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2022年07月20日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

方向転換する中国の自動運転
「クルマ単体」から道路、社会と一体化した「車路協同」へ

 自動運転技術の進化にともない、中国の政府や企業が自動運転に取り組む方向性の変化が明確になってきた。一言でいえば、クルマ単体での自立した自動運転の実現を目指す姿勢から、「道路の智能化」を加速し、クルマと道路が一体となった「車路協同」路線への転換である。

 その背景には、米国を中心に広がってきた「クルマ単体」での完全な自動運転の実現を目指す動きが、なかなか商業化のメドが見えないという状況がある。その点、道路を中心とした社会インフラの整備は、中国の政治体制、メーカーと政府の協力関係など、自国の強みを活かしやすい。早期の社会実装による効果が大きく、営利化が見込めるとの読みがある。

 さらに言えば、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)ですべてのモノが情報ネットワークでつながる時代を見据え、信号機との連動や渋滞情報、駐車スペースの利用状況共有など都市の「交通管理」と自動運転を結びつけ、インテリジェント化した移動のシステムを実現し、政府の総合的な統治能力を高めたいとの思惑がある。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 クルマの走行の自立(自律)性を重視するか、システムとしての全体効率を重視するか。そのあたりの米国社会と中国社会の発想の違いも垣間見られて興味深い。今回はこのあたりの話をしたい。

完全な自動運転への「あきらめ」

 中国のこのような「車路協同」路線への転換の背景には、いわば完全な自動運転の早期実現に対する「あきらめ」が存在する。

 現在、自動運転の領域では、米国と中国が突出した世界の「二強」である。自動運転の発想そのものや技術では米国が先行したが、中国勢は豊富な人材と圧倒的な資金力で急速に追い上げ、技術水準は米国に迫るレベルに来ているとされる。

 しかし、ここへ来て、中国の自動運転関連業界の意識は、いわば「米国型」のクルマ単体での完全な自動運転の実現に否定的な見方が主流になっている。中国の代表的な国有自動車メーカー、東風汽車公司のトップを経て、中国の産業政策を主管する中央官庁、中国工業と情報化省の部長(大臣)を務めた苗圩氏(現・中国政治協商会議経済委員会副主任)は今年3月、EV(電気自動車)関連のフォーラムで「車単独ではL2レベルの自動運転は実現できるが、L3はかなり難しい。L4はとても無理だ。どうしても一部の計算能力を道路側で負担しなければならない。クルマと道路を通信で結びつけ、“車路協同”を実現する必要がある」などと述べ、クルマ単体での自動運転にいわば「見切り」を付ける見方を示した。

自動運転のレベル分け:国土交通省ホームページ参照
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自動運転のレベル分け:国土交通省ホームページ
(※画像出典:https://www.mlit.go.jp/common/001226541.pdf

 その背景には、米国のAlphabet(前Google)傘下の自動運転車開発企業、ウェイモ(Waymo)にせよ、テスラの自動運転機能にせよ、技術的には非常に高度なものだが、安全性の確保の問題などで長く実験段階に留まっており、商業的には実用化が見通せない現状がある。中国政府としては、中国が強みを発揮しやすい道路などのインフラ部分の「智能化」に力を入れることで、このボトルネックを突破し、主導権を握りたいとの思惑がある。

 広東省深圳市では今年6月、国内初の智能汽車(インテリジェント自動車)の管理規則である「深圳経済特区智能網汽車管理条例」が可決され、8月1日から施行される。この新条例は、自動運転者が万一、事故を起こした際の責任の所在などについて中国で初めて定めた画期的なものだ。注目すべきは、その条文中で特に一節を設け、「“車路協同”の基本的な施設およびデータ、情報などのリソースの積極的な共有を奨励する」(訳は筆者)などと述べ、「車路協同」路線の重要性を強調している点だ。

 中国の政府サイドは、中国国内の自動運転に関しては、「車路協同」の方向に大きく舵を切ったと見ていいだろう。

自動運転車はコスト高

 自動運転とは、「認知」「判断」「操作」を人間ではなく、機械とソフトウェアが行う仕組みである。そのために周囲の車や人などを感知するカメラやレーダー、そこで収集した情報を処理し、判断を下すAI(人工知能)を組み込んだ制御ユニット、その指示に基づいて車を動かすハードウェアが必要になる。そこには高度な性能が求められ、機能の高度化にともなって車載のさまざまな機器の価格も高くなっている。

 中国企業はさまざまな機器の国産化を進め、低価格化を図っているが、それでも高性能な車載用レーダーはそれ一つで50~100万円といわれ、今年6月、中国の検索サイト(アプリ)No.1のBaidu(百度)傘下の自動運転企業Apolloが発表した最新の市販向け自動運転車Apollo Moonの車両価格は約1000万円。それでも業界では驚きの低価格と評されているが、自動運転車の本格的な商業化を図るには、まだまだ高く、機能も十分とはいえない。

