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税金・保険から、相続、引越しまで。面倒な手続が簡素化される日が到来する?

 あらゆる手続や決済がスマートフォン1つで完結できる時代となった。だが、行政周りの手続だけは、いまだ例外だ。対面手続が原則で、紙の書類を何枚も書く不便さは、もはや”前時代的”といっても過言ではない。こうした状況を打破するため、政府は2018年1月「デジタル・ガバメント実行計画」を策定。行政サービスの本格的なデジタル化と官民連携に大きく踏み出した。デジタル・ガバメントは私たちの生活やビジネス、行政のあり方をどう変えていくのか──デジタル・ガバメントの推進役を務める向井治紀 内閣審議官に、NECでデジタル・ガバメント関連事業を推進する常務理事 戸田 文雄が話を聞いた。

SPEAKER 話し手

内閣府

向井 治紀 氏

内閣審議官

NEC

戸田 文雄

常務理事

手間のかかる「紙」による申請や「対面」による手続

戸田:日常生活やビジネスでは、スマートフォンやパソコンによるデジタルでのあらゆるコミュニケーションやサービス利用が一般化しています。ところが行政分野では、一部でオンライン化が始まってはいるものの、依然として「紙」による申請や「対面」による手続が非常に多いですね。

 例えば入籍時の「婚姻届」は、提出先が本籍地以外の場合、添付書類として戸籍謄本が必要です。本籍地の役所でしか発行できないため、わざわざ申請者が本籍地まで取りに行く、あるいは郵送で取り寄せるといった非常に手間がかかる作業となります。

 自動車の購入や名義変更、運転免許証の取得や相続登記などでも、住民票や戸籍謄本といった、本人に関する証明書の提出が求められます。こうした証明書を役所で交付してもらう際には、運転免許証やパスポートなどを提示して、本人であることを証明する必要があります。つまり、運転免許証を取得するのにパスポートなどの本人確認書類が必要で、そのパスポートを取得するのには運転免許証が必要といった、不思議な手続が行われていることになります。

 昔は当たり前だったことも、デジタル時代の今となっては、とても煩雑に感じてしまいます。

向井氏:皆さんだけでなく、私自身もそれは利用者として感じることです。私も一個人として手続が必要な場面がありましたが、書類を何枚も書かされて面倒だなと思うことが多々あります(笑)。個人と行政の間だけでなく、行政と企業間、企業同士における契約手続や証明書の交付手続などでも、いまだ「書面」や「対面」を原則としたものが数多く残されています。

 少子高齢化が進行し、労働生産性を高める必要がある現在にあっては、こうしたアナログな手続が社会全体の効率化を阻害する要因となってしまう。だからこそ、既存のプロセスを抜本的に見直し、官民を含めて手続の最初から最後までをデジタルで完結できる社会に変革していかなければなりません。そうした発想から生まれたのが「デジタル・ガバメント実行計画」なのです。

戸田:向井審議官は、内閣官房IT総合戦略室の副政府CIOとして、デジタル・ガバメントの推進役を務められていらっしゃいます。デジタル・ガバメントとは、何を目的に、どのようなアプローチで推進されていくものとなるのでしょうか。

向井氏:端的に言えば、「利用者が時間や場所を問わず、必要なサービスを簡単・便利に、そして最適な形で受けられる社会の実現を目指すもの」です。これまでの電子政府の取り組みでも、行政手続のオンライン化が一定程度は進みました。しかし、添付書類として紙の提出が求められたり、死亡・相続や引越し、法人設立や従業員の税・社会保険などについては、手続ごとの縦割り状態となっていたためワンストップで完結できなかったりと、デジタル化の効果を最大限に発揮できない取り組みが多くあったのです。

 そこで今回のデジタル・ガバメントでは、生活者や企業といった利用者視点に立ち、複数の手続を一括して見直すことによって、既存の法制度や慣習にまで踏み込んだ行政サービスの業務改革(BPR)を推進していきます。

 具体的には、手続やサービスをデジタルで完結する「デジタルファースト」、提出済みの書類やデータの再提出を求めない「ワンスオンリー」、民間サービスまで含めて手続やサービスを一元的に提供する「コネクテッド・ワンストップ」という3原則に従い、行政サービスを100%デジタル化していくことが大きな目標です。

コネクテッド・ワンストップの実現

 対面手続や書面への押印も見直し、マイナンバーカードに搭載された公的個人認証機能を活用するなど、手続に応じた本人確認の手法を採用していきたいと考えています。

戸田:利用者視点に立つというのは、非常に素晴らしい考え方ですね。相続や引越しなどライフイベントごとに必要となる手続は官民双方にありますが、そこでセキュアにワンストップサービスを提供できれば、利用者満足の向上に加え、行政手続や事務作業に要する時間とコストも削減できるようになります。

 公的個人認証サービスをインターネット経由で使えるマイナンバーカードの仕組みも併せて活用しながら、行政全体のデジタル化と社会全体の効率化を一層加速させようというのが、デジタル・ガバメントの本質だといえるのではないでしょうか。

向井氏:その通りです。少子高齢化が加速していく中では、医療や介護、相続といった場面で、国民と行政との接点も増えていきます。デジタル活用で業務の効率化を図り、相互の負担やコストを減らしていく制度設計が不可欠になるということですね。また、デジタル化が進むと、様々なものがデータとして蓄積されます。それを政策に活かすことで、より公平で暮らしやすい社会の実現も望めるでしょう。

デジタル・ガバメントの実現で、生活やビジネスはどう変わる?

