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2020年05月25日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

グローバルなスーパーアプリは成り立つのか
「巨大なローカル」としての中国

 昨今、日本でも「スーパーアプリ」という言葉を聞く機会が増えてきた。スーパーアプリという言葉に明確な定義はなく、メディアなどで使われている事例を見ると、「移動や食事、買い物、金融、公的手続きなど日常生活で使う頻度の高いサービスをワンストップですべて提供するアプリ」のことである。

 その際、議論の念頭にあるのはAlipay(支付宝)やWeChat(微信)に代表される中国生まれのアプリである。GAFA(ガーファ、Google・Amazon・Facebook・Apple)やUberといった世界のIT巨頭がこれらに学んで「スーパーアプリ化」を目指しているといった話もある。

テンセント(騰訊)のWeChatは中国の代表的なスーパーアプリといえる

 日本でも2019年11月、ヤフーを擁するZホールディングスとLINEとの経営統合が発表され、スーパーアプリ誕生の可能性が意識されるようになってきた。

 しかしながら、中国のスーパーアプリが誕生した背景には、中国独自の環境がある。中国はいわば「巨大なローカル」である。スーパーアプリの成長はあくまでその時点での政治や社会、経済の環境に反応したものだ。結論から言ってしまうと、中国のスーパーアプリはそこから多くを学ぶべき存在ではあるが、それ自体が世界のスーパーアプリに成長したり、成功体験を他国でそのまま再現したりするのは難しいだろうと私は考えている。

 さらに言えば、「スーパーアプリ」とはそれ自体、ローカルで初めて成立する概念であって、「全地球的なスーパーアプリ」は存在し得ないのではないかと思っている。

 以下、今回はそんな話をしたい。

「一つのアプリで何でもできる化」の潮流

 前回の連載で、オンライン会議システムZoomのことを書いた。
その中で、Zoomというサービスが、中国生まれの企業家によって生み出されたものながら、成長の基盤にはハードもソフトも問わず、どんな環境でも使える融通性の高さがあり、その背景にはそれを支える米国社会のオープンさがあると指摘した。

 そして、中国の社会は一般に「うま味のあるものは身内で囲い込み、利益をなるべく外に出さない」という発想が根強くあり、その結果、「大きな勢力が何でもやる」傾向が強くなりやすい。昨今、中国のIT業界がアリババとテンセントの二大勢力に分割され、どちらかの陣営に属さないと生きる空間がなくなりつつあると指摘されるのは、そこに理由がある――という趣旨のことを書いた。

 ここで言うアリババとテンセントの2社が展開するのが、まさにスーパーアプリにほかならない。つまりZoomはこの2社をはじめ、世界を牛耳るGAFAなどさまざまな「スーパーアプリ化(=一つで何でもできる化)」の潮流の中、オンライン会議システムの「一本足打法」で生き抜いてきた存在ということができる。私がスーパーアプリに注意をむけるようになったのは、そういうZoomのオープンな生き方に興味を持ったことがきっかけである。

「便利なアプリ」が集まっても「スーパー」にはならない

 前述したように、スーパーアプリの議論で必ず引き合いに出るのがAlipayとWeChatである。ご承知のようにAlipayは国民の財布として、WeChatは国民的な日常の通信手段として、それぞれ事実上、中国のスタンダードになっている。もはや電気・ガス・水道みたいなもので、これなしでは生活に大きな不自由をきたす。そういう存在である。

Alipay(支付宝)は中国における決済ツールのスタンダードになった
(アントフィナンシャルのホームページから)

 そして、その絶対的な存在であるアプリを核に、その周辺に「あったらもっと便利」な多種多様なサービスが付加されて、「これ一つで何でもできる」スーパーアプリになった。AlipayやWeChatがスーパーアプリになったのは、核となるアプリがとんでもなく「スーパー」だったからであって、便利なアプリがたくさん集まったから「スーパー」になったわけではない。それなりのアプリでは、いくら数を集めてもそれなりにしかならない。考えてみれば当たり前のことだが、ここがポイントである。

