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空飛ぶクルマと商業ドローン~近未来の「空の道」最前線を探る~
世界各地で機体開発と実証実験が行われ、その具体像が徐々に明らかになりつつある「空飛ぶクルマ」。日本でも2030年の実用化を目指し、官民挙げて取り組みが進められている。一方、無人航空機ドローンの世界でも、その本格的な運用に向けて、新たな運航管理システムの研究開発が急務だ。世界の最前線を行く欧米と、猛追する日本──未来の「空の交通」はどのような形で変貌を遂げようとしているのか。JAXAの久保氏をモデレーターに迎え、各分野の専門家3人に話を聞いた。
SPEAKER 話し手
JAXA(宇宙航空研究開発機構)
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久保 大輔 氏
垂直離着陸(VTOL)技術の研究開発におけるスケール模型の飛行実験のため無人航空機研究に従事して以来、無人航空機を専門とする
有志団体CARTIVATOR
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福澤 知浩 氏
共同代表
株式会社SkyDrive
代表取締役
日本発「空飛ぶクルマ」の開発に従事。トヨタ自動車や中小製造業向け経営コンサルティングで培った経験を活かし、2018年にSkyDriveを設立した
米国アエリアル・イノベーション
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小池 良次 氏
CEO
商業無人飛行機システムと情報通信システムを専門とするリサーチャー兼コンサルタント。主著に「ドローンビジネス調査報告書2016」などがある
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フレッド・ボーダ 氏
最高執行責任者
商業無人航空機システムやニュー・エア・モビリティのエコシステム、情報通信技術動向を専門とするリサーチャー兼コンサルタント
まずはMaaSとエンターテインメントの両輪でビジネスを開発
久保氏:まず、「空飛ぶクルマ」から話を始めたいと思います。現在、エンジニアの有志団体CARTIVATORが母体となって誕生したSkyDriveが、日本発「空飛ぶクルマ」の研究開発や社会実装に向けた取り組みを進められています。福澤さん、まずはSkyDriveのビジネスモデルについてお聞かせください。
福澤氏:現在、空飛ぶクルマの研究開発に取り組んでいる企業には、ボーイングなどの大手企業と、我々やEHang(イーハン)、Volocopterのように比較的コンパクトかつ100%EVでの開発を目指す企業の2タイプがあります。前者が法整備を待って事業を本格化させようとしているのに対して、我々はその機動力を活かし、いち早く社会実装することを目指しています。
今、考えているビジネスケースの1つは、2点間の短距離輸送サービスです。日本国内では大阪など2カ所、海外でも複数の離発着場と航路をディスカッションしており、海辺や川の上、湖上など、比較的安全な場所での短距離輸送サービスからスタートできたらと思っています。それと並行して、想定するビジネスモデルや運航経路から要求仕様を落とし込み、次の試作機に反映すべく進めているところです。
近々、有人飛行を開始する予定ですが、しばらくは運航を制限し、飛行高度も数mに抑えながら実験を繰り返すことになるかと思います。この有人飛行を通じて実証と経験を積み、ユースケースを取り込みながらビジネスモデルを精錬させていきたいと考えています。
日本で離発着場や運航経路を確保するためには、ローカルの民間企業との連携が欠かせません。そこで、複数の民間事業者様と協力しながら、有人飛行事業に向けて、具体的な検討を進めています。
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「空飛ぶ地下鉄」の実現を目指すUberの深謀遠慮
久保氏:まずは運航制限を課して実証実験を始め、商業利用段階でも限られた領域から運航を開始することを想定されているわけですね。一方、海外では、ライドシェア大手のUber Technologiesが、「Uber Air」の名を冠した大都市での「空飛ぶタクシー」構想を進めています。小池さん、Uberの取り組みと未来像についてご紹介いただけますか。
小池氏:Uberの場合、空飛ぶクルマの開発は自社では行わず、Uberのビジネスプランに沿った機体開発をパートナー企業に依頼しています。今、パートナーは8社ほどあり、その中にはトヨタが投資したJoby Aviationや有名なBell Helicopterそしてボーイングが買収したAurora Flight Sciencesも含まれています。
Uberのビジネスプランとは「空飛ぶ地下鉄」のようなもので、パイロットと乗客を機体に乗せ、都市の上空を飛ばせるという構想です。タクシーなら渋滞にはまって40分かかるところを、ドア・トゥ・ドアで15~20分で行けるようにする。いわば、時速200kmと新幹線並みのスピードで移動する手段を作ろうとしているわけです。これは、都市の上空で1日数10万人を移動させるという大規模かつ長期的な計画で、2023年にはダラス、ロサンゼルス、メルボルンで、乗客の輸送を前提とした商用実験を計画しています。
