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2021年03月24日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国の人たちはなぜ花見をするようになったのか
日本を通じて桜を再発見した中国の人々

 近年、中国でも花見の習慣が急速に広まりつつある。

 もちろん中国にも花を愛でる習慣は古くからあったが、春の花見という行事として定着してきたのは、長くみても今世紀に入って以降、多くはこの10年ほどのことである。

 その背景には社会の富裕化があり、スマホ社会の到来がある。そしてより直接的なきっかけとして日本の影響がある。サクラという本来は野生の植物を日本は自国風にアレンジして改めて海外に送り出した。中国は日本を通じて桜の意味を再発見したと言ってもいい

 今回は桜の花をめぐる昨今のできごとから中国社会の変化について考えてみたい。

「クラウド花見」を7億5000万人が視聴

 統計によると、花見など桜に関連する中国の行楽客はのべ3億4000万人(2019年)に達し、関連の消費支出は600億元(1元は約17円)を超えた。旅行以外にも「さくらフレーバーのコーヒー」とか「さくら味のソフトクリーム」など食品や菓子などの市場も拡大しており、桜関連の市場は数年内に1000億元を超えるとの予想もある。

 中国で最も利用者の多い検索サイト、百度(Baidu)の発表によれば、2019年3月19~25日、春の花で検索数が最も多いのは桜で、梅や桃、菜の花などを圧倒的に上回り、トップだった。

贵州省の平壩万亩桜花園
贵州省の平壩万亩桜花園。広大な土地に70万本の桜が咲く。世界最大の桜園といわれる

 中国随一の桜の名所として知られる湖北省武漢市の武漢大学では2020年春のコロナ感染期間中、構内の桜が「クラウド花見」として全国に向けて放映され、のべ7億5000万人が視聴した。人気娯楽番組をしのぐ数の人々が見たという。武漢大学では、今年も花見のシーズンが始まっている。中国の国営通信社、新華社(日本語版)が「武漢大学で桜が満開、花見客の受け入れ始まる」(2021年3月9日付)でその模様を伝えている。武漢大学は清朝末期、1893年創立の歴史ある大学で、構内の桜は日中戦争当時、武漢を占領した日本軍が植えたものが起源である。大学関係者の記録によると、1947年3月の段階で日本軍が遺した桜が28本あり、即座に伐採すべしとの意見もあったが、国民党軍と大学当局の判断で残すことが決まり、その後、大学の植栽部門が継続的に保護と新たな繁殖に努めてきた。現在でも武漢大学の桜の8割は日本軍が植えた桜の直接の子孫だという。確かに画像を見ると、日本で主流のソメイヨシノによく似ている。

湖北省の武漢大学
湖北省の武漢大学は中国随一の桜の名所として名高い。桜の大半は日中戦争時、日本軍が植えた桜の末裔

中国人はなぜ急に桜が好きになったのか

 中国では正式な国花は制定されていないが、国花選定の議論が出るたびに候補に挙がるのは梅か牡丹であった。歴史的にみても桜に特に強い愛着を示してきてはいない。それが今になって、なぜ中国人は急に桜好きになったのか。その背景には大きく3つの理由があると私は考えている。

  • ①日本に旅行に行く人が増え、日本の桜(ソメイヨシノ)の魅力を知った。
  • ②スマホ時代になり、画像や動画の重要性が増した(梅や牡丹より桜はビジュアル的にインパクトがある)。
  • ③視覚効果が高く、成長が速いサクラは地域振興、観光資源開発のニーズにフィットした。
  • 「桜は儲かる」ことがわかり、商業的にプロモーションする企業が登場した。

 以下それぞれについて見ていこう。

 まず①の日本を訪れる中国人観光客が増えたことについては、あまり説明は要しないだろう。京都の八坂神社周辺や東京の上野公園をはじめ、全国の桜の名所はコロナ禍前まで中国人旅行客であふれ、日本人観光客からは不満の声が出るほどだったのは記憶に新しい。