 確かに昨今、スマホにインストールされたアプリの数が多すぎて、何かをやる度にアプリを開くのは煩わしいと感じる。それは事実だ。一つのアプリで完結できれば便利であるには違いない。しかしそのことは中国でスーパーアプリが誕生した本質的な理由とはいえない。

便利なサービスの集合体「美団点評」

 例えば、中国のスーパーアプリで、上記2社に次ぐ存在としてしばしば言及されるのが美団点評(Meituan Dianping)である。美団点評はもともと米国発の共同購入サイト「グルーポン」を模倣して2011年にスタートした「美団」と、2003年創業の中国最大の口コミサイト「大衆点評」が2015年に合併した企業である。

美団点評の口コミアプリとフードデリバリーアプリ。それぞれ数億人単位のユーザーを持つ

 競争力の源泉は口コミサイトに集まるユーザー数だ。グルメから始まり、その後、ホテルや旅行全般、ショッピング、結婚関連サービス、美容・医療、フードデリバリー、自動車、ペットなど幅広い領域に広がった。そして、そこに集まるユーザーに商品やサービスを販売することで収益を上げるモデルを確立する。現在では「そこにいけば何でもある」便利なアプリ(サイト)として利用者を増やしている。

 しかし中国の社会・経済構造そのものを変えたとまでいわれるAlipayやWeChatに比べると、その「スーパーさ」は迫力を欠く。「賑やかな場所にいろいろ店を出したら、それなりに売れました」みたいな感じがある。「Alipay、WeChatに続く第3のスーパーアプリとして急成長」という形容に間違いはないが、香港証券取引所での時価総額(2020年5月14日現在)は、アリババ4兆1700億HKドル、テンセント4兆1100億HKドルに対して美団点評は7079億HKドルで、一桁違う。確かに「何でもある便利なアプリ」ではあるが、スーパーアプリと呼ぶのは時期尚早だろう。

国民の8割がスマホで初めてインターネット体験

 ではなぜ、中国ではAlipayやWeChatのような「とんでもなくスーパーな」アプリが誕生したのか。いくつかの理由があるが、最も大きいのは中国が飛躍的な経済成長を遂げ、基本的な国家建設が進むタイミングと、世界的なモバイルインターネットの成長期が一致したことである。

 いわゆる西側先進国では、まず1990年代半ばからパソコンを中心としたインターネットが広く社会に普及し、情報通信の骨格はその頃に整った。モバイルはその上に成り立っている。しかし中国ではそのころ、まだ個人がパソコンを持つ経済条件も通信環境も整っておらず、インターネットのユーザーは限られていた。有線で高速の通信回線を張り巡らすには巨額の費用がかかるので、一気に国全体に広げるのは難しかったのである。

 しかし2000年代に入り、3G(第3世代移動通信システム)の技術が急速に進歩し、中国大陸でも大都市では2006年前後、地方都市でも2008年頃には基本的に整備が進み、モバイル時代が本格的にスタートした。スマホの普及が加速するのは2011年頃からである。そのため中国ではスマホの登場で始めてインターネットに触れた人が国民の8割を超える。

国家建設と移動通信技術が一致

 同時にこの時期、経済成長も加速した。都市部での不動産所有権の改革が進み、住宅価格が高騰して市民の富裕化が本格化したのは2002~2003年以降のことである。また2001年にWTO(世界貿易機構)に加盟したことで中国はグローバル経済に組み込まれ、その恩恵を受けて成長スピードは加速した。

 国家的な基本インフラの整備が急速に進んだのもこの時期である。高速鉄道(中国版新幹線)の基本計画を定めた「中長期鉄道網計画」の策定が2004年、初の高速鉄道「北京天津都市間鉄道」の開通が2008年である。また中国政府が今後30年間で人口20万以上のすべての地方中核都市を結ぶ8万5000 kmの高速道路ネットワークを建設する構想を打ち出したのが2005年だ。

