次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国版軽自動車「宏光mini」のテスラをもしのぐ電気自動車とは?
Text:田中 信彦
日本の軽自動車に相当するコンセプトのK-Carが中国で急激に売れ始めている。しかし日本との大きな違いは、それがすべて電気自動車であるということだ。
その背景には、
- 社会意識の成熟で「クルマは社会的身分の象徴」という概念が崩れ始めた
- 中国政府の「新エネルギー車」政策(電気自動車はその中核)の変化
- 社会の富裕化で一家の「2台目需要」が出始めた
- デリバリーの成長で電動バイクや電動三輪車の置き換え需要が出てきた
といった要因がある。
中国政府が2012年から展開している「新エネルギー車」の普及政策は必ずしも期待通りの成果を挙げているとは言えない。日本国内にも「電気自動車の時代はまだまだ先」といった見方は依然としてある。しかし変化の姿は必ずしも政府の目論見通りではなかったとしても、庶民の視点から見れば「移動手段の電動化」は着実に進んでいる。政府もその実態に押され、新エネルギー車政策を軌道修正せざるを得なくなったとも言える。
日本の「ガラパゴス化の象徴」などと揶揄される軽自動車の発想が、電気自動車に形を変えて、中国で普及するのか。本当にそうなれば、中国における「自動車」というものの概念を根底から変える動きになるかもしれない。上に挙げた4つの変化を中心に、今回はこのあたりのことを考えてみたい。
田中 信彦 氏
BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
50万円を切る「中国のK-Car」が売れ行き好調
中国の中堅自動車メーカー、上汽通用五菱汽車が今年7月に発売した小型の電気自動車「宏光MINI EV」が爆発的に売れ、業界の注目を集めている。ベースグレードの価格が2万8800元(1元は約16円)と日本円で50万円を切る価格が大きな反響を呼び、発売日の7月24日から20日間で1万5000台を販売、9月1カ月の販売台数は2万150台に達した。自動車情報アプリ「網易汽車」10月14日付によると、10月に入ってもその勢いは衰えず、1日あたり時には1000台を超えるペースで売れているという。
上汽通用五菱汽車は広西壮族自治区の柳州市という地方都市で1985年に「五菱汽車」として創業。2002年、中国の国有大手自動車会社である上海汽車および米国GMの中国現地法人・上海通用汽車などの出資で全面改組、現在の社名となった。五菱時代に一時、日本の富士重工業からの有償技術供与で軽自動車「スバル・レックス」を生産していたことがある。
「宏光MINI EV」が売れた原因は、詰まるところ「ついにガソリン車と真正面から勝負出来る電気自動車が登場してきた」(自動車評論家・国沢光宏氏)ことにある。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員を務め、電気自動車を駆って自らラリーにも参戦する同氏は自身のブログ(2020年9月2日付)で「ついに波が来ましたね」とした上で、「これまでも安価な小型の電気自動車は存在した。ただ鉛電池だったり航続距離が60kmくらいと少なかったり、クルマとしての完成度や性能的に厳しかったり。されど宏光MINIは最高速105km/h(モーター出力27,2馬力)と都市高速くらいなら走れるパフォーマンスと、本格的な電気自動車に匹敵する航続距離を持つ」などと述べ、絶賛している。
詳細は同氏のブログをお読みいただきたいが、技術の進歩により、大衆向けのニーズに合った新たな電気自動車の時代がいよいよ到来しつつあることを感じさせる。
これ以外にも中国の大手自動車メーカー、長城汽車(河北省保定市)の傘下で、2018年に創業した長城欧拉(ORA汽車)が今年7月、既存車種をモデルチェンジして発売した小型電気自動車「黒猫(ヘイマオ)」「白猫(バイマオ)」は6万9800元からと「宏光MINI EV」よりは高いが、同じく好調な売れ行きで、「黒猫」は9月には月間販売台数5141台を達成。同社は続いて9月末に「好猫(ハオマオ)」を発売、こちらは10万5000元からという、やや上の価格帯だが、愛らしいルックスで予約・販売は好調と伝えられる。
