次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国発EC「Shein(シーイン)」は「究極のビジネス」か?
「売れる商品」を特定し、速く、安くつくる仕組み
Text:田中 信彦
カジュアルウェアや雑貨などを中心とした中国発のECアプリ「Shein(シーイン)」が米国市場などを中心に爆発的な成長を遂げている。
ファッション性の高い商品を驚異的な低価格で販売。すでに米国ではアプリのダウンロー ド数でAmazonを上回り、Z世代(1990年代中盤~2000年代生まれ)のデジタルネイティブの間で圧倒的な知名度と使用率を誇る。推定時価総額は1000億米ドルを超えた。
その成長のカギは2つだ。①AIを駆使し、世界で「売れる商品」をローコストで迅速に特定する、②その特定した商品を多品種少量、しかも安く、速く生産し、「試し売りの小出し」を繰り返して精度を上げていく――という点にある。この考え方自体、極めて正攻法で、何の奇策もない。業界の誰もが実現したいと考え、努力し続けてきた、いわば「究極のビジネス」である。
では、なぜSheinは(完全ではないにせよ)それが実現できたのか。この仕組みは持続可能性があるものなのか。Sheinの成功がグローバルなビジネスに与えるインパクトは何か。今回はSheinを入り口に、そんなことを考えてみた。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
Shein(シーイン)は時価総額でZARAとH&Mの合計を超えた
米国ウォールストリートジャーナル(デジタル版、2022年4月4日付)は「Shein Valued at $100 Billion in Funding Round」と題する記事を掲載、Sheinの推定時価総額が1000億米ドルを超え、ファストファッションブランドの2大巨頭、ZARAとH&Mの合計を超えたと伝えた。
Sheinは未上場だが、世界的なユニコーン企業(創業10年以内、時価総額10億米ドル超、非上場のベンチャー企業)の基準に照らすと、TikTokを運営するバイトダンス(字节跳动、中国・北京)、宇宙輸送サービス、衛星インターネットアクセスプロバイダのスペースX (米国カリフォルニア州) に次ぐ、第3位の金額に相当する(Sheinの運営会社は2008年創業で、厳密にはユニコーンの定義には該当しない)。
いずれにしても、いま世界で最も注目されている成長企業のひとつであることは疑いない。
Sheinの特徴は驚くべき低価格、送料の安さ
Sheinというアプリの具体的な仕組みや商品構成、価格などについては、ここでは詳述しない。これまで各種のメディアで報道もされているが、もしまだSheinについて詳しくご存知でないようであれば、一度ご自身で買い物をしていただくのが一番いい。日本語ですべての操作が可能で、コンビニ払いならクレジットカードもいらない。 結構、斬新な体験になると思う。
中核はレディースファッションだが、メンズやキッズ、アクセサリーや雑貨、ホームプロダクツなど実に豊富な商品がある。商品の種類がとにかく多く、ひたすら安い。見ているとキリがなく、「宝探し」的感覚にハマってしまう人が続出するのもよくわかる。
トップス類は数百円台が当たり前、スカートやパンツ、ワンピースなどは1000円台、高めのものでも2000円台までがほとんどである。アクセサリーや雑貨類は数十円台の商品も少なくない。一部のドレスなどを除いて、単価3000円を超える商品は少ない。
発送は海外(主に中国)からだが、日本には1週間~10日で届く。送料は日本国内まで一律500円、購入金額の合計が2000円を超えると無料(2022年8月17日現在)。これはおそらく日本でSheinの認知度を上げるためのサービス価格で、主要市場の米国では通常配送(10~12日)が3.99ドル(49ドル以上購入で無料)、エクスプレス配送(6-8日)が12.9ドル(159ドル以上購入で無料)となっている。私も東京の自宅で購入してみたが、説明通り、ちょうど1週間で注文通りの商品が届いた。