 こうした国家としての骨格の定まる時期とモバイル通信技術の普及期が重なり、中国はモバイルが国民生活の基本部分に入り込んでいる。だからこそ2010年からわずか10年の間に14億国民のうち11億7000万人が4Gスマホのユーザーになる状況が現出した。そのまさに中核を担ったのがアリババであり、テンセントである。こうした背景抜きに中国のスーパーアプリを論じることはできない。

「もし牢屋に行くなら、私が行く」

 Alipayはもともと欧米や日本のEコマースサイトでも使われていたエスクローサービスを中国に持ち込んだものである。サービス自体は目新しいものではない。アリババの創始者、ジャック・マー(馬雲)のすごさは、それを社会主義国の保守的な金融の世界に持ち込み、あらゆる既得権益者の介入を粘り強くはねのけ、定着させたところにある。

 アリババがEコマースサイト「タオバオ(淘宝網)」を立ち上げたのが2003年。利用者は増えたものの、難題は決済だった。先に代金を振り込むのか、先に商品を送るのか。結局は信用の問題に行き着く。これがネックで取引高が伸びない。どうするか。そこでたどり着いたのがエスクロー方式のAlipayだった。

 しかし、当時の中国では違法の可能性が高い。金融界の圧力もある。逡巡したジャック・マーは04年1月、たまたま参加したダボス会議で「企業家の社会的責任」が真剣に討議されている光景に感銘を受ける。帰国したマーはメンバーを前に「すぐにAlipayを始める。もし牢屋に行かなければならないなら、私が行く」と語ったという話は語り草だ。

 WeChatの登場は2011年だが、それ以前からテンセントにはパソコンベースのSNS「QQ(キューキュー)」があった。登場は1999年で、米国のSNS「ICQ」の明らかな模倣だったが、パソコンユーザーの間での人気はすごかった。WeChatはQQをモバイルに適合するよう改良したもので、実質的な中身は同じである。テンセントのすごいところは圧倒的な競争力のあるパソコンベースのサービスを持ちながら、モバイル時代のアプリを新たに世に出し、大胆に広げていった点にある。2013年にはAlipayと同様の決済サービスWeChatPay(微信支付)を付加し、スーパーアプリへの道を進んでいく。

WeChatのオンライン決済アプリ「WeChatPay(微信支付)」はAlipayと並ぶ普及率
(テンセントのホームページ)

中国社会の「特殊性」

 こうしたスーパーアプリが誕生した背景には、当然ながら政治体制の影響がある。社会主義の一党専制で、金融や通信などの領域は特に閉鎖的、保守的な体質を持つ。しかし、そうであるだけに、いったんそこで政府との関係を確立してしまえば市場での独占的地位が確保でき、他者は容易に参入できない。加えて外国企業の参入はほぼ不可能で、世界のIT巨頭との競争を避けられたことが「中国的スーパーアプリ」成立に大きく影響したことは間違いない。

 言葉の要素もある。中国語(方言を含む)は世界で最も母語人口の多い言語である。そして知識層も含めて、日常生活で英語が通用する領域はほとんどない。この点は日本と同様で、少数民族の言語を除けば、基本的に中国語しか通じない社会である。14億人もの人々が日常的に一つの言語を使い、逆に言うと、それでしかコミュニケーションが成立しない。その意味でも中国は「大きなローカル」である。

 加えて、個人情報の保護に対する国民の意識が、少なくともこれまで強くなかったこともスーパーアプリ誕生の背景の一つに数えられる。近年、個人のプライバシー意識は急速に高まっているとはいえ、もともと社会主義国で、基本的人権そのものに対する社会の基準が異なるので、議会制民主主義の国と同列に議論はしにくい。

