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業界が変わるビジネストレンド

到来する「サブスクリプション」時代のビジネスヒント

 近年、「サブスクリプション」という言葉を耳にする機会が増えてきた。サブスクリプションとは、これまで売り切りで提供してきたような商品やサービスを、定額料金で消費者が利用する権利を提供するビジネスモデルのことを指す。ネットを通じた定額での動画見放題や音楽聴き放題など、コンテンツ配信サービスの課金方法として浸透し始めている。

 企業システムの分野では、既に「SaaS(Software as a Service)」などのサブスクリプション型のクラウドシステムが登場するなど、財務・人事・受発注といった基幹業務をクラウドへ移行する動きが活発になっていた。ここにきて、その適用範囲は様々な業種へと急激に拡大してきている。好みのクルマを利用し放題にするサービスを提供する自動車メーカーや、月額定額で食べ放題の飲食店も登場している。

 矢野経済研究所の調査によると、2018年度のサブスクリプションサービスの国内市場規模(該当する8市場の合計)は、既に5627億3600万円に達しているという。そして、5年後の2023年度には、8623億5000万円にまで成長すると予測している。

出典:(株)矢野経済研究所「サブスクリプションサービス市場に関する調査(2018年)」(2019年4月9日発表)
注1)消費者支払額ベース
注2)①ファッション系定期宅配②ファッションサービス(但し①を除く)③食品系定期宅配④飲食サービス⑤生活関連⑥住居(シェアハウスやマンスリー系賃貸住宅は対象外)⑦教育(通信教育は対象外)⑧娯楽(月額定額で利用できる音楽と映像サービス)の8市場の合算値
注3)2019年度以降は予測値

 なぜ今、サブスクリプション型のビジネスモデルを採用する企業が増え、それによるビジネスの成長が見込まれているのか。そして、サブスクリプションに沿ったビジネスが広がることで、消費者の生活や企業の営みはどのように変わっていくのだろうか。

顧客が求める価値は「安心感」と「お得感」

 「サブスクリプションにおいて企業が消費者に提供している価値は、いつでも、好きなだけ利用できるという安心感とお得感。こうしたサブスクリプションならではの提供価値が、現代の消費者心理にポジティブに響いているからです」と話すのは、ICTを活用したビジネスの革新に詳しい中央大学 総合政策学部 教授の実積 寿也氏だ。

中央大学 総合政策学部 教授 実積 寿也 氏
東京大学法学部卒業後、ニューヨーク大学経営大学院修了、早稲田大学大学院国際情報通信研究科博士課程修了。MBA(finance)、博士(国際情報通信学)。郵政省(現・総務省)、九州大学大学院経済学研究院教授などを経て、2017年より現職

 定額で利用し放題というサービス体系が、消費者の安心感とお得感を盛り立てているという。「消費者には、『定額料金バイアス』と呼ぶ性質があります。商品やサービスを購入する際、月々の支払額が都度払いと定額払いで同水準ならば、定額払いを選択する人が多い。スマートフォンのネット利用で高額な利用料金が請求される”パケ死”という現象が話題になったが、消費者は、こうしたリスクを避けて安心感を得たいと考えます。住宅ローンで固定金利を選ぶ人が多いのも同じ理由です」と実積氏は指摘する。

最大のメリットは、個人データ取得のハードルが下がる

 サブスクリプションは、消費者にとっては便利なサービスと言える。では、サービスを提供する側の企業にとってのメリットは何か。売り切りや都度払いのビジネスモデルにはない、多角的なメリットが得られるという。

 まず、商品やサービスの内容以外の部分にも、魅力的な価値を盛り込むことができるため、消費者への訴求点の引き出しを増やすことが可能だ。「家電製品や衣料品では商品自体に機能上の大きな違いを生み出すことが難しくなってきました。しかしサブスクリプションサービスならば、一人ひとりの生活パターンに合わせた商品を提案することで、その商品価値以上の満足度を消費者に提供できます。これによって、企業のブランドロイヤリティを高め、ファンの獲得につながります」と実積氏は語る。

 最大のメリットは、提供するサービスを充実させる対価として、消費者の個人情報の収集と活用を行うことへの理解が得やすくなる点だ。消費者の個人情報や行動履歴は、ビッグデータ化して分析することで、極めて高い価値を持つ情報を抽出できる。これはICT技術やAI技術の進化によって可能となった。しかし、利用目的外での活用を制限する風潮が世界的に広がりはじめた今、データ収集自体が難しくなってきている。

