社会に浸透し始めた「アンビエント・インテリジェンス」
~AIとセンサーの進化で“埋め込まれた知性”が一般的に~
Text:織田浩一
「アンビエント・インテリジェンス」の利用が広がっている。アンビエント・インテリジェンスとは、暮らしの中に入り込んだ知性を指す言葉である。Alexa EchoやGoogle Home、Apple HomePodといったAIスピーカーが2010年代半ばから登場し、リビングやキッチンなどの家庭内に溶け込んできた。これにより、検索やタイマー設定、商品の注文といった、従来はオンラインサービスやモバイルアプリとして提供されてきた機能が、より手軽に使えるようになったことは記憶に新しい。2023年に登場した生成AIをはじめとするAIおよびセンサーの技術が進化したことで、徐々に家庭だけでなく社会全体に幅広く浸透し始めた。米国における最新の状況をまとめてみたい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
家庭や個人向けの新利用ケースが次々と登場するCES
アンビエント・インテリジェンスは直訳すると「環境知能」となり、日常環境のさまざまな場所やモノにインテリジェンスが組み込まれたシステムを指す言葉として1990年代に誕生した。本来のアンビエント・インテリジェンスは、人やペット、植物などを感知し、対象物に意識させずに動作するものである。そのため、人が指示するAIスピーカーが含まれるかは議論の余地があるものの、昨今のセンサーやタグの小型化・低コスト化を受けてさまざまな形で普及が広がっている。今では大型言語モデル(LLM)などを含むAIモデルが埋め込まれ、アンビエント・インテリジェンスはパーソナルな対応や収集したデータに関する分析・返答・自動化などを推し進める存在になってきている。
まずは家庭向けから見てみよう。毎年はじめに開催しているCESは、家庭や個人の生活に関わる技術や製品が数多く紹介されるテクノロジーイベントである。過去にも、このCESのキーノートセッションや展示ブースでAI音声ボット付きの冷蔵庫や音声で指示できるTVなど、家庭のスマートホーム化を実現させるAI機能付き家電が多数紹介されてきた。
2026年のCESでも、Samsungがスマートホーム全体を管理するAIをCompanion(相棒)と位置付けて、対応するTV、冷蔵庫、洗濯機、ロボット掃除機などをキーノートセッションで紹介した。加えて展示ブースでは、ウェアラブルデバイスとしてGalaxyウォッチが検知する睡眠状態に応じて、エアコンや空気洗浄機が自動的に温度・空気の質を最適化する構成なども展示していた。これは「アンビエント・ヘルス」と呼ばれるアンビエント・インテリジェンスの一分野で、指輪やウォッチ、ベルト型のスマートウェアラブルデバイスなどで身体信号を常時トラッキングするものである。
出典:Samsung Newsroom:[CES 2026] A Care Companion for Family Health and Safety
同じ今年のCESで、日本の企業D.O.Nも体の動きや体勢、心拍、呼吸、皮膚体温、睡眠、湿度、そして転倒検知などが可能なベルト型の「VITAL BELT」というデバイスを展示していた。来年を目処に販売を始める予定である。
出典:Vital Belt:The World's First Belt-Type Sensing Wearable Device
オフィス、医療機関、車内と身近な環境に幅広く広がる
アンビエント・ヘルスに使うデバイスは、個人向けのウェアラブル製品だけではない。感情認識AI企業のNuraLogixが展示したAnura® Magic Mirror™は、顔を30秒間映すだけで血圧、心拍、呼吸、体温、心臓発作のリスクや心理的なストレス、体格指数(BMI)などを測定できる。医療機関や老人ホーム、企業のウェルネスセンターやフィットネスジムなどでの利用を想定しており、さらに幅広い利用ケースを見込んだものである。取得するデータは匿名にしておくことも、アカウントを設定し自分のデータを取得する設定にもできるという。
出典:NuraLogix Press Release:Nuralogix Announces Its Next-Generation Anura® MagicMirror™: Advanced Health Monitoring Now with 4G Connectivity
アンビエント・インテリジェンスはクルマにも広がっている。VolvoのEX30やEX90といった2025年モデルなどでは、車内の運転手や乗客を検知する機能を搭載している。歩行者や他の車両、道路といった車外の状況を検知するLiDARやレーダー、カメラ、超音波センサーなどのセンサーを、車内向けにも設置している。これらとAIを組み合わせて、運転手の疲労や飲酒、注意散漫になる様子を検知し、外部センサーのデータと併せて介入するかの判断を自律的に実行する機能を持っている。同時に、後部席も含めた子どもや乗客の置き去り防止などにも対応する。
出典:Volvo:Safety Technology
在庫のリアルタイム管理でビジネス利用を始めたWalmart
コンサルティング企業のGartnerは毎年、大手企業が「戦略的に検討すべきテクノロジートレンドトップ10」を提示している。2025年のトップ10には、Ambient Invisible Intelligence(人からは見えないアンビエント・インテリジェンス)を含めている。その利用ケースとして、家庭での利用のほか、倉庫、小売、ロジスティクスを加えている。
