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2020年08月25日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

苦悩する中国の民営企業
「政治」との関係の曖昧さが成長を阻む

 米国政府が最近、一部の中国企業に対する排除の姿勢を一段と強く打ち出したことで、改めて中国企業の政治との関係に注目が集まっている。

 中国は社会主義の「一党専政」で、憲法に「党(中国共産党)の指導」が明確に規定されている国だ。そして、国有企業はもちろん、民営企業であっても会社の中に党組織(党委員会、党支部)の設置が法律で事実上、求められており、会社のトップやそれに準じる地位の人物がその責任者を務めているのが普通だ。これは外資系企業も例外ではない。

 これは中国社会では日常茶飯の「普通のこと」である。しかし問題は、中国では普通であっても、その他の国では全然、当たり前ではないことだ。

 この問題は突き詰めると、「民営」とは言うものの、中国の民営企業は本当に経営者に最終的な決定権があるのか――という問題に行き着く。実を言えば、この問題に対して中国国内でも、明確な答えは出ていない。そのことが海外から見た中国企業のわかりにくさを呼び、問題を複雑にする要因のひとつになっている。今回はそのあたりの話をしたい。

中国企業排除に乗り出す米国政府

 米国政府が一部の中国企業を力ずくで排除し始めていることはご存じの通りである。報道によれば、中国のファーウェイ(華為技術)や監視カメラ大手のハイクビジョン(杭州海康威視数字技術)など5社の製品やサービスを利用する企業と米国政府機関との契約を禁止する措置を実施した。2018年に成立した「国防権限法」に基づくもので、中国当局の支配下にあると判断されれば、これ以外の企業でも同様の措置が講じられる。

 また米国政府はバイトダンス(北京字節跳動科技)に対し、同社の動画投稿アプリTikTok(ティックトック)の売却も命令している。同社のサービスが「米国の安全保障を損なう行動を取る可能性がある」との理由だ。

 ここで懸念されているのが、「中国政府の支配下」にあるかどうかだ。米国政府の判断基準は不明だが、中国の党や政府が民営企業にも党組織の設置を求めていることが、中国企業に対する疑念を深めているのは間違いない。

「党委員会」とは何か

 そもそも企業内に置かれる「党委員会」とは何なのか。

 明文化されている規定を見ると、「中国共産党党章」第二十九条に「企業および国家機関、学校などの組織では、3人以上の正式な党員がいる場合、党の基層組織をつくるべきである」(訳は筆者。わかりやくするため、趣旨を損なわない範囲で文言を一部修正もしくは省略した、以下同)と規定されている。ここでは「べきである」としたが、原文のニュアンスでは「つくるのが当たり前である」くらいの語感だと思う。設立が「義務」とは言っていないが、「特段の事情がない限り、つくってほしい」という感じか。これは中国共産党の党則であり、国の法律ではない。

 そして中国の公司法(会社法、こちらは法律)第十九条に「会社においては、中国共産党党章の規定に基づき、党の組織を設立し、党活動を展開する。会社は党組織の活動に必要なものを提供するべきである」との条文がある。こらちのほうは「もし党組織ができたなら、支援するのは義務である」的なニュアンスが強い。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 要するに中国では社内に3人以上の党員がいれば、内部に党組織をつくることは基本的に必須であり、当たり前のことなのである。

大企業の大半に社内の党組織が存在

 最近話題にのぼることの多いIT関連企業の中に党委員会(もしくはより小規模な「党支部」)が設置された時期は以下のようになる(各社ホームページ、メディアの報道などによる)。

アリババ (阿里巴巴)   2008年
テンセント (騰訊)    2011年
Baidu (百度)       2011年
ファーウェイ (華為技術) 設立年度不詳。かなり古くから
京東 (JD)         2011年
Xiaomi (小米)       2015年
バイトダンス (字節跳動) 2014年

 これら著名な大企業に限らず、IT系企業の党委員会設立は2011年以降、急増しているのがわかる。その背景は後で述べる。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 「2018年中国共産党党内統計公報」によると、2018年末現在、企業内に党委員会が設置されている民営企業は全国で158万5000社あるという。また「中国共産党新聞ネット」同年8月30日付には「中国民営企業トップ500社の全てに党委員会がある」との記述があり、一定規模以上の民営企業には、ほぼ党組織が設置されているとみてよさそうだ。

