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2020年11月26日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国のアントグループは何をしている会社なのか?

 アリババグループ傘下のアント・グループ(以下「アント」と記述)が香港と上海で計画していた新規株式上場(IPO)が延期になった。調達額予定額は円換算で約3兆6000億円と史上最高とされていただけに、その波紋は大きい。

 延期の理由をめぐっては、アントの実質的な経営権を握るジャック・マー(馬雲、以下敬称略)が10月24日、上海市での金融関連フォーラムで当局の金融政策を批判する内容のスピーチをしたことが指導部の怒りをかったとか、11月2日に金融当局が公表したオンライン小口融資の新規制案の内容が、アントの今後の経営環境に重大な影響を及ぼすと考えられたことなど、さまざまな要因が語られている。中国の政治的な内部対立の余波――といった見方もある。

 これだけの大きな出来事だから背景は複雑であるに違いなく、さまざまな憶測を呼ぶのは当然だろう。しかし、今回の事件が衝撃的なあまり、「上場延期」のみがクローズアップされ、アントという企業が、具体的に何を事業として、どのようなスキームで成長しているのかについては、意外と知られていないように思う。今回はアントのビジネスの中身を見ながら、同社の持つ意味、今後の方向性などを考えてみたい。

個人・企業信用情報の蓄積が強み

 アントはアリババグループのEコマース部門から、その決済機能の部分を分離する形で独立した企業である。10億人を超える利用者を持つスマートフォン(以下スマホ)決済アプリ「アリペイ(Alipay、支付宝)」のサービスを基盤に、そこでの個人や企業の信用情報蓄積を中核に消費者や小規模事業者向けの小口金融、金融関連のクラウドサービスなどを手がけている。

 10億人超の利用者の連日連夜、日常の買い物はもちろん、公共交通機関の利用、公共料金や税金の支払い、ローンの返済、友人間のお金のやり取りなど、お金の出入りの状況が克明に把握できる。年間に何百、何千回と使う膨大な決済データの蓄積は他の追随を許さない。アントの優位性はまさにその点にある。

 その信用情報をもとに、個人の信用度をポイント化し、評価する情報評価システム「芝麻信用(Zhima Credit) 」を事業化してもいる。「芝麻信用」の強烈なインパクトについては過去にこの連載で触れたことがあるので、参照いただければと思う(ただし、この記事の執筆時点と現在では芝麻信用の運用は変化している部分があるので、留意をお願いしたい)。

アント、3つの収益源

 では、アントはどのようにして収益をあげているのか。内訳を見てみよう。主な収益源は3つに分けられる。

  • (1)決済システム(主にアリペイ)の利用手数料
  • (2)金融事業(個人や小規模事業者向け小口金融、自己投資、保険業など)
  • (3)法人向けITサービスの提供(SaaS=Software as a Serviceなど)

 最もイメージしやすいのがアリペイの利用手数料だろう。アリペイは買い物などの支払いに使う際、支払い側は手数料不要だが、売り手(お金の受け取り側)は約1%の手数料がかかる。メジャーなクレジットカードより格段に低いのが強みだ。また自身の口座から現金を取り出す際には2万元(1元は約16円)を超えた部分について0.1%の手数料が必要。その他、詳細は省くが、他口座に資金を移動する際などに0.5~数十元の手数料が設定されている。

 2番目の金融事業は、農業従事者や小規模事業者向けの各種小口金融商品からスタートし、現在は消費者対象の小口ローン「借唄(Jiebei、ジエベイ)」、同じく物品購入ローンの「花唄(Huabei、ホワベイ)」の2つが中核になっている。これらはアリペイの附属機能として非常に手軽に利用できるサービスで、詳細は後述する。

 3つめの法人向けサービスでは、アントはSaaSとして、クラウドを活用したトータルなペイメントシステム(雲支付)を事業化している。それらのサービス提供からあがるフィーなどである。

