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北米トレンド 織田 浩一 連載

マーケティング・広告業界に組み込まれ進化する生成AI
~活用は大手の約8割、制作の効率化から動画の領域へ~

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 今やAI(人工知能)に関するニュースを聞かない日は無い。AIの進化の速さに驚きを感じる毎日だが、マーケティングと広告の業界ではその利用が他の業界に比べて著しく高まっていると感じる。彼らはそもそも新しい技術の導入に貪欲である。その上、彼らが制作するTVCMや動画にアプリ、バナー広告、そしてWebサイトやメール、ソーシャルメディアなどはデジタルコンテンツであり、AIに限らずデジタル技術の恩恵を受けやすい。現在の北米のマーケティング、広告業界で、AIの利用状況がどのようになっているのかをまとめてみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

もともとデジタルの新技術導入に貪欲な業界

 マーケティングと広告の業界では、様々な場面で新技術の効果を享受してきた。例えば、デジタル広告の売買やオーディエンスデータを利用した入札の自動化がある。これらの技術導入はTVや新聞、屋外広告など広範なメディアにも広がりつつある。

 彼らがAIテクノロジーに強い関心を持つのは自然である。AIを含めたマーケティング、広告購買、データ分析ツールが多数登場し、約15年も前から多用されている。AIが効果を発揮してきた領域は広く、広告購買、オーディエンス・ユーザー分析、行動分析、パーソナル化、コンテンツ推奨、A/Bテスト、検索エンジン最適化(SEO)、ソーシャルメディア傾聴などに及ぶ。

 そこに、ここ5-6年でコンテンツ制作にかかわるAIツールが注目を集めた。AIチャットボットのほかソーシャルメディアコンテンツやメール、検索広告文などを自動生成するものが出てきた。上記のツール群を介して、大量の顧客やオーディエンスの行動データ、そしてマーケティング・広告キャンペーンのパフォーマンスデータを収集し、これらのデータをAI学習に利用しやすい状況を作っている。こうして、アルゴリズムの精度がさらに高まるという好循環を生んでいる。

 そして、大型言語モデル(LLM)を持ったChatGPTなどの生成AIが登場した。コンテンツ生成に役立つだけではなく、ユーザーの質問に答えたり業務の自動化を支援したりする生成AIは、AI分野を変革する技術と言えるだろう。上記の幾つものマーケティングツールに生成AI機能であるCopilotなどを追加することで、質問の答えを得たり分析を容易にしたりすることが可能になる。大量の顧客データが集まったところで何らかのインサイトを見つけたいと思うとき、Copilotに指示するだけで目的が果たせるという画期的なツールが誕生したのである。

広告会社の価値提供に大きなインパクト

 調査・コンサルティング企業Forresterによると、アメリカの広告会社の61%が既に生成AIを導入済みで、31%は生成AIの利用ケースを探索している最中という調査を発表別ウィンドウで開きますしている。大手に限れば生成AIの利用は78%と進んでおり、社員数50人以下の小規模広告会社でも53%が利用しているという。

 マーケティングAIについての調査、イベント、コンサルティング業務を提供するMarketing AI Instituteも、1,700人のマーケターを対象とした利用状況調査を発表している。現在のマーケティング部署のタスクの何%がAIで自動化されているか、そして今後3年でどの程度まで自動化が進むかを示すというものである。この調査によると、現在では40%のマーケターが1-10%のマーケティング部門のタスクを自動化しており、31%が11-25%のタスクを自動化しているという回答の結果が出ている。そして、合計で20%のマーケターが26%以上のタスクを自動化しているという回答である。その中には、既にマーケティング部門のタスクの76-100%を自動化しているという2%のマーケターも含まれている。

 さらに3年後のマーケティング部門のタスクを見てみると、33%が25-50%を自動化すると回答し、34%が51-75%、そして11%が76-100%のタスクを自動化するとしている。この調査は、今後3年でマーケティング部署の業務が大きく変革することを予測しているのである。

現在でも20%のマーケターが26%以上のマーケティング部署のタスクを自動化しているが、3年後には78%のマーケターが26%以上のタスクを自動化するようになると予測。出典:Marketing AI Institute: The 2024 State of Marketing AI Report別ウィンドウで開きます