「二兎を追う」ための苦肉の折衷案

 ではなぜ、このようなルールができ、それが現在のハイテク企業にまで広く遵守されてきているのか。そこにはいつくかの経緯がある。

 企業内の党委員会は、数十年前の社会主義中国の初期からあった。もともと中国が計画経済の時代、全ての企業は国家の所有で、民営企業は存在しなかった。当時の国営企業は中央官庁の現業部隊の位置づけで、上からの指示の実行が仕事であり、経営判断はほとんど必要がなかった。だから、当時の党組織はそのまま企業の意思決定者と言ってよく、強い権限を持っていた。

 それなら話は分かりやすいのだが、1980年代に入って本格的な改革開放の時代になり、個人が所有する民営企業が誕生、次第に力を付けてきた。民営企業とは個人が私有財産を投資して設立したものであり、国家が国民の私有財産権を認めている以上、党の指示がそのまま経営判断というわけにはいかない。個人の財産で設立した企業に他人がああしろ、こうしろと指図することはできない。

 党や政府にしてみれば、個人の財産権はいまさら否定できない。しかし民営企業に対する統制もある程度は効かせたい。そういう矛盾した狙いを持った「二兎を追う」ための苦肉の折衷案として考え出されたのが企業内に党組織を置くという方法である。党が上から統制するのではなく、社員として内部にいる党員が集まって組織をつくり、会社に影響力を持つ。いわば間接的な方法である。

企業と国家の利害が一致していた時代

 しかし、とりあえず仕組みはつくったものの、では具体的にどのような方法でその矛盾を克服するのか、その点はどうも明らかではない。とりあえず党として民営企業の経営に関与はしていますよ――というアリバイだけつくったみたいな感じがある。

 そんな見切り発車でもなんとかなったのは時代背景によるところが大きい。この手法は1980年代から導入されたが、当初の民営企業は製造業が主体で、とにかく製品をより安く大量につくって世界中に売りさばけば儲かった時代である。政府は政府でなんとか外貨を稼ぎ、先進国に追いつくことが至上命題で、その他のことは眼中にないという姿勢だったから、特にイデオロギー的に企業を強く統制する必要もなかった。

 要するに当時、民営企業と国家の利害は一致していたのである。お互い、同じ方向を向いて走っていたから、社内の党組織は経営者を応援していればよかった。むしろ「改革開放」という国の大方針を掲げ、経営者にハッパをかけて「もっと大胆に打って出ろ」と叱咤激励していたのが社内の党組織だったのである。

「スマホ革命」で状況は激変

 状況が変わり始めたのは2010年前後からだ。その背景にあるのは中国の「スマホ革命」である。

 2008年、3G(第3世代移動通信システム)が中国でも正式にスタートした。中国で初めて正規のiPhoneが発売されたのが2010年で、中国は本格的なスマートフォン(以下スマホ)時代に突入する。それまで一部の層に限られていたパソコン中心のインターネットユーザーが、数億人単位の「普通の人たち」に広がり、情報流通量は激増した。それにともなってアリババやテンセントなどに代表されるIT関連企業が急速な成長を始めた。

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 「中国版ツイッター」とも称されるウェイボー(微博)の開始が2009年、現在では中国でのコミュニケーションのスタンダードとなったウィチャット(WeChat、微信)の運用開始が2011年、TikTokを生み出したバイトダンスの創業が2012年である。こうした現在の中国社会を大きく変えた情報通信がらみの出来事が、この時期に立て続けに起きている。

民営企業の急成長に対する警戒感

 これはもちろん中国の為政者にとって望ましい変化だったが、同時に警戒心も呼び起こした。それまでの経済発展のパターンと異なり、こうしたITの進化を核にした成長は、「好ましくない情報」の拡散につながる懸念もあり、人々の意識や社会構造の劇的な変化を呼び起こしかねない。個人や企業がスマホで情報を収集したり発信したりする機会をなくすことはできないが、事の重大性に鑑みれば放ってもおけない。

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 このような背景があって、企業内部の党組織を活用するという古い仕組みが改めて重視されるようになった。ちなみに習近平・国家主席、党総書記がその地位に就いたのが2012年である。このことも時代の変化を決定づけた面もおそらくあるだろう。

 中国のIT関連企業の党組織設置が2011年あたりから急増しているのは、このような背景がある。

明確な規定がない党組織の役割

 もともと市場経済における「会社」とは、株主(投資家)の付託を受けた経営者が責任を持って経営し、全てを決定していくものである。当然、結果に対する責任は経営者にある。民営企業なら、その原則は中国でも変わらない。

 ところが中国においては、企業の中に党の組織が設置されており、しかもその「党」は憲法において「国家を指導する」と規定されている。考えてみればこれは不思議な状態であって、いったい「党委員会」とは会社の中で何をするのか。どんな権限があり、どんな役割を持つのか。こういう素朴な問いが出てくるのは当然である。