Apollo Moon(※Baidu Apollo公式Webサイトより)
Apollo Moon(※Baidu Apollo公式Webサイトより)

 この問題を解決するには、現在は車が単独で行っている「認知」「判断」の機能の一部を道路側に移し、より大きなシステムでサポートすることで、車サイドの負担を減らし、コストを下げようというのが「車路協同」の狙いだ。

車載に比べて低いコスト

 もちろん道路の智能化にもコストはかかる。しかし、当然ながら、地上に設置する各種機器は車載のものより性能が高く、AIの計算能力も高い。車側と道路側との通信技術などに改善すべき余地はあるが、性能対価格比のコストは圧倒的に有利だ。道路側を智能化する費用は、すべての車に高度な自動運転機能を搭載する場合に比べれば、はるかに低く済むと試算されている。

 あるメディアの試算によると、中国には現在485万kmの道路があり、全国の大都市に計90万箇所の交差点、25万台の信号機がある。そこを約3億台の車が走っている。仮に車1台あたり30万円のコストを削減できたとすると、道路1kmあたり2000万円の「知能化投資」が可能になるという。非常に大雑把な計算ではあるが、この金額で道路脇や交差点などへのカメラやセンサーの設置、車との間の通信機能の確保など、道路の智能化は基本的にまかなえる見込みとされる。

「道路からの支援」で高まる安全性

 「車路協同」が目指しているのはコストダウンだけではない。車に加えて道路の側も「智能化」することで、より高い安全性や走行機能を実現する狙いがある。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 道路が「智能化」することのメリットは、車載のレーダーやカメラ、センサーに比べ、長い距離、広い範囲の情報が入手、計算できることだ。例えば、これから自車が進行する道路の前方に、どんな車がいて、どのような速度で走っているか、交差点のどこに人や自転車がいるか、道の左右にはどのような車が駐車し、何をしているのか。それらを道路沿いや交差点などに設置した高性能のカメラやセンサーなどで正確に把握することができる。

 従来、建物や塀などで遮られて見通しが悪い交差点では、車載レーダーやカメラでは横の道から接近してくる車や歩行者を捉えることが直前まで難しかった。しかし、道路の側で周囲の情報を感知し、車と常時、通信していれば、交差点のはるか手前から、横道からの他者の接近を計算に入れて運転指示を出すことができる。

 夜間や悪天候時など、カメラやセンサーの機能が低下する条件下でも、道路側からの情報サポートを受けられるので、安全性が高まるメリットも大きい。これらによって車の自動運転時の安全性は大きく高まる。さらには警察、消防など緊急自動車の接近がリアルタイムで感知でき、最適な行動を取りやすくなるほか、要人の車列の通過も運転の考慮に入れられるという、いかにも中国らしい事情もある。

「車・路・雲(クラウド)」の一体化

 こうした「インテリジェント道路」のサポートによる自動運転の実現に加え、中国の政府やメーカーが注力しているのが、クラウド(雲)上の総合的な交通情報との連携である。「車路協同」+「クラウド(雲)」で、中国では「車・路・雲の一体化」と呼ばれている。

クラウド(雲)上で交通情報を管理(※蘑菇車聯公式HPより)
クラウド(雲)上で交通情報を管理(※蘑菇車聯公式HPより)

 例えば、交通信号の制御情報とクルマの自動運転を、道路側の支援システムを通じて連携する。それによって、指示された速度で道を走れば、赤信号に引っかからずに通過できる。また都市部の渋滞情報と自動運転を連結し、最も渋滞の影響が少なく目的地に到達できる経路を指示する。都市部では、目的地付近の駐車場情報とも連結し、どこに利用可能な駐車スペースがあるかを案内する――といったものだ。

 こうした渋滞情報や駐車場の情報などを車とリアルタイムで共有する高度道路交通システム(ITS=Intelligent Transport Systems)の構想は、日本を含め各国に以前からあり、目新しいものではない。しかし、それを先端の自動運転システムと一体化し、しかも政府の強い指導力(強制力?)をもって、現実の施策として実行しようとしているところが中国の特徴だ。

湖南省衡陽市などで大規模実験

 中国南部の湖南省衡陽市では、2021年3月から同市政府が中国の自動運転スタートアップ企業「蘑菇車聯(Mogo Auto)」(北京市)とパートナーシップを組み、100億円をかけて大規模な「車路協同」の自動運転の実験を行っている。市内の道路200kmを対象地域に指定。まず主要な幹線道路に高精度カメラ、レーザーレーダーの「LiDAR」(ライダー)、道路端の通信装置などを設置してインテリジェント化。自動運転タクシー(Robotaxi)、無人走行バス、無人清掃車などが稼働している。現在はまだ初歩的な段階だが、今後、宅配便の配送車や商品搬入のトラック、警察のパトロールカーなども自動化していくという。

