ここから本文です。

2023年02月27日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

ChatGPTは中国に何をもたらすのか
鮮明になる「グローバル社会vs中国」の構図

 対話型AI(人工知能)、ChatGPTに世界の注目が集まっている。中国もその例外ではないが、多くの国々と異なるのは、中国には、自らが米国と肩を並べるAI大国「である」もしくは「になる」との自負があり、ChatGPTのニュースに無関心ではいられないからだ。

 見方は立場によって人それぞれだが、現時点でのChatGPTに対する中国国内の受け止め方は、ビジネス面での期待は強いものの、すぐに大きな商売になる感じは薄く、今ひとつ盛り上がりに欠ける。また「AI大国」としては、ChatGPTの予想以上の進化ぶりに、米国(というよりグローバル社会)との実力差を実感させられ、衝撃を受けているかにみえる。

 その背景には、中国のAI企業が主に国内の中国語環境を念頭に事業を構想しているのに対し、ChatGPTは当然のごとく、中国語も含む世界全体を前提にしているという現実の違いがある。ChatGPTの登場を期に、ますます鮮明に浮かび上がった「グローバル社会vs中国」の構図に、中国の経営者やエンジニアたちは危機感を深めつつある。

 今回はそんな話をしたい。

目次 表示する

中国からは登録できない

 ChatGPTの概要や利用法などについてはこの原稿では触れない。ご自身で登録して使っていだだくのが一番いい。日本国内ならスマートフォンさえあれば簡単に登録でき、すぐに誰でも使える。かく言う私も、ごく最近、使い始めたところで、いろいろな返事が返ってきて面白いので、愛用している。

※ChatGPTのトップページ

 すごいのは、英語はもちろん、日本語、中国語で質問してもきれいな答えが返ってくることだ。簡体字中国語で「習近平総書記の業績をどう評価しますか?」とか「中国共産党の政策は正しいでしょうか?」など、「敏感な」質問をしてみると、回答が練れていて面白い。

 ChatGPTは中国語でも使えるが、現時点では中国国内(香港・マカオを含む)のIPアドレス、携帯電話番号では登録できない。中国ではVPNの使用には所定の登録手続が必要で、無許可でのVPNを介した接続は厳密に言えば違法である。

 そんなこともあって、ChatGPTは話題にはなっているが、ITリテラシーの比較的高い人、海外情勢に関心の高いビジネスパーソンといった層以外は、実際には手を出しづらい状況で、話題先行の状況といえなくもない。

対話型AIに対する管理の必要性を強調

 ChatGPTに対する評価の代表的なものは、国務院(内閣に相当)直轄の経済専門紙「経済日報」2月12日付記事「中国版ChatGPTは遠くない。中国にはビッグデータ、アルゴリズム、計算能力の良好な基礎がある」(訳は筆者、以下同じ)だろう。

 同記事はChatGPTの概要を紹介した後、「ChatGPTには学ぶ価値がある。そして、その弱点は我々にとって参入のチャンスになる」と述べる。弱点とは何か。

 同紙はまず「ChatGPTのパフォーマンスが精彩を欠く中国語の領域で競争すべきだ」と主張する。そして「ChatGPTの英語でのやり取りのレベルは明らかに中国語より高い。これはAIが学習する段階で英語の素材をたくさん“食べさせた”結果であって、そのまま中国版ChatGPTの市場参入ポイントになる」と指摘する。

 政府直轄の新聞なのだから、「アメリカを追い抜いて世界制覇だ」と鼓舞するのかと思いきや、最初から正面きっての競争を避け、中国語領域で勝負すべきだと提唱している。これはやや意外感があった。

 もうひとつ同紙が強調するのが、不正確な回答による悪影響や不正使用による犯罪などを防ぐ安全面の措置の必要性だ。「関連法規の整備が必要であるのと同時に、人間の情報処理速度は圧倒的にAIに劣るという事実を考慮し、AIが生成する情報の有害性を自動的に判断し、警告する技術を開発すべきだ。ChatGPTに対抗するこれらの技術開発は大きなビジネスにもなる」と説く。

