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2022年05月23日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国でiPhone13が空前の売れ行き
その背景にある製造業の深刻な課題とは

 中国で最近、iPhone13が爆発的に売れている。今年第一四半期(2022年1~3月)には、中国のスマートフォン(以下スマホ)売上高のトップに躍り出た。iPhoneは以前から人気はあったが、それはあくまで高級機種としての評価であり、スマホ全体の売上高で首位に立つのは初めてだ。

 iPhoneは世界的な人気商品だから中国で売れても不思議はないと言えばそうだが、少し考えてみると、これは興味深い現象である。

 スマホは中国が世界に誇る「看板産業」の一つであり、販売台数で中国製は世界No.1だ。その多くが中国国内で造られている。にもかかわらず、自国では、最も売れるのが米国生まれのiPhone13だという。これはなぜか。まして昨今、中国の政権党や政府は、「国産品愛用」を声高に唱えてきたのではなかったか。

 そこには複雑な要因があるが、根底には、中国の製造業をめぐる構造的な課題が横たわっている。今回はこんな視点から、中国の製造業が抱える課題について考えてみた。

iPhone13の発売日に大行列

 中国のスマホ市場を価格帯別にみると、低価格スマホが1200元(1元は約19円)以下、中級機種が1200~3500元、それ以上が高級機種という感覚になる。低価格帯には無数の中小メーカーがひしめき、ファーウェイ(華為科技)やXiaomi(小米)、OPPO(欧珀)、vivo(維沃)といった海外でも名を知られたスマホメーカーは、事実上、中級機種以上のマーケットが主戦場になっている。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 iPhone13は言うまでもなく高級機種である。その人気は圧倒的だ。昨年9月24日の発売日には各地の店舗に長い列ができ、一部店舗では客の殺到で混乱が起き、販売を中止したほどだ。昨年10月から今年3月までの4ヶ月間、iPhone13は中国のスマホ販売量のトップを走り続け、今年3月の販売量は230万台を記録した。中国のメディアは「空前の売れ行き」「国産スマホを圧倒」「国内メーカー、息も絶え絶え」といった派手な見出しで伝えている。4月に入って上海や深圳といった大都市での事実上のロックダウンなどの影響で販売量は落ちているが、その影響は一時的なものとみられる。

手が届くようになったiPhone

 iPhone13がこれほどの売れ行きを見せた最大の要因は価格設定だ。中国のスマホ市場でiPhoneのイメージは高く、iPhoneを持つのは一種のステイタスでもある。当然ながら価格は高く、「6000元以上」というのがユーザーの感覚値だ。

 ところがiPhone13は、スペックにもよるが、安いものは「5199元から」と従来のイメージより大幅に低い価格設定になった。店によっては、発売後ほどなく「4799元」といった価格も登場し、「最新のiPhoneが5000元で買える」という強いインパクトがあった。

 4000~5000元という価格だと、中国スマホの高級機種と大きな差はなくなる。ハードのスペック的には中国スマホにはiPhone13を上回る製品はある。しかしiPhoneの高いブランド力に加えて、ソフトウェアの安定性、使い勝手の良さ、使用者のプライバシー保護といった面の評価は高く、「この価格で勝負されたら、中国メーカーは対抗できない」(中国のスマホ評価サイト)との見方が主流だ。そのゾーンを狙ってアップルはあえて価格を下げ、中国市場で一気に勝負に出たと受け止められている。

市場から消えたサムソン、ファーウェイ

 その前提として、もともとこの価格帯にはiPhoneと対抗できるような中国のスマホメーカーが事実上なくなっていた状況がある。

 中国のスマホの高級機種市場は、かつてiPhoneに加え、サムソン、ファーウェイの3ブランドで構成されていた。しかし、サムソンとファーウェイは次々と市場から退出し、残ったのはiPhoneだけになった。

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 グローバル市場でiPhoneとトップシェアを争うサムソンは、2013年までは中国でもシェアトップの位置にあった。しかし2014年から販売量が急減、2015年を最後にトップ5から消えている。その背景には、中国スマホメーカーの台頭もあるが、サード(THAAD、終末高高度防衛ミサイル)問題などに代表される中韓の政治的要因があるとの見方が常識だ。

 一方、ファーウェイは2020年9月、米国政府の発動した制裁措置により米国の技術を用いて製造した半導体の供給が受けられなくなった。同社の子会社のハイシリコン(海思半導体)が設計したスマートフォン向けチップ「Kirin(麒麟)」の生産も続けらず、高級機種の開発に大きな制約を受けることになった。また2021年7月に発売した最新機種「P50」からは、米国の制裁への対応で5G対応を断念、4Gの機能のみの搭載となっており、製品の競争力が大きく損なわれている。

