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エシックスで拓く、デジタル時代の新しい経営と組織のあり方
-「パーパス経営」のその先へ

 本企画は、AIやデジタル技術が進化する中で重要性を増す「デジタルエシックス」を、各業界の有識者との対話を通じて深く探究するシリーズです。AIによる判断の透明性や社会との信頼関係が問われるいま、テクノロジーと経営をつなぐ“エシックス”の視点が、企業の持続的な成長に不可欠になりつつあります。今回は、「パーパス経営」「エシックス経営」などの著書で知られる経営学者・名和高司先生を迎え、NECフェロー今岡仁と共に、企業がこれからの時代にどのようにエシックスを取り込み、価値へと変えていくべきかを議論します。

NECの考えるデジタルエシックスとは

 デジタルエシックスとは、デジタル技術の活用において『何ができるか』だけでなく『何をすべきか』を問い、リスク管理に留まらず信頼や社会的価値を生み出すための行動指針です。

 AIやデジタル技術の進化が急激に進む中、企業経営で問われるのは「いかに信頼を築けるか」です。デジタルエシックスが、企業価値を守り、持続的成長を可能にする新たな経営判断の軸となると考えています。

SPEAKER 話し手

名和 高司 氏

経営学者・コンサルタント

京都先端科学大学 教授、一橋ビジネススクール 客員教授。三菱商事を経て、マッキンゼーで約20年間ディレクターを務め、アジア地域ヘッドなど要職を歴任。デンソー、ファーストリテイリング、味の素、SOMPOホールディングス、NECキャピタルソリューションなどの社外取締役、朝日新聞社の社外監査役を歴任。BCG、インターブランド、アクセンチュアのシニアアドバイザーも兼任。著書に『パーパス経営』『エシックス経営』『CSV経営戦略』『企業変革の教科書』『シン日本流経営』 など多数。

今岡 仁

NECフェロー

顔認証技術の研究開発とグローバル事業化を主導。現在はその技術的なバックボーンを活かしながら、デジタルエシックスの浸透とさらなる探求を目指し、企業・自治体とのワークショップや対話・書籍執筆などを通じて発信を続けている。著書に『顔認証の教科書:明日のビジネスを創る最先端AIの世界』『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』など。

1.行動原理(プリンシプル)を生み出す基盤としてのエシックス

今岡:名和先生といえば2021年に刊行した「パーパス経営」が有名ですが、2024年に「エシックス経営」という本を出されていますよね。NECでも、AIやデジタル技術の進化が進む中で、日本の変革を加速させるにはエシックス(倫理)が必要なのではないか、という考えを起点に発信を続けています。私たちは「デジタルにおけるエシックス」というアプローチですが、名和先生はなぜ経営の視点からエシックスに注目されているのか、まずはそこからお話をうかがえますか?

名和氏:ありがとうございます。仰る通り、私は5年ほど前からパーパス経営を提唱してきました。おかげで、「パーパス」という言葉自体はだいぶ浸透してきたものの、現場からは「パーパスのような綺麗事は通用しない」といった声もあり、実際の経営に馴染みにくかったのが実情です。そこで、「より経営の実践に役立つものは何か」を模索した結果、エシックスを軸としたプリンシプル(行動原理)が重要だと考えるようになりました。パーパスからプリンシプルを作り、それをプラクティス(実践)へとつなげること。その基軸となるのがエシックスという考え方です。

名和氏:エシックスとは、人間の関係性を考える学問であると思っています。国や文化、コミュニティによって異なる価値観を読み解いて、関係性の中で一番正しいと思えるものをみんなで合意することがエシックスの考え方です。特に現代では関係性が動的かつ複雑化しているので、ますますこの考え方が重要になると思い、「エシックス経営」という言葉を選びました。

今岡:パーパス経営が流行した一方で、エシックス経営の浸透はまだこれからだと思います。そのギャップについてどう考えますか。

名和氏:そうなんです。パーパスは理想や未来の「こうありたい」を示すものですが、未来の姿を考えるばかりでなく、実践しましょうというお話をしています。本当に毎日実践できるように、自分ごと化するまで落とし込む。まさに行動原理です。

