次世代中国 一歩先の大市場を読む
米中対立は「文明の衝突」か~大きく変わる中国の世界観
Text:田中 信彦
前回のこの連載で、中国の人々の対日意識が大きく変化した背景について書いた。ことのほか大きな反響をいただき、日中関係に対する関心の高さを実感した。
実は中国人の対日意識が変わりつつある根底には、もう一つ大きな流れがあるように思う。それは中国の国内で「文明」という概念が急速に影響力を持ちつつあり、日本は中国を中心とした同じ文明の仲間である──という意識が高まっていることである。
中国の人々が「国」よりも大きな枠組みである「文明」に関心を向け始めた背景には、国力の伸長による世界的な影響力の増大、そして長い歴史を持つ「中華文明」に対するプライドの高まりといった要因がある。さらにここ数百年、世界をリードしてきた西欧の文明が、かつての輝きを失いつつあるという状況もある。そこに出てきたのが昨今の米中貿易摩擦である。
2020年の始まりに際して、今後の中国の動向に大きな影響を与えるであろう、この「文明」という枠組みについて、中国人の受け止め方や昨今の動向など感じることをお伝えしたい。
田中 信彦 氏
BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
米国高官の「異なる文明の衝突」発言
「文明」というワードが中国社会で一躍、注目を集めるようになったきっかけは、昨年2019年4月、米国国務省の高官が「米中対立は『文明の衝突』である」という趣旨の発言をし、それが中国国内で大きな波紋を呼んだことである。
この事件は日本国内ではさほど大きな話題にはならなかったが、中国での反響は大きく、「やっぱり」「米国の本音が見えた」といった受け止め方が多い。
その高官発言とは、おおむね以下のようなことだ。
2019年4月末、ワシントンDCで開かれた安全保障に関するシンポジウムで、米国国務省のキロン・スキナー政策企画局長(Kiron Skinner, the director of policy planning at the State Department)が、米中貿易摩擦に関して「これは全く異なる文明とイデオロギーの間の闘いであって、米国がかつて経験したことがないものだ」(原文は”This is a fight with a really different civilization and a different ideology and the United States hasn't had that before,”、訳は筆者、以下同)などと発言した。
さらに同局長は以下のようにも語っている。
「北京の体制は西欧の哲学や歴史の産物ではない」(”the regime in Beijing isn’t a child of Western philosophy and history”)
「ソ連の体制やそれとの競争は、ある意味で西洋ファミリーの中での闘いだった」( ”The Soviet Union and that competition, in a way it was a fight within the Western family,” )
「白色人種でない強大な競争相手に我々が直面するのは初めてだ」(”It’s the first time that we will have a great power competitor that is not Caucasian.” )
このように同局長は、中国との対立を「全く異なる文明との間の闘い」「白色人種(Caucasian)でない強大な競争相手」と明確に「文明」や「人種」の次元の問題であるとの見方を示している。ちなみにCaucasianはもともと「カフカス(コーカサス)地方の人」という意味だが、「白色人種」を指す言葉でとして広く使われている。
同局長はマイク・ポンペオ米国国務長官のもとで米国の対中政策の立案、取りまとめの責任者として活動していた(2019年8月1日付で同局長は国務省から去っている)人物である。そういう「ど真ん中」の高官の発言であっただけに、その衝撃は大きかった。
国有メディアは強烈に批判
中国の政府系メディアは一斉に反発した。例えば、中国の国営通信社・新華社は同年5月13日付で「米国は中米関係を初めて”文明の衝突”段階に引き上げた~危険な中米”文明衝突論”」という論評を掲載、「グローバル化と各国の相互依存が深く進行する時代にあって、対立を煽るようなスキナー氏の言動は国際協力に有害であり、双方が敗者になるだけだ。お互いの協力、win-winの関係が時代の潮流である21世紀にあって、米国の一部政客はジャングルでのサバイバルゲームの発想が抜けない。これは明らかに歴史の歯車を逆転させるものだ」などと痛烈に批判した。