「実際のサイズが表記と違っていた」「商品が一つ入っていなかった」「色味が画像と違っていた」「生地が思ったより薄かった」といった苦情は珍しくないが、返品・返金の手続きもわかりやすく、明朗だ。ただし返品の国際郵送料は購入者負担なので、低額商品の返品は現実的でない面はある。実際には、価格が非常に安いことから、そうしたトラブルの可能性も含めて、一種の「福袋」的気分で、「当たり」を狙って買い物を楽しんでいるというのが、日本を含め、世界のSheinユーザーの感覚のようだ。
「中国価格」の服を世界中に
Sheinの特筆すべき点は、中国企業でありながら、最初から中国国内ではなく、グローバルの市場を対象にビジネスを展開してきた点にある。中国ではShein(中国語名「希音」)の知名度はゼロに近い。このような戦略をとった背景には、後述するように創業者、許仰天(敬称略、以下同)の個性もあるが、実は中国で生産した商品の本当の強さは、グローバルな市場でこそ生きるという透徹した読みがあった。
中国で生活すれば気がつくことだが、「1着が数百円」という服は、中国では別段珍しいものではない。町場の個人商店や服装市場、露店街などにいけば、そのような商品はいくらでもある。もちろん素材や品質はそれなりだが、明らかな不良品を除けば、日常着としては十分に着られる。普通の人が普通に買っている。
しかし海外はそうではない。中国のように国内に縫製業のサプライチェーンが揃っている国はごくわずかだ。大半の国では少しお洒落な服は輸入が普通で、選択の幅は狭く、価格が高い。加えて、ファッションに特に関心が高い若い世代は世界共通でお金がない。そこに「中国価格」で服を提供できれば、圧倒的な競争力がある。Shein創業者の許が取り組んだのはそのようなビジネスモデルである。
Sheinの創業者は元SEO のエンジニア
許は1984年、中国黒龍江省生まれ。大学では情報工学を専攻し、卒業後は就職先のIT企業でSEO(Search Engine Optimization=検索エンジン最適化)の業務に携わった。ここでGoogleの技術力の高さとその発想に強い影響を受け、「情報の最適化」を競争力にしたビジネスを志すようになった。許はこれまで一度も公式にメディアの取材に応じたことがなく、本人の写真すら世に出回っているものは学生時代の記念写真など2~3点しかない。許自身や同社の履歴には明らかでない部分が多い。
2008年、許は現在のSheinの運営企業である「南京希音電子商務公司」を江蘇省南京市で創業。最初は当時、価格が高かったウェディングドレスに着目、海外市場での販売を目指すが失敗。その後、レディスカジュアル全般にターゲットを変更した。2010年から「SheInside」というブランド名でスペインやフランス、ロシア、ドイツ、イタリアなどで順次ウェブ上に店を開き、中国からの直送モデルでビジネスを始める。徐々にではあるが事業は拡大し、2014年の段階で年間販売数量は500万着に達した。
2015年、名称を現在の「Shein」に変更、中東諸国などに市場を拡大したことが成長の起爆剤となった。その後、米国市場で人気に火が付き、2015~2020年の6年連続で売上高が2倍以上の伸びという驚異的な成長を記録、Sheinは自社の売上高を公開していないが、2020年時点で1兆4000億円程度に達しているとみられる。
世界中の情報から商品化案を自動的に作成
こうした爆発的な成長の原動力になっているのが、前述した、
①AIを活用し、世界で「売れる商品」を特定する
②それらの商品を多品種、小ロットで素早く生産し、「試し売り」を繰り返す
という2つの組織的な能力である。
創業者の許がSEOのエンジニア出身であることは前に触れた。その経験から許は、デジタル化された情報を世界中から収集し、「いま何が売れているか」「流行っているものは何か」を特定し、それを売る――というビジネスのやり方に早くから取り組んでいた。
