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新たな浸透フェーズに入ったSalesTech最前線
~営業変革を加速させる最新テクノロジー機能別カタログ~

 CRMの利用は当たり前になり、また多くの大手企業でマーケティングオートメーション(MA)の利用が進んでいるが、営業活動をサポートするテクノロジーは進化を止めたわけではない。現在、さらに細分化して様々な営業機能をカバーするようになったSalesTechについて解説する。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

新たなスタートアップ企業が普及フェーズに

 今までのSalesTech市場では、セールスフォース・オートメーション(SFA)というキーワードとともに、90年代に導入が進んだCRM(顧客関係管理)システムがあり、Eメールの利用の高まりや、2000年代半ばからマーケィングオートメーション、モバイル・タブレットツールなどが普及してきた歴史がある。そして2010年代に入り、この市場にそれらのツールで得られた営業データやクラウドを利用することで、新たなスタートアップ企業が生まれてきている。

 スタートアップ調査会社のTracxn(トラクシン)は、世界2271社のSFA分野におけるスタートアップ企業をトラッキングした。下図は、その中で投資を受けている619社の投資状況をまとめたものである。

世界のSFA分野での投資総金額と案件数。ソース:Tracxn Sector Report Sales Force Automation 2018年6月

 図によると、2011年から件数も金額も徐々に上がっており、2015年が両方ともピークとなっている。案件数よりも総金額の伸びが大きいことから、1件あたりの投資金額が増大していることが分かる。これは、スタートアップといっても、すでに規模が拡大している企業への投資が増えていることを示している。

 つまり、これらの投資を受けたスタートアップ企業は、製品と市場のマッチングを行うような段階ではなく、2015年頃にすでに受け入れられた製品を営業チームが拡大するために販売に力を入れたり、海外展開する段階にあり、普及が進んでいると捉えられる。

SalesTechの機能別分類

 次にどのようなスタートアップ企業が、どのような分野で生まれ、成長しているかを見てみたい。

 下図は、スタートアップ調査企業CB Insights(シービー・インサイツ)による、2017年3月に公開されたSalesTech市場マップである。米国のプラットフォームが多く、欧州のものがそれに続く。いくつか中国のものも含まれている。公開から18ヶ月以内に投資を受けたスタートアップ65社強を7つの機能分野で分類している。その機能分野と代表的な企業を見てみよう。

Sales Enablement & Acceleration(営業可能化・加速化)

 「Sales Enablement」は、欧米でここ数年、話題のキーワードだ。第3社データを利用したり、コンテンツをまとめたり、見込み客毎にパーソナル化したり、プロセスを簡素化するツールを用意することで、営業組織の効率化や効果を向上させる機能を指す言葉である。

 例えばApttus(アプタス)は2006年設立で総計4億ドルの投資を受けて、すでに社員が1500人ほどになっているSalesTech界のユニコーン企業で、東京にもオフィスを持っている。この会社はCRMとERP間をつなぐ「ミドルオフィス」という概念のプラットフォームを提供し、企業の収益管理を行うツール群を扱っている。

 主には、CPQ(Configure-Price-Quote: 製品構成、価格設定、見積り提出のプロセス)と QTC(Quote-to-Cash:見積りから現金を手にするまでの収益実現を行うための一連のプロセス)製品を提供する。

 CPQでは、製品やサービスなどの販売パッケージを作ったりクロス・アップセルを推し進めたりすることができる。営業が販売したいがために独自の判断でしがちな割引を、過去の履歴などに基づき、条件に従ってのみ割引できるようにすることで、利益を最大化する。社内との調整に時間がかかっていた見積り作成業務を自動化する機能も提供している。

 QTCは、販売契約書などの文面をパターン化することで、弁護士のレビューの必要なく契約書生成を自動化したり、見積りから発注、請求書作成、売掛金の受け取りや、契約更新をトラッキングしたりできる。これにより収益の漏れや遅れを防ぐことに役立つ。

 コンテンツ側では、Seismic(サイズミック)が、営業チーム、販売地域、販売製品に合わせたコンテンツライブラリーを用意し、営業担当者が簡単にプレゼンテーションをまとめたり、CRMと連動した予測分析機能で必要なコンテンツを見込み客や顧客に自動的に送る機能を用意している。

Customer Support(カスタマーサポート)

 特にリピート販売やクロス・アップセルを行う上で、カスタマーサポートの役割は重要である。その管理ツール群がこのセクションだ。例えばGladly(グラドリー)は顧客がメール、電話、チャット、テキストメッセージ、ソーシャルメディアなど、顧客が使いやすいチャネルでのカスタマーサポートを管理するためのプラットフォームだ。たとえ顧客が他のチャネルに移ったとしても今までの履歴を管理できる。

Intelligence & Analytics(インテリジェンス・解析)

 営業活動でデータドリブンなインサイトの提供や分析を助けるためのツール群で、これにより売上向上を目指すものである。例えば、Chorus.aiは、自然言語分析AIを使い、営業担当者の見込み客との会話を分析するプラットフォームである。会話で出てきた要素をCRMに自動的にデータとして追加したり、サマリーを用意したり、社内外のトップ営業が会話でどのようなことをやっているかを参考に、利用顧客の営業に対してベストプラクティスを提供できる。

 またAviso(アビソ)が提供するWinscoreは、CRMでのパイプラインデータなどを分析し、AIを使って、どの見込み客が最も販売できる確率が高いかを営業担当者に推奨するプラットフォームで、販売機会の取りこぼしを無くすことを目標としている。

General CRM(顧客関係管理)