 後述するが、中国にはChatGPTと類似した国産の対話型AIが数多くあり、さまざまな領域で実用化も進んでいる。それらの存在も念頭に、対話型AIそのものに対する管理を強化し、「安全性」を確保することが競争力の強化にもなる――という視点で論旨を展開している。中国社会におけるChatGPTに対する代表的な反応はこんな感じだ。

百度(Baidu)の株価は急騰

 ChatGPTの登場に対応し、中国でAIに取り組んできた企業は次々と対話型AIに対する取り組みの状況を公表している。

 例えば、中国の検索No.1で圧倒的なシェアを持つ百度(Baidu)は2月7日、ChatGPTに類する対話型AI「文心一言(ERNIE Bot)」を開発中で、すでに社内ではテスト運用が行われていると発表。早ければ3月にも公開されるとの情報も流れ、発表当日、同社の株式は香港市場で15%、米国市場で12%急騰した。

 「ERNIE(文心)」とは「Enhanced Representation Through Knowledge Integration」の中の文字を組み合わせたもので、同社が2017年から進めている「All in AI」戦略の中核となるNLP(Natural Language Processing=自然言語処理)の深層学習モデルである。現在、最新の「ERNIE 3.0 Zeus」が稼働しており、すでに同社のモデルは大手自動車メーカーの吉利汽車(浙江省杭州市)、生命保険会社の泰康保险(北京市)、大手電子機器メーカーのTCL(広東省恵州市)、上海辞書出版社(上海市)などで導入の実績がある。

BAIDUの本社ビル※BAIDUウェブサイトより

 公開間近とされる「ERNIE Bot」の内容は未発表だが、ChatGPTがマイクロソフトの検索エンジン「Bing」と融合したのと同様、百度の主力である検索エンジンと融合したものになると予想されている。百度には資金力もあり、自前の豊富なビッグデータも活用可能なことから、「中国版ChatGPT」の開発では最も大きな期待を集めている。

中国各地で進む対話型AIの商品化

 続いて2月8日、負けじと情報発信したのが人工知能の研究開発、製品化で20年以上の実績のある科大訊飛(iFLYTEK、安徽省合肥市)だ。「すでに40以上の領域で中国語の事前学習モデルを開発し、(オープンソースのソフトウェア開発プラットフォームである)Githubで1万3346のスターを獲得、圧倒的な第1位になっている」などと投資家向けのサイトに掲載。さらに「これらの技術をもとに実用化した製品を今年5月6日に発表する」と具体的な期日を指定して公表した。ChatGPTを意識した製品としては、現時点では中国企業で最初の市販商品となるかもしれない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません。

 同社は1999年12月、中国科学技術大学の博士課程に在籍していた学生が中心に創業、音声認識とAIを専門とするソフトウェア企業である。同社の開発したAI学習教材は、中国国内で32の省、5万校以上の小中高校で導入され、1億3000万人のユーザーを持つ。また同社のAI医療補助機器は、全国380の市や区、県の医療機関で使用され、5億3000万回の診断実績がある。対話型AIの商品化という面では大きな優位性を持っている。

 ちなみに同社の開発したAIライティングレコーダー、文字起こしデバイス「VOITER」シリーズは高い認識精度で知られ、日本を含む世界各国で売上を伸ばしている。中国のAI技術の水準の高さ、奥の深さを示す企業といえる。

 このほかアリババ(阿里巴巴)グループやテンセント(騰訊)もChatGPT関連領域への取り組みを表明しているが、その詳細は明らかになっていない。

「海外とは1世代遅れている」

 このようにChatGPTに代表される対話型AIに対しては、中国でもさまざまな企業が取り組みを見せており、深い技術的な蓄積がある。何よりも中国には国内に14億人の人口を抱え、インターネットのユーザーだけでも10億人を軽く超える。これは中国企業にとっては大きな強みである。

