本文へ移動

フィンテック業界を占うFinovateFall2023報告
~生成AIとグリーンファイナンスが注目トレンド~

 約60社のスタートアップがピッチを行えば、大手企業も新たなサービスを発表する。フィンテック関連の企業が一堂に集まり、毎回新しい話題を振りまく北米のカンファレンスが「Finovate」である。2023年9月、FinovateFall2023が開催されたので今年も参加してきた。フィンテック業界では昨年から大きなトレンドの変化があった。一体何が起こっているのかを見てみたい。

織田 浩一 氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

急成長する生成AIに大手企業も参入

 Finovateの見どころのひとつは「アナリストオールスターズ」である。3人の業界アナリストやテックアナリストが調査結果などを基に未来を占う催しだ。今年はやはり生成AIが主要なテーマとなった。

 その一人、Insider Intelligenceの主席アナリストTiffani Montez氏によると、アメリカにおけるChatGPTのユーザー数は2022年から2025年までの3年間で1億1690万人まで伸びると予測する。これはスマートフォンが2007年に登場してから3年間後の普及率の約2倍に相当する数字だ。この生成AIの急激な普及が金融業界へ与える影響をさらに詳しく分析する。

 下図はMontez氏が生成AIの普及予測を業界別に示した様子である。リードするのは小売業界。今はまだ普及率は低いが、2025年にはアーリーマジョリティの段階まで進むと予測する。それを追いかけるようにペイメント、銀行、医療業界などで浸透が進み、アーリーマジョリティ段階まで進んだところでは小売業界よりも高い普及率にいたる。それらに少し遅れて保険業界が追うとしている。

Insider Intelligenceの主席アナリスト、Tiffani Montez氏が業界別の生成AI導入について語った。生成AIの普及が小売(Retail)、ペイメント(Payment)、銀行(Banking)、医療(Health)、保険(Insurance)業界においてどのように進むか、業界成熟段階を表す「イノベーター」「アーリアダプター」「アーリーマジョリティ」「レイトマジョリティ」の指標に基づいて説明している

 Montez氏は、金融業界のどの分野に生成AIアプリを展開するのが最も効果的かについても調査した(下図)。消費者の興味関心の高さを縦軸、企業としての重要度の高さを横軸とし、生成AIアプリを導入する分野をプロットしている。消費者の興味関心が高い分野にアプリを導入できれば、より高い顧客満足が得られると想定した。結果として、「社員向けチャット」「詐欺防止」「マーケティング・体験のパーソナル化」「カスタマーサポート」「プロセスオートメーション」などの分野が消費者、企業ともに高い評価を獲得した。消費者向けだけでなく、社員の活動を支援したり社内のオートメーションを進めたりすることも効果的であることを示す。

消費者の興味関心の高さを縦軸、企業としての重要度の高さを横軸とし、高・中・低に分けて生成AIアプリを導入する分野をプロット。「社員向けチャット」「詐欺防止」「マーケティング・体験のパーソナル化」「カスタマーサポート」「プロセスオートメーション」などが高く、「詐欺以外のリスク評価」「製品開発」「規制コンプライアンス」「意思決定」などの分野が低い評価となっている。

 興味深いデモもあった。Microsoftが、カスタマーサポートでやりとりされる会話をAI分析するものだ。デモでは、下図のようにその結果を生成する様子を示した。同社は2022年に会話AI企業Nuance Communicationsを買収した。Nuance Communicationsの持つ技術により、カスタマーサポートにおける会話から、以下の4つのポイントを取り出すことが可能となった。

  • カスタマーサポート担当者が行った行動のリスト
  • その行動のサマリー
  • 顧客の課題で対応されたこと
  • 顧客が何か商品を買ったか

 下図では、少々読みづらいが、生成AIの返答結果も示されている。また、カスタマーサポート担当者や彼らのマネージャーがすばやく状況を理解し、パーソナル化した対応を支援する機能も紹介された。カスタマーサポート担当者にどのようなコーチングをすべきかを決めるのにも役立つものである。

Microsoft・Nuance Communicationsのデモ。Woodgrove Bankという架空の銀行におけるカスタマーサポートを想定し、対応のサマリーなどを用意する機能が紹介された

グリーンファイナンス分野でスタートアップが躍進

 今回のFinovateで生成AIと並んで目立ったのが、グリーンファイナンスのスタートアップ企業の躍進である。今回は約60社のスタートアップのピッチがあったが、そのうちClimate Trade別ウィンドウで開きますConnect Earth別ウィンドウで開きますCloverly別ウィンドウで開きますSESAMm別ウィンドウで開きますの4社が、環境あるいはSDGs対策のためのプラットフォームを提供する企業だった。昨年秋のFinovateでは影も形もなかった分野である。

 例えば、Climate TradeはSantander BankやBanco Sabadellといった金融機関などの二酸化炭素(CO2)排出量を推定するアプリやサイトを提供。様々なCO2吸収プロジェクトのオフセット分を取り引きできるマーケットプレイスを運営する。金融機関や企業アプリなどにCO2排出量を推定する機能やマーケットプレイス機能を埋め込むAPIなども提供している。

Climate Tradeの個人向けCO2排出量推定画面
排出したCO2のオフセット量を取り引きできるプロジェクトを検索できる

Best of Show獲得のスタートアップ6社

 Finovateでは千以上の応募から選ばれた約60社のスタートアップが、それぞれステージ上で7分間ほどのピッチを行う。その中から、会場参加者の投票により「Best of Show(トップスタートアップ企業)」が選ばれる。今回選ばれた6社を見てみよう。

