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次世代中国 一歩先の大市場を読む

揺らぐ成長期待、危機感高まる中国の経営者たち
「日本見直し」気分の背景にあるもの

「中国のトップ」から「世界のNo.1」へ

 もう一人、先日会ったある経営者はこんなことを言った。「これまでずっと日本の企業に学んできた。売上高や生産量では、実はもう日本のどの同業他社をも超えた。でも、高級品の品質はまだ及ばない。日本企業の、あのこだわり、執念をもっと学ばないといけない」

 彼の会社は、ある日用品で中国最大のシェアを持つブランドで、上海証券取引所に上場している。時価総額は400億元というから、日本円で6000億円を超える。オーナー経営者なので個人としても大富豪だが、ざっくばらんな人柄で、上海の街外れ、日本料理屋の片隅で二人で鮨をつまみながら話をした。

 「ウチの会社はこの業界では、中国のトップになった。株価も堅調で、悪くない。ただ今後も同じ調子で伸びるとは思わない。もちろん死に物狂いで働いたけど、これまでの成功は、簡単に言えば強力な敵が国内にいなかったからだよ。もともと製品自体の市場がそう大きくないし、中国市場は広いといっても限界はある。早晩、頭打ちになるだろう。なんとかしないといけない」

 「現状は95%が中国の国内販売だけど、中国は世界の一部でしかない。海外に営業網をつくってブランドを確立したい。だとすれば、これからは世界の一流企業との競争になる。中国ではNo.1になれたが、これからは世界のトップにならないと生き残れない」

 「時間はかかるだろうが、もともと製造業でやってきたから、いきなり大成功しようとは思っていない。よい商品を提供して着実に信用をつくっていきたい。その意味で、一つの領域に特化し、長い時間をかけて経験を蓄積して、粘り強く品質を上げていく日本企業の姿勢をもっと学ばなければならない」

日本は「意外とすごい国」だった

 こうした経営者たちの考えに共通しているのは、将来の成長に対する危機感と、すでに「穴」が埋まってしまった今、自力でさらに上を目指すしかないという覚悟である。

 そして冷静な目で外を見渡すと、身近なところに日本という国がある。だいぶ前から「衰退の10年」「停滞の20年」と言われて、落ちぶれた国かと思っていたが、実際に来てみれば、新しいビルがどんどん建って、カッコいいデザイン、高品質な商品、店舗が山ほどある。サービスのレベルや街の清潔さ、人々のマナーの良さは驚異的で、農村に行っても荒廃した感じはない。「なんだ、すごい国じゃないか」。中国の人々の目から見れば、そんな感じに映る。

 そして、ひるがえって、中国人自身の目で自国の現状を見れば、経済が驚異的な成長をしたのは確かだが、それは出発点が著しく低かったからで、現実には先進国レベルのはるか手前で息切れの兆候が見えてきている。すでに世界水準に達した、あるいは凌駕した領域もあるにせよ、それはごく一部にすぎない。そんな冷静な視点を持つ人が増えている。

 冒頭に述べたように、少し前の中国人が自信過剰になっていたのは、単純に外の世界を知らない人が多かったという面が大きい。政府系のメディアを通した反日色の強いフィルターのかかった情報が幅をきかせる状況で、少なからぬ人が21世紀になっても「井の中の蛙」でいたのである。

スマホとビザ発給が変えた日本イメージ

 その状況を劇的に変えたのが、スマートフォン(スマホ)の普及と日本政府の訪日ビザの大胆な開放だった。

 中国でアップルのiPhoneが正式に発売されたのが2012年(日本は2008年)。そのころを境に中国の人々は自らの必要な情報を自らの手で集め、発信する手段を得た。政府による情報の統制はあるが、それは一部の「政治的に敏感な」話に関してであって、その是非はともかく、経済活動の大半には現実的にほとんど影響がない。

 情報流通の爆発的増加にともなって、中国の都市と農村、沿海部と内陸部、企業と消費者、高学歴者と普通の人――などの間の情報格差は急速に縮まった。Eコマースはその象徴的なものである。当時の商売は、要はこの情報格差を利用してサヤを抜くだけのお手軽なものが多かったから、消費者にとって本当の価値のない商売は、みるみるうちに淘汰された。

 そして、2014年ごろから日本政府が大胆な政治判断で、中国国民に対する訪日ビザ発給条件の緩和を実行、これが効いた。日本国内には異論も多いが、私は政府の判断は正しかったと思う。訪日客の経済効果が日本国内では注目されがちだが、むしろ中国の人々の対日イメージが劇的に改善したメリットのほうが圧倒的に大きいと私は思う。

 効果を正確に測るのは難しいだろうが、世の中の動向に最も大きな影響力を持つ中間層の相当部分の人が日本を訪れ、その大半が極めて好意的な印象を持ち、「日本に学ばねばならない」と感じて帰国している。自惚れてはいけないが、これは本当に大きな変化で、決して誇張でなく日本国の安全保障、今後の経済発展に大きなプラスである。

 中国の人々のこの10年の考え方の変化は本当に大きい。過去の一時期、たまたま成功した安易な商売では、もうやっていけないことを理解した人がどんどん増えている。「日本見直し」気分の背景にはそういう変化がある。日本人、日本企業はそのことを認識し、「まっとうな」中国人と一緒に成長するという視点が必要だ。これは大きなチャンスである。