Uberの強みは、モバイルアプリでいろいろな交通機関を束ね、運行遅延などもITシステムで最適化しながら、ワンアカウントとして利便性を上げることにある。空飛ぶクルマも、その手段の1つとして位置付けられています。つまり、MaaS(Mobility as a Service)のITインフラを握ることで交通網を牛耳ろう、というのがUberの狙いですね。
とはいえ、空飛ぶクルマで大量輸送を実現しようとしているわけですから、要求仕様は非常に厳しい。今、同社のパートナーの開発状況は、Jobyを除いてホバリングからやっと水平飛行に移行した段階です。2023年の商用実験はJobyだのみというのが実情です。
久保氏:航空分野が専門の人間としては、あと3年で商用実験に漕ぎつけるというのは、非常に高い目標だと感じます。ともあれ、UberはMaaS事業者として、パートナー各社と協力しながら、そのビジネスモデルに合う機体を開発しようとしているわけですね。ところで、SkyDriveも最終的な商用化に向けて、いろいろなステップを踏まれていると思いますが、空飛ぶクルマは人の移動だけでなく、大きな荷物の輸送用途で考えることも可能なのではないかと思います。その点はどのようにお考えですか。
福澤氏:そうですね。今、ドローンの分野では、カメラドローンとしての利用や、10kg以下の荷物の運搬を目的とした利用が進んでいます。当社にも、空飛ぶクルマで「大きなものを運べますか」という問い合わせはけっこうありますね。例えば、複数拠点間で荷物を運びたいという話もあれば、自社内で荷物を運搬する際、地上の通路を使うと人間が通れなくなるので、空飛ぶ機体を使って自社内の物流を自動化したいという話もあります。その意味で、「物から人へ」と段階的に進めることは、たしかに有効だと思います。
久保氏:現在、物流など、さまざまなビジネスモデルを想定されていると伺いました。その本格的運用に向けて、どんな課題が一番難しいのでしょうか。
福澤氏:社会受容性の課題が一番大きいと感じています。何か住民の方々に不快感を与えるようなことが起こってしまうと、国としても住民の声を反映し、法制度も運用もより厳しくなっていくこともあると思います。
日本の場合は、他国に比べて安全面を特に大事に思う方が多いので、法規制もその運用も慎重になりがちです。そういう感覚は欧米とも共通するところがあって、欧州メーカーがシンガポールやドバイで実証実験を行うのも、自国ではなかなか実証実験ができないからなんです。
社会課題の切り札となり得る「空飛ぶクルマ」の持つ可能性
久保氏:Uberは、機体開発を進めつつ将来ビジョンを打ち出す一方で、既存のヘリを使った輸送サービスを通じて、運航経験の蓄積も進めています。ところが日本では、ヘリは日常的な交通手段としてはあまり使われていない。そういった経験・環境が無い日本でもいきなり空飛ぶクルマをこうした旅客輸送事業に適用できる可能性はあるのでしょうか。
小池氏:日本の空飛ぶクルマの議論を見ていると、あまりに機体側に偏りすぎているように思います。将来、空飛ぶクルマが商用化すれば、全国各地に数百数千という空港のミニチュア版が必要となる。これからは、従来型の伝統的なインフラにとらわれるべきではない。必要な場所に必要なものをピンポイントで整備していく、分散型のインフラが必要です。
道路や鉄道のように、線や面で展開するレガシーなインフラの世界では、交通渋滞などが大きな社会問題となっている。それを解決できるのが分散インフラであり、必要な場所に必要なものを置くことで、社会問題を解決していく。その切り札の1つが空飛ぶクルマだと思うのです。
離発着場と既存の交通システムのアクセスをよくして、分散インフラを張り巡らせれば、将来的には「ニューヨーク発東京駅行き」という切符をワンアカウントで発行することも可能になる。ニューヨークから成田や羽田に到着すると、そこには「空飛ぶタクシー」が待機していて、オフィスや自宅に移動できる。そうなれば、将来的には全国に散在する中小都市の間で高速移動が可能になって、東京一極集中の問題の解決に役立つかもしれない。
いずれ空飛ぶクルマがありとあらゆるところを飛ぶようになれば、固定的なレーダーで管制するのは難しくなるでしょうから、5Gや衛星を使った管制が行われるようになる。そこには巨大なエコシステムが生まれ、「22世紀のまちづくり」という観点が必要になるでしょう。Uberもそう感じているからこそ、あれほど巨大なプロジェクトを打ち立てたのではないでしょうか。
久保氏:従来のインフラとは全く違う、新しいインフラが必要ということですね。空の交通整理、管制の観点からいえば、そのような将来インフラとして、従来型の管制官の指示に基づく航空交通管制(ATM:Air Traffic Management)ではなく、無人航空機(ドローン)の運航管理(UTM:UAS Traffic Management)的なユーザー主体の考え方が適用されると考えられています。今、米国では、空飛ぶクルマの運航管理に対する取り組みはどのように進んでいるのですか。
ボーダ氏:都市航空交通システムは当面、パイロットが操縦する形をとると思います。では、どのように管制するかということですが、Uberは既存管制システムがカバーしていない非管制区域も使おうとしています。一方、空飛ぶクルマの利用例として、都心-空港間が1つの大きなルートになってくれば、多くの機体をどう管制するのかが問題になってきます。
そこで、Uberは、大規模空港にあるヘリコプターなどの侵入ルートを使うことを検討しています。要は、川や海、海岸部の上に設定されたスカイレーン(空の道)を使って、空港に入ることを考えているようです。将来は、自社(Uber)の無人機の運行管理システムを使うことで、空港の航空管制官による管理は不要にしたいとも考えています。