また新興EV企業の雷丁汽車(LEVDEO、山東省潍坊市)は今年8月、「新K-Car」と銘打った新たな小型電気自動車「Mengo(芒果)」を全国で発売した。低価格と実用性を前面に出す「宏光MINI EV」に対し、日本の軽自動車のように、サイズは小さいがデザインはお洒落で装備は充実――をコンセプトに、著名な男性アイドルを起用して販売攻勢をかけている。
中国でも知名度高い「K-Car」
「K-Car」という言葉がいつ、どこで誕生したのかはわからないが、日本独自の規格である軽自動車の海外での呼称としてなかなかよくできていると思う。Googleで検索してみると英語でも通用しているようだし、中国でも多少クルマに関心のある人なら「K-Car」という言葉は知っている。
特に中国では1980年代あたりから日本の軽自動車をベースにした車種が技術供与や合弁事業などの形で、中国で製造・販売される例があったことから、「軽自動車」という括りこそ存在しないものの、「ミニだが性能がよい日本のクルマ」というイメージがある。
また近年、日本に旅行する中国人の増加で、多種多様な軽自動車を目にする人が増え、その実用性やデザインの良さ、性能の高さ、可愛さといった要素に魅力を感じる人が増えた。中国のクルマは「大型=高級、小型=粗悪」というイメージが強く、小さく、旧市街の狭い道でも取り回しがラクで、維持費も安いが、それでいて一定の高級感もあって最新装備も満載――といったクルマはほとんど存在していなかった。
自動車好きが集まる中国のSNSを見ると、中国にもたくさんのK-Carファンがいて、「中国は確かに国土は広いが、都市部の人口密度はむしろ日本より高い。燃費も良く、K-Carは中国の国情にピッタリだ。なぜ中国にこういうクルマがないのか」などと憤慨しているのを見かける。
クルマは「日常の足」になった
それが昨今にわかに新しいタイプの中国版「K-Car」が売れ始めた背景には、前述したように4つの理由がある。
- 社会意識の成熟で「クルマは社会的身分の象徴」という概念が崩れ始めた
- 中国政府の「新エネルギー車」政策(電気自動車はその中核)の変化
- 社会の富裕化で一家の「2台目需要」が出始めた
- デリバリーの成長で電動バイクや電動三輪車の置き換え需要が出てきた
以下、それぞれについて見ていこう。
まず「クルマがステイタスの象徴でなくなった」という点だが、中国政府の統計によると、中国の自動車保有台数は2019年末現在、約2億6000万台。約2億8000万台の米国を2020年内にも超えて世界一になる見込みだ。もちろん人口1000人あたりで見ると、中国は180台とほぼ世界平均(188台/1000人)の水準に留まる。米国の861台、日本の615台(ともに2018年末、国土交通省)などには、はるかに及ばない。
とはいえ中国でも「5人に1台」のレベルまで保有台数が増えた現在、クルマはすでに一部の高所得層の専有物ではなくなっている。また中国では2019年、農村部の自動車保有台数が対前年比で15.5%増加し、5年連続で都市部の増加率を上回った。このことからも自動車所有のすそ野の広がりがわかる。もちろんクルマが社会的地位の象徴との意識は根強く残るが、それは日本や米国でも同じことで、そういう点に強いこだわりを持たない層の比率が以前に比べ着実に増えていることは間違いない。
特に若い世代にとって、巨大なクルマはもはや「カッコ悪いもの」の象徴のような存在だ。余談だが、上海の私の友人は数年前、欧州製のいかついSUVを買ったのだが、当時大学院生だった彼の娘は「普段はパパ1人しか乗らないのに、こんなクルマを買うなんて何を考えているの」と怒り出し、友人は本気で困っていた。こういう若い層には「日常の足」として必要十分な機能があって、環境に与える負荷が少ないクルマがよいクルマなのである。
