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信頼はどう設計するか
NECが示す「デジタルエシックス」実践ワークショップレポート

 AIやデジタル技術の活用が進む中で、企業や自治体の現場では「技術的にできるかどうか」だけでなく、「社会や利用者から信頼されるかどうか」という問いが、これまで以上に重要な課題となっています。

 こうした状況を踏まえてNECでは、デジタルエシックスをデジタル技術に倫理や価値観をどのように組み込むかを検討するための行動原理として捉えて、実務に生かす手法を共有する講演やワークショップを実施しています。

 今回は住友グループ一水会が主催する、グループ内の技術者の学びと交流を目的とした「フォーラム」企画において、2025年12月、NECが参加メンバーを対象にワークショップを開催しました。

 本記事ではその様子を通し、企業成長のための視点と実践的手法をご紹介します。

 前半の講演では、顔認証技術の社会実装に携わってきた経験をもとに、デジタルエシックスをDX推進における行動原理として捉える視点についてNECから解説。後半のワークショップでは、実際のユースケースを想定し、問いを起点とした対話を通して設計や運用に倫理を組み込むための実践的なワークが行われました。

NECの考えるデジタルエシックスとは

 デジタルエシックスとは、デジタル技術の活用において『何ができるか』だけでなく『何をすべきか』を問い、リスク管理に留まらず信頼や社会的価値を生み出すための行動指針です。

 AIやデジタル技術の進化が急激に進む中、企業経営で問われるのは「いかに信頼を築けるか」です。デジタルエシックスが、企業価値を守り、持続的成長を可能にする新たな経営判断の軸となると考えています。

1.参加者の声:
デジタルエシックスは、現場の進め方を変えるヒントになる

 今回のイベントで印象的だったのは、参加者の感想が「デジタルエシックスは大切だ」という一般論に留まらず、現場の進め方を変えるヒントとして語られていた点です。まずは、そのリアルな「参加者の声」からご紹介します。

 これまでシステム開発においては、リスクや倫理に関する項目をチェック形式で確認することが主流でした。しかし、今回のディスカッションを通じて、「やってはいけないこと」を並べるだけでなく、自分たちでしっかり考え、判断していく姿勢の大切さに気づかされました。デジタルエシックスコンパスのような考え方によって、単なる禁止事項の確認から一歩踏み込み、現場のメンバー同士で議論を重ねながらより良い方向性を見出すことができるのだと実感しました。

視点を広げて考える習慣を持ち帰れる
(BtoB企業/研究企画グループ)

 システム開発にあたって倫理的な部分を考えないといけないことは分かっていましたが、今回のように様々な視点で考えることはできていませんでした。会社に持ち帰って検討できる良い機会になりました。また、自分自身としては、開発者とユーザーの視点だけで考えていたことが多かったことに気づかされました。他の視点を採り入れて考え直すことで、見落としていた課題や新たな発見があり、有意義な体験となりました。

デジタルエシックスを自分ごととして捉えるきっかけになる
(BtoB企業/研究開発本部・知的財産部)

 デジタルエシックスコンパスの内容は、一見すると当たり前のことが書かれているようにも感じました。しかし、実際に社内でサービスを企画・利用する場面を想定してみると、こうした基本的な考え方を改めて意識することの重要性を再認識しました。また、自分自身の経験や他社の活用事例を共有し合う中で、議論の質を高めるための視点の広げ方を学ぶことができました。

「足りていない」はビジネスの種になる
(BtoB企業/ICT本部・DX推進部・主任技師)

 議論の際、「デジタルエシックスコンパスと向き合う過程で見えた不足が、ビジネスの種になる」とファシリテーターがつぶやいた一言が印象的でした。従来の守りの姿勢だけでなく、デジタルエシックスコンパスで感じた違和感を出発点に、それを解消する新しいシステムやサービスを考える使い方もあると分かったことが、今日の一番の収穫でした。

参加者プロフィール

  • 参加者:16名
  • 業種:IT分野、素材、重工、エネルギー、社会インフラ、製造装置関連など、複数の技術分野にまたがる企業

 では、参加者はなぜ「チェックではなく対話」「視点を広げる習慣」「自分ごと化」「違和感を価値に変える」といった学びを得たのでしょうか。

 鍵になったのは、前半の講演で示された「デジタルエシックスはブレーキではなく、社会実装と成長の前提条件である」という捉え方、そして後半のワークショップで体験した「問いを起点に、関係者同士で行動原理をつくる」プロセスでした。