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久保氏:まずはパイロットが搭乗して、非管制空域を中心に運航するということですね。そうなれば、低高度の非管制空域を飛行するドローンと有人航空機、空飛ぶクルマが空域を共有することになる。ただし、無数に飛んでいるドローンの飛行情報すべてを有人航空機のパイロットに認識してもらうことは不可能です。将来、空飛ぶクルマが自動化・パイロットレス化されれば、ドローンとの親和性も高まるとは思いますが、従来の有人航空機がなくなるわけではありませんから、ドローンとの干渉をどのように解決するかの問題は何らかの技術的な解決をしなければなりません。
米国は「分散型」、欧州と日本は「集中型」を志向する傾向に
久保氏:従来は、管制官が空の交通を差配していたわけですが、いずれドローンや空飛ぶクルマの数が増えれば、人手で管制することは難しくなる。そこで、クラウドベースの情報共有とユーザー間の調整によって空の交通整理を行うドローンの運航管理が新たに提唱され、「集中的な運航管理」と「分散的な運航管理」が世界的なトピックになっています。まずは、米国の現状についてお話しいただけますか。
ボーダ氏:米国では、ドローンの管制サービスを提供する民間企業の間で、飛行計画の調整が行われます。つまり、航空局が飛行計画を調整して衝突を回避するのではなく、民間主導で調整するわけです。これが米国の「フェデレーション・モデル」で、ヨーロッパはどちらかというと、政府や公益団体が一元的に位置情報を管理して飛行計画を調整する“中央型” セントラライズド・モデルが広がっています。
米国では過去5年にわたって実証実験が続けられ、昨年(2018年)夏、ようやく大都市での飛行が行われました。それと同時に、民間企業が商用の管制システムを開発しており、ドローン配送など目視外飛行に依存する運航サービスを導入しています。
例えば、サンディエゴのプロジェクトでは、AT&TやUber、Intelなどの民間企業とサンディエゴ市の警察消防署が参加しており、Uberは食料の配送実験を、AT&TはLTE(携帯電話用の通信回線規格)を使ったドローンの配送実験を行っています。
こうしたデータは無人機の管制に関する規制にも欠かせません。
久保氏:米国については、さまざまな観点から取り組みが行われているということですね。アーキテクチャーにおける日米の大きな違いは、日本ではコアとなる運航管理システムに全飛行情報を集約する集中的な概念を前提に議論されているのに対して、米国では分散型のフェデレーション・モデルを採用しているという点だと思います。米国は民間主体で実証実験を進めているということですが、連邦航空局はどのように関与しているのでしょうか。
ボーダ氏:今後、小型ドローンの運航は膨大な数になると想定されています。管制官が交通整理を行うシステムは既に限界に達していて、今後、空飛ぶクルマも加わるとなれば、運航管理を民間にやってもらうしかない。そのことを連邦航空局は当初から認識していました。
しかし、そのためには安全の確保が必要で、有人管制に相当する運航管理の仕組みが必要になる。民間企業各社がバラバラに運航管理システムを作れば、安全性が確保できなくなるので、まずは「標準化したドローン向けの運航管理システムを作りなさい」、というのが連邦航空局の結論です。これを受けて、今、アメリカの標準化団体では、それぞれの運航管理システム間のデータ交換インターフェースの標準化が進められています。
久保氏:標準化こそが、米国フェデレーション・モデルの根幹を支える重要なポイントだということですね。
運航管理の実験研究での周回遅れをいかに挽回するか
小池氏:米国と比べると、日本では、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトでドローンを対象にした運航管理の実験研究が行われてはいるものの、商業ベースでどのように運用するかがはっきりしない。これが最大の問題です。
一方、海外は先を走っている。複数の事業者に対して複数の飛行経路を提案し、規制上の手続きを支援するシステムと、同じ空域にほかの機体が入ってきた場合に、機内(インフライト)で回避のプランニングをするシステムの開発は完了しており、現在は「ほかのドローンが同じ空域に入ってきた時に、互いにどのようなやりとりをし、回避活動をするか」という議論が行われている。
日本は1周遅れになっていると言わざるをえません。欧米では既にドローンの運航管理に関する実装が始まっているので、日本も早く方向性を決め、この1周遅れを早く挽回する必要がある。
もちろん日本でも、機能レベルでは大方合意しているのですが、どの機能を政府と民間がどう分担するのかという線引きが必要です。それが商業ドローンの発展のカギだと思うので、民間側も政府の決定を座して待つのではなく、ぜひ積極的に提案していただきたいと思います。
久保氏:米国では官民の議論を経て、連邦航空局とNASAがドローンの運航管理の役割分担を含めたコンセプトをいち早く公開しました。欧州も同様です。これにより業界のコンセンサスが明確になりました。ところが日本では、そうしたコンセンサスがあるコンセプトを明確には示せていない。その点については、これからしっかり取り組んでいきますが、民間での合意なくして有効なコンセプトを打ち出すことは難しい。その意味でも、今後、さらに議論を活発化していく必要があると思います。本日はありがとうございました。