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2018年03月06日

「リアル店舗とネットの融合」を実現するために
取り組むべきデジタル変革とは

 低迷する店舗の売上を引き上げるために、近年、顧客接点の強化・拡大(オムニチャネル化)に取り組むリテール企業が増えている。しかし、この取り組みを成功に導いた企業は数少ないのが現実だ。その一方で、AIやIoTなどの最新テクノロジーを活用して、従来とは一線を画する店づくりを手がけ始めている企業もある。「デジタルトランスフォーメーション」(DX)と呼ばれる動きだ。先進事例や識者の助言を交えて、「リアル店舗とネットの融合」を推進してDXを成功に導くための要因を探る。

 現在、実店舗(リアル)を中核としてビジネスを展開しているリテール(小売り)企業にとって、最も大きな脅威はアマゾン・ドットコムや楽天市場をはじめとするインターネット通販業者だろう。BtoC(企業対消費者)のEC(電子商取引)市場は右肩上がりに成長している。経済産業省によると、2016年度のBtoC-EC市場規模は15兆1,358億円。物販分野のEC化率(売上高全体の中でECが占める割合)は5.43%に達している。

 これに対して、人口減少社会となった日本ではリアルを中心としたビジネスは苦戦を強いられているのが実情だ。商業統計を見ても、ドラッグストアやコンビニエンスストアなど事業所数増加によって全体の売上を伸ばしている業態はあるものの、通販以外はおおむね売上高が減少か横ばいという状況だ。EC化率は伸び続けているので、リアルを中心としたリテール企業は現状のまま手をこまねいていれば、ネット通販業者に市場を浸食されていくことは間違いない。

出所:経済産業省『平成28年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)』

いかにしてネットとの融合を進めるか

 こうした状況から脱却するための処方箋となるのが、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」と呼ばれる取り組みだ。最新のデジタルテクノロジーを活用して、新たな商品・サービスや過去に類を見ないビジネスモデルを創出する取り組みのことである。

 金融業界の「FinTech(フィンテック)」をはじめとして、現在、産業界の様々な領域でDXに取り組む企業が急速に増えつつある。ほかの業界に先駆けて顧客チャネルのデジタル化が進んだリテール業界でも、新たな取り組みが始まっている。それが、オムニチャネル対応など、リアル(実店舗)とネット(ウェブサイトやメールによる顧客チャネル)を融合させる取り組みの強化だ。安価なクラウドサービスが普及しつつあるため、莫大な顧客データを活用したデジタル施策に注力する企業が増えているのが現状だ。

中央大学
ビジネススクール教授
戦略経営研究科/教授
戦略経営研究科長
中村 博 氏

 変化し続けるリテール市場への対応について、マーケティング理論やマーチャンダイジング理論に詳しい中村博・中央大学ビジネススクール教授は、「急速な売上拡大で日本市場での売上高1兆円を突破したアマゾンなどに対抗するためには、既存店はリアルだけで事業展開していては取り残されてしまいます。ミレニアル世代はスマートフォンから利用できないサービスを不便だと感じているほどなので、リテール企業が成長するためには、オムニチャネル化への対応は欠かせない取り組みなのではないでしょうか」と話す。

 ただし、オムニチャネルに取り組んではみたものの、「投資を上回るような効果が表れない」と嘆く企業が少なくない。そこで、リアル店舗の優位性を活かした施策の強化が重要となる。

 中村教授は、「まずはリアルの魅力を上げなければ、いくらネットから集客・送客しても購買活動にはつながりません」と指摘する。確かに、ネットを活用するリテール企業が増えれば、ネットにおける取り組みだけで競合他社と差異化することは難しい。

 「せっかくリアルで接客できるチャネルがあるのだから、例えば店内に流れる音楽を工夫して五感に訴える店舗づくりをするなど、実店舗で新しい顧客体験を提供することが差異化要因になります」と中村教授は話す。続けて、「新規顧客の獲得は難しいので、リアル店舗は既存客の購買頻度や客単価を上げることで売上の拡大を図る必要があります。そのためには、ITを活用して“心地良い空間”を創出するなど、顧客の滞留時間を延ばすための施策が重要になります。ネット検索では引っかからないような意外な商品を提供するなど、ネットにはないリアル店舗ならではの優位性も活かすべきです」と中村教授は助言する。

リアル店舗のストレスフリーが成功の鍵に

 「リアル店舗とネットの融合」における世界的な先進事例が、米アマゾン・ドットコムが2018年1月22日に開業したコンビニ店「Amazon Go(アマゾンゴー)」だろう。この店舗にはPOS(販売時点情報管理)レジがない。店内に設置された無数のセンサーやカメラから送られてくる情報をもとにAI(人工知能)が顧客の行動を認識し、出店を検知すると、クレジットカードで決済を行うといった仕組みだ。

