汎用人工知能「AGI」にまっしぐらの米国
~恩恵と倫理、AI議論に沸いたSXSW 2024~
Text:織田浩一
毎年3月に米テキサス州オースティンで開催されるテクノロジーと映画・音楽の祭典SXSW(South by Southwest)に今年も参加してきた。ここでも最大の話題は、生成AI(人工知能)を中心としたAIだった。大手テック企業やAI企業が多くの幹部を壇上に上げ、自社の存在感と技術力をアピール。AIによる恩恵と倫理にかかわる課題や現状の個別分野向けから進化した汎用AIやシンギュラリティの到来など、多面的な議論が交わされた。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
2024年、AIを取り巻く進化と懸念
SXSWは有力なテクノロジースタートアップ企業や大手テック企業、コンテンツクリエーターが集まり、業界におけるビジネスの最新動向や課題、成功するためのノウハウなどに関して何千ものセッションが設けられるカンファレンスである。例年、話題のテクノロジートレンドが人気のコンテンツであり、過去にはソーシャルメディア、VR・AR・XR・MR、Web3などについて活用事例が盛んに紹介され、熱心な議論が交わされてきた。今年主役となったテクノロジーはやはりAI、特に生成AIである。エンジニアからもクリエーターからも注目が集まった。
生成AIを巡っては昨年から、急速な進化がもたらす恩恵の一方で、様々な課題が取り沙汰されている。AI学習に使われるオンライン上のコンテンツに対し、報酬や著作権法をどのように扱うかが議論になっており、訴訟に至るケースも見られる。また、2024年は選挙イヤーと言われており、世界50ヶ国以上の40億人超が投票する中、AIによる偽情報問題が深刻さを増していくだろう。今年頭の米ニューハンブシャー州の民主党予備選挙の際は、バイデン大統領を思わせる声で投票をしないように呼びかける電話が2万人の有権者に対して発信されたという。これはフェイク音声であることが分かって、捜査が進められた。
AIによりテクノロジー業界で一部の仕事が失われることについてはすでに連載で書いたが、生成AIによってはイギリスの労働者3200万人のうち、最大800万の仕事が失われる可能性があるという。特にバックオフィス、初級レベル、パートタイムの業務に影響があり、女性がその影響を大きく被るとイギリスのシンクタンクが発表している。
AIの安全性を強調するOpenAI
動画生成AIのSoraが非常に精度の高い動画を作ることができると話題になっており、ハリウッド映画会社への売り込みが進められているというニュースも聞かれる。開発元のOpenAIは、AIの言語モデルを扱う企業のうち企業価値でトップを走る。Microsoftのサービスにも統合され、多数の企業のサービスにおいて基礎となる言語モデルを提供している。SXSWの壇上にはChatGPT責任者兼コンシューマー製品担当VPや最高法務担当者が上がった。
ChatGPT責任者は、アイデアを出すためのブレインストーミングの相手としてChatGPTを利用しているという。そして、「AIによって人間がより人間らしくなっていく」と語り、手間がかかったり煩雑だったりする作業はAIに任せて、人間はより高いレベルの能力が必要とされる業務に注力していくべきだとした。
同社の最高法務担当者は、AIを使った偽情報問題に取り組む団体の活動や対処の仕組みを紹介した。業界団体C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)は、オリジナルの画像や動画の制作者情報、その後の編集履歴を目録としてファイルに保持し、デジタルコンテンツの真正性を保証することを推進している。ウォーターマークを埋め込むことで真正性を担保する仕組みなど、活動にはMicrosoftやAdobe、Google、Sony、AWS、BBC、NHK、Canonなどが参加する。
「AIの欺瞞(ぎまん)的使用に対抗するための技術協定」も提案された。2024年に世界中で行われる選挙へ向けて、AIによって生成された偽情報を検知し、トラッキングしたり防いだりするテクノロジーの開発が目的である。2月のミュンヘン安全保障会議のミーティングでは、この協定にOpenAI、Anthropic、Stability AI、Adobe、Google、Meta、TikTok、X(元Twitter)などのテクノロジー企業20社が署名した。OpenAIのCEOであるSam Altman氏は、政府の意思決定を重視しており、EUのAI規制法案やバイデン政権のAI規制に関する大統領令などの重要性を強調した。
AI含む3つの技術が起こすスーパーサイクル
SXSWで毎年人気のセッションの1つが、様々なデータからテクノロジーの未来を予測する、フューチャリストAmy Webb氏によるプレゼンテーションである。今年もAIをテーマに技術の現状と今後について、そして企業、政府、社会にどのような影響があるか見解を披露した。
AIテクノロジーは産業革命と同様のインパクトを経済や社会に与えると言われている。しかしWebb氏は、「産業革命では蒸気機関という1つのテクノロジーだけが主役で、それが製造業と交通産業を変革したが、今の状況は3つのテクノロジーが合わさって、全産業を変革し始めている。これが長期的な需要を大きく増加させ、経済が急成長する『スーパーサイクル』になる」と予測した。彼女のプレゼンのテーマとなった「テクノロジースーパーサイクル」である。
3つのテクノロジーの1つ目はもちろん「AI」。大きな変革が起こり、競争も激化しつつある。OpenAIとMicrosoft陣営にAI競争で遅れを取っているGoogleの生成AI、Gemini が2月に人種の多様性に配慮するあまり歴史的に整合性の取れない人物画像を生成し、Googleが画像生成の機能を取り下げる事態となった。この問題を例にWebb氏は、機能開発を急ぐビジネス的なインセンティブが行き過ぎると、倫理性が後回しにされ、安全でないアルゴリズムがディープフェイクや詐欺などの問題を起こす可能性があると指摘した。
