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2021年12月10日

「自然×アート」が生み出す、地域社会の新しい可能性とは

 2021年10月~11月、奈良県の奥大和エリアを舞台に、芸術祭「MIND TRAIL(マインドトレイル) 奥大和 心のなかの美術館」が開催された。奈良県の南部・東部に位置する奥大和は、古来の山岳信仰の歴史を今に伝える修験道の聖地。あたかも“巡礼者”のごとく、山道を歩いてアート作品に触れてもらうことで、密を避けながら、奥大和の魅力を再発見してもらおうとの試みだ。コロナ禍という特殊な環境下で開催されたこの芸術祭は、それにかかわった人々と地域にどのような気付きと変化をもたらし、新しいイベントの可能性を示したのか。本イベントをプロデュースしたパノラマティクスの齋藤 精一氏に話を聞いた。

アート作品を訪ねて聖なる山を巡礼する

 芸術祭「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」(以下、MIND TRAIL)は、吉野・天川・曾爾という3つのエリアで、それぞれ3~5時間かけて歩くコースを設定し、自然の中でアートを鑑賞・体験してもらう試みだ。芸術祭は数々あるが、アート作品を訪ねて山の中を歩き回る“巡礼スタイル”は珍しい。

 このユニークな芸術祭が誕生したのは、2020年5月、奈良県から齋藤 精一氏に相談が持ち込まれたのがきっかけだった。「吉野や天川では、観光収入のほとんどが桜の時期に集中しています。ところが、コロナ禍の緊急事態宣言で観光が危機的な状況に陥っている。何とかして盛り上げることができないか、と相談を受けました。そこから、『コロナ禍でも密をつくらないイベントとは何だろう』という話になり、自然の中で歩く芸術祭を提案したわけです」

パノラマティクス主宰
齋藤 精一氏

 もちろん、「歩く芸術祭」は、観光の活性化だけが目的ではない。昨今の芸術祭のあり方に疑問を感じていたことも、このアイデアを発想した理由の1つ、と齋藤氏は言う。

 「最近、芸術祭がスタンプラリー化している、もしくはインスタ映えを狙って来るという感じになってしまって、芸術祭のあり方に対して疑問を感じることが増えてきました。それに、会場が広すぎると車で回る人が増えるので、地元の熱量や雰囲気はどうなのか、どんな生活が営まれているのかが見えてこない。それだと最終的に経済も生まれないので、もったいないなと感じていたんです。20年前の芸術祭は、地元と経済と文化が今よりも近かった。せっかく芸術祭をつくるなら、もっと別のかたちに書き換えられないか、と思ったわけです」

 さらに、齋藤氏自身が、コロナ禍における新しい芸術祭のあり方を模索していたことも、「歩く芸術祭」を企画したもう1つの理由だった。「コロナ禍でたくさんの人たちが苦しい思いをされ、ステイホーム期間中に自宅周辺を歩き始めた人も多いと思います。僕自身も、ステイホーム期間中に自宅周辺を歩き始めたのですが、今まで忙しすぎて気付かなかったことが、いろいろ発見できました。今、芸術に何ができるのか。人間はもう一度、“自然を愛でる”ということをしなければならないのではないか。命って何だろう、自然との共生って何だろう、ともう一度考える、哲学の時代に入ったと思うのです。例えばそういうことを、MIND TRAILでお伝えできるのではないか。その意味では、歩くこと、芸術、自然、その裏にある観光・経済――そのすべてを打ち抜くようなイベントとして企画したのが、MIND TRAILだと考えています」

最先端のメディアアーティストが電気を使わなくなった

 この新しい試みは、参加アーティストにも意識の転換を迫ることとなった。そもそも芸術祭とは、アーティストが自らの作品を通じて、自らの哲学を語る場だ。だが、齋藤氏はMIND TRAILに参加するアーティストに、「レンズのような作品を作ってください」と依頼したという。

 「作品が主役になるのではなく、作品を通して自然を知り、命を知ってもらいたい。そんな話をアーティストさんにしたら、皆さんは嫌がるどころか、非常に深く理解してくれました。コロナ禍で芸術祭の延期・中止・オンライン化が相次ぎ、エネルギーを発散したくても発散できない。その分、『作品で何かを発散したい』という思いも強かったし、コロナ禍でアーティスト自身が体験した変化を、何らかのかたちで表現したいという欲求もあったからか、非常に喜んでくださる方が多かったですね」

