本文へ移動

デジタルツインとは? ~産業革命に匹敵するインパクト、勝機をつかむポイント~

 AIやIoTなどのデジタルテクノロジーの進化に伴い、企業活動や価値創出の場がデジタル空間へと移行している。そのデジタル空間を“イノベーションの舞台”に変えるテクノロジーとして注目されているのが「デジタルツイン」だ。産業にもたらすインパクトは19世紀の産業革命にも匹敵し、あらゆる企業に飛躍のチャンスがあるという。デジタルツインが生み出す価値と今後の可能性、実装に向けたポイントについて東京大学とNECのキーパーソンに話を聞いた。

リアル世界を再現したデジタル世界が新市場になる

 製造業におけるデータ利活用の期待が高まる一方、成功を収めたケースは少数にとどまっている。実際、1000人超の企業の約9割が機器や設備の稼働状況データを収集しているものの、データ利活用が「かなり進展した」と感じている企業は10%弱にとどまるという。

 期待は大きいものの成果が伴わない。このギャップを埋め、データから価値を生み出すにはどうすればよいのか――。そのカギを握るテクノロジーが「デジタルツイン」だ。これはリアル(現実)空間で生成されるデータを集め、それをもとにデジタル(仮想)空間でリアル空間を高精細に再現するもの。

 「デジタル空間でリアルを再現したモデルをつくることで、これまでは難しかった様々な分析や予測、シミュレーションが可能になります」。こう話すのは東京大学 国際オープンイノベーション機構の小川 紘一氏だ。例えば、これから製作するものをまずデジタル空間で試行し、リアルでは手間もコストもかかる複雑な条件のプロセスを検証するといった利用方法はその1つ。これにより、リスクや課題を事前に洗い出したり、品質やパフォーマンスチェックも可能になったりする。

東京大学
国際オープンイノベーション機構
エグゼクティブ・アドバイザー
小川 紘一氏

 デジタルツインが注目される背景には、急速に進むビジネスのデジタルシフトがある。IoTの普及によって、様々なモノのデータが容易に入手できるようになり、テクノロジーの進化によって、リアル空間をデジタル空間に高精細に再現できるようになった。「デジタル空間は新しい市場として大きな可能性があります。距離や時間に縛られず、移動コストもゼロ。異なるデータソースやシステムからのデータを一つの統一されたビューにまとめられるのも大きなメリットです」と小川氏は述べる。

デジタルツインは“21世紀の産業革命”

 現在のビジネスは分業化が進んだ結果、データもサイロ化していることが多い。同じ部門でも、どんなデータがどこにあるのかわからないことがある。データの在りかがわかっても、それを使うには管理者や上長への申請・承認が必要になる。

 これではデータの利活用を進めることは難しい。「ピラミッド型の組織・文化を『自律分散型』へ変えていく必要があります」と小川氏は指摘する。サイロ化したデータ管理もデジタルを軸に変革し、統合的なデータプラットフォームをつくる。ここに多様なデータを集約すれば、誰でも、必要な時に必要なデータにアクセスできるようになる。全社的な「データの民主化」が可能になるわけだ。

各部門で生成される業務データ、モノや人のデータを統合プラットフォームに集約する。サプライチェーン全体のデータの可視化が進み、業務部門も経営層も多様なデータの分析や予測、シミュレーションが可能になる

 このデータをデジタルツインで活用すれば、イノベーションが起きやすくなる。「ビジネス部門だけでなく、経営層も現場のデータをタイムリーかつダイレクトに確認できるようになり、迅速な経営判断や意思決定が可能になります」と小川氏は続ける。

 19世紀の産業革命の真のイノベーションは蒸気機関の発明ではなく、それを動力とした鉄道・電信網の広がりにあるともいわれる。鉄道によってモノの輸送スピードやエリアが格段に広がった。駅には人が集まり、各地に街が形成された。電信網によって遠くに移動することなく、距離の壁を超えたコミュニケーションが可能になった。つながる人が増え、情報の伝播も格段にスピードアップした。これらが産業の発展を後押ししたというわけだ。

 デジタルツインにもこれと同じ可能性があると小川氏は話す。コンピュータやインターネットが普及し始めた1990年代から価値形成のパラダイムシフトは起こり始めていたが、2020年代に入ってデジタルシフトが大きく加速し、デジタル空間上でデータや企業がつながる「ビジネスエコシステム」の形成が進んだ。

 「デジタル空間が経済的価値を生むことで、すべての産業領域で、富の形成メカニズムが大きく変わりつつある。産業革命以来の150年ぶりの産業構造の大転換が起きる。そんな可能性を感じています。企業の規模や歴史に関係なく、あらゆる企業に飛躍のチャンスがあります」(小川氏)。

 実際、デジタルツインのグローバルプレイヤーはテクノロジー企業ではなく、事業会社が多い。「エクソンモービル然り、ダッソー然り、NASA然りです。いずれもデジタルツインで生産性向上とオートメーション化を加速させています」とNECの山本 宏は述べる。

NEC
デジタルプラットフォームビジネスユニット
Managing Executive Chief Architect
山本 宏
※取材当日の所属・役職です

 製造業を中心に、日本でも既に多くの企業がデジタルツインで大きな成果を挙げている。「ある企業は生産現場、サプライヤー、そして顧客までつなぐバリューチェーンをデジタルツインで可視化。生産性を最大50%向上させることに成功しています。グループの生産工場全体をデジタルツインで可視化し、30社に及ぶグループ企業の生産性を最大35%向上させた企業もあります。さらに別の企業では顧客先にある自社製品をネットワークでつなぎ、遠隔による監視・保守サービスを実現。ライフサイクル管理のストックビジネスの売上が、ハードウェア製品の売上の約4倍を占めるまでに成長しました」(小川氏)。

