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ウェアラブルで感情を可視化?働き方改革に求められる「感情マネジメント」

 人のバイタルデータを測定・収集し、フィジカルチェックや健康管理に役立てることは広く知られている。では、バイタルデータを使って人の感情が見える化できるとしたら…。心拍の変動データから感情変化を可視化することで、働き方改革や業務の生産性向上に役立てる「感情分析ソリューション」が、2018年秋に登場するという。従業員の感情を可視化して、働き方改革にどう役立てるのか。どんな業務改善ができるのか。新たに開発したソリューションの仕組み、その活用によって期待される業務改善成果などを明らかにする。

メンタルという視点から、従業員の働き方を支援

 いま日本では、企業における健康経営や働き方改革が社会課題として大きな注目を集めている。従業員の健康や働き方に留意しながら、人的リソースを有効に活かして生産性を高めることが、企業にとって重要な経営課題となっていく。そうした中、フィジカルな視点ではなく、メンタルな視点から従業員の日々の状態を把握する画期的なシステムが誕生した。

 「数年前から、NECでは生体情報分析の技術研究を進めていました。働き方改革や健康経営に対する意識が高まる中、生体情報分析技術を使って感情面から、何か世の中に貢献できないかというのがプロジェクトの出発点でした」と語るのは、今回の感情分析エンジンのアルゴリズム開発を担当した阿部勝巳だ。

NEC ものづくりソリューション本部
主任 阿部 勝巳
NEC ものづくりソリューション本部
シニアエキスパート 田靡(たなびき) 哲也

 システムは、TDKが開発したウェアラブルデバイスと、NECが提供するクラウド基盤によって構成される。クラウド上には、IoT基盤や感情分析エンジン、さらに勤怠管理やウェルネスデータなど他のサービスとの連携が可能なアプリケーションプログラムインターフェースが装備されている。

 「人の腕に装着したウェアラブルデバイスで測定した心拍変動データは、スマートフォンを経由してクラウド上に収集されます。そしてクラウド上にある感情分析エンジンで分析を行い、可視化された感情変化の情報が個人や組織にフィードバックされます。」と、プロジェクトのプロダクトマネージャーである田靡(たなびき)哲也は、感情可視化の流れを説明する。

NEC 感情分析ソリューションの特長

目に見えない感情を、4つの領域で可視化

 測定した心拍変動データから、実際にどのようにして感情の可視化を行うのか。着目したのは、心拍数と自律神経活動との関連性だ。「感情分析ソリューション」では、興奮時に優位になる交感神経とリラックス時に優位になる副交感神経の活動変化のバランスから感情認識を行い、「興奮・喜び」「ストレス・イライラ」「憂鬱・精神疲労」「穏やか・リラックス」という4領域における感情の可視化を行う。これにより、従業員の隠れた精神疲労や心理的負荷が把握でき、業務支援や注意喚起など早期の対応が可能になる。

専用アプリケーションの画面イメージ

 このシステムが特に優れているのは、覚醒と眠気というタテ軸だけでなく、「ANGRY」と「HAPPY」、「SAD」と「RELAXED」など、快・不快の違いまでも脈拍の揺らぎ方の変化によって見分けられる点だ。そうした先進的システムのコアとなるのが、NECが独自開発した感情分析エンジンである。

 感情分析エンジンのアルゴリズムを開発した阿部はその苦労を次のように語る。
 「見えないと言われている感情を見える化する研究には、技術者として大きな意欲を感じていました。ただ、感情の可視化に関する文献を何百と読んでも、なかなか正解が見つけにくく、感情分析の精度をいかに高めるかという難しい課題もありました。特に大変だったのは、取得できる生体データが異なる3種のウェアラブルデバイスを比較検討するため、2ヵ月の間に3つのアルゴリズムを作成したことでした。」

 現在「感情分析ソリューション」は、名古屋市立大学大学院医学研究科の早野順一郎教授が進めてきた生体信号解析の知見などの協力を仰ぎながら、名古屋市立大学とNECの産学連携による共同研究によって、秋に向けた製品化が進められている。