Sheinは本部がある南京市のほか広東省広州市、深圳市などに4社の系列IT企業があり、数百人の自社エンジニアを擁する。そこでは「流行趨勢分析システム」の研究を行っていて、ディープラーニングや物体識別の技術を駆使し、世界中のデジタルネットワーク上から流行の動向、市場の変化をリアルタイムで把握している。
TikTokやインスタグラム、FacebookなどのSNS、企業のウェブや個人のブログなどに日々アップされる動画や画像に登場する物品をくまなくスキャンし、その傾向を自動的に分析する。そのうえで自社の商品構成に照らして、どのような新商品に応用できるかを提案するソフトウェアが稼働しているという。
そうして収集した基本的な情報を社内の数百人のデザイナーが整理し、新商品の企画を決めて生産に回す。世界各地の情報が本部に届いてから商品企画が決まるまで2~3日というスピードである。
まず100着発注、30着売れたら自動追加
なぜそのような素早い決断が可能なのか。それは、その指示はあくまでごく少量のテスト生産・販売で、リスクがほとんどないからである。仮に売れなくても損失は小さい。それよりもスピードと「手数を出す」ことが重要だと考える。
Sheinは中国の代表的な繊維産業の集積地のひとつである広東省広州市の郊外、番禺区南村鎮に商品生産を管理する開発本部を設置している。この拠点から車で数時間以内の範囲に、主要なものだけで300~400社、全体では2000~3000社のサプライヤー工場が立地する。概して経営規模の大きくない、数十人から数百人規模の中小縫製工場が中心だ。日常的にコミュニケーションがとれる距離ですべての工程を完結できる。
こうしたサプライヤーに、基本的にまず初回100着のオーダーを発注する。指定の納期は通常5日程度。つまり世界中から集まる情報をもとに商品が企画され、デザインが起こされて、裁断、縫製、納品されるまで約一週間という驚くべきスピードを実現している。
Sheinアプリでの毎日の販売実績はサプライヤー工場のシステムと連結されている。ある工場が納品した商品が30着売れるごとに自動的に追加発注が入る仕組みになっている。そして、その追加発注が一定回数継続し、本格的な売れ筋と判断されれば、生産量が増やされる。売れなければ、その段階で生産は打ち切りになる。
商品の「ヒット率」は50%に上昇
つまり、Sheinは世界中から集めた情報をもとに「売れ筋」と判断した服を次々と発注・生産して、とにかくアプリに並べる。しかし、それはいわば「試し売り」で、本当に売れる商品を探っている。Sheinのアプリには、自社の企画商品のほか、取引先のODM商品を含め、現在では毎日、3000~5000点もの新商品が追加される。これは商品の販売をECのみに限定して店舗を持たず、本部の近隣に数千社という縫製工場の集積があって、そこから消費者に直送するというビジネスモデルだから初めて実現できることである。
それだけの商品を出せば、中から一定の比率でヒット商品、大ヒット商品が出てくる。そして、発見した「売れ筋」にさらに大きな経営資源を投入していく。売れない商品はすぐに見切り、売れるものだけに絞り込む。このサイクルを世界中で、ものすごいスピードで回している。商品の「ヒット率」は初期の20%程度から、現在では50%近くにまで上昇しているという。これがSheinの競争力の根源である。
いかに小ロットの発注を実現するか
このような考え方は誰でも理屈ではわかっていたことだ。ポイントは、なぜSheinにはそれが実現できたのかにある。
「1回100着」というオーダーは、アパレルの世界では非常に小さいロットである。こんな小さな注文のために新たに型紙を起こし、生地を裁断して縫製していたら、相場の発注価格では工場はとても採算が合わない。受けてくれる工場はまずない。しかし、小ロットでの繰り返し生産を実現し、「試し売り」の精度を上げていかないと、許が求めている商売の形は実現できない。