今岡:パーパスを頭で考えながら、エシックスを軸に行動することが大切ですね。

名和氏:まさにその通りです。「何をしたいかという志(パーパス)」と、「行動原理(プリンシプル)」があるからこそ「実践(プラクティス)」が可能になります。エシックスを実践するためには、明確なプリンシプルを作ることが必要です。

経営学者・コンサルタント
名和 高司 氏

今岡:私は普段、顔認証技術の研究・開発に関わっていて、プライバシーの問題や国のルールなどに直面することも多いです。日本では、「危ないから」「グレーだから」という理由で技術活用が止まってしまうことがあります。また、私たちが2024年に出した書籍『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』を読んだ日本企業の方からは、「考え方ではなく、答えが欲しいんだ」と言われました。エシックス的思考が、日本で定着していない理由は何だと思われますか?

名和氏:日本に限った話ではありませんが、教育の段階から「答え」を求めることに特化している弊害もあるのかと思っています。特にビジネスの世界では、ロジカルな考え方、因果関係を早く解き明かすことが評価されていますよね。

 ですが先ほども申し上げた通り、人と人との関係性は複雑です。「これが答えだ!」と思ったら、相手が違う動きをしてしまう。そんな答えのない時代で、全体を正しい・善い方向に進める判断をしていくために、やはりエシックスという軸が重要になるのだと思います。

今岡:私も生成AIが急激に普及してから、「答えを出す能力」よりも「問いを立てる能力」がより重要になってきていると感じています。問いかけさえすれば、AIが標準的な答えを出してくれるようになり、その答えを判断するだけでいい時代になりました。だからこそ、起点となる「問い」を作る能力こそ、エシックスにおいて最も重要なことであり、経営者に求められているものなのではないかと思います。

2.オーバーコンプライアンスが生む停滞と、挑戦を促す組織文化とは

今岡:ここまでお聞きする限り、エシックスはすごく前向きな考え方です。ところが多くの人は制約と捉えてしまいがちなのですが、なぜそうなってしまうのでしょうか?

名和氏:これまでの経験で、「正しいことを積極的にする」よりも「こんなことはしてはダメだ」という制約を受ける場面が多かったのだと思います。正しいことを積極的に行うエシックスと、コンプライアンスによる制約のバランスが重要です。

 それが過剰な規制、いわゆる「オーバーコンプライアンス」になると、前に進めなくなります。優等生な社員が規律を守り、リスクをとらずにそこそこで評価される一方、新しいことにチャレンジして失敗した人は評価を下げられる。こうして日本の会社はコストカットばかりして、未来の期待値を下げてきたところがありますね。

今岡:新しいことに挑戦するインセンティブが欠けているから、チャレンジする人も少なくなるということですね。この問題にはどう向き合えば良いのでしょうか?

名和氏:やはり、「誰に何を言われても自分はこれをやりたい」という想いを持つことですね。志や、アスピレーション(熱望、願望、大志)とも言いますが、ブレない想いを持っている人が、覚悟して挑戦する。それが周囲に伝わると共感を生み、応援してくれる人が現れて、輪が広がっていくのだと思います。

NEC フェロー
今岡 仁

今岡:でも実際のところ会社組織の中では、そういった志ある人は1割や2割だと思うんです。その2割と、残りの8割が同じ会社でパーパスを考えても、抵抗勢力が出てきて結局せめぎ合いになってしまいます。組織の中で、新しいことに挑戦する雰囲気を作るためにはどうすればいいのでしょうか?

