次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国全土に24時間以内、全世界に3日以内
「世界のショッピングモール」を目指すアリババの「本気」
Text:田中 信彦
「中国全土は24時間以内、全世界に3日以内に商品を届ける」。中国のアリババグループは大胆、かつ明確な目標を立て、その実現に向けてじわじわと実力を蓄えている。その先に見据えているのは、世界中の消費者の「お買い物需要」をすべて満たす存在となり、かつての「世界の工場」ならぬ「世界のショッピングモール」になることである。
抜群の構想力、そして巨額の投資と潤沢な人材で、現場の処理能力を着実に構築していくプロセスは中国企業ならではの凄味がある。
田中 信彦 氏
BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員 1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
1日の注文件数が13億5,000万件
中国最大の「ショッピングのお祭り」である11月11日「独身の日」商戦が今年も盛大に行われた。中国最大のECプラットフォーム、アリババグループのタオバオ(淘宝)やTモール(天猫)はこの日24時間で2,135億元(3兆4,160億円、1元16円換算)と、昨年を25%上回る過去最高を記録した。注文総数は13億5,000万件。ちなみに日本で最大規模のECサイトされる「楽天市場」を擁する楽天の2017年国内EC流通総額は約3兆4,000億円なので、まさにほぼ同じ金額を24時間で売り上げたことになる。
中国の消費マーケットの大きさも驚くべきことながら、このとんでもない規模の短期商戦で今年、最も鮮やかだったのは、この膨大な注文を、ほとんど滞ることなく処理し、商品を数日のうちにデリバリーし切った実務能力の高さである。その中には海外への配送2,000万件も含んでいる。
冒頭に紹介した「中国全土に24時間以内、全世界に3日以内」というアリババの目標を実現する中核を担っているのが「菜鳥網絡(Cainiao Network)」という物流企業である。「菜鳥」とは奇妙な名前だが、もともとは「料理に供される鳥」という意味で、現在の中国では「初心者」とか「新参者」といった意味で使われている。どうしてそう転じたのかはよくわからないが、「菜鳥教師」(新米教師)といった用例がある。
4億個の荷物が即日発送
今回の「独身の日」(ダブルイレブン)商戦は2018年11月11日午前零時にスタート、開始から57分56秒で売上額は666億元と日本円1兆円を突破、8時間08分52秒で1,207億元と2兆円の大台に。最終的に24時間が経過した11日24時までに、前述のように13億5,200万件を受注、3兆4,160億円を売り上げた。これには11月11日以前から予約を受け付け、当日の売上に計上する「プレ注文」も含まれているので、多少割り引いて考える必要はあるが、凄まじい数字であることに違いはない。
この数字もすごいが、そこからのデリバリーの瞬発力もすごい。アリババの発表によれば11日、当日のうちに発送された荷物が4億個。最も早いものは2時間後に購入者のもとに届けられ、2.6日のうちに1億個が購入者の受領サインを得た。物流や配送に従事した人員は300万人、車両は23万台に達したという。
「独身の日」商戦は始まって今年が10年目になる。実は過去には2012年、物流能力不足で大量の荷物が滞留し、全国的な遅延が発生して大問題になったことがある。各地の倉庫に荷物が入りきれなくなり、そこに通常業務の荷物も加わって大混乱、一種の社会問題となった。わずか6年前のことだが、その時のダブルイレブン商戦の売上高は191億元、日本円で3,000億円あまり。発送された荷物の数は7,200万個で、売上額、荷物の量ともに現在の10分の1以下にすぎなかった。
飛躍的に能力向上した中国の物流