Chimney──住居の価値をデータで示す
https://chimney.io/別ウィンドウで開きます

 同社が提供するChimney Homeソリューションは、消費者にとって最大の所有物である住居の財務状態に関して様々なデータを提供するプラットフォームだ。データは金融機関のアプリや関連Webサイトを介して提供されることを想定する。自宅価値の変動や担保を差し引いた価値などを示すことで、金融会社からのローンの借り換えや、家の買い替えの可能性を判断するためのデータツールとなる。金融会社にとっては、様々なデータから顧客をセグメントに分け、別々の製品のマーケティングに利用できる。2020年に米ニューヨークで設立され、現在の従業員が30人ほどの企業である。

Chimney Solutionのダッシュボード。自宅の様々なデータを分析できる
Debbie──ゲーム感覚で返済をサポート
https://www.joindebbie.com/別ウィンドウで開きます

 借り入れ返済を進めるにあたり、心理的、感情的な面から様々なサポートをしてくれるサービスがDebbieである。以前もFinovateで「Best of Show」に選ばれたことのある企業だ。お金の浪費を避けるための金銭教育コンテンツや、返済を進めると報償がもらえてモチベーションが高まるゲーム的なサービスを提供している。高い金利の借り入れから低い金利に借り直すプログラムを銀行から提案してもらうことも可能だ。2021年に米マイアミで設立され、こちらも現在30人ほどの企業である。

Debbieのサービス画面
ゲーミフィケーションを用いて、借り入れ返済を進めるインセンティブを用意し、同時に金融機関に対しては返済能力の高いユーザーを見込み客として提供している。
eSelf──目的に合ったAIアバターを作成
https://www.youtube.com/watch?v=nZ4OJdwEIQE別ウィンドウで開きます
(同社のピッチデモのビデオ)

 コールセンター向けにAI(人工知能)アバターを作成するためのプラットフォームを提供するのがeSelfである。上記のYouTubeビデオのデモが示すように、顔と声、そして会話の目的を選び、売り込む製品の情報を設定できる。デモでは旅行のローンの設定を売り込むAIアバターを見せている。2022年にイスラエルで設立された10人ほどの企業である。

AIアバターを構築するeSelf Studioを提供する
Maholo Banking──多様性重視のユーザーインターフェース
https://www.mahalobanking.com/別ウィンドウで開きます

 てんかん、読み書き障害、ADHD(多動症)、自閉症など、神経や認識に関わる症状を持つ人々は世界人口の20-25%と言われている。また、色覚多様性の人は世界に3億人いると言われている。こうした人々に向けたデジタルバンキングを構築するために、独自のソリューションを提供するのがMahalo Bankingである。色覚多様性の幹部が自社で開発中のアプリの色が見えなかったことをきっかけに生まれた。

 左利きであったり下図のように読み書き障害があったりと様々な特徴を持つ人々に合わせ、画面の色やフォントの種類、文字間などのユーザーインターフェースを使いやすく変更できるサービスだ。2017年に米ミシガン州で設立され、30人ほどの企業である。

読み書き障害者向けに、読みやすいフォントや文字間に変更したユーザーインターフェースが提供できる
trust & will──安くて身近な終活のプラットフォーム
https://trustandwill.com/別ウィンドウで開きます

 誰にどのように遺産を引き継ぐか、家族のためにどう信託を設定するかといった相続計画のほか、自分が最期に望む医療を家族や医師に伝える指示書、そして遺書など、様々な終活に対応したデジタルプラットフォームを提供するのがtrust & willである。従来、こういった手続きを進めるためには弁護士費用などを含めて何千ドルもかかったり、金融機関を通して信託を設定したりする必要があった。そうした費用や手間を抑え、一カ所で手続きを進められるのが特徴だ。このようなサービスの登場が終活市場の拡大につながるだろう。金融機関へ見込み客を提供することもできる。2017年に米サンディエゴで設立され、現在100人ほどの規模の企業である。

多数の口座や自分の資産などをまとめて、相続をどのようにするかを設定できるプラットフォーム
Wysh──中小銀行の顧客を引き留める付加価値
https://www.wysh.com/別ウィンドウで開きます

 約4%の高い年利回りを用意し、同時に上限1万ドルの生命保険を加えたSavings+という商品を提供するのがwyshである。個人の銀行口座に付け加える形で提供される。金利高騰の中、競争力の低い地方の中小銀行が、顧客の口座を引き留めるための付加価値とすることを目指したサービスである。2021年、米ウィスコンシン州で立ち上がった13人ほどの企業である。

 アメリカで数の多い中小銀行の事業環境は厳しさを増している。金利が高騰し、デジタルバンクが高い金利の預金口座などで攻勢を掛けている。また、シリコンバレー銀行が預金の取り付け騒ぎの挙げ句に倒産した例もある。今回のBest of Showを見ると、激しい競争にさらされる中小銀行に対する武装支援を想定したサービスが多数を占めることがわかる。Finovate全体を通しては、SDGsに代表される環境対策や、顧客のダイバーシティ・多様化への対応を推し進めるサービスが増えている。その中で顧客にパーソナルな体験を提供し、社員の活動も支援する生成AIが、人材不足に悩む中小銀行に浸透していくのは当然のことだろうと感じた。