名和氏:実は、その上位2割の人たちには外から与えられたパーパスというものは不要で、勝手に新しいものを生み出してしまうんです。そして、下の2割はどう働きかけても動かない抵抗勢力。重要なのは、そのどちらでもない中間層です。傍観していた中間層が少しでも動き出せば、組織全体の空気が大きく変わるので、この人たちがプリンシプルを実践できるようにすることが組織変革の鍵になります。

今岡:中間層の人たちの心に、どれだけ火をつけられるかということですね。ですが、その狙い方がとても難しいように思います。

名和氏:ここで一つ、事例を紹介させてください。株式会社レゾナックが行っている「モヤモヤ会議」というものがあります。同社は「化学の力で社会を変える」というメッセージを掲げて、「挑戦」や「スピード」などのバリューを掲げているのですが、実際の現場では様々な制約があり、挑戦できていないこともあるわけです。

 そんなモヤモヤした理由を「モヤモヤ会議」でリストアップして仕分け、社長を含めた経営層が回答を出します。上層部が直接答えを出すことで、現場では判断できずに立ち止まってしまっていたことが動き出すようになります。

●株式会社レゾナック みんなでバリューを考える「モヤモヤ会議」
https://www.resonac.com/jp/corporate/digest.html別ウィンドウで開きます

今岡:まさに、挑戦を躊躇している中間層を動かす取り組みですね。「モヤモヤ会議」、すごくいい名前です。

名和氏:「モヤモヤ会議」は単なる愚痴会ではなく、問題の所在を明確にし、ボトルネックを見える化するプロセスです。問いかけを通じて、なぜ悩んでいるのか、なぜ意思決定できないのかを本人に考えさせることが重要です。そして、何に困っているのかが見えてくると、適切なアドバイスもしやすくなります。

3.エシックスを組織に根付かせる、セルフガバナンスと仕組み化の重要性

今岡:経営層の方がよく、パーパスや理念について「私は発信しているはずだ」と言いながら、現場に伝わらないと嘆いています。エシックスを企業に実装するにあたって、経営層にはどのような発信が求められると思いますか?

名和氏:どれだけ社長が発信しても、社員が本当に納得して腹落ちしているかどうかは分かりません。現場にエシックスがしっかり埋め込まれていて、社員が自覚と覚悟を持ち、セルフガバナンスを実践できるかが重要です。それに対してトップができることは、モヤモヤを解消して背中を押すことであり、現場が自律的に動けるようにするということが本質だと思います。

今岡:トップが思っていても現場がついてこない場合もあれば、逆もあります。どちらか一方だけではなく、両方が揃わないと組織はうまく回りませんよね。

名和氏:社員の中には、言われるとやらされ感を持ってしまう人もいます。トップがチャレンジや実験を促し、失敗しても評価する仕組みを作って、勇気やモチベーションを与えることが重要なのではないでしょうか。現場がその気になって動き出すと、組織の気持ちがエクスポネンシャルに高まります。そのきっかけを作ることが、トップの仕事なんです。

今岡:ありがとうございます。もう一つ、私がお聞きしてみたいなと思うのは「仕組み化」です。先ほどおっしゃられたような、覚悟を持った志ある人材が、もう少し社内で楽に振舞えるような仕組みがあれば、もっとみんなが色んな事に挑戦できるのではないかと思いました。ですが日本企業は属人的になりがちで、仕組み化が弱いと感じています。名和先生はどう思われますか?

名和氏:実はそういった仕組みを実践している企業は日本にもいくつかあります。現場で生まれた悩みや新しい取り組みを型化し、行動を標準化する。それが積みあがって、より効率的に業務が回っていきます。発案した社員からすると、自分が新しく工夫して生み出したものが型になって全社に広がっていくのが楽しく、インセンティブになります。そうやって、また社員がどんどん新しいことに挑戦し、型が組織資産になっていくんです。

 確かに日本企業は仕組み化が弱い側面がありますが、これはAIの登場で大きなチャンスが来ていると思います。日本企業には「仕組み(しくみ)」はなくても、「匠(たくみ)」はあります。例えばですが、現場で工夫して少しずつ現状を改善している人たちは、意外と多いのではないでしょうか。AIの活用で、そんな現場の「匠」の工夫を行動ログなどから可視化し、しっかりトレースして型化することができれば、仕組み化がうまく回り出すようになると考えています。