工場、オフィス、バス会社などで、活用を検証

 「感情分析ソリューション」は、製品化を前に、今後活用が期待されるさまざまな業種や業務で、次のような実証実験を行ってきた。

【NECグループ会社における、製造業での実証実験】

 工場の見える化や作業の効率化を実践しているNECグループ会社では、製造ラインの作業員がウェアラブルデバイスを装着して、実証実験を行った。その目的は、作業員の動作と感情の関連性を探ること。1日中同じ作業を続ける中で作業スピードと感情変化との関わり、ストレスや緊張が高まる作業項目の割り出しなどが検証の狙いだ。
 感情の可視化によって、精神的疲労を感じている作業員への声がけをするだけでなく、ストレスのたまりやすい作業ラインそのものを見直すなど、作業者にやさしい生産現場の実現に向けたきめ細かな対策も可能になってくる。生産現場のさまざまな変革や改善は業務効率や生産性の向上に加え、離職者の抑制にもつながっていく。

【NECマネジメントパートナーにおける、オフィスワークの実証実験】

 NECマネジメントパートナーが行った実証実験では、事業部トップが社内イベントでスピーチを行う際に、聞き手の社員たちがウェアラブルデバイスを装着。聞き手の感情を可視化することで、スピーチの中で盛り上がった箇所、逆にあまり反応が良くなかった箇所などを把握することができた。検証結果をもとに今後は、プレゼンテーションのスキルアップ、ショールームや展示会でお客さまへの製品の効果的説明など、さまざまなシーンでその活用が期待できるという。一方で、対人関係や業務環境に対する従業員の感情を見える化することで、働き方改革や環境改善に結びつけたいと、多くの企業から問い合わせが寄せられている。
 NECでは2018年7月に、社員1万人以上がテレワークを経験する「テレワーク・デイズ」を行ったが、この取り組みの中でも、テレワークと通常勤務時ではどのような感情の差異がみられるのか。またテレワークにおいてどのような時にパフォーマンスを高めることができるかなど、少人数のメンバーで試験的に分析を行った。今後はさらに分析を重ねて、働き方改革に活かしていく。

【バス会社における、交通系の実証実験】

 バス会社で行われた実証実験の狙いは、運転士の精神疲労を把握して従業員管理に役立てようというものだ。精神疲労と運行記録を比較し、運転操作との間にどんな関連があるのか検証を行った。公共交通機関では、運転士の小さなミスが重大な事故につながる危険性がある。また、ミスが積み重なり貴重な働き手を失うことは、交通事業者にとって痛手である。そのため、感情分析と行動分析とのつながりを把握することは特に重要だという。今後は、鉄道やバス、タクシーなど交通分野だけでなく、いま過労による事故が懸念されている物流ドライバーなどへ検証の拡大を図っていく。

 「現在、心拍変動データ以外のバイタルデータ活用も視野に入れながら、製品化を進めています。感情を可視化するソリューションは、アイデア次第でその活用領域は大きく広がります。業務・業種に特化したソリューションをはじめ、感情可視化の有効性を活かした新たな価値創出など、これから多くの企業やお客さまと手を結び、その可能性を拡大していきたいと考えています。」と、プロダクトマネージャーの田靡はその思いを語る。

 今後労働人口の減少が進む日本では、有能な人材の確保がますます深刻な課題になっていく。離職者を抑制し、「いい人材が、いい環境で能力を発揮する」──そんな職場づくりが、これから企業全体の生産性を大きく左右する。現在、さまざまな業種で実証実験を行っている「感情分析ソリューション」。2018年秋の製品化の後には、コールセンター、看護師・介護士、医療事務、金融窓口など、多彩な分野でその活用が期待されている。

 「感情分析ソリューション」の活用目的は、企業における働き方改革や生産性向上ばかりではない。例えば、カスタマーの感情可視化を行い、ファッションや化粧品などのマーケティングに役立てることも可能だ。また、映画館の観客やゲームソフトの利用者から得た感情可視化データを参考に多くの人の心をつかむヒット作品を生み出す。アミューズメントパークやフェスなどを訪れた人たちの感情可視化データを活かして盛り上がるアトラクションやイベントをプロデュースする。そんな新たなビジネス戦略や価値創出への活用も見逃せない。