併用し、来店客の属性であるデモグラフィック(性別、年齢など人口統計学的な属性)の調査のほかマーチャンダイジング(商品計画)やプロモーションに対する反応、店舗内導線、店員配置状況を分析する。

 例えば、2009年に設立され、店内ビデオ分析を手がけるPathr.aiは、店舗内におけるデモグラフィック別の導線、棚前の滞在時間、レジ前での待列発生状況などの分析結果を小売チェーンに提供している。小売チェーンは分析結果から、どの場所にプロモーション用のディスプレイを設置すべきか、どの時間帯にどれだけの店員が必要か、どこに待機させておくべきか、といった課題に適切に対応できるようになる。

Pathr.aiのビデオ分析内容とダッシュボード。
出典:https://pathr.ai/別ウィンドウで開きます

店員向けバーチャルアシスタントで業務効率化

 小売業界の人材不足は顧客体験に大きな影響を与えるきっかけとなった。それに対処するだけでなく同時に店員の生産性を上げようと、AIバーチャルアシスタントを提供する企業が登場した。

 モバイル通信プラットフォーム分野で革新を起こそうとしているTheatroはその代表的な企業である。音声通信機器にSiri、Alexaなどの音声バーチャルアシスタント機能を付与できる端末と設定ソフトウェアを開発し、社員のコミュニケーションを自動化するツールを提供する。店舗内に特定のSKU(在庫管理上の商品の最小管理単位)がいくつあるかを音声で知らせてくれたり、来客からの質問に正確に答えられる店員を自動的に探したりしてくれる。例えば、収納用品小売チェーンのThe Container Storeでは、家の収納スペースをデザインするにあたり、顧客とのアポイントメント、その変更、キャンセルなどを自動で行い、約束の時間が近づいてくると担当の店員に音声でリマインドをすることなどが可能だ。

Theatroのデモ

 Walmartでも、同社の店員向けアプリme@Walmartの上で同様の機能を展開する。me@Walmartは、Samsungのモバイル端末と共に店員に無料提供されている。店員が自分の働く時間を管理したり、在庫の棚出しやレジを開けるなどのタスクの指示や、短時間で学べる学習コンテンツなどを提供してもらったりできる。それに加えて、Ask Sam(Walmartの創始者Sam Waltonに尋ねるという意味)というバーチャルアシスタント機能が備わっており、来店客の質問に対する回答や在庫数の確認、在庫切れの商品のオンライン注文などを補助してくれる。

me@Walmartアプリの画面例。入社時のトレーニング、働く時間の調整、福利厚生などの管理、店舗内での業務指示、トレーングコンテンツなどに加えて、バーチャルアシスタントAsk Samが用意されている。
出典:Apple App Store

店舗内ビデオカメラから品切れを検知

 品切れ商品の確認は、小売店舗の重要な作業である。Walmartの店員はme@Walmartを使って確認作業を行っているが、さらに先進的なのは同社の実験店舗Walmart Intelligent Retail Labだ。店舗内に多くのビデオカメラを追加設置して品切れを画像認識でトラッキングしている。画像から品切れが起きていると判断されると、me@Walmartアプリから店員に倉庫から店頭に商品を出すように指示が出される。

Walmartの実験店舗ではビデオで品切れを検知する。
出典:Walmart Intelligent Retail Lab別ウィンドウで開きます

AIを使って価格設定を自動化

 スーパーや家電量販店で電子価格札の導入が進む中、どのように価格設定をすると特定の製品やその製品カテゴリーの売上を最大化できるか、価格とセールスプロモーションをどう組み合わせれば利益が上がるかといった問題に対して、容易にテストを行える価格分析AIが普及の段階に入っている。

 Coca-ColaやKellogg’sなどのメーカーや、スーパーマーケットチェーンのKrogerや薬局チェーンのWalgreensなどの小売企業が利用するのがEversightである。EversightはAIを活用して製品の価格やセールスプロモーションによる需要の変化をテストし、価格を最適化する価格分析プラットフォームである。例えば、ハンバーガーの材料をプロモーションする際、牛ミンチ肉は大きく割引をするが、バンズやレタス、ケチャップなど他の材料の価格は下げなくても需要があるか、価格を上げることは可能かなどをテストすることで、プロモーションによる利益の最大化を目指す。

店舗、製品カテゴリー、製品別に価格を変動させたり、プロモーションを加えたりすることで需要がどのように変わるかをテストできるプラットフォーム。
出典:https://eversightlabs.com/別ウィンドウで開きます