急速に高まる金融事業の収益比率

 この3つが収益源であることは過去数年、同じだが、その構成比は大きく変化している。今回の上場目論見書で2020年上半期の数字を見ると、現状の構成比は以下のようになっている。

  • (1)支払いシステム  35.86%
  • (2)金融事業     63.39%
  • (3)法人向けサービス   0.75%

 見ての通り、アントの主要な収益源はもはや「祖業」であるアリペイの手数料から、金融事業での収益に移っていることがわかる。

 しかも、その変化の速さが際立っている。支払いシステム関係の収益は2017年時点では全体の54.8%を占めていたが、2018年には51.75%、2019年が43.03%、2020年上半期は上記の通り35.86%と急速にその比率を下げている。一方、金融事業の比率は2017年には44.33%だったが、2018年には47.38%、2019年は56.26%、2020年上半期63.39%と急激に高まっている。明らかにここ数年でアントの収益源は、決済プラットフォームとしてのアリペイの提供から金融事業による収益へと急速にシフトしている。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 アリペイは中国社会では電気・ガス、水道のようなインフラ化しており、手堅くはあるものの、普及は一巡し、大幅な値上げも難しい。その点、金融事業は急速に成長しており、特に小口金融の未開拓市場は大きい。この点に今回のアント上場が市場で大きな注目を集め、巨額の資金が集まった理由がある。そして、そのことが当局による上場延期の指導に至る背景にもなっている。

金融事業の収益の6割は小口金融

 では、その今や「主業」となった感のある金融事業の内容をさらに見てみよう。

 金融事業の収益のうち最も高い比率を占めるのは消費者・小規模事業者向けの小口金融で、金融事業収益の62%に達する。次いで顧客向けの資金運用サービス(理財服務)が25%、各種保険事業が13%である。小口金融の収益はアント全体で見ても収益の約4割に相当する。先に述べた近年の伸び率の高さもかんがみれば、アントの事業における小口金融の重要さがわかる。

 この小口金融の中核的な存在が個人向け小口融資の「借唄」である。先に触れたように「借唄」はアリペイの附属機能の位置づけにある。アリペイにお金をチャージして、一定期間、それなりの頻度で決済に使っていれば自然と信用が蓄積されて「芝麻信用」のポイントが上がる。信用ポイントが600点以上あれば「借唄」でお金が借りられるようになる。ちなみに筆者のポイントは600台の後半で、お金を借りられる水準にあるが、パスポートで身分認証をしている外国人は「借唄」を利用できない規定で、使えないのが残念である。

 特に申請などは必要なく、自然と借りられるようになるところがミソである。自分の与信枠の範囲内なら、スマホ上で返済回数の選択など数回のボタンを押すだけで、ほぼリアルタイムでお金が入金されてくる。金利は年利14.6~18.25%で、無担保の消費者金融としては一般的な水準だろう。

 もう一つの「花唄」は物品購入時に使うもので、いわば分割払い機能付きのクレジットカードのようなものである。「借唄」と同様、アリペイを一定頻度で使っていれば、自動的に信用が蓄積されて、利用できるようになる。翌月一括払いがデフォルトだが、分割も可能で、金利は3回払いが年利2.5%、6回払い4.5%、12回払い8.8%などとなっている。

銀行との連携による資金調達に転換

 一方、資金の調達にもアントのユニークさは現れている。

 「借唄」のスタートは2015年だが、2017年頃までは事業規模も小さく、多くは自己資金でまかなっていた。しかし融資総額の拡大で資金調達が追いつかなくなり、貸し出し債権を担保とする証券(ABS=Asset Backed Securities)を発行する手法で資金調達を行うようになった。しかし、それによって30数億元の資本金に対して小口金融の融資残高が3000億元を超える巨額に達し、レバレッジの高さを金融当局が問題視。強い指導により証券化による資金調達は縮小している。

 それに代わって台頭したのが、銀行などの金融機関と協力して小口ローンを提供する「聯合放貸」もしくは「信貸聯営」などと呼ばれる手法だ。これは何かというと、一口で表現すれば、「アントが顧客を集め、その信用情報を提供し、銀行が資金を出して連携して小口ローンを実行する仕組み」である。