 まずは講演から、顔認証技術の社会実装の経験をもとにNECが語った信頼の設計の考え方を振り返ります。

2.講演:
デジタルエシックスで創る信頼社会―日本のDXを前進させる方法論

顔認証技術の社会実装から見えた、デジタルエシックスの必然性

 NECの今岡仁は、長年にわたり顔認証技術の研究開発から社会実装に携わってきました。

 講演では、技術の性能を高めるだけでは社会に受け入れられない場面に何度も直面してきた経験を振り返りながら、次のように語りました。

 「公平性や透明性といった観点が欠けてしまうと、技術は社会に広がりません。結果として、ビジネスも拡張しないのです」

 この言葉が示すのは、デジタルエシックスが技術開発のブレーキではなく、むしろ社会実装や成長の前提条件であるという認識です。

 今岡は、「技術を作ることと、デジタルエシックスを考えることは表裏一体であり、両輪として捉えることが重要だ」と強調しました。

今岡 仁
NEC フェロー

デジタルエシックスは、意思決定を支える行動原理

 続いて今岡は、デジタルエシックスの位置づけを説明するため、「氷山」の図を用いて解説しました。本記事冒頭コラムの中でも触れた考え方です。

 「水面の上には、法律やルール、ガイドラインがあります。一方で水面下には、エシックスや文化、社会的価値といった、法律では扱いきれない大きな領域が広がっています。DXを推進する際には、この水面下にある要素を無視して進めることはできません」

 また、学校教育で学ぶ倫理と混同されがちな点にも触れながら、デジタルエシックスの本質を次のように説明しました。

 「デジタルエシックスとは、デジタル技術やAIを扱う現場で判断に迷ったときに立ち戻るための行動原理です。何を良しとし、どの価値観を基準に判断するのか。その軸を明確にするための考え方だと捉えてください」

デジタルエシックスコンパスが示す、問いの力

 こうした行動原理を実務に落とし込むためのツールとして紹介されたのが、デジタル先進国のデンマークで考案された「デジタルエシックスコンパス」です。

 これは、デジタル技術の企画・開発・運用において、倫理的な論点を「問い」として整理し、関係者同士の対話を生み出すためのフレームワークです。法律のように白黒をつけるものではなく、判断が難しいグレーゾーンでも議論の方向性を探るための指針として設計されています。

 今岡が特に評価したのは、平易な言葉による「問い」の形式です。

 「例えば行動デザインの項目では、『ネガティブな感情をもてあそぶようなデザインになっていませんか?』と問いかけています。答えを押し付けるのではなく、問いを起点に議論を深めていく設計になっています」

 チェックリストとして形式的に埋めるのではなく、問いを起点に関係者同士の対話を生むこと。それこそが、デジタルエシックスを実務に生かすためのポイントだと語りました。

デジタルエシックスコンパス(日本語訳簡易版)
出所:Danish Design Center 「Toolkit: The Digital Ethics Compass (ddc.dk)」を参考に作成

消費者が感じる「不誠実さ」と信頼形成の関係

 講演の後半では、NECが実施した「AI時代に変化する消費者意識調査2025」の結果をもとに、信頼とデジタルエシックスの関係性が紹介されました。

 調査では、AIによるパーソナライズ提案を体験した人が75%に上る一方で、その利便性を感じながらも82%の人がデジタル技術を活用したサービスに対して「不誠実さを感じた経験がある」と回答しました。今岡は、これを企業にとっての重要な示唆として捉えるべきだと述べました。

 「一度でも不誠実だと感じた経験があると、消費者は企業の姿勢や価値観に敏感になります。また、デジタルエシックスへの取り組みが実感されると、推奨やファン化につながる可能性が高まることも調査からわかってきました」

 信頼は、単なるイメージではなく、企業の持続的成長を支える資産になり得る。そのために、デジタルエシックスを資産形成のプロセスとして捉える視点が示されました。

デジタルエシックスはDXを進める原動力になる

 講演の締めくくりとして今岡は、AIやデジタル技術に対する受け止め方を下記の5つのクラスターに分類する分析にも触れながら、次のようにまとめました。

 「デジタルエシックスは、デジタル技術やサービス開発の最後に確認するチェックリストではありません。行動原理として設計の最初から組み込み、社会や利用者の変化に応じて判断をアップデートしていく。その姿勢こそが、生成AI時代のDX推進に求められていると思います」

3.ワークショップ:
デジタルエシックスを「問い」として扱い、設計に生かす

 今岡からの講演で示された考え方を、実際の開発や企画の現場でどのように扱えばよいのか。その具体的な体験の場として用意されたのが、後半のワークショップでした。

 具体的には、仕事上の悩みを相談できるAIエージェント「生成AIメンター」を題材に、デジタルエシックスコンパスを使って倫理的な課題を洗い出し、さらにステークホルダーと価値観の違いを踏まえたレビュー作成を通じて、論点を具体化しました。

ワークショップ1:
デジタルエシックスコンパスで倫理的な課題を可視化する

 最初のステップでは、アイスブレイクとして参加者同士が「最近、エシカルではないと感じたこと」を共有しました。身近な体験を振り返ることで、倫理という抽象的なテーマを自分ごととして捉える準備を整えました。

 続いて、生成AIメンター(仕事上の悩みを相談できるAIエージェント)がもし会社に実装されたら?という架空の状況を題材にして、デジタルエシックスコンパスの問いを用いながら、「自動化」「行動デザイン」「データ」の3つの観点で倫理的な課題を書き出します。