 しかしながら、実を言うと当の中国でも、この点には明確な規定がない。前述したように、国有企業はいざしらず、民営企業と党や政府が、日常の業務において、どのような距離感、どのような関係性にあるべきなのか。何をやってもよくて、何をやってはいけないのか。そこには確たる基準がなく、経営者の間でも戸惑いがあるのが現実だ。

「社員の模範となる」ことも党員の役割

 さらに言えば、民営企業の内部で党の組織が影響力を発揮するのは、そもそも難しいのではないか――との議論は中国国内にもある。

 考えてみれば、ある部門や人物が組織内で影響力を発揮するには、人事権の掌握が必要だ。これは洋の東西を問わない原則だろう。民営企業の人事権は究極的には株主が握っている。もし党委員会が多数の株式を保有して人事権を持ったら、それはすでに民営企業ではないし、仮に株式の多数を握っていない党組織が人事権を掌握したら、それは株主の権利の侵害になる。これでは企業の力を発揮させることは難しい。

 こういう根本的な矛盾があるので、現在、民営企業内の党組織がどんな努力をしているかというと、その主な方向は2つある。

 ひとつは、社内の党員たちが他の普通の社員よりも頑張って働き、突出した成果を出して、「やはり党員は違う」と人望を集めることである。実際にこういう行動はしばしば行われる。

 例えば、この連載の2020年6月23日付で「健康は最も重要な個人情報~新たな段階に入った中国の個人情報管理」という話を書いた。その中でアリババが感染拡大阻止のためにスマホを活用した「健康コード」開発に取り組む際、多くの社員が不眠不休で業務に取り組み、驚くべき速さでアプリを世に出したことに触れた。アリババ社内には1万6000人の党員がいて、非常事態に真っ先に手を挙げて取り組んだのが党組織のメンバーだったことが、その後の報道などで明らかになっている。

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 別に共産党の肩を持つつもりはないけれども、確かに民営企業で党委員会のメンバーとして活動している人には社会貢献意識が強く、なおかつ仕事ができる人が多いのは、私の個人的経験からも事実と感じる。これには中国企業と仕事をしたことのある方は賛同していただけるのではないかと思う。

 また大規模な災害の発生時などに率先してボランティア活動に赴いたり、義援金を集めたりする活動も党組織がしばしば行う。福利厚生施策の向上や文化・娯楽活動などを経営者と相談し、先頭に立って実行していくのも党委員会の役割の一つと認識されている。

 実際、現時点での民営企業の党組織の役割は、上述したような「模範社員」か、社員の福利厚生に関連するものが目立つ。それは先に説明したように、民営企業の経営に党組織が直接関与するのは現実的に難しく、ひらたく言ってしまうと、これくらいしかできることがないからという側面が強い。

中国民営企業の重い鎖

 党や政府が民営企業の経営に関与し、何らかの影響力を及ぼしたいと考えているのは事実だろうし、そうでなければこのような仕組みをつくる必要がない。しかし、いかに権力があるといっても、それは単に命令すればいいというほど簡単なことではない。

 中国の民営企業は実体としては明らかに「民営」であって、大多数の企業は市場原理に基づいて行動している。そうであるからこそ、中国国内だけでなく世界中の顧客の支持を得て、利益があがり、株価は上昇して、経営者(株主)は豊かになった。権力で無理やり商品を売り付けたわけではない。そのことを一番よく知っているのは、当然ながら民営企業の経営者自身である。

 その視点から見ると、中国の民営企業にとって社内に置かれている党組織の存在は微妙なものになりつつある。前述のように、民営企業と国家の利害が一致している時代はよかった。しかし国家が豊かになり、世界の大国となった今、他国との政治的な思惑の違いが顕在化してきた。その結果、民営企業と国家の間に思惑のズレが目立ち始めている。

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 世界中で商売をしたい。14億人はもとより大切だが、60億人のお客を相手に商売をしたい。中国の経営者の多くはそう思っている。だが政治の都合によって、それが叶わなくなる。TikTokのような例が実際に出始めた。

 企業内の党組織の存在は、民営企業の経営にどのような意味があるのか。中国国内ですら明確な回答が出ていない仕組みを外国人に理解しろというのは無理な話だ。民営企業である以上、経営者がすべて決められるように制度も実体もなっていなければ、これ以上の成長は難しくなるだろう。中国企業が世界で信用され、堂々と仕事ができるようになるために、大胆に仕組みを変えるべき時に来ている。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(⾮常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に⼤⼿企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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