2つ目のテクノロジーは、「モノのコネクテッドエコシステム(Connected Ecosystems of Things)」。Webb氏は、「つながるモノ(Connectable)」と呼んでいる。下図のようなセンサーやマイク、カメラを伴ったAIデバイスやApple Vision ProのようなAR(拡張現実)グラス、あるいはキッチンや洗面所、寝室などの環境に設置されるAIデバイスがこれから多く登場し、普及していくと語る。これらのデバイスは瞳などの生体反応をトラッキングし、人の嗜好や行動の予測もする。この結果、AIやクラウドの企業にますますデータが集まっていくという。
これらのデータの収集を生かしつつ、ユーザーの生体反応にリアルタイムに応じるには「LLM(Large Language Model :大規模言語モデル)では十分でなく、LAM(Large Action Model:大規模行動モデル)が次の主戦場になる」という。例えば、ある人がスーパーマーケットで食品を前にその価格が高いと感じた場合、その人には下図のように、その場で広告を見てもらうのと引き換えに割引をするというような未来を想定している。広告を見ても見なくても、スーパーマーケットのデバイスから提供されるリアルタイムデータが、AIアルゴリズムのさらなる学習、構築のサイクルを進めていくことになる。
3つ目のテクノロジーは、生成バイオテクノロジーだ。生成AIによりタンパク質生成などの研究が広がりつつある一方で、同時に脳細胞由来の物質を集積した「オルガノイド知能」を使ったコンピューティングの研究が進んでいくと考えられている。脳のメカニズムを真似た人工的な「培養脳」だが、従来のシリコンチップをはるかに凌ぐ情報処理能力を得られるという。
一方、このテクノロジースーパーサイクルは人の労働力の陳腐化をますます加速するため、政府は労働力のシフトを支援していく必要があると、Webb氏は語る。
シンギュラリティの提唱者「AGIは到来間近」
シンギュラリティ(技術的特異点)を提唱し、書籍『The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology(邦題=シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき」』(2005年)で注目を浴びたRay Kurzweil氏も登壇。この6月に、続編となる『The Singularity Is Nearer: When We Merge with AI(筆者訳=シンギュラリティはさらに近い -人類がAIと融合するとき-』の出版が予定されている。Kurzweil氏は、以前の書籍で予測したAGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)の到来が2029年、AIが人間の知能を超えるシンギュラリティが2045年に起こるという見通しについてあらためて語った。
LLMの登場から2年ほどが経った今、過去90年間の秒毎のコンピューティングコストを分析すると、ムーアの法則をなぞるように着々と能力が上がっており、やはり2029年にAGIの到来が予測されるという。ただ、AGIの到来直前の1-2年はAGIなのかどうか判定がつきづらい状態に入り、実質的により早くAGIが到来することになる可能性も指摘した。2027年辺りが想定されるが、今からあと3年の間にどの分野についても詳しい情報を提供できるAGIが登場するだろうと予測する。
AIを議論するとき、人間のクリエイティビティとAIができることの比較がよく話題になる。例えば、ワクチン開発ではAIが実際に何十億もの候補を提示することが可能だ。AIと人間のそのような比較に果たして意味があるかを疑問視する。むしろ、役割の変化が起こることを予見し、人間にはまだまだ解決すべき課題がたくさんあり、AIを使って解決していくのが良いとするのが彼の考え方のようだ。
Ray Kurzweil氏は、ヒューマン・マシン・インターフェース、ナノボットの進化には遅れが見られるものの、シンギュラリティは2045年に起こるという予測に変わりはないと話す。AIの未来に対する不安は、原子力やコンピューターが生まれる前にもあったものだ。アメリカの歴史において個人の年間収入が100倍になったり、貧困が半分になったりしてきたように、これから生まれる世代は100歳以上長生きをすることが当たり前になったり、癌がなくなったりするといった、ポジティブで非常に大きな影響をAIは人類に与えると、同氏は語った。
パーソナル化されたAGIを構想するAmazon
AmazonはAGIの担当VPを置いて、その開発を急いでいる。SXSWには担当VPであるVishal Sharma氏が登壇した。同社はAlexa向けの30のLLM開発に始まり、今では顧客向けにクリエイティブ生成AIの開発、社内での開発コーディングサポート機能の実現を推し進めている。同社の1000に及ぶアプリはJavaScriptで開発されたが、その全てのアップデートを2日で終わらせるなど、実績を上げている。
Sharma氏は、多数のアルゴリズムが生まれつつある現在、AGIはある意味すでに存在していると考える。今はビジネスパーソン、医者、学生など特定の人口セグメントに向けて作られているが、これらがネットワーク化してサービスを提供することで、AGI的なものになりつつあるという。近いうちに、朝の自分と夜の自分の行動や嗜好を分析・理解し、それらに対応した個人一人ひとりのためのAGIが登場するだろうと語った。Amazonはアンビエントコンピューティングの概念を具現化するものとして、自宅の様々な場所や自動車内などに置かれたAGI装置が信頼できる友達のような存在になることを想定している。
ただし、そうした各自のためのAGIのアルゴリズムが、本当にその個人のためのアルゴリズムなのか、Amazonの売上をさらに上げるためのアルゴリズムなのかについては疑問も残る。
大手テクノロジー企業から次々とAIや生成AIを使ったサービスがローンチされ、同時に彼らのサポート業務などの自動化も進みつつある。偽情報への対策などAIの安全性が話題になる昨今だが、テクノロジー企業では利益を上げることへのインセンティブから、倫理担当者の声を脇に置いても、AIや生成AIの開発スピードを上げることが至上命題となっていく可能性が高い。AGIの到来が早まることで、シンギュラリティへ至る進化も加速するかもしれない。AIに対する大きな期待と底なしの不安は今後も10年、20年と続いていくことになるだろう。
北米トレンド