 ただし、このような先進的な顧客体験を実現できる企業は、極めて少ないだろう。財務的な体力も必要だし、最新のデジタルテクノロジーに精通した人材を豊富にそろえていなければ、実現が困難だからだ。中村教授は、「まずはレジ待ちなどの顧客が不便だと思っている要因を解消する、つまりデジタルテクノロジーを活用してストレスフリーな店づくりに取り組むことから始めるのが良いでしょう」と助言する。

 そうした取り組みの例として、中村教授が紹介するのが米国のボノボスだ。衣料品販売を手がける同社は、米国内に「ボノボス・ガイドショップ」を約50店舗展開している。

 「ショップ」とは名付けられているものの、この店舗では商品を販売していない。店頭に並べられた商品以外には、在庫も持っていない。ガイドショップは同社が販売する商品のショールームであり、実際の購買はネットで行う。店頭で商品を決めて、その場でスマホから購買するというのが一般的な顧客の行動だ。

 こうした仕組みによって、顧客からさまざまなストレスが取り除かれることになる。レジに並ぶ必要はないし、欲しいサイズの商品が欠品しているといったこともない。さらに、家まで購入品を運ぶ必要もなく、翌日には商品が届くので、顧客は不便さを感じない。

日本企業のオムニチャネル成功事例

 一方国内において、オムニチャネル化を成功させている企業として中村教授が挙げるのが、「O2O(Online to Offline)」による施策を強化している「無印良品」と「資生堂」の2社だ。前者は「MUJI passport」、後者は「watashi+(ワタシプラス)」というアプリやウェブサービスを活用して、オンラインショッピングだけでなく、既存顧客のリアル店舗への来店増加を図っている。

 「メーカーの立場からするとブランドとメディアは非常に相性がいいのですが、なかなかリテールと結びつかないのが実情です。そうした中、資生堂はチェーンストアを有効に活用することでリテールにつなげています。SPAとして成功している無印良品も自分たちでつくって売るという一連の流れができているので、消費者のオフラインでの購買行動までつなげることに成功しています。多くのメーカーやリテールはネットメディアおよびブランドとID-POSデータがつながっていないのが現状です」と中村教授は説明する。

世代・商品ごとに最適なチャネルを

 現在、日本の大手GMS(総合スーパー)が食品売り場にセルフレジ(無人レジ)を導入することで、ストレスフリーな売り場づくりに着手している。このような店舗では、若い世代はセルフレジに、高齢者は有人のレジに並ぶ傾向がある。高齢者でも、飲料水や酒類などの重い商品は、ネットで購入する人も少なくない。一方、衣料品であれば、ミレニアル世代の多くがボノボスのような販売形態を歓迎するだろう。つまり、世代や商品属性によって、最適なチャネルは変わってくるのだ。商品属性ごとに、各世代がどのような購買方法を望んでいるかを把握することは欠かせない。

 中村教授は、「もし、ネットメディアとブランドとID-POSをつなぐことができれば、顧客の情報探索と購買行動から顧客のカスタマージャーニーを把握することができます。年齢などのデモグラフィック属性によるセグメンテーションに加えて行動データによるセグメンテーション(例えば、ライフスタイル・セグメンテーションなど)が可能になり、顧客に対してより受け入れやすい効果的な提案を行うことが可能になります」と話す。

 AIやIoT(モノのインターネット)などの最新テクノロジーが急速に進化し、そしてこれらを利用できるクラウドサービスがどんどん安価になってきている現在、これまででは考えられないようなことが実現できるようになりつつある。最新テクノロジーの利用コストが安くなることを織り込んで、そこへたどり着くための中長期的なロードマップを描くことが「リアルとネットの融合」を成功に導くポイントである。

 「日本のリテール企業の多くは海外企業に比べてネットとの融合が遅れています。現状、リテール企業の施策は、相対的に人口の多い50代以上の顧客にウェイトを置いて考えているように思います。スーパーマーケットが良い例です。リテール関係者は、今後ますますデジタル化が進み市場環境が変化する中で、世代による購買形態の差異や顧客ごとの”心地良い体験”の提供など、競合他社との差異化を今以上に意識した事業展開や投資を推進してもらいたいです」(中村教授)

 さらに、既存のリテール企業が生き残るためには、「オムニチャネル戦略は必須の戦略となりますが、リアル店舗もネット通販も“心地良い体験”を提供することがリピート購買につながります。また、今後IoTなどから得られるデータはますます増加しますが、それらのビッグデータの分析もさることながら、分析をより戦略的にマーケティングやマーチャンダイジングに活用できる人材の獲得と育成(アマゾンの従業員の半分以上はソフトウェア・エンジニアと言われている)を行う必要があります」と中村教授は助言する。

 社会課題の変化やテクノロジーの急速な進展など、目まぐるしく変化するビジネス環境の中で、既存企業はいかにしてデジタル変革を遂げて新サービスを打ち出していくのか。今後、ますます注目度が高まっていくリテール業界の動向から目が離せない。

※本記事は、2018年2月にPDFにてダウンロード提供していた記事をWeb化しております。

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