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【DXの“一歩先”】Vol.2
AIが世界を変えていく 日本の強みを活かす戦略とは

 もはや「ビジネスのこれから」を見通す上で、テクノロジーの活用は不可欠なものになっている。しかし、デジタル変革を一歩先に進め、具体的な戦略やアクションに役立てる、あるいは社会やビジネスの課題を解決したり、新たな価値を創造していくにはどうすれば良いのだろうか。このヒントを探るべくwisdomでは「DXの“一歩先”」と銘打ち、ビービットCCOの藤井 保文氏をモデレーターとする3回にわたる連載対談を企画。第2弾のテーマは「AIトレンドの一歩先」。アジアを中心に投資する在シンガポールのベンチャーキャピタリスト・蛯原 健氏と、NECのAI研究・顧客への業務適用をリードする本橋 洋介を迎え、「AIの今とこれから」について語り合った。

SPEAKER 話し手

蛯原 健氏

リブライトパートナーズ株式会社
代表パートナー

藤井 保文氏

株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)

本橋 洋介

NEC
デジタルプラットフォームビジネスユニット
生成AI事業開発統括部
テクノロジーリード

生成AIが“インターフェース革命”をもたらす

藤井氏:近年、私のビジネステーマである「UX(ユーザエクスペリエンス)」に生成AIをどう掛け合わせるか、というテーマにはかなり積極的に取り組んでいます。

 企業支援だけではなく、自分の過去の著書をすべて学習させた「藤井保文のAI分身」をつくってみるなどもしています。このAIに、例えば「アフリカのAI事例を3つ持ってきて」と言うと、本の中で提唱している理論に従って、AIがアフリカの事例を探してきてくれるんです。

 さらに最近は、自分の課題に気付くためのセルフ・フィードバックにもAIを活用していて、AIは自己成長のためのツールとしても使えると感じています。お二人はこうした生成AIのトレンドをどう受け止めていますか。

蛯原氏:当ファンドの取り組みについて俯瞰して見ると、生成AIは全体の1、2割といったところでしょうか。ChatGPTが誕生してからの10カ月は、生成AIというだけでベンチャーキャピタルが飛びつくような状況でしたが、さすがに1年ほど経つと、「生成AIだからとりあえず話を聞きたい」という状況ではなくなりました。

 一般の人が生成AIを実際に使うとなると、それなりに間違いもあるため、まだまだ手放しで受け入れている状況ではないように思います。とはいえ、開発ツールやSaaSのバックエンドへの適用は進んでいるので、過度な期待はせず、しかしながら過小評価もせずといったところです。

リブライトパートナーズ株式会社
代表パートナー
蛯原 健氏

シンガポールを拠点にインド・ASEAN特化ベンチャーキャピタルを運営。日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)。インドネシア史上最大規模IPOや、フィリピンスタートアップ史上最大M&Aエグジットをファーストラウンドにおけるリードインベスターとして創成する等の実績を有する。1994年にジャフコグループに入社し、一貫しスタートアップの投資及び経営に携わる。2008年、独立系ベンチャーキャピタル「リブライトパートナーズ」を創業。著書に『テクノロジー思考 技術の価値を理解するための「現代の教養」』(ダイヤモンド社)。

本橋:技術屋としての立場からいうと、AIはまず金融工学などの数値解析に使われ、その後ビッグデータで少し広がって、2014~2017年に画像解析・画像認識の技術を進化させました。2016~2017年ごろには「次は言語が来るな」と予想はしていたものの、どういう形で世に出るかまではわからなかったので、ChatGPTが登場したときは「これで来たか」と思いました。

 生成AIはこれまでのAIと違い、言語理解能力が非常に高いので、言語インターフェースがとてもつくりやすくなりました。今まではデータ解析の道具だったAIが、ヒューマンインターフェースに寄ってきたので、今後は応用が広がっていくと思います。

 生成AIの領域では基盤モデルやハードウェアのGPUなどをつくっている会社が比較的好調であるように見受けられます。これはクラウドの黎明期だった十数年前と似ているように思います。今、クラウドコンピューティングは完全にSaaSやアプリケーション寄りの人が盛り上げている状況ですが、生成AIではまだ「アプリケーション側が支配している」という感覚はありません。生成AIのキラーアプリは何かといえば、「チャットボットでちょっとだけ相談に乗ってくれる」レベルにとどまっている。

 ただ、僕自身は、「生成AIがインターフェースになる」という点で、これまでのAIとは少し違うと感じています。生成AIが、従来のマウスやキーボード、ディスプレイ、スピーカーなどに置き換わろうとしている――そんな感覚がありますね。

NEC
デジタルプラットフォームビジネスユニット
生成AI事業開発統括部
テクノロジーリード
本橋 洋介

2006年NEC入社後、人工知能・知識科学・機械学習・データマイニング技術と分析ソリューションの研究開発に従事。機械学習の実問題適用を専門としており、これまでに機械学習技術を用いた分析サービス・システムの導入について30社以上に対して実績あり。流通・金融・製造・メディア・エネルギー・交通・観光などほぼすべての業界向けのAI適用コンサルティングと分析を実施。BluStellar Innovators 100のAI先駆者として、企業トップ層へのAIロードマップ策定のコンサルティングや社内外でのAI啓蒙活動に注力。

