映像解析AIが小売業の救世主に
~深刻な人材不足、来客の行動分析や棚管理にも効果~
Text:織田浩一
コロナ禍の影響で、北米の多くの業界で急浮上した課題が人材不足である。特に小売業では深刻な影を引きずったままだ。それに対応するため様々なAI(人工知能)機能の導入が試されており、中でも映像解析AIに熱い期待が寄せられている。その状況をまとめてみよう。
織田 浩一 氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
90年代からの万引き対策もAIで進化
アメリカの小売業界では万引き対策として、90年代から店舗内へのビデオカメラ設置が始まっており、今では小規模店舗にも広がる。棚の列の間の天井に設置することが多い。映像解析AIを利用した顔認証で、万引き常習犯の入店時に直ちに特定するなど昨今の機能進化は著しい。
人材不足で店舗運営に支障が生じているここ2-3年、万引き対策以外の目的で映像解析への利用や興味が高まっている。さらに例を見ていこう。
Eコマースの顧客ジャーニーを実店舗でも
まず、店舗内分析の用途である。来店客がどこの棚の前で止まり、滞在時間がどれぐらいで、商品を手にしたか、買い物かごに入れたかなど、店舗内の来店客の動きを分析する。元々デジタルマーケティングでは、Eコマースサイトなどでこうした顧客ジャーニーを分析することは一般的だが、同様の分析を実店舗でも適用できるようになった。
例えば、大手小売チェーンに対してAI映像解析プラットフォームを提供するPathr AIでは、上記のような来店客の行動分析だけではなく、来店客に対して店員がどのタイミングで、どれぐらいの長さで接客しているか、その結果、その来店客がレジに向かったか、購買したかの効果検証などの分析を可能にする。さらに、来店客のレジ前の行列もモニタリングし、長くなりすぎると追加のレジを開けるためのアラートを出すこともできる。
棚の品切れ対策にあの手この手
次に、棚の品切れ対策や棚での販促確認である。これは万引き防止用ビデオカメラだけでは十分でないため、例えばWalmartでは実験店舗のIRL( Intelligent Retail Lab)を構築して2019年から試行錯誤を繰り返している。棚に重量センサーを設置するなどして、在庫をアップデートしたり、棚切れ商品のアラートを出したり、またメーカーとの販促条件の順守を確認したり、様々な機能をテストしているのである。
Walmartほどのビデオカメラの大規模な導入は多くの小売では不可能。そこで店員がモバイル端末で定期的に撮った店内の写真をAI分析するアプリが、多くのテクノロジー企業から提供されている。棚在庫の状況や販促などの追跡をするほか、AI分析で品出しなどのアラート発出や映像解析機能を持たせたロボット利用によって、業務の効率化を図る。
店にも客にも利があるチェックアウトフリー
最後に紹介する用途はチェックアウトフリー、つまりレジの省人化である。これはAmazonGoの登場で一気に注目が集まった分野。そのAmazonは今やチェックアウトフリー機能をJust Walk Outというテクノロジーパッケージにして外販しており、スポーツスタジアムのユニフォームやギフトなどの販売店舗や空港の店舗などで導入が進んでいる。
アメリカで1000店舗以上を運営する小売チェーンHudsonもその1つで、LA、ダラス、ラスベガス、シカゴなどの主要空港やスタジアムですでに店舗を展開中だ。いずれも飛行機に乗るまでの時間あるいは試合が始まるまでの時間に、レジに並ぶ心配なく買い物をしたいというニーズに応える。
Trigoもまた、省人化のニーズに向けたチェックアウトフリーシステムを提供する。イスラエルの企業で、イギリスのTesco、ヨーロッパのALDI、REWEやアメリカのWakefern Foodなどの小売チェーンが顧客となる。
チェックアウトフリー化のアプローチも店舗によって異なる。Walmart傘下の会員制倉庫型小売のSam’s Clubでは、モバイルアプリでScan & Go(商品をスキャンし、そのままモバイル支払いをして店を出る仕組み)を提供する。来店客が不特定多数ではなく、入店時に会員証の提示を求めることでこのような施策を可能にする。
映像解析はAIの機械学習分野でも最も多用されている技術で、これからも新しい利用ケースの登場が続くだろう。特に人材採用難の小売では省人化のために欠かせないテクノロジーになりつつある。日本では万引き対策ひとつ取っても防犯ゲートなどまだまだレガシーな対策に依存するケースが多いと聞く。だが、アメリカの小売店舗はAIを利用した映像解析技術の積極的な導入により、万引き対策に留まらない様々な恩恵に浴している。あらためて導入検討のタイミングが到来したと言えるだろう。
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