4.同質の”和”から多様性の”調和”へ――日本的エシックスの可能性を考える

今岡:最後に、エシックスを日本の企業・社会へ実装していくためにはどうすれば良いのか、という視点からお話をうかがいたいと思います。

名和氏:日本は元々、ワンチームになることは得意です。例えばサッカーやラグビー、野球など、同じ方向を向いたチームの力は世界でも高く評価されています。しかし、その強さは同質なメンバー同士だからこそ発揮できたものといえるでしょう。ところが、これからの時代は「異質なインクルージョン」が求められていると考えています。単に自分たちと似ている人だけを仲間に含めるのではなく、違う価値観や背景を持つ人材を、本当の意味で受け入れて調和を図ることが必要です。

 最近ダイバーシティとよく言われますが、表面的な数合わせだけは意味がありません。いくら多様な人材を受け入れても、インクルージョンパワーがないとすぐに出て行ってしまいます。日本はまだこの点に関して考え方が遅れていると感じます。

 多様な人材を活かすには「化学反応」が必要で、これは異なる資質が交わって新しい価値が生まれるということです。日本人はチームプレイが得意で、「和」を大切にする文化を持っていますが、今後は同質な「和」ではなく、異質なメンバー同士で健全に思いをぶつけ合いながらより善い方向を模索し、新しい形のインクルージョンを目指すことが重要です。

 私たちは元々「和をもって貴しとなす」という伝統的な価値観を持っています。これを仲間内だけでなく多様な人たちと共有し、「調和」の輪を広げていくことができれば、日本発の次世代チームの形が見えてくるのではないでしょうか。

今岡:インクルージョンについては、冒頭の名和先生のお話であった「倫理とは関係性である」という考え方にもつながります。欧米のように強い「個人」を基準にするのではなく、日本では人と人との関係性の調和を重んじてきました。私たち日本人ならではの視点で、AIやデジタル時代における新たな関係性を築くことが可能なのかもしれません。

名和氏:仰る通りです。インクルージョンも、人と人に限った話ではなく、人とデジタルの関係性にも拡張できると考えています。実際、日本人は新しいテクノロジーへの共感性が高く、AIやロボットをも「仲間」として受け入れられる人が多いのですが、欧米では敵対意識が強い傾向があります。私たちは人とデジタルの間にも倫理を宿した関係性を築ける可能性があり、これはAI時代における大きなチャンスだと思います。

今岡:デジタルエシックスの書籍を出版した際、エシックスの基本理念の根幹には「人間中心」という言葉がありました* ですが、中心となるのは人間「だけ」ではなく、人間を含めた我々を取り巻くすべてに広がっていくものだと考えるようになりました。そこには環境や動物なども含まれますし、その中の一つがデジタルなのだと思います。

名和氏:私も同じ考えです。だからこそ、本当にデジタルと共存していくためには、人間と対峙しているようなものとして捉えてはダメだと思います。人々が共感を持てるAI、ひいては共通のエシックスを持ったテクノロジーを生み出せる土壌があることは、日本の新たな強みになるのではないでしょうか。

今岡:本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

企画・制作・編集:NEC BluStellar ブランドマーケティンググループ(鈴木章太郎、若山拓巳、権田麻実)

編集後記:

 今回の対談では、「パーパス経営」から「エシックス経営」へと議論を進化させた名和先生と共に、あらためて“エシックスとは何か”を根本から考える機会となりました。エシックスを「人と人との関係性を読み解き、最善の合意を探る営み」と捉える視点は、本対談を通じて一貫したテーマとして流れていたように感じます。

 日本企業はエシックスの浸透やオーバーコンプライアンス、D&Iの捉え方など、様々な領域で課題を抱えています。しかし名和先生は、日本はアニメやSFなどの影響で、AIやロボットさえ「仲間」として受け入れられる素地があるとおっしゃっていました。だからこそ、多様な人材や最先端技術とも関係性を築き、“多様な関係性の中でのエシックス”を育てられる可能性があるのだと思います。

 日本はイノベーションが生まれにくい・新技術の活用に慎重になりすぎだ、と語られることもありますが、今回のお話からはむしろ、日本企業だからこそ開ける未来もあると感じさせられました。まだ見ぬ社会を形づくる力が私たちにもあるのだと、前を向いて挑戦し続けようと思える勇気をいただけた対談でした。