 例えば、次のような倫理的な課題や違和感を一つ一つ言語化し、グループ内で共有しました。

  • デジタルエシックスコンパス:自動化09.あなたの自動化システムは変化に適応していけますか?
  • 参加者から寄せられた課題:「社内情報や過去の相談履歴をデータとして活用した場合、AIのアドバイスや回答が時代や利用者の変化に合わせてアップデートされるのか?過去の価値観を前提にした助言になっていないのか?が気になりました」
  • デジタルエシックスコンパス:行動デザイン05.安っぽいトリックで製品に中毒性を持たせようとしていませんか?
  • 参加者から寄せられた課題:「AIメンターが親身に相談に乗ることで、中毒性が生まれて、ユーザーが過度に依存する設計になってしまう課題があるのでは?と感じました」

 参加者は、デジタルエシックスコンパスを活用することで、抽象的な倫理課題を現実的なプロダクト設計や運用の中で具体的な問いとして可視化することを体験しました。

 また、ファシリテーターからは、「倫理を、禁止事項のチェックリストとして扱うと、議論は守りに偏りがちです。一方で、問いとして扱い、目的や価値に立ち返りながら議論することで、実装や運用に生かす検討へつなげられる」という説明があり、参加者は問いを起点に議論する意義を実感していきました。

 さらに議論が進む中で、「デジタルエシックスコンパスの中にある『中毒性』という言葉は、ネガティブに捉えられがちだが、良い意味では習慣化と言える。ネガティブな懸念事項だけではなく、ポジティブな活用や改善策を考える問いとしても活用すべきではないか?」また、「そもそも、このAIメンターは何のために作るのか」といった議論も生まれました。

 参加者は、デジタルエシックスコンパスが倫理的な課題を洗い出すだけでなく、価値創出や改善のヒントを見つけるためのツールにもなることを体感しました。

ワークショップ2:
ステークホルダーと価値観の違いから、視点を広げる

 ワークショップ1で「問い」を通じて倫理的な課題や改善策を洗い出した上で、ワークショップ2では、引き続き生成AIメンターを題材に、視野を広げて、ステークホルダーごとの価値観の違いに着目したワークに取り組みました。

 ワークショップでは、生成AIメンターに直接関わりそうな従業員や開発担当者だけでなく、その従業員の上司や家族、またそのサービスを使う機会が限られそうな現場作業員など、多様なステークホルダーを挙げ、見落としがちな視点がないかを対話から検証していきました。

 参加者は、多様な立場のステークホルダーが存在することや、見落としがちな視点があることに気づいたようでした。

 次に、それぞれのステークホルダーに対し、前述のデジタル技術に対する受け止め方の違いを5つに分類した価値観クラスター(共創的パートナー、フェアな支持者、状況的実利主義者、保守的リアリスト、中立派)をベースにして、サービスに対するレビューを執筆しました。

 例えば、サービスを使う従業員の場合、共創的パートナー視点では「悩みを気軽に相談できる」といった肯定的な評価が挙がる一方、保守的リアリスト視点では「相談内容のデータ管理や情報漏洩が不安」という指摘などが出てきました。こうした対話を通じ、同じステークホルダーでも、立場や価値観の違いが評価や課題に大きく影響することを参加者全員が体感しました。

多角的な視点が、より良い設計と運用につながる

 ワークショップ全体を通じて参加者が共通して感じていたのは、「自分の立場だけで考えることの難しさ」です。多様なステークホルダーと価値観を意識することで、これまで見落としていた課題や、新たな改善の余地が浮かび上がってきました。

 また、問いを起点に、多様な視点を採り入れながら対話を重ねて設計や運用の行動原理を決めていく。このデジタルエシックスならではのアプローチこそが、生成AI時代におけるDXを前に進めるための重要なプロセスであることが、参加者の共通認識として共有されました。

4.イベントを終えてー

 生成AIをはじめとするデジタル技術の活用が進むほど、企業や自治体のDX推進には、正解のない判断や説明が求められる場面が増えていきます。

 その中で重要になるのは、リスクを避けること自体ではなく、多様な意見や違和感を「問い」として捉え、対話を通じて設計や運用に反映していく姿勢です。

 今回の講演とワークショップは、デジタルエシックスが単なる理念や理想論ではなく、日々の企画・開発・運用の中で活用できる実践的な行動原理であることを示しました。

 まずは自社のDXやAI活用のユースケースを一つ選び、「誰にとって、どんな影響があるのか」「倫理的に何が気になるのか」を問い直すことから始めてみる―その小さな一歩が、信頼を基盤とした持続的なDXにつながっていくはずです。

 本イベントで共有された視点と手法が、読者の皆さまの現場における次のアクションにつながることを期待しています。

 NECは企業向けにデジタルエシックスに関するワークショップをご用意しています。一緒に「問い」を実践しながら、多角的な視点で設計・運用の行動原理を探していきましょう(ご相談・ご依頼は下記ページよりお問い合わせください)

  • 組織のデジタル戦略やDX推進を支援する「デジタルエシックス・サクセスプログラム」
  • デジタルエシックスの理念とツールの活用方法を演習で学ぶ「デジタルエシックスコンパスワークショップ」

デジタルエシックス(倫理)で築く信頼と成長: BluStellar | NEC

企画・制作・編集:
NEC BluStellar ブランドマーケティンググループ(鈴木章太郎、若山拓巳、権田麻実)