Bluetoothやモバイルネットワークが普及し、センサーやICタグなどの価格が下がるにつれ、サプライチェーンでのアンビエント・インテリジェンスの新しい利用ケースが普及しつつある。そこから得られるデータをAI学習や分析に活用し、商品やプロセスの改善につなげることを期待している。
出典:Gartner: Top 10 Strategic Technology Trends for 2025
Gartnerで挙げる倉庫、小売、ロジスティクスの全分野をカバーする事例の一つが、世界最大の小売チェーンであるWalmartである。同社は、IoTピクセルセンサーを利用したアンビエントIoTシステムを提供するWiliotと提携。配送パレットにピクセルセンサーを取り付け、Bluetoothを使ってデータを送り商品のサプライチェーン内での進行状況をリアルタイムでアップデートしている。2025年10月時点で500店舗での商品配送状況を自動的にWalmartのサプライチェーンAIプラットフォームに送ることができている。
同社のシニア副社長は「在庫として何を持っていて、それが今どこにあるかを正確に把握することが、小売業で最も難しい課題。それをWiliotのアンビエントIoTが解決しつつある」と語っている。2026年末までに全米4,600全店舗と40以上の配送センターで、9,000万以上のIoTピクセルを利用して、商品の在庫、配送状況をトラッキングしていくという。
出典:Wiliot:Wiliot Collaborates with Walmart to Transform Retail Supply Chain with Ambient IoT and AI
製造業の工場で重要な予知保全に活用
アンビエント・インテリジェンスは、製造業の工場内でも活用が始まっている。自動車、電気自動車など高速・高精度を求められる生産ラインでは、わずかな障害でも車両組み立てやジャストインタイムのサプライチェーン全体に影響が波及し、結果的に商品品質にも大きな影響が出てくる。そこで必要なのが製造機械やラインの故障を事前に予測して、必要なメンテナンスや部品の取り替えなどを行う「予知保全」の対策である。
重工業メーカーで、同時に製造業向けにハードウェアとソフトウェアのプラットフォームを提供するSiemensは、AI予知保全企業のSenseyeを2022年に買収し、そのサービスを多くの製造業の企業に提供している。
このSenseyeのAI分析プラットフォームを導入しているグローバル自動車メーカーの例を紹介しよう。4大陸に1万の施設を持つ同社では、製造機械や製造プラットフォーム、ERPなどのシステムが数千あり、製造機械の振動、トルク、温度、サイクルタイムなどをトラッキングするセンサーから収集したデータを分析し、パフォーマンス結果にしたがって予知保全に役立てている。パターンや異常の検知により、結果として導入から12週間で生産ラインの計画外停止を12%減らすことに成功した。
同時に致命的な故障についても、かなり早い段階で工場管理者や保全技術者向けのダッシュボードにアラートとして出すことが可能となった。適切なデータを適切なタイミングでダッシュボードに提供することで、管理者や技術者たちの意思決定を迅速にし、精度の向上につなげている。これがさらに設備総合効率(OEE)の向上につながり、サステナビリティ目標の達成を可能にするとしている。
出典:Siemens:Predictive maintenance for automotive smart manufacturing
AIの未来を広げる使い方として注目の存在に
アンビエント・インテリジェンスの浸透は、AIの将来性を広げる可能性がある。これまでのAIは、主にサーバーなどに蓄積されているユーザー行動やコンテンツといった大量のデジタルデータを主にクラウド環境で学習することで精度を高めてきた。一方で、こうしたデータ活用が進むにつれ、次にAIを成長させるための新しいデータをどこから得るかが課題になりつつある。
今回のアンビエント・インテリジェンスの利用ケースは、次のAIの学習データを示していると言えるだろう。ウェアラブルデバイスやミラー、IoTタグ、LiDAR、レーダー、カメラ、超音波センサー、振動、温度、サイクルタイムセンサーなど、すべてのアンビエント・インテリジェンス向けデバイスは、言葉通りに「環境」から必要なデータを収集している。ここにAIの新たな境地を広げる可能性があり、リアルな人、モノ、ペットや植物などの活動や移動、状態を示すデータとAIや生成AIの組み合わせが新たな価値を生み出すことが期待される。
特にセンサーやタグの価格が下がってきて、AIモデル開発やAIコーディングなどの利用で迅速にできるようになっているため、今まで高価と考えられてきた利用ケースでも手に届くものになりつつある点は重要であろう。多数の企業が利用するようになるとさらにセンサーやツールの価格が下がり、新たなアンビエント・インテリジェンス施策が進むという好循環効果がすでに動き出していると言える。日本の企業も、アンビエント・インテリジェンスを意識した新たな施策を始めるタイミングが来ているのではないだろうか。
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