 筆者は現在、日本語ベースのiPhone13proと中国語ベースのファーウェイMate 20Xの2機種を使い分けている。このMate 20Xは2018年秋、上海で購入したものだが、5G対応、ファーウェイの「ハーモニーOS」を搭載しつつもGoogleのアプリも使えた時代の機種で、その後、ファーウェイのスマホではGoogleが使えなくなってしまったので、買い替えができない状態でいる。

 かくして中国のスマホ高級機種の市場から、サムソンとファーウェイが事実上、退出し、iPhoneにはほとんど競争相手がいない状態になった。今回のiPhone13の一人勝ち状態にはそうした背景がある。

ファーウェイの減少分がiPhoneに移った

 実際、今回のiPhone13も含め、中国での昨今のiPhoneの売上高の増加は、ファーウェイのシェアの減少分がiPhoneに移動したと考えられる。

 データによると、高級機種市場(価格550米㌦以上)でファーウェイのシェアがピークだった2020年上半期、同社のシェアは44.1%に達し、同44.0%のiPhoneを抜き、初めてトップに立った。つまりファーウェイとiPhoneで中国の高級スマホ市場の9割近くを占め、事実上、市場を2分していたことになる。

 しかし翌2021年第一四半期にはファーウェイのシェアは一気に20ポイント以上も下落、23.6%へと落ち込んだ。逆にiPhoneは一気に売り上げを伸ばし、シェアは56.9%に拡大した。その間、他の中国国産スマホ勢は、Xiaomi、OPPO、vivoを合わせても、ファーウェイの減少分の半分以下しか伸びておらず、国産勢がファーウェイの減少分の受け皿になることはできなかった。

ケタが違ったファーウェイの研究開発費

 しかし、XiaomiやOPPO、vivoといったスマホメーカーは、どれも世界的なシェアも高い有力なブランドである。にもかかわらず、これら国産勢はなぜファーウェイのシェアを引き継げなかったのか。同じ中国企業であるファーウェイとその他の中国勢は何が違ったのか。

 そのことを理解するには、ファーウェイという企業の中国における「特別さ」を説明したほうがわかりやすいだろう。同社については、この連載の「ファーウェイが目指す“ノアの方舟”~企業の競争力と国家の関係を考える」(2019年5月)で詳しく紹介したので、ご興味があれば参照いただきたい。

 そこでも書いたが、中国のビジネスでは、まずは市場を見渡して、「売れる」と判断した製品をさっさとお手軽に造って売り抜ける――というタイプの商売を志向する企業が多い。それに対してファーウェイは、まず自らの理念を打ち立て、その実現に向けてコツコツと努力を積み重ねるという、中国企業としては稀有な企業風土を持つ集団である。

ファーウェイのフラッグシップストア(深圳) (※ファーウェイWebサイトより)
ファーウェイのフラッグシップストア(深圳) (※ファーウェイWebサイトより)

 ファーウェイは毎年、売上高の10%以上を研究開発費に投入することを原則にしてきたことで知られる。今年3月に発表された同社の2021年度の事業報告によると、同年の研究開発費は1427億元、日本円で2兆8000億円を超える。これはGoogleの親会社、アルファベットの275億米㌦(2020年)には及ばないものの、トヨタ自動車の2倍以上、世界トップクラスの水準である。

 一方、中国の代表的なスマホメーカーの一つであり、2021年には世界市場で1億9000万台のスマホを販売したXiaomiは、2021年の研究開発費は132億元と公表している。また同じく大手のOPPOも2020年、「今後3年間で500億元を研究開発に投じる」としている。いずれもファーウェイとはケタが一つ違っている。ファーウェイの研究開発費すべてがスマホに投じられるわけではないが、企業としての底力の違いは明らかだ。

 このような新たな技術開発にかける覚悟の違いが、世界で支持されるフラッグシップ機種を継続的に市場に提供できるかどうかを分けた。ファーウェイ以外の中国スマホ勢は、もちろん高級機種をつくる意志はあるが、端的に言ってしまえば、そこにかける熱意と覚悟がファーウェイには遠く及ばない。それは詰まるところ、数が売れる中級以下の機種を手掛け、途上国などの市場を中心に供給することで十分な利益が上がっていたからだろう。

「理念ドリブン」か、「収益ドリブン」か

 その根底にある違いは、「このような製品を実現する」という理念を明確に掲げ、それを達成するために技術開発を継続する――という「理念ドリブン」の経営か、まず市場の動向を見て、「売れる商品」をつくる――という「収益ドリブン」の経営か、という点に行き着く。