戸田:将来的にデジタル・ガバメントが実現すると、私たちの生活やビジネスはどう変わっていくのでしょうか。

向井氏:例えば引越しを考えてみましょう。現在は転出元と転入先それぞれの地方公共団体で多くの手続が発生します。印鑑登録、健康保険、介護保険や児童手当などの抹消と新規登録、転校手続や自動車のナンバープレートの交換もあるでしょう。加えて、運転免許や公共料金、銀行などの住所変更も必要です。デジタル・ガバメントでは、こうした手続を管掌する各機関や企業がAPIで連携することで、マイナポータルなどを使って、スマートフォンから一度に手続を行えるようにします。死亡・相続や介護についてもワンストップで手続きできるようになります。

 また、手続の代理などについても、電子的に選択・確認できるようにしていきます。その理由の1つは高齢者の利用を念頭に置いているからです。

 利用者本人が高齢になると、中には、自分で申請書類を作るといったことが難しいケースもあります。しかし現状では、福祉や介護の行政サービスが本人以外の申請を前提とした設計になっていないため、手続を代理で行う施設の担当者やご家族が疲弊してしまっている。そういったことがないよう、施設の方でも代わりに簡単に申請できるような世界が実現できたらと考えています。

戸田:ビジネスに関する様々な手続も対象となるのですね。

向井氏:もちろんです。例えば法人設立手続は、行政機関の情報連携によって、登記事項証明書などの添付書類を原則不要として、ワンスオンリー、ワンストップ化を実現していきます。企業が行う従業員の社会保険や税の手続も、ライフイベントに応じたワンストップサービスや、行政機関とのデータ連携を通じたワンスオンリー化で、企業側の負担を軽減し、生産性向上を支援していきます。

 よく企業からご質問を受ける手続の中に、個人と企業が交わす労働者派遣契約があります。現状は法制度の問題もあり対面手続と書面記載が原則ですが、こちらも当事者同士の利便性を考慮すれば、すべてオンラインでデジタル化されていくのが自然の流れになると思います。

デジタル・ガバメントの実現に向けたハードルとは?

戸田:一方で、デジタル・ガバメントの推進にあたり、旧来の法制度や慣習を変えていくには、様々なハードルがあることも確かですね。

向井氏:多くの課題が残されていると思います。特に、霞が関はまだまだ「書面」を重視する世界ですので、意思決定に責任を持つ職員層の中には、デジタル化やオンライン化に積極的ではない方々も少なくありません。また、各省がシステムごとに予算要求を行うため、タテ割りの予算配分や硬直的な仕様になりがちな調達ルールというハードルもあります。

 そういった壁を乗り越えていくのが私たちの仕事ですから、内閣官房IT総合戦略室が中心となるか、「デジタル庁」などの新設によって、デジタル・ガバメントに関する予算計上や調達を一括して行える形にしていきたいと思います。そうしないと利用者に便利で使いやすいと感じていただける全体最適のシステムは組めません。

戸田:利用者目線で、将来的にも柔軟に改変できるシステムを組んでいくには、クラウドやアジャイル開発、サービスデザイン、AIなどの最新技術を活用する必要があります。ぜひとも官庁横断型のオープンなスタンスで計画を推進していただきたいですね。

 また官と民、民と民が連携した使いやすいシステムやサービスを開発するには、厳格なセキュリティと本人確認、高齢者などへのITリテラシーの配慮も必要になると思います。そのあたりはどのような解決策があるとお考えですか。

向井氏:住民票や戸籍、税、印鑑登録証明などの証明書が必要とされる手続は、本人の顔写真と電子証明書が記録されているマイナンバーカードの提示だけでカバーできると考えています。マイナンバーカードには顔画像のデータも格納されていますからこれを活用し、生体認証としての「顔認証」と組み合わせて、契約手続や対面手続の電子化も実現できます。

 非常に使い勝手の良いインフラが既に用意されているわけですから、あとはいかにマイナンバーカードの普及を促進していくかだと思います。

戸田:個人を特定するIDとしてマイナンバーカード、もしくはその機能を格納したスマートフォン、そしてパスワード代わりに顔認証というかたちにすれば、パスワード管理の煩わしさからも解放されますね。

向井氏:高齢化が進むと、パスワード管理も世の中の共通的な課題の一つです。その点、生体認証は非常にシンプルで有効な手段です。皆さん、まだあまりご存じないようですが、マイナンバーカードに記録されている電子証明書や顔画像は企業でも利用することができます。