「上からの普及政策」の限界
そして2番目の、政府による「新エネルギー車」普及政策の変化だが、もともと中国の新エネルギー車普及が政府主導による「上からの官製市場」的色彩が強いことは以前から指摘されている。機械振興協会経済研究所特任研究員、小林哲也氏によれば、「新エネルギー車」推進の主な理由は以下の3つである(「中国における新エネルギー車市場の拡大に関する考察」2020年3月)。
- 地球温暖化と大気汚染対策
- 中国のエネルギー政策(原油輸入を減らす)
- 技術的側面。既存のエンジン車やハイブリッド車の技術では先進国に追いつけない
前者2つは世界共通だが、3については、こうした受け身の状況から脱却し、あわよくば一発逆転で自動車産業における主導権を握りたいとの狙いを込めて中国政府が政策を進めてきた経緯がある。その結果、中国での「新エネルギー車」政策は極めて政府主導色の強いものになった。その特徴は次の3つにあると小林氏は同論文で指摘している。
- 政府の多額の補助金
- 都市部のナンバー取得優遇(交通渋滞や大気汚染などの予防策として中国の大都市では新車購入時のナンバー取得を抽選や入札方式などで制限しているが、新エネルギー車はナンバー取得に優遇がある)
- 地方政府による車両の優先購入(バス、タクシー、公用車など)
黙っていても売れるなら優遇策を出す必要はない。これを見てもわかるように、「新エネルギー車」の普及策は必ずしも庶民の「下からの需要」に基づくものではなく、やや強引ともいえる政策的意図を持った動きだった。それ自体、悪いこととは言えないが、政策の導入以来、現在までの市場の反応を見ていると、必ずしも政府の思惑通りに進んではいない。
2012年に公表された政府の「新エネルギー車発展計画」では2015年までに50万台、2020年末までに500万台の販売目標を掲げたが、2015年段階では45万台と未達。今年末が期限の500万台も現時点では達成が困難とみられている。こうした状況に中国政府は2020年末には終了する予定だった補助金支給の2年間延長を決定、新車購入税免除の2年延長も決めた。
このように「上からの政策」が難航する一方、政府の思惑とは別のところから出てきたのが、今回の「中国版K-Car」のヒットであるといえる。
「野放し状態」の低速電動車に法的枠組みを導入
このwisdomの連載で以前「草の根電気自動車」は飛躍できるか~農村から起きる「1マイル革命」という文章を書いた。2017年3月、今から3年半ほど前のことだ。中国の中小都市や農村部で小型低速の簡易型電気自動車が爆発的に普及しており、庶民の日常生活から生まれ出てきたこの「草の根電気自動車」がうまく育てば、世界的にもユニークな中国の新たな省エネ移動手段の一つに躍り出る可能性もある――という趣旨の話をした。
当時、こうした低速電動車は「老人代歩車」と呼ばれ、運転に免許も必要なく、明確な安全基準も定められておらず、税金もかからないという、いわば野放しに近い状況だった。しかし、地方都市や農村部での人々の移動ニーズは強く、高齢者だけでなく、日常の買い物や子供の学校への送り迎え、家族の食事やレジャーといった用途に幅広い需要があった。
しかしその一方で、法的な位置付けの曖昧さ、車体の安全性への疑問、無保険状態の横行など、低速電動車の状況は問題だらけで、交通秩序を管理する立場の公安、交通警察当局は「現状の低速電気自動車は明らかに違法」と言い切っている状況だった。
当時、文中で次のように書いた。一部を引用する。
中国の低速電気自動車は農村の生活環境の変化を基盤に、そのニーズに対応して自然発生的に生まれてきた。いわば中国の大地からニョキニョキ生えてきた雑草のような存在である。これは国策という錦の御旗の下、中央の「官」および大企業主導で進められている「新エネルギー車」の開発・普及政策と鮮明な対比をなしている。(中略)
「草の根」低速電気自動車が大化けする日は果たして来るのか。「民」の力をどこまで活かすことができるのか。その行く末は、何でも中央主導、大手国有企業中心の中国経済を「民」中心に本格的に転換できるか、その試金石と見ることもできる。