 新型コロナウイルスという災禍が世界を覆う中、大自然の中で作品を制作・展示するという、かつてない経験。それは、アーティストの創作活動にも影響を与えずにはおかなかった。

 「不思議なことに、ふだん最先端のことをしているデジタル系・メディア系のアーティストが、MIND TRAILに参加すると電気を使わなくなってしまう。それは、自然の力が強すぎて、圧倒的に力負けしてしまうからです。僕は今回、吉野では金峯山寺、天川では面不動、曾爾では屏風岩公園から、修験道の聖地である大峯山に向かってライトを照射する作品を作りました(『JIKU(軸)』)。デジタルでプロジェクターを使って何かを投影するなど、恐れ多くてできない。テクノロジーを手段や道具として使いながらも、結果として自然に寄り添っていくわけです」

齋藤精一『JIKU #006 YOSHINO』(吉野エリア)
撮影:中森一輝

 芸術祭の名称は、『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』。「心のなかの美術館」と銘打ったのは、「自分の頭の中にどんどん美術館を造っていくイメージで、歩いてもらいたかったから」と齋藤氏は言う。いにしえの巡礼や遍路が札所を巡り歩くように、山の中を歩きながら、作品を求めて旅をする。それは、心の旅路をたどる道行きでもある。

 「最初のコースを回っているときは、作品が背景に溶け込んで、全然見つからないんです。でも、歩くうちに、作品がどんどんわかるようになってきて、そのうち、作品ではないものまで作品に見えてくる。最後の方になると、どれが作品なのか、わからなくなるんです。石や倒木など、見るものすべてが作品に見えてくる。これが『自分の中に美術館を造る』ことなんです」

西尾美也『人間の家』(吉野エリア)。吉野の人々から古着を譲り受けてパッチワークを作り、黒滝村の杣師の手を借りて森の中に設置。森の中に忽然と異空間が出現した
撮影:中森一輝
上野千蔵『うつしき』(天川エリア)。水盤に水を垂らすと、無数のさざ波が生まれては消え、水面に映った風景が揺らぐ
撮影:中森一輝
長岡綾子『Ever Changing Poster』(曾爾エリア)。森の中に障子のようなオブジェを設置。時間の移ろいとともに、背後にある草木のシルエットが逆光で浮かび上がり、オブジェはアートポスターへと姿を変えていく
撮影:中森一輝

 情報が氾濫する便利な暮らしの中で、いつしか失われてしまった、万物に宿る「存在」と向き合う感覚。疫病という災厄と対峙する今だからこそ、さまざまなことを感じてもらえるのではないか、と齋藤氏は語る。

芸術祭を持続可能にするには、地域の当事者意識が必要

 今回のMIND TRAILに来場したのは、芸術祭を心待ちにしていた美術ファンだけではない。老若男女を問わず、県内から来た人もいれば、東京など遠方からの来場者もいる。なかには、作品鑑賞がてら、山道でトレイルランを楽しむ人も。1人で参加した若い世代や女性の姿が多いことも、目を引いた。

 「3つのコースを全部見るためには、2泊しないといけない。すると宿や食事が必要になり、経済が発生するわけです。観光地の吉野や天川でも宿が足りなくなり、周辺の都市に泊まってレンタカーで来る人も増えました。設計通りといえば設計通りなんですが、その勢いが、想定を超えていました」

 世話好きな県民性を反映して、地元の人と来場者との交流も生まれた。来場者に「どっから来たの」と気さくに話しかける住民もいれば、道に迷った来場者を、軽トラックで送り届けた住民もいる。

 来場者の中には、「奈良にこんなところがあるなんて」「歩いて回るのがすごく楽しい」「心の中の美術館という意味がよくわかりました」と、感嘆や喜びの声を上げる人が多かったという。