湖南省衡陽市「車路協同」自動運転の実験(※CCTVの報道より)
湖南省衡陽市「車路協同」自動運転の実験
(画像出典:优酷视频官方 https://ms.mbd.baidu.com/r/JBr2vQIhjy 「※CCTV報道より転載」)

 このほか湖南省長沙市、広東省広州市、陝西省西安市などでも現地の政府が米国フォード・モーター傘下の企業などと組み、「車路協同」を前提にした自動運転システムの実験に取り組んでいる。

「目に見えないレール」の上を走るクルマ

 このような「車路協同」の自動運転は、名称こそ「自動運転」ではあるが、事前に「智能化」された道路上でのみ、その機能を発揮できる。つまり、あらかじめ想定された道路以外を自動運転で走ることはできない。表現を変えれば「目に見えないレール」の上を走っているようなものである。その点で、「設定さえすれば、どこにでも連れて行ってくれる」という、いわゆる「自動運転」のイメージとは異なる。やや極端な表現をすれば、クルマ単体での自動運転と「車路協同」の自動運転では、その考え方の本質において、いわばクルマと電車ぐらいの違いがあると言えないこともない。

 最近、中国の各都市で商業運行を始めているRobotaxi(自動運転タクシー)は、名称こそ「タクシー」だが、実はあらかじめ決められた区域内で、複数の乗降可能場所の中から自分の乗車地と目的地を選択し、「ステーションtoステーション」で利用する乗り物である。現実には地域のコミュニティバスが個別対応するような感覚に近い。Robotaxiは必ずしも「車路協同」のシステムによるものではないが、あらかじめ想定された道以外は走らないという点で、その発想は同じである。

享道 Robotaxi (※享道出行Webサイトより)
享道 Robotaxi (※享道出行Webサイトより)

 米国で生まれた自動運転の発想は、まず第一に自由自在にどこへでも行ける自立したクルマが存在し、その運転を自動化する――という発想が基本にある。しかし、「車路協同」の発想では、まず大きなシステムの枠組みが存在し、その最適解のもとでクルマは動く。クルマはいわば仕組みの中のひとつの「コマ」となる。その究極の狙いは「自由な移動の実現」というよりは、「交通管理」であり「効率的な都市行政の実現」である。

 例えば、「車・路・雲の一体化」における渋滞情報の活用は、確かに第一義的には「目的地になるべく早く着くためのサービス」であるが、その先には、「都市部の道路のキャパを超えた車の流入を事前に抑制しよう」という交通管理の発想がある。

 駐車場情報の提供も同じだ。「どこの駐車スペースが空いているか」を感知して案内してくれるのはありがたいが、いずれは「このまま出発しても目的地には駐車スペースがありません。出発を中止してください」という指示が来るかもしれない。あるいは「○○分後に、目的地近くまで行く乗合バスが出発します。乗り場までご案内します」ということになる可能性もある。

「都市生活」という資源を、どう配分するか

 そして、そのさらに根底にあるのは、「都市生活」という限られた資源を、誰に、どのように配分するのか――という議論である。

 大都市中心部の道路という資源の量には限りがある。利用希望者が供給量より多い。だから渋滞が起きる。今は特に根拠なく「先着順」で配分されているが、それでいいのか。駐車場も同じである。都市部の便利な駐車スペースを誰が使うのか。例えば、都市中心部へ乗り入れる権利や駐車スペースの価格を変動制にして、「車・路・雲の一体化」した自動運転と結びつけ、クルマでの移動そのものを実名制で管理する。こうしたことは、中国社会では為政者がその気になれば、既存のシステムで十分に可能だ。

「管理された移動」の時代

 この連載で以前、「中国版GPS“北斗”の完成で加速する“万物互聯”(IoE) 激変する“中国的統治”のしくみ」(2020年12月)という文章を書いた。そこではヒト、モノ、情報(おカネ)のすべてがネットワークでつながり、それを活用して社会全体をトータルに管理する仕組みについて書いた。この中国版自動運転の「車路協同」「車・路・雲の一体化」のストーリーは、この話につながる。

 そこで俎上に上がってくるテーマは、「交通秩序の維持」であり「公安行政」であり「都市建設」である。これらを通じて、都市の総合的な統治能力を向上させる。そこにはもちろん、より快適な移動の実現、低炭素社会の実現といった内容が含まれているが、あくまで最終的狙いは「統治能力の向上」にある。

 中国が国を挙げて進める「新エネルギー車」、つまり事実上のEV(電気自動車)普及政策は、こうした発想の下にある。自動車を個人が「運転」する乗り物というより、社会システムが「運行」する移動器具であると認識する。そうやって交通の効率を高め、安全で、快適、省資源な社会を実現する。こういうグランドデザインが描かれている。

 あんまり楽しそうな社会には思えないが、地球上の限られた資源の配分――という理屈を持ち出されると、こういう方法になるのかもしれない。「自動運転」という名の「管理された移動」の時代は、もう遠くないところまで来ている。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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