世界のベンチャーキャピタルが注目する「ディープテック」

藤井氏:つまり、生成AIの登場は“インターフェース革命”としての要素が強いということですね。

本橋:そうです。生成AIは、インターフェースの新しい形を探す潮流につながると考えています。PCや周辺機器のように長い歴史を持つ技術には、ひも付いている産業も多いですから、それが大きく変われば、産業に及ぼす影響は大きいと思います。

蛯原氏:これは自著にも書いたのですが、1つや2つのイノベーションでは、物事はあまり変わらないんです。スマホもバッテリーの進化がなければ普及しなかったでしょうし、データ通信も3G以上でないと大したことはできなかった。いろいろな領域のイノベーションが5つぐらい組み合わされないと、大きな変化を起こすことはできない。生成AIもそういう状況なのでしょうか。

本橋:PCが誕生して以来、大きな変化がないまま数10年が経っています。僕はPC-9801(※)が好きでNECに入った人間ですが、NEC社員として「PCをつくり直したい」という思いがあるんです。

 PCという製品は、システム装置とディスプレイ、キーボードで成り立っています。それを今のテクノロジーでやり直すための手段の1つが生成AI、というイメージです。コミュニケーションや情報生成、設計、クリエイションなどを担ってきたPCを“再定義”する。その接点となるのが生成AIだと思っています。

  • PC-9801:NECが開発したPCで「PC-9801」から始まる型番の製品群を指す

藤井氏:その規模のイノベーションとなると、たしかに最近は経験していない気もします。その端緒になるのが生成AIだということですね。蛯原さんにお聞きしたいのですが、AI以外に、最近イノベーションの兆しを感じているものはありますか。

株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)
藤井 保文(ふじい やすふみ)氏

東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、人と社会の新しい在り方を模索し続けている。著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計22万部。最新作『ジャーニーシフト』では、東南アジアのOMO、地方創生、Web3など最新事例を紐解き、アフターデジタル以降の「提供価値」の変質について解説している。ニュースレター「After Digital Inspiration Letter」では、UXやビジネス、マーケティング、カルチャーの最新情報を発信中。
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蛯原氏:我々の業界では、最近のトレンドは「ディープテック」です。今は技術革新に基づくディープテックの領域までいかないと、イノベーションを起こすことは難しい。とはいえ、ディープテックのようなヘビーな産業を掘るにはそれなりのリソースが必要なので、これまで日本のベンチャーキャピタルはやりたがらなかった。なぜなら、そこに相当なリソースをかけてJカーブ(※)を掘らなくても、インターネットビジネスで金儲けができたからです。

 ところが、それでは食えなくなってきたので、ベンチャーキャピタルは皆、ディープテックを追いかけ始めた。新たなフロンティアを開拓しようというわけです。

  • Jカーブ:投資の収益が最初はあがらず、マイナスになるものの、時間経過に伴い収益があがっていくことをアルファベットのJになぞらえて表現される

本橋:蛯原さんに1つお聞きしたいのが、AIに対する各国のスタンスの違いです。日本には、生成AIと相性がいい面と悪い面があります。いい面としては、人口減少で労働力が不足しているので、人間を代替できる生成AIとの相性がいい。一方、悪い面としては、日本人は識字率が高く、また、中等教育が整備されているので、生成AIがもたらすインパクトは比較的小さい。

 蛯原さんは他国を見ていて、日本とのスタンスの違いを感じることはありますか。

蛯原氏:東南アジアの中でもシンガポールは、かなり前からAIやソフトウェアに注力しています。資源といえるものが人しかない国なので、AIやソフトウェアの領域で相当がんばらないと、食いっぱぐれるという危機感がある。それで、南洋理工大学とシンガポール国立大学の2校を、アジアの理工系のトップ校に育て上げ、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)でも相当ディープテックなことをやっているので、優秀な研究者や学生を生み出すエコシステムができている。

 加えて、米中双方にいい顔をする能力があるので、西からはビッグテックが来るし、東からもアリババやテンセント、ピンドゥオドゥオ、バイトダンス、シーインなどが1000人規模で入っている。2、3時間もフライトすればグローバルサウスのマーケットのどこにでも行けるし、国全体がそういう戦略をとっているのでトレンドの中心であり続けられているわけです。

 一方、インドはプログラマー大国として成功したわけですが、今後はプログラミングが不要になるかもしれないので危機感を持っている。今はAIサイエンティスト大国を目指して、変革しているところです。

本橋:インドの動きはすごく気になります。コロナ禍で、アメリカのカンファレンスにも中国のアリババやテンセントが全く来ない時期が2年ほどあって、何をしてるんだろう、まぁ、何かしらやってるんだろうな、とは思っていたんです。