 ところが、サブスクリプションサービスの場合、消費者が契約を結ぶ際に、課金方法に関する情報と共にサービス提供に必要な個人情報もサービス事業者に提供することが通例である。自分が購入したサービス範囲でレコメンドの提供など、さらなるサービスの充実につながる期待感から、消費者自身にも抵抗感が少ない。これは、個人情報の収集に苦慮している企業側にとっては、極めて魅力的な状況だと言える。

魅力的なサービスを続けないと顧客が逃げるリスク

 ただし、企業にとって大きなデメリットもある。利用者はいつでも契約を解除できるため、顧客が逃げやすいというリスクがある。「自動車のような高額商品は、購入時の消費者の心理的ハードルが高いですが、販売後の解約は不可能で、アフターサービスが消費者の意に沿わなかったとしてもその自動車の売上自体がなくなることはありません。一方で、サブスクリプションサービスは、途中解約により予定していた売り上げがなくなることが起こりえます。利用者を長く引き留めるためには、魅力的なサービスを提供し続ける努力が不可欠で、そのために顧客データが必要になります」と実積氏は強調する。

 また、新興企業のような実績やブランド力の低い企業にとっては、参入障壁が高い点も挙げられる。消費者が求めている安心感とお得感のサービスは、どうしてもブランド力のある大企業にとって有利になる。また、「インターネット上でのサービス提供やコンテンツ系は、参入障壁は低いですが、膨大な顧客データを利用できる大企業に匹敵するカスタマイゼーションを持続するのは難しい」と実積氏。

”サブスク・ネイティブ世代”が消費の中心になる近未来

 時代と共に、消費者の価値観や嗜好は大きく変化する。今の時代、消費スタイルが「所有」から「利用」へ転換しつつある。

 「これからは、サブスクリプションで商品やサービスを利用するのが当たり前だと考える世代の消費者、いわば”サブスク・ネイティブ世代”が消費者の中心になっていくでしょう」と実積氏は語る。既に音楽では、CDを見たことのない若者も出てきた。平成の時代は、好きな曲はダウンロードして購入することが常識となった。令和の時代では、サブスクリプション型音楽配信サービスを利用してきた世代が中心となり、「曲を所有する」という意味を理解できない消費者が大勢を占めるようになるだろう。

製造業も商品開発が”サブスク・ファースト”の視点に

 ”サブスク・ネイティブ世代”が消費者の中心になれば、製造業は商品開発の考え方を根本的に変える必要性が出てくる。これまでの製造業は、商品を市場で売り切ることを前提にした商品開発が求められていた。より多くの消費者が求める商品を洞察し、仕様を決めていた。しかし、「サブスクリプションでの商品の提供を前提とすることで、商品開発の視点が大きく変わる可能性がある」と実積氏は指摘する。

 例えば、既に動画配信サービスでは、今の地上波テレビの放送では難しい攻めた内容の作品を自主制作するようになった。これが、動画配信サービスの価値を一層高める要因になっている。いわば、”サブスク・ファースト”の商品開発である。定額で利用無制限のサービス提供では、利用者側も冒険的な商品やサービスの選択をしやすくなる。

 今のビジネスシーンでは、1つ1つの商品の販売数量は少なくても、それを購入する人が現れやすい「ロングテール」市場が成立している。定額で利用無制限のサブスクリプションならば、ロングテール市場はさらに活性化する可能性が高い。利用シーンは限定される洋服や超高性能な家電製品など、ニッチな商品開発がビジネスになる可能性がある。

サブスクリプションサービスが変える社会や暮らし

 また、家電製品や自動車など、モノを扱うサブスクリプションサービスには、利用者に商品を届けるだけではなく、使った商品を回収し、再利用する機能が含まれている。”サブスク・ファースト”の商品開発では、メンテナンスやリサイクルという観点から、効率的な再利用や資源回収がしやすい構造の商品が求められるようになるかもしれない。

 例えば、月額基本料金と時間や走行距離に応じた支払いで利用できる「カーシェアリング」だ。これは、事業者が車を設置している駐車場まで行く手間や、他の人が使用している場合は利用できない制約がある。一方で、個人での駐車場の確保や費用が不要だ。カーシェアリングにより個人所有の台数が減ることで、マンションや街中の駐車場の減少につながり、土地の有効活用が図られるだろう。

 「サブスクリプションの浸透により、ものづくりやサービス、そして街の様子も変わるでしょう。より効率的に資源を使う社会の構築も可能なのです」と実積氏。

 ゴミ問題や資源問題など、消費行動に付随して発生する社会課題は多い。サブスクリプションは、サービス事業者側で商品のライフサイクル全体を管理しやすいため、こうした社会課題の解決を後押しする手段ともなるだろう。

 サブスクリプションを前提としたものづくりや様々なサービスは、ビジネスだけではなく、社会や私たちの暮らしも大きく変える可能性を秘めている。