 もう一つ指摘しておかなければならないのが、商業道徳や企業の信頼性といった観点である。Alipay誕生の経緯でも触れたように、中国はもともと企業や個人間の信用が低い社会である。そのため信頼を担保する何らかの仕組みをつくらないと動きが取れない。だからこそIT時代になってAlipayのような仕組みが生まれ、普及した。

中国のオンライン決済アプリは生活の隅々まで浸透している(上海市内)

 これは単に支払いの問題にとどまらない。名前を聞いたこともない会社や個人の商品・サービスは信頼できないから、「アリババ」や「テンセント」といった大きな看板の信用力を利用する。そうしないと売れないのである。だから大きな傘の下に商品やサービスが集まる。たとえて言えば、零細な店は信用がないから有名なデパートやショッピングモールに入る。それがスーパーアプリになるのである。

「ローカルであること」がスーパーアプリの条件

 このように考えてみると、中国で生まれ、いまや世界の範とされている感のあるスーパーアプリは、極めて中国特殊的な経緯で生まれてきたものである。規模は大きいが、実はとてもローカルなスーパーアプリというべきだ。

 むしろ「ローカルであること」が「スーパー」になれた理由であると言ったほうがいいかもしれない。地域の事情に即して生まれるから、「何でもできる」ようになる。しかし世界のどこでも通用するようになるには、普遍性を追求しなければならない。世界には多種多様な政治状況や文化、風俗習慣があるから、中国のスーパーアプリがそのまま外に出ても、すべてをカバーするのは難しいだろう。

 中国という大きな生け簀の中で育ち、その水に慣れてきた中国のスーパーアプリは、生け簀から出れば安穏な暮らしはできなくなる。少なくとも従来と同様の努力で同じ成果を挙げるのは難しい。中国という巨大なローカルの「スーパーな」存在でいた方が効率は良く、費用対効果は明らかに高い。だとすると、スーパーアプリ側にとってグローバルな存在になるメリットは少ない。「中国的スーパーアプリ」がグローバルなスーパーアプリになる可能性は低いと私が考える理由である。

 ただ波乱要因があるとすればアリババの一派で、ジャック・マーという人はソロバン勘定だけでは動かない遺伝子を持っているように思う。「世界の人々のために」と本気で何かをやり出す可能性はあるかもしれない。

巨大な「中国ローカル」にどう対応するか

 そう考えてみると、日本で圧倒的なシェアを持つSNS「LINE」と有望な支払いシステム「PayPay」が統合したことで、日本のスーパーアプリが登場する可能性が出てきたと言っていいのだろう。ただそれは中国と同様、あくまで「日本ローカル」なスーパーアプリである。

 東南アジアのスーパーアプリと言われるインドネシア生まれの「Gojek(ゴジェック)」、シンガポール発の「Grab(GrabTaxi Holdings、グラブ)」も、積極的に他国に進出してはいるが、バイクタクシーや四輪車のタクシー配車といったコアとなる業務以外、進出先では大胆なローカライズを進めていると聞く。それは自然なことだろう。さもなくば、その地で「スーパーな」存在にはなれないからである。

 そんなことだから「中国に学んで、世界はこれからスーパーアプリの時代」といった見立ては、少し違う気がする。中国の場合、国の規模が大きいので、世界はすぐにそうなりそうな気がしてしまうが、中国はあくまで一つのローカルである。学ぶべきところは多々あるが、それはあくまで中国固有の政治・社会状況や中国人の嗜好、行動様式があっての話で、そこを踏まえた上での学習でないと有効ではない。

 現下の緊迫した政治情勢もあって、中国は今後、ますます「巨大なローカル」の色彩を強めていくだろう。一歩間違うと自国のやり方の押し売りに走らないとも限らない。「米国ローカル」に傾斜しつつあるアメリカと中国の間に入って、中国ほどの規模を持たない「日本ローカル」はどう対応するか。こちらも難しい局面に立ち至っている。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(⾮常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に⼤⼿企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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