 こうした熱気に相まって地元の芸術祭に対する考え方も変わりつつあるという。

 「芸術祭は難しいところがあります。それは文化と経済効果の両輪で回さないと、地元の人たちは『文化にお金を吸い取られる』と感じてしまうこと。芸術祭を持続可能な取り組みにするためには、地域の人が当事者意識を持って取り組むことが必要です。それで、2020年に1回目が終わったとき、来年も僕がやらせていただく条件として、『少しでいいから、各自治体で芸術祭のための予算をつけてほしい』とお願いしたわけです」

 一方、初回にそれなりの経済効果を出したことで、地元の芸術祭にかける期待値は高まっていた。2回目となる今年は、地元の人々が総出で芸術祭をサポート。制作や展示のための場所を提供したり、アーティストが制作する写真作品に参加したりと、さまざまな協力を申しでてくれたという。

まずは熱量を持っている人を見つけ、少しずつ広げていく

 こうして、2021年10月、第2回MIND TRAILが開催の運びとなった。今年は、会期中にトークセッションやコミュニティスナックなど、地域と連携したイベントを開催。奥大和の魅力を来場者により深く知ってもらい、地元との交流を深めてもらうための、さまざまな仕掛けを行っている。

 その1つが、「CONNECTED MIND 奥大和関係人口サミット」と銘打ったトークセッションだ。これは、各エリアで移住者や役場、観光協会などのキーパーソンを招き、地域の魅力や芸術祭の意義について語り合いながら、今後の地域活性化につなげていこうというもの。トークセッションの後は、各エリアでコミュニティスナック「関係案内所」をオープン。会場では特製ドリンクとおつまみが振る舞われ、地元の人々や来場者が思い思いに交流を楽しんだ。

 「地域というのは往々にして何かしらの問題を抱えているものですが、こういう場をつくると、『まぁ、俺たちが目指しているものは、同じ方向やしな』という話になるわけです。会場には、自治体職員もいれば、お坊さんも、近所のおばちゃんもいる。いろいろな人が集まって、横イチで盛り上がって。めちゃくちゃいいな、と思いましたね」

 顔が見える関係の中でこそ、意見や立場の違いを超えて、連帯感や互助の精神が生まれる。一度それができてしまえば、皆が同じ方向を向き、祭りのような熱量を持って、新しい風を起こしていくことができる。これこそが、日本らしいスマートな社会のありようではないか、と齋藤氏は言う。

 「例えば、曾爾村は人口約1300人で、岩に囲まれた地域なので、居住エリアがキュッとまとまっているんです。皆、お互いに顔と名前がわかっていて、獅子舞やお祭りもある。しかも、皆で声をかけあって、コロナ禍でも元気いっぱいで活力に満ち溢れている。もしかしたら曾爾村は最先端かもしれない、と思ったんです。結局、自治体がDXで皆がやろうとしていることは、住民の理解です。住民がどういう状況にあり、どういう動きをしていて、どういう問題を抱えているのか。DXは、デジタルで個人と行政との距離を近づけることによって、それを把握しようとしているわけです。僕は常々、『DXは目的ではなく道具である』と言っているのですが、まさに、DXの目指すものが曽爾村の中で実現している。こういう地域のあり方を目指すために、デジタルを道具として使っていかなくちゃいけないな、とあらためて感じました」

 MIND TRAILを経験したことで、自分自身の考え方や方向性も変わりつつある、と齋藤氏は言う。

 「今までは、都心部や密集地域を表現の場とすることが多かったのですが、これからは分散の方向に向かっていく気がします。僕らの仕事も、都心部一極集中でつくるより、地域に分散させた方がいい。自分自身も表現する人間として、地域の自然や文化、風習と触れ合いながら、何が表現できるのかと考えるようになりました。多くのものに反映させるより、自分たちが把握できる解像度で仕事をした方が、圧倒的にいい。まずは熱量を持っている人を見つけ、少しずつ広げていくことで、大きな流れができていく。そういうやり方をしない限り、DXも進まないのではないでしょうか」

 コロナ禍を機に、始まった新たな試み。齋藤氏は「自然×アート」によって、地域社会の新しい可能性を見出しつつあるようだ。

齋藤 精一(さいとう せいいち)氏

パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰
1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。
03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。
フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクスを設立。
16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2018-2021年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博People’s Living Labクリエイター。

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