この後、2018年11月、中国政府は「低速電動車管理の強化に関する通知」を発表、野放し状態だった低速電動車の規範化に乗り出した。そして、2019年9月には中国政府工業情報化部(日本の経済産業省の一部機能に相当)が「四輪低速電動車技術条件」の大枠を発表、さらに今年9月にはそれに基づいて電動車のサイズや最高速度、安全基準などの大枠が定められた。
「下からの実需」で新エネルギー車を広める
政府は法的枠組みに基づかない従来までの低速電動車の生産は認めないとクギを刺しつつも、「こうした小型低速電動車は市場において一定の役割を果たしている」とその存在意義を認め、法的基準にのっとった形で小型電気自動車の生産を認めていく方針を明確にしたといえる。
このあたりの当局の姿勢の変化は興味深い。いわば上からの「新エネルギー車」の普及が所期の成果を生まない中、着実に富裕化が進む地方都市や農村部から自然発生的に盛り上がってきた「代歩車」(足代わりのクルマ)という、いわば「下から」の実需を新エネルギー車普及に取り込もうとの発想の転換が感じられるからだ。
冒頭で紹介した中国的「K-Car」のうち「宏光MINI EV」やORA汽車の「黒猫」「白猫」「好猫」の「三猫シリーズ」は、もともと「正規の」自動車メーカーが出した電気自動車である。一方、新K-Car「Mengo(芒果)」を出した雷丁汽車はもともと農村部の低速電動車の生産からスタートしたメーカーで、いわば「雑草」の世界から、中国の国民車の一角に食い込もうとメジャーな世界に打って出た企業である。日陰者の存在だった農村の電動車がユーザーの支持を得て、次第にグレードアップしていく様子がうかがえる。
一家の「2台目需要」は中国も同じ
「中国版K-Car」人気の残り2つの理由に挙げた「2台目需要」および「デリバリー車両の置き換え」については、あまり説明は要しないだろう。
日本と同様、中国でも地方都市や農村部は公共交通機関が未整備なので、クルマがあれば生活は飛躍的に便利になる。自分に買える価格で魅力的なクルマが出てくれば、家族にもう一台と思うのは当然だ。またデリバリーは、レストランの宅配などは自転車や電動バイクが有利だが、まとまった荷物を運ぶ必要があるスーパーの配達や一般の宅配便などは現状の電動バイクや三輪車などからこうした低価格の電動四輪車にバージョンアップが進みつつあるとみられる。
「ついに波が来た」のか
かつて「自転車王国」と呼ばれた中国は、すでにその主体は電動二輪車に置き換わっている。また前述のように地方都市や農村部では「老人代歩車」と呼ばれる簡便な四輪電動ビークルが、特に華北一帯を中心に20年以上前から広く普及している。このように中国社会にはすでに「電動の乗り物」が幅広く普及しており、動力が「電気かガソリン(ディーゼル)か」に特別な意識はあまりない。
こうした「電気」による移動への抵抗感のなさを基盤に急速に普及を始めたのが中国の電動K-Carである。中国政府は2030年までに新車販売の40%を「新エネルギー車」にするとの目標を掲げており、なんとしても達成するだろう。市場が大きく、特に農村部で販売台数が見込める中国版電動K-Carはその中核的な存在になる可能性がある。
前述のように「宏光MINI EV」の今年9月1カ月の販売台数は2万台を超え、それまで電気自動車販売台数のトップを走っていた「TESLAモデル3」を一気に追い抜き、2倍近い差をつけてトップに立った。「TESLAモデル3」の販売価格は25~40万元、日本円で400~650万円、かたや「宏光MINI EV」は50万円である。10倍の価格差がある電気自動車が売上高のトップを争う。これがまさに中国であって、その活力はすさまじい。
政府が補助金やらナンバー優遇などのエサをぶら下げて電気自動車を売っているうちは怖くはないが、中国の庶民が動き出したら話は違う。国沢氏が指摘するように、2020年、電気自動車に「ついに波が来た」のかもしれない。
次世代中国