 アントにはアリペイの膨大な既存ユーザーがおり、顧客へのアプローチは有利だ。顧客の信用状況も熟知している。一方の銀行は資金の有利な運用先を常に求めており、両者の利害は基本的に一致する。そこで「銀行→アント→顧客」という小口資金融資の流れができた。

低い貸し倒れ率

 考えてみると、このスキームはよくできている。銀行にしてみれば、自分で小口金融をやったら採算が合わない。しかしアントと組めば、従来ターゲット外だった顧客にアクセスできるうえ、信用情報の確度が高く、貸し倒れ率が低い。2017年の数字だが、「借唄」の貸し倒れ率は1%強で、個人の無担保ローンとしては異例の低さを保つ。これは信用情報の質の高さに加え、アリペイという「日常の財布」を窓口にしているため、ローンの利用者としては万一アリペイが使えなくなると生活に支障が出かねず、特に優先して返済するためではないかとみられる。

 報道によると、2020年6月末現在、アントによる個人向けの「借唄」「花唄」の残高は1兆7300億元と日本円換算で30兆円を超える。その他、小規模事業者向けの小口融資も4200億元に達している。アントと提携する全国の銀行などの金融機関は100社を超え、その数は増え続けている。2019年初め、「花唄」の事業責任者がメディアのインタビューで「顧客の70%はそれまでクレジットカードを持ったことがなく、8割は従来の商業銀行の顧客ではなかった層だ」と語っている。

 この点だけを見ても、銀行など既存の金融業界とアントはWIN-WINの関係にあることがうかがえる。今回のアントの上場延期をめぐって、その背景に「儲けすぎ」のアントに対する金融界の反感があるといった見方があるが、その一方で幅広い依存関係があることも指摘しておかねばならない。

最終的なリスクを取るのは誰か

 銀行との連携による小口金融は、このように優れたスキームではあるが、一方で問題もはらんでいる。メディアなどで議論されているのは主に以下の2つである。

  • (1)銀行との提携によって、最終的にリスクを取るのは誰かが曖昧になっている
  • (2)アントは果たして金融業なのか、プラットフォーム企業なのか

 まず(1)の「誰がリスクを取るのか」だが、一口に「銀行との提携による小口融資」といっても、そこにはアントが顧客紹介と情報提供だけを行うケース、アントと金融機関が分担して資金を出すケースなど、さまざまなパターンがある。資金を貸し出すのが金融機関で、アントは顧客紹介と情報提供だけならば、最終的なリスクは金融機関が取ることになるだろう。しかし、仮に金融機関がアントに資金を提供し、アント経由で顧客に融資されると考えれば、アントもリスクを負うことになる。ここがクリアでないと、万一、トラブルが発生した際の対応に問題が出かねないとの指摘がある。

 また(2)の「金融業か、プラットフォーム企業か」という問題だが、これは単に業界のカテゴライズに留まらない意味を持つ。金融はどこの国でも長い歴史と伝統を持ち、国の根幹を左右する産業で、法的な規制は厳しく、監督官庁の対応も厳格だ。万一の事態に備えて要求される資本金などの規制も強くなる。一方、ITを武器にしたプラットフォーム企業となれば、社会が企業に求める責任も、監督官庁の姿勢も大きく異なる。

 アント自身は「自分たちは金融業ではなく。AI(人工知能)によるディープラーニングの力を中核にしたプラットフォーム企業だ」という考えのようだ。ジャック・マーは2016年頃から「我々はFinTech(フィンテック)企業ではなく、TechFin(テックフィン)企業だ」という言い方をよくしている。その意味は「金融テクノロジーを利用するのではなく、金融テクノロジーによって金融を再構築する」という点にある。これがアントの基本的な姿勢といっていいだろう。

浙江省杭州市のアント・グループ本部 (アント・グループ Webサイトより)
浙江省杭州市のアント・グループ本部 (アント・グループ Webサイトより)