チェックアウトフリーの大型スーパーAmazon Fresh

 2016年のコンビニ店舗Amazon Goの登場を機に、AI画像認識やセンサーを使ったチェックアウトフリーの店舗形態に一気に注目が集まった。現在Amazon Goは全米で28店舗が展開されている。ただ、コロナ禍でリモートワークが主流になったため、主要な店舗展開地域である大都市ダウンタウンでの出店の勢いが落ち、閉店するところも出てきている。

 それに代わるように、郊外に44店舗も展開されているのが大型スーパーAmazon Freshである。Amazon Goが110-250平方メートルの店舗規模であるのに対して、その20倍ほどの2300-4200平方メートルの規模を誇る。取り扱いの商品数もAmazon Goが約1,000点であるのに対して、Amazon Freshは約16,000点にのぼる。買い物客は駅の改札のような入り口で手のひら、QRコード、クレジットカードなどをかざして入店する。店舗内の多数のビデオカメラとセンサーを組み合わせて、彼らの動きと手に取った商品をトラッキングする仕組みはAmazon Goと変わりがない。ただし、Amazon Goでは野菜や果物などはパッケージに入って販売されているが、Amazon Freshでは客がひとつ1つ手に取ることができるという違いがある(ちなみに肉・魚売り場では店員が必要な分量を計ってくれる)。このようにAmazon Freshでは生鮮品などの取り扱い品数が格段に大きい。

住宅地に近い郊外のショッピングモールなどに展開されるAmazon Fresh
店舗に入るとAmazon One端末に迎えられ、手のひら登録で入店、支払いができる
手のひらのほかAmazonアプリのQRコード、あるいはクレジットカードを使って入店できる
多数のビデオカメラとセンサーを導入し、画像認識AIを使って買い物客の動きと手にする商品をトラッキングする。来店客は商品を選んで退店すると、数分後に購買した商品の内容と合計金額の明細などがメールやアプリに送られる

 Amazon Go、Amazon Freshが利用するJust Walk Outシステムは、すでに他の小売企業に外販されている。空港に約1,000店舗を擁する小売チェーンHudsonは、Just Walk Outシステムを利用したHudson Nonstopを全米数カ所に展開している。支払いの列に並ぶ必要がないため、飛行機に乗る前の限られた時間でも素早く買い物をすることが可能になった。

ナッシュビル国際空港に作られたHudson Nonstop。
出典:Hudsonプレスリリース別ウィンドウで開きます

まだテスト段階のAIショッピングカート

 Amazon Freshの脅威に対抗し、既存スーパーなどがAIショッピングカートの導入検討を進めている。だが、まだテスト段階にとどまっているのが現状である。例えば、AIショッピングカートの代表的な企業であるCaperは、2021年に食材宅配企業のInstacartに買収されて注目を集めた。CaperのAIショッピングカートにはビデオカメラが数台付いており、画像認識AIで商品を認識する。商品をカートに入れるたびに設置されている画面に商品と合計金額が表示される。支払いはそのままクレジットカードで行い、店舗のレジが不要となる。ただし今のところ、CaperのAIショッピングカートはKrogerの実験店舗で十数台導入されるに留まっている。

米トップのスーパーマーケットチェーンKrogerの実験店舗で導入されているCaperのAIショッピングカート。商品をカートの中に入れると画面にその内容と合計金額が表示され、最後にクレジットカードで支払いもできる。
出典:Kroger別ウィンドウで開きます

需要予測にAIを利用するWalmart

 Walmartは2019年から、需要予測をAIで行う「スマートフォーキャスティング」システムを利用している。商品と店舗を組み合わせた1億以上のパターンの需要予測を毎週行い、52週先までの需要を予測し、在庫調整を最適化する。過去の販売データを月曜から金曜までの販売データと土日の販売データとに分けて、AIモデルをトレーニングしている。週末の販売が増加すると翌週の販売も増加する傾向を読み取り、追加注文に影響を与える仕組みも実用化されている。

 10年ほど前までは、小売業界は薄利のためテクノロジー投資に消極的だった。しかし、Amazonが実店舗を持つ食料品スーパーマーケットのWhole Foodsを買収して自らも店舗展開を開始すると、それに対抗するためにWalmartがWalmart Labを立ち上げ、その後Walmart Commerce Technologiesという小売テクノロジーを開発する部門やスタートアップ投資部門を持ち始めた。このような流れで、業界のテクノロジー対応が大きく変わってきた。この2大小売企業に対抗するために、他の米小売チェーンもスタートアップ企業との提携や投資を推し進めている。AIの利用もそれに伴って高まりを見せる。どの企業も大変革に遅れまいとして、先進テクノロジーの採用に走り始めているのが最近の小売業界の姿である。この競争はまだ口火が切られたばかり。小売業界がどのように変身していくか、今後も目が離せない。