中国人が知った「ソメイヨシノの美しさ」

 しかし、ひとつ指摘しておく必要があるのは、日本を訪れた中国人観光客が驚嘆したのは、「桜」というより「ソメイヨシノ」の美しさだったということだ。

 上述のように、中国にも桜を鑑賞する風習はあったが、そこでいう桜は現在の日本人の多くがイメージする桜とは違う。かつて中国の桜は、例えば武漢大学のような日本ゆかりの場所を除けば、多くが日本でヤエザクラと呼ばれる、花びらの数が6枚以上、多い場合には100枚以上にもなる「八重咲き」の品種が中心だった。開花時期も色の濃淡もさまざまで、ソメイヨシノに比べて開花の持続期間が長いのも一般的な特徴となっている。

中国に多く見られる八重咲きのサクラ
中国に多く見られる八重咲きのサクラ。開花期間が長く、バラエティに富む色彩が魅力

 これに対してソメイヨシノは、江戸末期から明治初期に東京の染井村(現在の豊島区駒込周辺)の植木職人らの交配によって生み出された日本産の栽培品種の桜である。近年の遺伝子研究の結果、すべてが始祖の樹木から接ぎ木や挿し木などの方法によって栽培されたクローンであることが明らかになっている。クローンなので木に「個性」がなく、同じ土地に咲くソメイヨシノはすべてがほぼ同時期に咲き、同時期に散る。そのため、あの「一斉に咲き誇り、花吹雪となって見事に散る」というソメイヨシノ固有の美意識が生まれた。

 ソメイヨシノは、葉より先に花が咲くこと、大量に花が付き、開花が華やかなこと、成長が速く大木になりやすいことなどから桜の名所を作るのに適した品種とされ、明治以来、徐々に広まり、第二次世界大戦後に爆発的な勢いで各地に植樹され日本で最も一般的な桜となった(Wikipediaなどによる)。要するに、多くの日本人が現在、桜の特徴、桜の美意識と感じているのは、多くが「ソメイヨシノの特徴」であって、それも第二次大戦後という比較的近い時代になって全国に定着したものである。

 こうしたソメイヨシノの強烈な魅力は、あの大木が満艦飾の花を付け、春風とともに舞い散っていく、その渦中に身を置かないとなかなか実感しにくい。多くの中国人は日本に来るようになって初めてその魅力を知った。後述するが、こうしたソメイヨシノの魅力に圧倒された人物の1人が、後に中国で桜の普及に主導的な役割を果たす企業を創業することにもなった。

「どうだ、すごいだろう」という「見せびらかしの文化」

 そして②のスマホ時代の到来は、間違いなく中国での桜の普及を後押ししている。そのことは花見現場での中国人の行動を観察していればわかる。中国の花見は、木の下で飲食、宴会をするという風習は一般的ではない。花見での人々の最大の関心事は人が驚き、感嘆するような写真や動画を撮ることにある。

江蘇省南京市の桜の名所
江蘇省南京市の桜の名所、玄武湖に花見に訪れる観光客

 とにかく自分は他人よりすごいものを見た、きれいな場所に行った、こんな素敵な体験をした――ということを、写真や動画にして親しい人に見せ、「どうだ、すごいだろう」「褒めろ、褒めろ」と迫る。見せられた方は内心「まあそれほどでも」と思っても、適当なツッコミを入れつつ、とにかく褒める。大勢が集まってわいわいやるのが好きな中国人にとって、こういう親しい者どうしの「見せびらかし」の場は最も楽しい時間のひとつである。

 それには被写体が鮮烈なものでなくてはならない。その点、春になって大きく鮮やかな花を付ける桜、特にソメイヨシノは梅や牡丹などに比べてビジュアル的なインパクトが強い。友人知人の画像や動画を見て、どうしても自分も行きたいと思って、次々に観光客が訪れる。中国の桜の名所はそういうスパイラルが働いている。

都市の景観づくり、農村の振興に桜

 さらに③として、所得水準が急上昇する中国社会で桜が地域振興、観光資源開発のニーズにフィットしたことも、桜に注目が集まった大きな背景である。中国はいま、巨大な農業社会から工業化の段階を超え、一気にサービス化、ソフト化に向けて変化する途上にある。人口の都市部への移動、農村の過疎化、高齢化が全土で起こっている。そこでは都市部の生活環境の向上、そして農村部では新たな産業の振興、観光資源の開発など、所得の増加、若い働き手の呼び戻しが課題になっている。