また人民日報傘下の大衆紙「環球時報」は同年6月18日付で「”中米文明衝突論”は愚かであり、危険である」との見出しで、海外の学者らの見方を引用しつつ「文明衝突論」に強く反論。さらに中国共産主義青年団中央委員会は同じく6月28日、ホームページに「いわゆる”文明衝突論”~偽りの大義かワナか」と題する長編の論説を掲載、「文明」の定義から説き起こし、米国政府高官の発言の不当さを非難している。
ここでは詳述しないが、米国国内でもスキナー局長の発言には多くの批判があったようだ。
中国は「文明レベル」のプレイヤー
しかし、中国政府の公式発言が「文明衝突論」を強く否定する一方で、それに対する読者の書き込みを見ると、だいぶ様相が違う。
「文明の衝突? 当たり前じゃないか。何も間違っていない」
「確かにこれは初めての非白人文明との衝突だ。かつてのドイツも日本もソ連も、これらは”民族”の段階の対立だった。中国は違う。”文明レベル”のプレイヤーだ」
「米国の白人エリート層が長年、心中に持ってきた思いが表に出ただけ。何も不思議なことではない」
「トランプの登場で”政治正確”(politically correct)の壁が崩れて、アメリカ人が本音を言い出したということだ」
「西側諸国の団結力が落ちてきて、アメリカの保守層は焦っているのだろう」
こんな調子の話が大半で、極めてクールである。「憤激している」とか「受けて立とうじゃないか」とかいう、いきり立った感じではなく、「何をいまさら。当たり前だろう」という感じが強い。
今の中国人の「気分」に合う「文明の衝突」論
実際、私の周囲でもこの種の言論を耳にすることが多くなってきた。
中国の企業は毎年の年末、春節(旧正月)の前に「年会」と称するイベントを行う習慣がある。社員慰労の忘年会と優秀社員の表彰大会、当年の反省会と来年への総決起集会を合わせたようなものだ。やり方はさまざまだが、大きなものでは万の単位の社員を集めて大パーティーを催すところもある。
1月初め、ある上場企業の年会に招かれ、プログラムの一部である識者の講演を聴く機会があった。講演者は中国人民解放軍国防大学の元戦略研究所所長、金一南教授(少将)である。金教授は中国の国際情勢の論評となれば真っ先に名前が挙がる人物で、テレビやインターネットの動画配信などにも頻繁に登場する、人気の高い人である。すでに軍は退役しているが、政府や党の諮問機関的な場所にも名を連ねており、国際情勢に関する中国の代表的論客の一人といっていいだろう。
講演と前後する宴席で金教授の隣の席があてがわれたので、社員たちの「ご献杯」の嵐をかいくぐりつつ、いろいろ話を聞くことができた。講演は「我们的时代,我们的奋斗」(我々の時代、我々の奮闘)と題するもので、同様の趣旨の講演は各地で行われているようで、動画サイトなどで誰でも見ることができる。
その内容を一言でいえば「西洋文明全盛の時代が終わり、中国を中心とするアジア文明の時代が来た。中国は大国として新しい世界のために責任感を持って努力しなければいけない」というものだ。1978年の鄧小平による改革開放政策の開始以来、中国の国際的な影響力は増大を続け、特にITの時代に入って以降、アリババ(阿里巴巴)やファーウェイ(華為技術)など世界をリードする企業も生まれた。そして、近年ついに米国は中国をこれまでにない最大の強敵として認識するようになった。その背景には、過去数百年、世界を牛耳ってきた西洋文明の衰えがある。
こうした文脈の中で、上述した米国務省のスキナー局長の発言も引用されている。といっても同教授の論旨は「米国はけしからん」にあるわけではなく、「こうした米国の誤った認識を超越し、中国はアジア文明の中核として、新たな価値を世界に提示し、世界の安定、平和、全体の利益を追求しなければならない」というところにあるのだが、その見方の根底に「文明の衝突」的な世界観が流れていることは否定できない。
軍人らしからぬ飄々とした人柄と、ユーモアを交えた話術の巧みさもあって、聴衆は大いに盛り上がり、要所要所で大きな拍手がわき起こった。数百人の会場に外国人は私1人である。「文明の衝突」的な観点が現在の中国人の「気分」に合っており、普通の人々にもわかりやすく、頭に入りやすいものであることを改めて実感した。