 しかし、ChatGPTに対する中国国内の論調を見ると、アメリカへの対抗心はあまり目立たず、むしろ「国外との差は大きい」という控えめなトーンが目につく。これは今回の中国の「ChatGPTブーム」の大きな特徴といえる。端的に言って、「ずいぶん謙虚になったな」という印象である。

 例えば、セキュリティソフト「奇虎360」の董事長兼CEO、周鴻祎氏が2月9日、インターネットの対談番組で行ったChatGPTに関する発言は業界の注目を集めた。同氏は中国の検索エンジン開発の草分けの1人で、かつてYahoo中国の総裁を務め、その後、自ら創業した「奇虎360」をニューヨーク市場の上場企業に育て上げた立志伝中の人物。率直な人柄で人望があり、中国のIT業界のオピニオンリーダーの1人でもある。

 同氏は「ChatGPTに関連する技術の追求は決してやめない。ChatGPTは自然言語に対する深い理解に基づいており、新たな工業革命にも匹敵する可能性がある。この列車に乗り遅れたら淘汰される」と語り、自社でも文章や画像の生成などAIGC(AI Generated Contents=AIが生成するコンテンツ)への継続的な投資を行っていく方針を強調した。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません。

 しかしその一方で、「ChatGPTに関連する我々の技術は、せいぜいGPT-2をやや超える程度の段階で、米国に比べて1世代は遅れている」と語った。現在のChatGPTは米国のOpenAIによって開発された言語モデルGPT-3.5を基盤に構築されている。前バージョンのGPT-3の登場が2020年7月、さらに1世代前のGPT-2が2019年2月であることを考えると、同氏の発言は自社の技術レベルは1世代以上、時間にして3年は遅れていると認めたものだった。中国の有力企業の経営者が自社の技術レベルの遅れを公開の場で語ることは異例で、大きな反響を呼んだ。

長期的な視野の投資が不足

 またAI企業などへの投資を行なっている中国科学院傘下の投資会社、西安中科創星科技孵化器有限公司総経理の米磊氏は国有のITメディア「澎湃科技」2月8日付のインタビューで、「ChatGPTと中国企業では資金の投入環境に大きな違いがある。ChatGPTを開発したOpenAIは2015年から今に至るまで巨額の長期資金を継続的に投入している。景気の良い時も悪い時も、いわば剣を磨き続けてこの日に備えてきた。中国はこの長期的な資金の投入量に米国とは大きな差がある。科学技術をサポートするには、中国でももっと忍耐力を持って長期資金を提供していかなければならない」などと述べている。

 中国の投資資金は商業的な色彩が濃く、早期のリターンを求める傾向が強い。特にこのChatGPTのような対話型AIは、注目される技術ではあっても、商業化の面ではすぐに大きなビジネスに結びつく要素は少ない。そのため中国ではこの領域にあまり大きな投資資金が振り向けられてこなかったとの見方だ。

 また中国企業の言語モデルは各企業それぞれ独自の取り組みで、基本的にクローズドなものだ。中国の代表的な言語モデルには前述した百度の「ERNIE」のほか、テンセントの「AI Lab」、アリババグループの「Alibaba Clova」などがあるが、それぞれが自社の主業に関連の深い領域に注力しており、GPT-3.5のような広がりに乏しい。この点も中国のAI領域への投資が大きく伸びない原因の一つとされる。

「アルゴリズムガバナンス(「算法治理」)」とは何か

 そして、中国のIT業界にいま大きな影響を与えているのが、政府による情報管理の強化である。対話型AIに関しては、これまでそれに特化した法規はなかったが、ChatGPTの登場直後の昨年秋、新たに「インターネット情報サービス深度合成管理規定」が成立し、今年1月10日、正式に施行になった。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません。