 ファーウェイの経営は言うまでもなく前者であり、そのために長期間にわたって多額の研究開発投資を積み重ね、世界有数の技術力を持つ企業へと成長した。そして、それ故に真っ先に米国の制裁の対象となった。一方、その他の中国勢は、製品開発や生産の多くの部分をIDH(Independent Design House)と呼ばれる設計専門会社に依存し、低いコストで大量に普及品を生産、販売する道を選んできた。

 中国のスマホ市場は世界最大であり、国内にはスマホ生産の世界最高水準のサプライチェーンを擁している。しかし、多くのスマホメーカーは、大量の「売れる」商品をつくることはできるが、世界を驚かせ、世界中の人々を魅了するような斬新な製品は、なかなか出てこない。そして、ファーウェイの開発力が失われた後、その「ものづくり」の精神を支持していた人々が選んだのは、中国勢ではなく、アップルだった。

 中国の製造業が抱える最大の課題はこの点にある。

「強くならないうちに落ちる」

 いま中国で「未強先降(強くならないうちに落ちる)」という言葉が注目されている。これは、中国の製造業が、米国や英国、ドイツ、日本などの先進国のような高いレベルに達しないうちに、GDPにおける比率が下がり始め、第三次産業主体の、いわゆる「ソフト化」した社会に転換してしまう可能性を危惧した言葉だ。つまり「くならないうちに(製造業の比率が)下する」という意味だ。

 日本を上回るようなペースで急速な少子高齢化が進む中国で、「未富先老(まだ豊かにならないうちに老いる)」という言葉が一種の流行語になった。その言い方になぞらえ、製造業の将来に対する危機感を表した表現である。

 一般に国が豊かになると、GDPにおける製造業の比率は低下し始める。過去の先進国は例外なくそうだった。しかし中国はこれまでの先進国の例よりずっと早く、まだ国が豊かになり切らないうちに製造業の比率が下がり始めている。これは危険なサインではないのか――という見方だ。

 中国のGDPにおける製造業の比率が最も高かったのは2006年。この年、ピークの32.5%から緩やかに下降を始め、2011年、32.1%まで低下、ここから下降のスピードが加速。2020年には26.1%まで減少した。2021年は27.4%とやや回復したものの、これはコロナ禍で小売やサービス業が不振だったことに起因するもので、大きな流れは変わっていない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 この2006年の時点での中国の1人あたりGDPは3069米㌦(価格の変動分を除去した2010年基準の実質ベース)で、2011年には同4972米㌦にすぎなかった。一方、過去の先進国の例をみると、米国で同比率が下がり始めたのは1953年。その時点ですでに1人あたりGDPは1万7000米㌦(同2012年基準)に達していた。

 日本とドイツで同比率が下降を始めたのは、ともに1990年代前半だが、その時点で1人あたりGDPは両国とも2万米㌦(同)近い水準に達していた。これら過去の先進国の例に比べると、中国の製造業のGDP比率が下がり始めた時期は圧倒的に早い。「(製造業が)強くならないうちに(比率が)落ちる(未強先降)」が危惧されているのはここに理由がある。

iPhoneを超える製品を生み出せるか

 このような現象が起きる背景には、2000年代前半から中国社会では都市化が急速に進み、特に2010年以降はスマホの急速な普及で、IT企業によるさまざまな新しいサービスが広く定着し、社会の「第三次産業化」が急速に進んだことがあるとみられている。

 ITの進化によって、ネット上の取引行為を通じて瞬時に利益を得られる新しいビジネスが次々と誕生した。多額の資金、大量の労働力、長時間の熟練を通じて価値をつくり出す製造業よりも、こうした瞬時のトレードによって利益を獲得するビジネスに経営資源を集中する傾向が強まった。そのことが中国の製造業が「強くならないうちに落ちる」傾向を加速しているのではないかとの見方だ。

 そうこうしているうちに、アップルは今年4月、インドでiPhone 13の生産を開始したと発表した。中国国内でiPhoneを生産しているフォックスコンなどのEMSがインドでも生産を受託し、生産を移転している。将来はiPhone13の70%をインドで生産する計画という。実現すれば中国国内でのiPhoneの生産量は大幅に減少する可能性がある。これも「未強先降」の一つの流れかもしれない。

 iPhoneやサムソン、そして、かつてのファーウェイのスマホを超える、グローバルの市場をリードする製品を今後、中国のスマホメーカーが生み出せるのか、現状をみる限り、その道はなかなか容易ではない。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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