 Salesforce(セールスフォース)やOracle(オラクル)など単独のCRMツールとは違い、他のSalesTechツールに組み込む形でCRMツールを提供している企業群がここではリストされている。従来のCRMよりも幅広いサービスを提供しているといえる。例えば、ProsperWorks(プロスパーワークス)は今では名前を変えてCopper(カッパー)という企業になっているが、営業生産性向上を中心業務として、CRMに入力する顧客、見込み客データを自動的にWebサイトや複数のデータベースから取り込んだり、営業メールの自動配送や他の営業・社内スタッフとのコラボレーションしながら営業活動を行うツールを提供している。CRMもそのツールの一部として用意している。

Customer Experience(顧客体験)

 カスタマージャーニーでの体験を向上していくことで、販売を推し進めるプラットフォーム群である。例えばTakt(タクト)から名前を変えたFormation(フォーメーション)は、機械学習を使って個々のサイト訪問者が求めている目的と、その企業の目的の両方を満たすためのCustomer Goal Management (顧客目標管理)を提供しており、これによりカスタマージャーニー上での体験を向上し、長期的な関係を顧客と築いていくことを目的としている。

Contact & Communication(コンタクト・コミュニケーション)

 顧客、見込み客とのコミュニケーションを向上するためのプラットフォーム群が含まれている。特にこの分野ではチャットボットなども多く、AIが使われるケースが多い。例えば、Conversica(コンバーシカ)は、AIを使ってインサイドセールスとして質問に答えたり、営業とのアポをメールやチャットで見込み客とやりとりするバーチャルアシスタントを提供している。主には自動車ディーラー、SaaSベンダーや教育機関などがクライアントで、見込み客とのエンゲージメントを高めたり、返答のない見込み客に向けてコミュニケーションし続けることで効果をあげたり、クロスセルなどでも使われている。

People Development & Coaching 人材開発・コーチング

 最後のセクションは営業担当者の人材教育やインセンティブ、コーチングを行うためのプラットフォーム群である。例えば、CommercialTribe(コマーシャルトライブ)は前線に立つ営業マネージャーが、営業担当者にどのようなスキルギャップがあるかを認識し、お互いにビデオを使ってコラボレーションしながらトレーニングを進めていくためのプラットフォームである。

SalesTechの利用状況

 上記に見られるように、CRMやマーケティングオートメーションだけではなく、様々な営業支援のためのSalesTechの機能がある。一部のツールは多額の投資を受けているが、その投資に見合うだけの市場への普及が見られるのだろうか。

 15社のSalesTech企業がスポンサーとなり、調査会社Crowd Research Partners(クラウド・リサーチ・パートナーズ)がビジネスソーシャルネットワークであるLinkedIn(リンクトイン)のメンバーを10万人持つB2Bテクノロジーマーケティング・コミュニティで調査を行った結果が発表されている。世界中からの参加者がいると考えられるが、LinkedInが特に強い市場である米国の特性が示されていると考えて良い。

 それによると、CRMは普及率が高く84%が利用。そのあとにオンラインセミナー、デモ、オンライン会議ツールが続き、58%が利用している。マーケティングオートメーションやリードスコアツール、ソーシャルメディア利用は40%。続いてSales Enablement & Accelerationで示されたCPQツールは32%、営業・アカウントインテリジェンスは28%の利用となっている。

 このレポートでは、所属企業が営業担当者一人あたり、年間にどれだけの金額をSalesTechに投資しているかも尋ねている。1001-3000ドルが一番高く30%を占め、71%が500ドル以上であることが示されている。22%が3000ドル以上ということで、かなりの数のプラットフォームを導入していることが想像でき、また同時にそのような企業では製品の販売金額も大きいのではないかと考えられる。

 このような投資対効果(ROI)の考え方を反映した調査結果もある。「SalesTech投資対効果をトラッキングすることにどれだけ成功しているか」を尋ねた答えが下記だ。65%がトラッキングできていると回答している。つまり数々のプラットフォームを導入しても、それぞれの効果を明確に出している企業が多く、それが次のプラットフォーム導入に際しても数字による判断を可能にしているということであろう。

 その結果、これから12ヶ月でSalesTechへの予算がどのように変化するかを尋ねたところ、6%のみが予算が減るとし、50%が増えると回答している。SalesTech市場がさらに拡大することが予想される。

 2010年代に欧米で新たなSalesTech群が登場し、それが普及してきた状況を示してきたが、日本ではどうだろうか。

 現状の日本でのSalesTechはCRMやメール、マーケティングオートメーションを中心としたもので、上記のような細分化した機能を提供しているスタートアップはあまり登場していない印象が強い。だが、上記のApttusはすでに東京にオフィスを持ち、CPQ、QTC製品を展開し始めている。またConversicaはリクルートホールディングスの投資ファンドからの投資を受けている。チャットボット分野での進展は欧米から遅れを取っているが、様々な企業で優秀な人材確保が難しい現状において、ニーズは大きくなっているはずである。

 筆者には、現在の日本のSalesTech市場は、CRM以上の機能がさほど提供されておらず、まだまだ大きなビジネスチャンスがある市場に見える。筆者が関わった業務でいうと、MarkeTech業界で、まだEメールマーケティングツールしかなかった市場に、2011年からマーケティングオートメーションプラットフォームが米国から次々参入してきた時と同じような感じだ。その後、国内のプラットフォームも含めて、マーケティングオートメーション・プラットフォームの数が一気に増加し、今は普及段階に入っている。SalesTechでも大きな市場機会があり、海外からの参入もあるだろうし、国内でのスタートアップ企業にもチャンスが巡ってくるだろう。