それが現在では、13億個以上の荷物がほとんどトラブルなく中国全土や海外に発送されている。その間の中国物流業界の能力や効率の向上は明らかだ。それを示す具体的なデータがある。毎年のダブルイレブン商戦で、1億個の荷物が購入者から受領サインをもらうまでに要した時間の推移である。同商戦の荷物が1億点を超えたのは2013年からだが、13年には1億点目の荷物が受領されたのは9日後だった。それが、
13年 9日後
14年 6日後
15年 4日後
16年 3.5日後
17年 2.8日後
18年 2.6日後
と、年々、着実に到着期日は早まっている。しかもこの間、前述したように荷物の量は約13倍に増えている。現場の配送処理能力が飛躍的に高まっているのがわかる。
つまり「独身の日」商戦というアリババが仕掛けた国民的行事は、単なる「買い物のお祭り」に留まらず、中国の物流現場に高い目標を設定し、お祭騒ぎのエンターテインメント性に加え、強烈な負荷と金銭的インセンティブを与えつつ実務の処理能力を鍛える恰好の機会になってきた。このあたりにアリババという企業の「かしこさ」が見える。
「支払い手段」を変え、「物流」を変える
その中心的機能を担ってきたのが「菜鳥」である。
「菜鳥」の設立は2013年5月で、新しい企業だ。当然ながら、すでに当時の中国には全国規模の物流企業がいくつもあった。アリババのECサイトは日本の「楽天市場」のように商品の販売者がそれぞれ自分のウェブ上の店舗で商品を販売するスタイルなので、アリババは自社の物流網を持っていなかった。個々の販売者が自分でさまざまな物流企業に委託し、デリバリーを行うやり方だった。
アリババはもともと「アリババ・ドット・コム」というB to BのECサイトから発祥した企業である。そこから「タオバオ」や「Tモール」といった一般消費者向けのECに進出、それと並行して利用者が安心して代金を支払えるようにと独自の代金決済システムである「アリペイ(支付宝)」を開発、これが後にECから独立して中国社会で事実上、決済手段のスタンダードの地位を確立したことはご存じの方も多いと思う。
このように、「ECサイト(売買)」→「支払い手段(おカネ)」と既存の仕組み革新してきたアリババにとって、次に解決するべき課題が物流であった。商品という「物体」がある以上、さまざまなモノを確実に、しかも早く、大量に届ける手段を持たない限り、商売は一定規模以上に成長できない。この部分が他人任せでは限界がある。そこで取り組んだのが物流手段を変革することだった。
この点、アリババのライバルと目されるJD.Com(京東)は、最初から商品のデリバリーを外部の物流企業に頼らず、すべての物流を自社で行う方式をとった。コストはかかるが、物流に対する確実性が高いことがJDの信頼度を高め、同社の成長の原動力の一つになってきたことは間違いない。
しかしアリババはその方式を選ばなかった。そこにはジャック・マーの創業以来の信念である「全国の中小企業や個人の商売を支援する」という発想がある。その理念に基づいてアリババがとった方法が、「自分ではモノを運ばない物流企業」をつくることである。
「自分ではモノを運ばない物流企業」
「菜鳥」は、一口で言ってしまえば「アリババのECサイトや支払い手段のアリペイで蓄積された膨大なデータをもとに顧客の動向を予測し、優秀な人材を動員して効率の高いシステムを開発し、豊富な資金で全国各地に倉庫を設置、全国の大小さまざまな物流会社に使ってもらう」企業である。
「菜鳥」は設立以降、中国全土の物流企業や運送会社に出資、あるいは業務提携するなどの手段でネットワーク化を進めた。もともと多くの物流企業にとって「タオバオ」や「Tモール」発の荷物は有力な収入源だったから、アリババとの協力関係を歓迎した。
「菜鳥」がまず行ったのは、統一した物流システムの開発である。「タオバオ」や「Tモール」の販売・在庫管理のシステムとリンクした自前の物流管理の仕組みをつくり上げ、全国の提携物流会社のシステムと一社一社、連結していく作業を進めた。また独自の形式の伝票を発案、統一の管理番号とバーコードを持ち、貼りやすく剥がれにくく、スマートフォンベースで操作できるようにし、配達員の作業を軽減した。