 例えば、コンサートチケットの購入をマイナンバーカードの機能を格納したスマートフォンで行い、会場では顔パスで入場するといったことも可能となります。そのほか、金融機関の口座開設や、住宅ローンの契約など、本人確認や本人の情報が必要となるケースは多くあります。身分証明の効能を持つマイナンバーカードはもちろん、行政が保有する本人の情報を、本人の意思に基づき必要な企業に提供できるマイナポータルのAPI機能(以降、マイナポータルAPI)を使うことで、民間でも本人確認や資格確認をスムーズに行っていただくことが可能になると思います。

マイナポータルAPI 利用イメージ(住宅ローンの申し込みの例)

戸田:マイナポータルAPIの仕様が年度内に開示されると伺っています。NECでは今後、APIを使って行政と企業のお客様をつないでいくお手伝いをしていきたいと考えています。

 行政手続のデジタル化に伴い、企業による行政事務代行も進んでいくでしょう。スマートフォンやコンビニのキオスク端末、ATMなどで行政手続が行えるようになれば、行政機関の窓口は最小化できるでしょうし、行政手続と組み合わせた新たな民間サービスも登場していくのではないでしょうか。

向井氏:官民連携による新サービスの創出は、われわれ行政も大いに期待している部分です。利用者接点としてのキオスク端末やATMは、パソコンやスマートフォンに慣れていない層にも使いやすいサービスへの入口となるでしょうし、デジタルネイティブの若い世代は、そのままスマートフォンで各種申請を行えばいい。デジタル化を促進するには、利用者に応じて選べる選択肢を増やしていくことが重要です。

戸田:それがまさに、デジタル・ガバメント実行計画でも謳われているサービスデザイン思考ですね。どのようなデジタルサービスも快適に使えてこそ初めて普及するわけですから。また、少子高齢化が進む日本では、外国人観光客だけでなく外国人労働者の受け入れも今後必須となりますから、デジタル・ガバメントではユニバーサルデザインにも配慮する必要があります。

 同様に、国際間での人材獲得競争も、これから激しさを増していくと予想されます。サービスデザイン思考で異文化にも配慮したデジタル・ガバメントは、優秀な人材の獲得や日本国民のグローバル化にも寄与していくと思います。

デジタルネイティブ世代が大人になったときに、彼らが生活しやすい社会を実現したい

向井氏:行政手続だけでなく、社会全体のデジタル化を実現するには、民間ならではの最新技術を活用したソリューションの提案が不可欠です。古い観念にとらわれず、新しい提案をして欲しいですね。

戸田:デジタル・ガバメントというと、デジタルデバイスを駆使して様々な手続をオンラインで行うようなイメージがありますが、そもそもそうした手続を不要にしていくのが究極のデジタル・ガバメントなのではないかと考えています。

向井氏:それも一理あるかも知れません。例えば、海外旅行の直前にパスポートの申請が切れていたことに気づいたとします。そんな時は、スマートフォンやAIスピーカーに向かって「パスポートを更新して!」と一言言えば、自分では一切手続しないで、出発時に空港カウンターで新旧パスポートを交換できる、といったことも考えられますね。

戸田:はい、技術的には実現可能です。本人確認はスマートフォンに格納されたマイナンバーカードの機能と生体認証・AIで行い、住民票・戸籍などの確認はバックヤードで官公庁間が連携して行う仕組みで実現できそうです。さらに、向井さんがお話したことが実現した場合、官民連携によって、航空チケットの販売時にお客様のパスポート期限チェックを行い、失効間近ならパスポートの手配をして差し上げるサービスも可能だと思います。

向井氏:なるほど、それは便利ですね。

戸田:そうした取り組みを官民が足並みを揃えて進めていくためにも、われわれとしては具体的な法整備のロードマップが気になります。

向井氏:まず、オンライン化の徹底と添付書類の撤廃を実現する「デジタルファースト法案」を年内に提出できるよう、準備しています。その後は、個人向けワンストップサービスの中でも、死亡・相続、介護、引越しなどが先行し、2020年度あたりから順次開始していく流れになるかと思います。法人向けワンストップサービスについても早期の実現をめざしていきたいと思います。

 将来的に日本は人材不足になることは避けられません。少し先を見据えると、病院や介護など医療のシステムも電子的な合理化を進めないと、この先の少子高齢化を乗り切ることは難しいでしょう。

 目指すべきは、今のデジタルネイティブの世代が大人になったときに、彼らが生活しやすい社会になっていること。このような世界観を見据え、デジタル・ガバメントを推進していくことが、利便性が高く、無駄のない社会の実現につながると考えています。

戸田:非常に力強いお言葉を頂きました。われわれもマイナンバーカードや生体認証・AIなどのサービス開発で培った技術とノウハウを活用し、官民が連携した新たなイノベーションを創発する社会と、すべての人に「やさしい」を実現するデジタル・ガバメントの整備を力一杯サポートしていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

(右)向井 治紀氏、(左)NEC 常務理事 戸田 文雄