 上記のForresterの調査によれば、広告会社の意思決定者の半数以上が、今後2年間で広告会社の価値提供の4つの重要な部分に生成AIが大きな影響を与えると考えている。具体的には、①広告会社がクライアントのためにコンテンツを作成する方法(76%が回答)、②広告会社が広告売買を行うマーケットプレイス(同71%)、③広告会社によるマーケティング施策に消費者がどのように関与するかの顧客体験(同69%)、④広告会社がクライアントのために作成するコンテンツ自体(同62%)――である。生成AIのもたらすインパクトの大きさが分かる数字である。

生成AI登場で何が変わったのか

 今や大手広告会社の財務資料には生成AIとAIの文字が踊っており、これが業界関係者の間で話題になっているほどである。広告会社グループWPPでは年間2億5,000万英ポンド(約476億円)をAI、データ、テクノロジーに投資すると発表し、さらにNVIDIAと提携し、NVIDIA Omniverseを使ったAI制作ツールを社内で展開し始めている。

 競合他社も負けていない。OmnicomはArtBotAIを同社の制作ツールに統合することを発表し、同じようにPublicisもCoreAI、InterpublicもAdobe GenStudioの統合を明らかにした。それぞれAIを念頭に置いて多額のテクノロジー投資をすることも発表している。ちなみに、日本でも電通、博報堂などがそれぞれAI施策を発表している。

出典:YouTube: WPP partners with NVIDIA to build generative AI-enabled content engine for digital advertising

 だがこうした動きは大手広告会社だけで起こっているわけではない。例えば、米サンディエゴにあるクリエイティブエージェンシーExperiences For Mankind別ウィンドウで開きますは社員数24人と小規模であるが、Sony、Microsoft、Shutterstock、HPなど大手企業をクライアントにしており、生成AIを積極的に利用する。彼らの活用実態を紹介しよう。

 同社は生成AIの導入工程で、まず経営幹部が口火を切った。2023年1月、幹部は生成AIに触れて何ができるかを体感し、それをもって社員全員への展開を開始。同時に幹部は啓蒙活動の中で、AIは人の仕事を奪うようなものではなく、クリエイティブな業務をさらに速く行うためのものだという認識を広めた。同年7月には全社での利用テストと利用ケースの選択を行っており、今ではクリエイティブ開発業務の一部として浸透している。

 またクライアントに対しては、AIの利用に対して許可を得る契約を行い、利用状況を情報開示している。例えば、下図のSonyのTV端末BRAVIAのTVCM制作業務では、CMのコンセプトが出来たのち、クライアントにトーン&マナーを伝える画像や撮影を助けるためのストーリーボード、クライアントへの提案資料などを生成AIで作成し、締め切りまでの期間を効果的に使えるようにしたという。ストーリーボードの制作には通常24時間かかっていた。これを8時間に短縮し、このプロジェクトに関する新しいアイデアを出すための時間を創出した。

BRAVIAのTVCM制作のためのストーリーボードや提案資料などがAIにより生成された。出典:Experience for MankindパートナーMorgan Graham氏のプレゼンテーション。筆者撮影

 また、米カリフォルニア州のネイティブアメリカン政府San Manuel Band of Mission IndiansのWebサイトを制作した際には、撮影費が25,000ドル以下と予算が限られていた。そこで、彼らは同政府からの人物写真を元に架空の人物をMidJourneyやAdobe Fireflyで作り上げ、それをサイト、広告、ポスターなどに使った。

Webサイト、広告、ポスターの撮影を減らしクライアントの予算内に制作費を抑えた。出典:Experience for MankindパートナーMorgan Graham氏のプレゼンテーション。筆者撮影

自社データを学習しながら他社使用を排除

 広告会社やマーケターが広告やコンテンツ制作のために生成AIをこぞって利用する背景には、AdobeやGoogle、Salesforceなどのマーケティングプラットフォームで生成AIを活用した機能が展開されつつあることがある。だが、さらに重要なのは、広告主が自社のコンテンツデータをアルゴリズム学習に使いながら、他社に使われないようにする仕組みを実現した専用生成AIツールが次々と出て来ていることだ。