 「深度合成(deep synthesis)」とは、高度なITを用いて文章や画像、動画などを合成し、新たなものを生成する技術を指す。同法によれば、文章や画像、動画などの生成されたコンテンツを「アルゴリズムガバナンス(Algorithmic Governance、「算法治理」)」の対象と明確に規定し、その基本原則を確立するとともに、関係業界の自律性を強化し、健全な業界スタンダードならびに自律的な管理制度を打ち立て、高度に生成されたコンテンツのサービス提供者と技術者の主体的責任を強化し、安全で信頼できる深度合成技術の発展を目指す――などとしている。

 加えて、生成されたコンテンツの提供者および使用者に実名制の徹底、違法行為の禁止、そのコンテンツが合成であることが明確にわかるマークの掲示などを求め、違反した場合の責任追求などを定めている。

 ここで「アルゴリズムガバナンス(算法治理)の確立」が強調されている点は注目に値する。これはコロナ対策の中でスマホアプリによる「健康コード」など、さまざまなデジタル技術を活用した管理手法が広まり、「人間に代わってアルゴリズムがものごとを決める」ケースが増えてきたことを契機に、中国社会で注目が高まってきた概念だ。

 そのような時代に対応し、アルゴリズムの公平性や透明性の確保、あるべき決定の手順、責任の所在、データのプライバシー保護、消費者の権益保護、アルゴリズム製品の権利保護など、幅広い議論がそこには含まれる。

「政治的に正しい」アルゴリズム

 「インターネット情報サービス深度合成管理規定」以前から、中国には、インターネット上の情報流通に対する厳しい規制が存在する。新たなソフトウェアやアプリの開発には、そのコンセプトや実際の仕様について、細かな段階ごとに当局の審査が必要で、IT企業にとって大きな負担になっている。

 「中国版ChatGPT」の開発には、当然のごとく「政治的に敏感な」質問に対する配慮が必要となり、その前提でアルゴリズムを組まなければならない。ChatGPT的な対話型AIでは、誰からどんな質問が出るかわからず、それに対する回答も型にはまったものではなく、臨機応変で、そこに面白さがある。それらのすべてに「政治的な正解」を求めることは技術的には可能なのかもしれないが、内容的には画一的で面白味がなくなるだろうし、「政治的に都合が悪い」過去の出来事は消されてしまう恐れが強い。

 逆に言えば、政府に都合の良いアルゴリズムですべてが構成されたAIは、情報統制には便利な道具とも考えられる。「中国版ChatGPT」が最初からグローバルなマーケットを狙わず、中国国内をターゲットにしているかにみえるのは、こういうところにも理由があるのかもしれない。

「グローバル社会vs中国」

 ChatGPTに関する中国メディアの記事のコメント欄に、以下のような書き込みがあった。

 「世界の国はどこも自分でChatGPTを作ろうとはしていない。なぜかと言えば、そのようなものはアメリカに作ってもらい、それを使えばいいと思っているからだ。なぜ中国だけが自分で“中国版ChatGPT”を作ろうとするのか。果たしてそんなことができるのか」。

 世界の政治はそんなに単純ではないとの反論はあろうが、国家間の対立はありながらも、世の中を根底で支えるシステムはますます「全球化」が進む。そういう時代の本質を突いた意見ではある。

 今回のChatGPTをめぐっては、「グローバル社会vs中国」という構図がさらに際立って見え、そのことに中国の心ある企業家、エンジニアたちは危機感を募らせている。中国社会では政治の思惑と庶民の思いはますます乖離が進んでいるようにみえる。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

関連キーワードで検索

さらに読む

この記事の評価


コメント


  • コメントへの返信は差し上げておりません。また、いただいたコメントはプロモーション等で活用させていただく場合がありますので、ご了承ください。
本文ここまで。
ページトップ