次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国全土に24時間以内、全世界に3日以内 「世界のショッピングモール」を目指すアリババの「本気」
Text:田中 信彦
需要予測に基づき、全国各地に在庫を確保
「菜鳥」の誕生以前、ECサイトの各店舗は自分で運送会社を選び、契約して集荷、発送をしていた。その場合、伝票の形式もバラバラ、システムも異なるので各店舗の手間が大きかった。また地場の物流企業は高度なシステムを導入する余力がなく、手作業、人海戦術に頼る部分が多かった。いわば、そうしたコストのかかる部分を「菜鳥」が代行し、導入してくれるので、各物流企業にとってはメリットが大きい。
さらに大きいのは、倉庫の機能向上である。「菜鳥」はグループのEC出店企業のために全国各地に大規模な倉庫を備えた商品配送基地を用意している。過去の販売実績に基づいたデータを分析し、消費地に最も近い倉庫に、必要と予測される数量の商品を事前に確保しておく。そのため、注文があってから初めて自社の倉庫から出荷するより、圧倒的に短時間での配達が可能になる。当然、コストも下がる。国土が広大な中国ではその効果がとりわけ大きい。こうした投資は一定以上の規模があって初めて可能なことである。
急速に普及が進む宅配ロッカー
また物流機能の中で人手に頼らざるを得ず、最もコストがかかる「最後の1㎞」、つまり地域の集配センターから購入者の自宅やオフィスまでの配達も徹底的な省力化が図られている。その最大の武器は、農村部や都市近郊などに設置されている「菜鳥ステーション」と呼ばれる集配拠点、ならびに都市部に広く設置している宅配ロッカーである。
「菜鳥ステーション」とは「タオバオ」や「Tモール」などから配送された商品を24時間、受け取ったり、何らかの事情で返品する商品を発送したりすることができるサービス拠点のことである。場所によってはコンビニや一般の商店が業務を代行していることもある。日本の宅配便でいうコンビニ受け取りの概念に近いものだ。
また都市部では、中国は日本と違って戸建ての住宅は少なく、個人住宅の大半がマンションなので、宅配ロッカーが広く定着している。都市部の比較的高級なマンションでは敷地内への業者の立ち入りを規制する管理会社が増えていて、むしろ宅配ロッカーでの受け取りがスタンダードと言ってもいいくらいだ。こうした受け取り設備はマンション以外にも地下鉄の駅構内や公共スペースなど至るところにあり、最近では顔認識システムを採用し、ボックスの前に立つだけでドアが開く「インテリジェント宅配ロッカー」も登場している。
電子世界貿易旅行プラットフォーム
さらに今年のダブルイレブン商戦の特徴は、海外からの購入者の増加だ。「タオバオ」や「Tモール」での海外商品の販売は従来から数多くあったが、今年は海外からの購入が急増、11日午前零時の開始から9時間で前年の海外購入総額を突破、最終的に海外に発送された商品は222ヵ国、2,000万点を超えた。購入者が最も多かったのがロシアで、発送点数の上位から見ると、スペイン、ポーランド、イスラエル、フランス、米国、ウクライナ、オランダ、イタリア、チェコがトップ10である。
アリババグループの2017年度の国際リテール部門売上高は39億6,700万元(640億円)と対前年比で94%増加した。こうした状況を反映して「菜鳥」は今年3月、アリババの本拠地がある浙江省杭州からロシアのノヴォシベルスク、リトアニアの首都リガを経由してモスクワを結ぶ自社の専用貨物便を就航させ、モスクワ市内には5日で配送できる体制を整えた。また17年11月にはマレーシアのクアラルンプール近郊に「菜鳥」専用の物流基地の開設を発表、完成後は東南アジア一円での「3日以内」が視野に入るという。
その戦略の基本にあるのが、ジャック・マーが唱えるeWTTP(Electronic World Trade Tourism Platform、電子世界貿易旅行プラットフォーム)の構想だ。これはアリババの「全球買、全球旅、全球売、全球付、全球運」(全世界で買い、全世界を旅し、全世界で売り、全世界で支払い、全世界に送る)という概念を総称したものだ。
あり得ないほどの高い目標を立てる
ジャック・マーは今年2月、韓国ソウルの延世大学の学生たちに対する講演でこう語っている。「世界中の中小企業、世界中の若い人たち、特に女性たちに“世界中で買い、世界中で売り、世界中に運び、世界中で支払い、世界中で遊ぶ”機能を提供したい。世界にはまだ、十分に自分たちの産品を持たない国や地域がある。でもそこには貴重な環境や文化がある。私はこのプラットフォームを通じて、それらの地域にたくさんの職を生み出したい。これが私たちのいま取り組んでいることだ」
冒頭に紹介した「中国全土に24時間以内、全世界に3日以内」は、このジャック・マー思いの一部を、現場での目標に具体化したものにほかならない。本当に実現できるのか、それはわからない。しかし、わずか15年前、年間1億個にすぎなかった中国の宅配便が、2017年には年間400億個。いまでは1日で十数億個の商品が売れ、日本の25倍の国土にほぼ遅滞なく届けられる。そういう成長の軌跡を見ると、「大きな夢を描き、あり得ないほどの高い目標を立てる」ことの重要性を認識せざるを得ない
物流No.1企業の苦悩
そのことを象徴する事実がある。中国では物流企業のNo.1といえば広東省順徳市に本拠を置く順豊速運(SHUN FENG Express)、略称SFの名前がまず上がる。SFは自社の専用貨物ジェット機を48機保有し、外注ではなく自社社員による配送を原則とし、日本のヤマト運輸を徹底的にベンチマークした高度なサービス、確実かつ迅速な配送で高い信頼を得ている。18年上半期の業績を見ても、SFの売上高は425億元と前年同期比32.1%増と好調だ。
しかし、深圳証券取引所に上場する同社の時価総額を見ると、2017年11月の上場直後には一時3,200億元を超えていたものが、現在ではほぼ半分の1,600億元まで下落している。不祥事があったわけでもなく、上述のように業績は好調だ。ではなぜ投資家の評価が低いのか。メディアが指摘する理由は一致している。それは有体に言ってしまえば、同社が「物流」しかできない企業だからである
「菜鳥」は物流企業であるが、自分ではモノを運ばない。「菜鳥」の武器は情報である。その情報を活用し、たくさんの物流企業を「鍛え」、業務のレベルを上げて、ネットワークを組んでビジネスをしている。SFにはその「情報」がない。モノを「運ぶ」ことに関しての品質はピカ一だが、厳しい言い方をすれば、それしかない。
世界はまさに情報の時代になったということだろう。食品や日用品はともかく、ちょっと大きな買い物は本当に世界中が一つのショッピングモールで済んでしまう時代が来るかもしれない。Amazonも考えていることは同じだろう。より有効な情報を持つ者のもとに全てのビジネスが統合される時代が来た時、私たちはどうするべきか。何を受け入れ、何を拒否して生きていくのか。なかなか事態は容易ならざる状況だと思わざるを得ない。
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