 そうした巨大なニーズに合致したのが桜だった。規模の大きな都市ではメインストリートに桜を植え、春には「櫻花節(桜まつり)」に類するイベントを開催して市民の一体感を盛り上げ、観光客の誘致につなげる。

都市の景観づくりに中国でもサクラは欠かせない存在になっている

 農村では、植樹用の桜を栽培して出荷すると同時に、山間部には桜をテーマにした観光施設をつくり、都市住民を呼ぶ。中国の農村では「農家楽」と呼ばれる農家での自家食材を売りにした食事と民泊を組み合わせた施設が人気を呼んでいるが、春には桜をテーマにした「農家楽」が多くの都市住民を引き寄せている。

桜が「カネのなる木」に

 湖北省の省都・武漢市から南に100kmほどの農村、崇陽県大嶺村は戸籍上の人口は2300人。目立った産業もなく、住民の多くは都市に働きに出て長期間村を離れ、2015年の常住人口は600人に減少していた。このままでは衰退の一途と危機感を持った村の幹部が、村の山間部に自生していたヤマザクラに着目、桜を観光資源に村を再生しようと取り組んだ。

雲南省の無量山桜花谷
雲南省の無量山桜花谷。広大な緑の茶畑に桜の木が鮮やかな花をつける景観が観光客の人気を呼んでいる

 複数のヤマザクラの自生地帯を結ぶ遊歩道を整備し、異なる品種の桜の木を移植するなどして観光地として売り出したところ、折からのグリーンツーリズムの流れに乗り、観光客が訪れるようになった。2016年、年間3万人だった観光客は、翌2017年には10万人に増加。村民の平均年収は2015年の6800元から、2016年は7924元、2017年は1万97元と着実に増えた。故郷に戻る住民の数も増え、2018年には村の常住人口は3年前の2倍、1200人に増加した。農家の人たちは「昔、桜は切って薪にするだけだったが、今はカネのなる木になった」と喜んでいるという(湖北テレビ局系メディア「垄上行」2019年4月2日付報道など)。

日本で桜を見て、起業を決意

 こうした中国国内の桜の普及には、民間企業も大きな役割を果たしている。「桜は儲かる」ことがわかり、ビジネスとして普及を図る企業が登場してきた。そのパイオニアと目されているのが、広州天適集団董事長(会長に相当)、業界団体の中国桜産業協会会長職も兼ねる何宗儒氏である。

 何氏は1996年、出張で日本を訪れた際、桜の美しさに心を奪われる。調べると、サクラという植物は中国のヒマラヤ山麓一帯あたりが原産であるとの説が日本でも唱えられていることを知る。「中国でも桜をもっと広めるべきだ」。そう感じた同氏は帰国後、それまでの事業で稼いだ資金を投じて桜の普及をビジネスとする新たな会社を創業した。

江蘇省無錫市の桜の名所、黿頭渚
江蘇省無錫市の桜の名所、黿頭渚(げんとうしょ)。1980年代に日本の友好団体などが植えた桜が大きく育ち、全国的に著名な観光地になっている

 創業当時、中国の桜関連マーケットは小さかったが、専門研究者を採用して社内に「櫻花研究院」を設立、中国国内の野生のサクラの実態調査を行い、自然環境に合った新たな品種の開発にも取り組んだ。前述したような農村ツーリズムの領域でも、何氏の会社は地方政府への企画の提案や実行などに大きな役割を果たし、農民の増収に貢献したと評価されている。

桜をめぐる「お手軽なナショナリズム」

 一方で、こうした桜への注目度の高まりと同時に、気になる傾向もある。それは「桜は中国が原産だ」という、「桜ナショナリズム」ともいうべきお決まりの言説が出てきたことである。中国メディアの記事を見ていると、「桜は中国が原産であることは日本でも広く認められている」といった表現が頻繁に出てくる。以下のような記事が典型的なものだ。「桜の木、宋代に中国から日本へ」(人民日報日本語版 2013年4月10日付)