 昔は割と、どの国も同じ世界を探していた気がするんですが、今は国ごとにスタンスが違う。中国の進み方とインドの進み方も違うような感じがするんです。

藤井氏:AIの観点で言うと、中国国内ではChatGPTが使えず、大号令をかけて各社にオリジナルの生成AIをつくらせています。その処理能力が、だんだん欧米勢に追いついてきている、とは言われていますね。

蛯原氏:パラメータ数で言うと、けっこう競るところも出てきている、と自称していますね。今は国際分業が進みつつあって、インドは基盤モデルや半導体ではなく、アプリとグローバル経営に圧倒的に強い人材を輩出しているといった印象です。一方、ヨーロッパはヘゲモニー(指導権)をつくるのがうまくて、キリスト教的な価値観に基づいて、勝手にルールメーカーになってしまう。そういうすみ分けが、ゆるやかにでき上がりつつあるという気はします。

日本の良さをAIでパッケージして世界に輸出したい

藤井氏:ここまでのお話を少し整理します。結局、生成AI単体で成し得るイノベーションは限られていて、ディープテックや要素技術などさまざまなものの変化が積み重なって、ようやくイノベーションが生まれる。そして、生成AIは「インターフェースに革命を起こす」という意味では大きな役割を果たしていく可能性がある、ということですね。

 最後に、「日本はAIとどう向き合っていくのか」というお話しをしたいと思います。例えば、日本企業への採用がどのように進み、そこにどうスタートアップがかかわっていくのか。もしくは、日本企業への期待や要望があれば、お伺いしたいと思うのですが。

蛯原氏:今は、日本が高い国際競争力を持つ「ハードウェア」「ディープテック」「環境」という分野が、社会やテクノロジーのトレンドとなっています。今こそ、日本企業はチャンス到来と思って無心にがんばればいい、と常々思っています。ところが日本は、普通にやればできるのに、なぜか悲観している。悲観する前に、まずは100億円の資金を調達して何かアクションを起こせって思います。

 日本の製造業はマーケティングが下手なので、ほぼ製品が完成しているのに、「まだ安定していない」とかいって永遠に発表しない。そして、未完成でも「もう少しでできそう」という段階で強力にアピールする海外勢に負けてしまう。それによって調達金額も大きく変わるので、最終的な製品やサービスにも10倍ぐらいの差が付いてしまうわけです。

藤井氏:日本の製造業の、どういうところに問題があるんでしょうか。

蛯原氏:1つ目は、グローバルマネジメントの経験値です。結局、あらゆる経営効率は資金効率や資金の調達能力に左右されるので、その能力があまりにも低いと、競合からの「同意なき買収」に遭って、ゆすられたりたかられたりする。日本企業の多くは、資金調達の一般的なプラクティスや、経営者が海外でIRを行って資金調達する努力を怠ってきました。それは、グローバルマネジメントをきちんとやっていけば解決できるのではないかと思います。

本橋:僕は、教育や人材採用において、AIの活用が世界的なテーマの1つになっていくと思います。生成AIが登場したことで、「もう丸暗記の勉強なんかしなくていいじゃん」と皆が思い始めていますし、人間の記憶や脳をコンピュータが代替しつつある。中国やアメリカなど、アグレッシブに取り組む国・地域や会社が現れて、それを日本が後追いするようなことが起こるでしょう。

 一方で、「日本って、いいな」とも僕は思っています。海外から日本に帰ってくると、日本はきれいな国だな、犯罪が少ないし、住みやすい国だなとつくづく思います。それは人間の価値観というか、ベースにある何かが素敵だからだと僕は思っています。それは教育と深い関係があるはずなので、日本の良さをAIでさらに増幅させ、パッケージにして世界に輸出できたらいいなと思うのです。

 例えば、日本式のホスピタリティを学びたい人のために、「日本の接客」というソフトウェアを輸出する。日本の良さをモデル化して、何かできるといいなと思っています。

藤井氏:昔、テンセントのUXのトップの方にお会いしたことがあるのですが、「日本のいいところって、何かありますか」と聞くと、「2つある」と言うんですね。1つは「なんだか温かい感じがする。ZARAとユニクロを比べてみても、なんとなくそういう感じがする」と言う。もう1つは、「一見おかしなことをやり続けて、ゲームやアニメのような一大市場を築いてしまう。そこは不思議だなと思って見ている」と言うんです。

本橋:どこかに真似しない良さ、みたいなものがあるのかもしれないですね。和室がなぜ世界に普及しなかったかというと、ロジカルじゃないからだと思うんです。わびさびの世界なので効率性はないけれど、それが最後にはクールだということになる。

 日本の鉄道も秒単位で定時運行していますが、もはや経営効率の域を超えていますよね。そういう“謎の努力”を力にしたい。日本が得意とすることを愚直にやり続けることで、世界一を手繰り寄せることができると思うのです。

藤井氏:それは面白い視点ですね。本日はどうもありがとうございました。