 例えば、Jasper AI Copilot別ウィンドウで開きますはマーケティング専門のCopilotを活用し、キャンペーンブリーフィングのテキスト入力から、マーケティングキャンペーン戦略やキャンペーン概要、広告のコピーとコンテンツ、また画像生成、検索エンジン対策などを構築するプラットフォームである。さらに特徴的な機能として、構築工程においてその企業の使う用語やビジュアルスタイルを守り、同時にマーケティングチームとコラボレーションができる。日本語を含む80言語でのコンテンツ制作も可能ということで10万社以上が利用する。提供会社のJasperは、顧客数も多いが何よりも2021年設立の会社でありながら既に1億3,100万ドル(約191億円)の投資を受け、社員数も800人に届くなど急成長を遂げている。

急成長中のJasperはAIによってマーケティングに革命をもたらすとしている。出典:https://www.jasper.ai/別ウィンドウで開きます

テキスト、画像から次は音声、動画、3D

 マーケティング向けの生成AI機能の進化はまだまだ止まらない。

 今年6月末におもちゃ小売のToys “R” Us傘下のToys “R” Us Studioが、OpenAIのテキストから動画生成するAI、Soraを利用した初めてのブランド動画を公開した。自転車屋の息子で、Toys “R” Usの創始者であるCharles Lazarusがどのような夢を持ってToys “R” Usを始め、キリンのキャラクター「ジェフリー」が子供であったLazarusをどう導いたか、というストーリーである。

 現実にはSoraで制作した幾つもの動画の随所に人によるビジュアルエフェクトを加え、音楽も人が制作したものを用意した。まだまだ人のクリエイティビティや編集能力が必要だとは言え、制作過程や撮影を大きく減らすことができたのは事実である。不自然さがあったり、クリエイターや俳優の仕事が減ったりするのではといった慎重論もあるものの、Soraをはじめ動画生成AIツールの進化はまだ途上にあり、マーケティング専門プラットフォームにも同様の機能が組み込まれていくことは間違いない。

OpenAIのSoraを使った初めてのToys “R” Usブランドビデオ。出典:YouTube: Toys R Us + OpenAi Sora | AI Commercial

 下図は生成AIプラットフォームのカオスマップである。テキストと画像が対象の生成AI分野では、機能を特化してマーケティングや広告、デザインなどの特定分野向けのプラットフォームの展開が始まっている。これから起こるのは音声、動画、3Dの分野を対象にした生成AIの機能特化だろう。あるいは、Soraなどの動画生成アルゴリズムがマーケティング、デザインなどの特定分野向けプラットフォームにアルゴリズムを提供していく形で機能を高めていくだろう。

Sequoia Capitalの生成AIカオスマップ。テキスト、画像生成AIでは既にマーケティングなど特化型のプラットフォームが出てきている。出典:Ramsri Goutham: The landscape of generative AI landscape reports別ウィンドウで開きます

 一方で、生成AIはしばしば意図したものとは違うものを生成してしまうことがある。また、利用するプラットフォームでの学習データの著作権の問題がクリアになっているか、利用企業間でのデータ共有はないか、自社のデータがどのように保存され、どのように利用されるかなど、確認が必要なことも多い。さらに、生成AIやAIのプラットフォームを使うことが、自分の仕事を失くしてしまうことにつながると懸念する人は少なくなく、企業のこうした人に対してはExperience for Mankindの例で見たように経営幹部の対応が非常に重要である。

 マーケティング・広告業界では、デジタルコンテンツやソーシャルメディアを使うキャンペーンが主流となり、パーソナルな「One to One」の形で大量のコンテンツを迅速に配信していくことが、ますます求められている。手作業と人の能力だけに頼って業務を続けていくことは既に現実的でなくなりつつある中で、人のクリエイティビティ、判断力、戦略構築能力を高め、そこに注力することも重要課題となっている。人の作業時間を削減し、人に代わってデータを分析したりコンテンツを生成したりするAIの能力は、これらに対する有力な解として期待され続けることは間違いないだろう。