 そしてその際に決まって引用されるのが「日本の権威ある桜の専門書である『櫻大鑑』によれば」という記述である。『櫻大鑑』(文化出版局)は1975年の発行で、日本の専門家3人が「桜の品種」「桜の美術」「桜の歴史」の3章に分けて記述する立派な体裁の書籍である。古書店で入手して読んでみると、「中国が原産」に相当するとおぼしき部分は第3章、181ページに以下のような記述がある。

 「古くからヒマラヤの東部と日本の植物相が似ていると言われているが、サクラもその例外ではない。サクラだけについてこれを地史学的に考えれば、サクラの故郷はむしろ日本よりもヒマラヤであると称してもよいのではあるまいか。ヒマラヤは現在の中国、朝鮮半島、日本と一連の地続きの時代があり、ヒマラヤのサクラが日本に東進して、そこで種類の分化が盛に行われ、今日では本元を凌いでサクラでは日本が世界で第一という状態になったと考えられる」

 読めばわかるように、これは「中国と日本が地続きであった時代」の話で、当時、国家はおろか人類の存在すら怪しい。この記述をもとに「桜は中国から日本に渡った」と主張するのは無意味と言うしかない。ましてや「桜は宋代に中国から日本に伝わった」などというのはまったく事実に反する。

「世界の桜の故郷」に強い反論

 一方で、こうした行き過ぎた商業主義には中国国内でも強い異論がある。

 2016年3月、東京の渋谷109のスクリーンに「武漢、世界櫻花之郷 歓迎来武大賞櫻」(原文は簡体字、武漢、世界の桜の故郷 ぜひ武漢大学に桜を見に来てください)という、ある金融系の中国企業が出した広告が大写しになる出来事があった。日本人の目にはほとんど止まらなかったと思われるが、これが中国国内で伝えられると、一部には快哉を叫ぶ声もあったが、それを上回る強い批判が巻き起こった。

 なかでも厳しい非難の先頭に立ったのが勝手に引き合いに出された武漢大学である。同大学の歴史研究者が中国の国営通信社、新華社に投稿し「現在栽培されているサクラの多くの品種は事実上、日本固有のもので、これは客観的な事実である。武漢大学の桜も少量の中国原産種を除けば、ほとんどが日本から来たものだ」としたうえで、武漢大学は過去の国恥を肝に刻むため、あえて日本の軍国主義者が植えた桜を育て、教訓としてきた。そして今、桜は平和と友誼の象徴となった。その意味で、武漢を“世界の桜の故郷”などという嘘を撒き散らすことは歴史に対する侮辱である――などとしている。知識人としての矜持を示したものと言えるだろう。

武漢大学の桜
武漢大学の桜

ソメイヨシノとカップラーメンの共通性

 ここまで述べてきたように、中国でいま起きている桜のブームは、中国の伝統的な花の鑑賞とは別の文脈から新たに生まれてきたものである。実を言えば、それは日本における「ソメイヨシノ文化」も同じことである。中国の桜ブームは、近代の日本において人為的に作り出された商品としての桜――ソメイヨシノが生んだ新しい文化が、グローバル化の流れに乗って中国にも伝播したものといえる。社会現象としての花見はその象徴である。

贵州省の平壩万亩桜花園
贵州省の平壩万亩桜花園

 そこでは植物としてのサクラの原産地はどこかなどという議論は意味がないし、「ソメイヨシノ文化」の海外への伝播は、言ってしまえばカップラーメンが日本で生まれ、世界に広まったのと構造的には同じことである。原産地がどこであろうと、それを日本的な美意識で解釈し、商品としてアレンジして再輸出する。こういう成功例は日本にはたくさんある。広い意味では自動車だってそうだし、「洋服(Western Clothes)」を日本の価値観で再定義し、「LifeWear 究極の普段着」というコンセプトで世界中に拡散しているユニクロは、まさにその代表格だろう。

 社会制度や主義主張に違いはあっても、世界中で生活水準が着実に向上し、都市化が進むなかで、人々の生活スタイルはますます同質化しているし、人生観、価値観の差異も着実に縮小の方向にある。そこには日本の強みを活かせる空間がまだまだ大きくあるはずだと思う。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(⾮常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に⼤⼿企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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