そこで許は一つの決断をする。それは「一回の発注ロットが小さく、工場の採算が合わない部分は、Sheinが負担する」という方法である。リスク覚悟で工場をビジネスに引き込む。許は一着あたりの発注価格を高めに設定するのに加え、手間のかかるパターン起こしの工程をSheinが受け持つことで、工場の負担を軽くし、同時にスピードアップも実現する方法をとった。また通常、90日、120日後などの期日で支払われることが多い代金を、工場の貢献度に合わせて、1週間後、極端な例では納品と同時に即金で支払うといった、工場にとって有利な施策を実行した。
その結果、何が起きたか。確かに初回生産のみで生産を打ち切った商品は、Sheinにとって赤字が出るが、その額はしれている。逆に「試し売り」の繰り返しで商品のヒット率は着実に高まった。一定以上の確率で中ヒット、爆発的なヒット商品が出るようになると利益率は大きく向上、そのメリットはリスクをはるかに上回った。こうした好サイクルの実現で、Sheinの「生態圏(エコシステム)」に参画する工場はますます増えた。
苦境の中小縫製工場にとって貴重な収入源
縫製工場の側にも、こうしたSheinの手法を受け入れやすい状況が存在したことも見逃せない。中国の国内市場は、所得水準の向上、生活の都市化の進展とともに、広くチェーン展開し、販売数量が多い大手アパレルの存在感が大きくなっている。中国のナショナルブランドに加え、ZARAやH&M、ユニクロといった外国ブランドもその範疇に入る。
こうした大手チェーンは自動化が進んだ大型の縫製工場での生産が中心で、そこから外れた中小の縫製工場の経営は厳しくなっている。加えて、人件費の上昇にともない、中国の縫製業自体の海外移転も進んでいる。熟練した技能を持ちながらも次第に高齢化が進む縫製工の就業の機会は狭くなりつつある。
こうした経済的な背景が、Sheinのビジネスモデルの実現を後押しした面がある。広東省を中心とした華南一体の中小縫製工場にとって、Sheinの発注は価格や納期の要求が非常に厳しく、楽な仕事では決してない。しかし、その要求に応えられれば、安定的な収入、時には大きなリターンを得られる可能性のある貴重な収入源になっている。
Sheinのモデルは持続可能か
一方で、Sheinのサプライヤー工場で違法な長時間労働や残業手当の不支給、安全管理の不備などが横行しているというNPOの調査結果も報道されている。「低コストでのスピーディーな少量生産」を追求するあまり、立場の弱い工場に無理な負担が強要されていないか、この点はShein自身も意識しているようだが、世界的な企業になったいま、今後の重要なポイントになる。
Sheinのビジネスモデルについては、ほかにも「使い捨て、資源の浪費の傾向を助長するものだ」「中小企業の低賃金に依存した持続可能性のないモデル」「他人の知的資産に対するリスペクトの欠如」といった批判が根強くある。それぞれ、根拠のない批判とは私も思わない。言ってみれば、先端的なITをフル活用した究極の「いいとこ取り」の商売である。今後、事業環境が大きく変化していく中で、このままのやり方で長期的に持続が可能かについては、疑問の余地がある。
生産地と世界中の消費者をダイレクトにつなぐビジネス
しかし、世界のデジタル化がますます進み、物流網も進化していく流れの中で、「地域の強い生産力を背景にした世界スケールの無店舗販売」は、いわば「究極のビジネス」になりうる。その可能性をSheinが現実に示したことは間違いない。
Sheinはファッションの企業ではあるが、このモデルは他の商品にもさまざまな形で応用が可能だ。もちろん商品の特性にもよるが、生産地と世界中の消費者をダイレクトに結ぶビジネスは、今後のデジタル社会の主流になっていくだろう。Sheinも中国以外の地域での商品生産を念頭に、具体的な準備を始めているという話もある。
「グローバル化の時代は終わった」「分断の時代」といった指摘が世を賑わしているが、マーケットとしての世界は、ますますひとつになりつつある。
次世代中国