 その延長線上でアントは上場を控えた2020年7月、旧社名の「アント・フィナンシャル・サービス・グループ(蚂(虫へんに馬)蟻金融服務服集団、ANT FINANCIAL SERVICES GROUP)から現在の「蚂蟻科技集団」(ANT GROUP)に社名を変えている。この変更の背景に会社として金融業的イメージを変えたいとの思いがあることは間違いない。

「金融をやるなら、規制に服せ」という筋立て

 しかし、そうは言うものの、前述のように小口金融による収益が経営の基盤を支えるようになりつつあり、実態としての「金融業化」の側面は否定できない。自社のサービスの融資残高は30兆円超の巨大な存在になっているのに、企業としては「金融業ではない」状態にある。こうしたアントの位置づけの曖昧さに対して、世論には「金融をやるなら金融業の規制に服するべき。“いいとこ取り”は許されない」といった厳しい見方があることも事実だ。

 当局は上場延期が決まる直前の11月2日には「ネット少額ローン業務管理の暫定規定(試案)」を公表、

  • 小口金融業者の事業は本拠所在地の同一省内に限り、他地域での事業を認めない
  • 個人ローンの上限は30万元とし、過去3年間の平均年収の3分の1以下とする
  • 銀行との提携ローンを行うネット金融企業は貸し出し残高の30%以上の資本金が必要
  • ネット金融企業の最低資本金は10億元とする

など、アントなどを念頭に置いたとみられる新たな規制を打ち出した。今回の上場延期に至る当局の強い姿勢の根底には、アントは現実的にすでに金融業としての実態を有しており、既存の金融機関などと同等の規制に服すべきだ――との判断があり、上場延期の直接の根拠は、アントがこの規定に抵触する恐れがあることだったとみられる。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 ジャック・マーが当局を怒らせたとされる10月24日のスピーチ以降、当局がいきなりこの規制案を準備したとは考えにくい。巨大上場の2日前という公表のタイミングには疑問が残るが、以前からこのような規制の導入は既定路線だったと考えるのが自然だ。いずれもアントにとっては重たい条件変更で、アントがこの新たな規定にどのように対応するのか、対応すれば上場が認められるのか、そのあたりはまだわからない。

 ただし、当局も銀行との提携による小口ローンのスキームそのものは否定していない。この手法に法的問題はなく、これによって担保の乏しい、より広い層の資金需要に応えられるようになった点、金融機関の経営効率化を促した点などで社会に貢献していると公式に認めている。今回の上場延期はアントに「金融をやめろ」というのではなく、要は「金融をやるなら、規制に服せ」という話の筋立てになっている。

アントにしかできない仕事

 中国社会は指導者の一声で問答無用、すべてがひっくり返るリスクが常に存在する。今回の上場延期もそのような要素は排除できないだろう。理不尽な話だと思う。

 しかし、逆にそうであるだけに、今回の事件に関して、いま最も重要なことは、そのような過酷な状況の中、これまで生き抜いてきたアントという企業の本質を理解することだと思う。創業者、ジャック・マーは創業以来、「大企業は相手にしない。個人や農家、中小零細企業を支援する」「世の中から困難な商売をなくす」ことを信念に、さまざまな障害を乗り越え、人々の支持を得て、成長してきた。

 アントとしては、前述のように、自分自身が金融業になる意思はなく、AIの力を基盤に、個人や企業に関する豊富なデータを社会に広く提供する方向に動くようだ。小口金融ほど簡単には儲からないだろうが、これはジャック・マーという人物の「思い」が背後にあるアントにしかできない仕事である。

 上場延期は大きな挫折には違いないが、アントの持つ情報、それを活用するテクノロジー、さらには大量の「熱い」人材はかけがえのない貴重なもので、その価値は変わらない。事態は流動的だが、ジャック・マーたちの固い意志を信じて、状況を見守りたい。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(⾮常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に⼤⼿企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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