 工場やサプライヤーをつなげることで、デジタルツインはサプライチェーンをもつくり変えることができる。自動車産業では設計・生産のリードタイム半減の可能性も見えてきた、と小川氏は語る。

 少子高齢化の進行による日本の労働人口の減少は深刻な社会課題だが、これについても圧倒的な生産性向上を実現するデジタルツインがその解決策になりうるという。「多様なデータを取り込んだデジタルツインによって、労働人口不足という社会課題を逆に成長エンジンへと変えることができるのです」(小川氏)。

現場の人や環境もデジタルツインになっていく

 デジタルツインを実現するデータは、モノのデータだけではない。人に関連するデータも活用することにより先進的なデジタルツインを実現する。「人の動きを把握するデバイスや、人が身に付けるウェアアラブルデバイスが普及し、人や環境がデータソースになってきたのです」と山本は話す。例えば、生成AIやLLM(大規模言語モデル)を使えば、人の意図や文脈を理解し、人とコンピュータは自然言語で会話ができる。カメラやセンサーのデータを分析することにより、人の視覚・聴覚をモデル化・デジタル化することが可能になる。

 “動き”のデータ化は、スポーツ界の取り組みがわかりやすい。カメラ映像を基に審判の判定やプレーを分析する場面はスポーツ中継でよく見かける。アスリートはバイタル、運動量、瞬発力や動作バランスなどあらゆるデータをリアルタイムに計測・分析し、効果的なトレーニング、疲労度チェック、けがの予防などに活用している。

 こうした流れが産業界にも広がってきた。ドイツ政府が2013年に打ち出した産業政策「インダストリー4.0」の主な目的は製造業のオートメーション化だったが、欧州委員会が2021年に提唱した「インダストリー5.0」の柱の1つは「ヒューマンセントリック」、つまり人間中心という考えだ。ITやデジタルを含めた機械と人間との「協働」が提唱されているのだ。

 IoTシステムの普及と発展を目的とした「Industry IoT Consortium」は2024年で活動を終了した。新たに設立された「Digital Twin Consortium」と合併したからだ。IoTだけでなく、あらゆるデータを活用するデジタルツインがトレンドになりつつあることの象徴といえるだろう。

 ERPやMES(製造実行システム)、サプライチェーンマネジメントシステムなどのエンタープライズアプリケーションには「ファクト(事実)」の情報が欠かせない。「現場で何が起こっているか。そのファクトを提供するのも、デジタルツインの重要な役割です」と山本は指摘する。

デジタルツインはエンタープライズアプリケーションにファクトの情報を提供し、デジタル空間上で様々な検証やシミュレーションを行える。この作業はPDCAサイクルの「チェック」のプロセスに相当する

現場力を活かした「ファクトドリブンマネジメント」を実現

 日本企業の強みは「現場力」にある。長年にわたり培った知見やノウハウ、独自のやり方があるからだ。その現場力にさらに磨きをかければ、競争力は強化される。しかし現場のモノ、人、環境がまだ十分にデータ化されていないため、現場はデジタルの力を生かし切れていない。「現場をデジタルの力で高度化していくためには、現場で起きている多様な事象をデータとして収集し、システムにファクトを提供することが大切です」とNECの中村 公弘は指摘する。

NEC
プラットフォーム・テクノロジーサービス事業部門
Digital Twin Business Hub
主席プロフェッショナル
中村 公弘

 しかし、改革には抵抗勢力が立ちはだかる。個人や部門で持っているデータをオープンにする。長年のやり方やルールを変える――。すんなり首を縦に振る人ばかりとは限らない。これを打破するには、経営トップがリーダーシップを発揮し、文化を変えていく必要がある。「『組織のデジタルツイン』という言葉があります。この言葉に象徴されるように、組織改革はデジタルツインとセットで考えるべきテーマです」と中村は続ける。実際、NASAはデジタルツイン活用に向けた組織改革を進めており、そのためのフレームワークも公開しているという。

 もちろん当事者である現場の協力も不可欠だ。「データをオープンにする意義がわからないとマインドは変わりません。バラバラだったデータを共有することで、新たな価値が生まれ、生産性も上がる。これまでできなかったこともできるようになる。事例を通じてそういうメリットを訴求したり、できるところから始めて突破口をつくったりする努力が必要です」と山本は提案する。

 こうした課題の解消に向け、NECは現場力に磨きをかけるデジタルツインの実現を幅広く支援している。独自の最先端映像AI技術でモノ、人の動きや変化をとらえ、現場で起きているファクトをデジタル空間に高精細に再現する。ムダやプロセスの改善など具体的なアクションは「NECの映像AI技術」を活用して価値創造を図る。「これによって現場のファクトに基づいた『ファクトドリブンマネジメント』への変革を支援し、企業のポテンシャルを最大限に引き出します」(中村)。

現場のファクトデータを収集し、NECのAI技術で映像・音声分析や動作分析を行い、高精細なデジタルツインを再現する。デジタル空間でモノや人を動かしたりシミュレーションしたりすることで、作業の無駄や改善ポイントが見えてくる

 今後もNECは先端テクノロジーによるデジタルツインの実現と、現場のファクトに基づく価値創造メソッドに磨きをかけ、製造業のチャレンジとその成功を力強く支援していく。

    関連サービス